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関嘉寛ゼミ 09’コミュの8月28日・29日の佐用町の活動

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有山です。
8月28日と29日、佐用町で活動を行ってきました。

コメント(2)

8月28日(土)

10時JR大阪駅発の新快速播州赤穂行きに乗車し、佐用町に向かった。
今回の参加人数は、関学9名、阪大3名+寺本さんだった。

12時半ごろに佐用町に到着した。
28日の予定は、
?13時からコミュニティカフェの場所で、
佐用町の子どもを集めて勉強会を実施する
?希望者は同じ時間に、竹炭師匠の内海さんとアユ釣りをする

だった。
アユ釣り希望者は3名で、着替えてさっそく佐用川に向かった。
その他のメンバーは勉強会の準備を行った。

前回の参加者は3名で、なかなか濃く関わることができたと感じていた。
今日は子どもが来るか不安だったが、13時になるとすぐに、前回来てくれた小学校3年と4年の兄弟が来てくれた。

兄の方はまだ夏休みの宿題が終わっていないようで、学生の先生が2人もついて必死に頑張っていた。
弟は終わったようで、違う勉強道具を持ってきており、えらいなと感じた。
二人に「お姉さん覚えてる?」と聞くと、「みっきー!!」と答えてくれて、とってもうれしかったし、少人数だからこそ少し密な関係が作れていると感じた。

はじめ子どもは2人だけだったので、私はカフェに設置する「御意見箱」を作成することにした。
関学の松井さんと共に、近くの「小寺商店」に向かい、折り紙とのりを購入、いらない段ボールをいただいた。
カフェに持って帰り、段ボール箱に折り紙を貼る作業を行った。
真っ赤なポスト案もあったが、赤い画用紙を購入することができずに、折り紙のいろんな色を小さく手でちぎり、貼っていくことにした。
これがけっこう骨の折れる作業で、途中で休憩していると、勉強していた子どもが快く手伝ってくれた。
子どものハイスピードのおかげで、すぐに作業は終了した。
佐用町の子どもとの作品ができてうれしく思った。

少しすると、これまた前回来てくれた。自治会長さんのお孫さんが来てくれた。
前回は貯金箱を一緒に作成したが、今回は違う工作キットを持ってきた。
このキットがなかなか曲者で、子どもには到底作れないようなものだった。
そこで、私を含め、大学生3人がかりで作成を手伝った。

接着剤がかわくまでの間、少し休憩をすることにした。
すると、早速「野球しよ」と声がかかった。

野球と言っても、外でやるわけではなく、カフェの中のマットの上にマットをひっくりかえしたベースを置き、手作りのボール(紙をまるめたもの)を手で打つというものだった。
これがなかなか激しく、学生はへとへとになってしまった。
子どもが14点を取り、学生が1点を取り返したところで、休憩という名の野球を終了した。

そして、工作に戻った。接着剤の乾き具合を確認し、次々とパーツを作成していった。やすりやドライバー、カッターを作るので子どもには危険だと感じたし、子どもも作ってくれというので、学生で作成をした。

悪戦苦闘の結果、無事勉強会の終わる17時には完成することができた。
子どもは大変喜んでおり、みんなに見せて遊んでいた。
子どもを送り出してから、片づけを行った。

みんなの口から出るのは「疲れたけど楽しかった」や「少人数はいいな」ということだった。私自身も同じことを感じており、たくさんの子どもにmちろん来てもらいたい気はするが、こうやって密な関係を作って地道にやっていくのもまた、ボランティアの役割かな、と思った。

そのあと、29日のコミュニティカフェのビラと、カフェの愛称募集ビラを配布しに久崎地区を回った。
いつもは午前中にビラを配布するので、不在の家が多いが、今回は17時半というご飯時だったので家におられる方が多かった。
また、配布していておもったが、だんだん認知度が上がってきていることを感じた。カフェというと「あぁ、いつも御苦労さん」や「いつも行ってるよ」とうれしいお言葉をいただいたりした。
1時間ぐらい配布したあと、笹ケ丘荘に帰った。
帰ると、すでに夕ご飯のお好みきの準備が整っており、みんなで乾杯をした。
今回は、救援隊の頼政くんも同じ部屋で泊るということで、交流会も兼ねて行った。
23時ごろ解散し、28日は終了した。
8月29日(日)
今日は朝8時から朝食だった。6時半に起床し、身支度をして、朝食を用意する男子部屋に早めに行って手伝った。
全員で10名少しだった。
お米は4号たき、昨日の残りのお好み焼きを暖めたり、ゆで卵を作ったり、お味噌汁の準備をした。
予定通り、8時すぎには出来上がり、みんなでおいしく頂いた。

それから、部屋の片付けをし、9時には笹ケ丘荘を出発した。
寺本号と萩野号にわかれてカフェへ向かった。

今日は朝からカフェをする班と、佐用町役場で子ども遊びブースを実施する班の2つに分かれた。

わたしはカフェ班で、昼から佐用町役場に向かうことになった。
カフェは久崎地区は、もう1つ行われるので、こちらに人が来るかかなり心配だった。
みんなで力を合わせて準備をし、10時に開店した。
少しの間はだれも来なかったが、その後はぞくぞくと来られた。

わたしはお茶を出しながらだったので、ゆっくりとお話は聞けなかったので残念だった。
しかし、みんなが口々に水害について語っておられたのが印象的だった。
特に印象的だったのは、水害の時にもともと避難所に逃げるつもりはなく、2階でじっとしていたという話だった。
水があっという間に2?くらいになり、しばらくすると地震が起きたような揺れがきた。それは隣の家の2階部分が流れてきて、家に当たっていたからや。うちと隣の家の間にフェンスがなかったら、今ごろ押されて自分らは死んでいたやろ。という話だった。

今まで聞いていた人は、みんな水位の話や、片付けの話が多かったが、今回は死と隣り合わせだったという話を聞いて、より一層災害の恐ろしさを感じた。

顔ぶれは、いつも来てくださる方もいれば、はじめての方もいた。
なかには、いつも何かやっとるのはわかってたが、今日はじめてきた、という方もおられてうれしかった。
その方も、当時の写真を見ながら、当時を振り返っておられた。

その後もぞろぞろと来られ、2時間で26名のお客さんが来られた。
中には、水害で家がまだなおっておらず、今日は岡山から来た、という方もおられ、わざわざ参加してくださったことをうれしく思うとともに、その方にとって良い位置にカフェがあるのだと感じた。

13時にカフェを閉じ、後片付けをしてから佐用町役場に向かった。
佐用町役場では11時から子ども遊びブースを運営していた。
わたしを含め、カフェメンバーはまず腹ごしらえをした。その後割り当てられたブースに行き、手伝いをした。
わたしは竹炭石鹸作り体験コーナーだった。作り方を子どもに教えたり、自分自身も見本を作ったりした。
お客さんの反応を見ていると、子どもには大人気で、でもお母さん世代にもけっこう人気があることを感じた。

15時前にはみんな片付けをしだした。
15時には、みんなが書いたメッセージをつけた風船を飛ばした。
そこには南光のひまわりの種をつけており、メッセージが佐用町から外に飛ばされいろんな人に感謝が届くようにと考えられたもので、すごく素敵だとかんじた。
その後片付けをして帰路についた。

今回は一日目、二日目共に、佐用町の人と濃い関わりができたとかんじた。

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