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関嘉寛ゼミ 09’コミュの10月26日・27日の活動

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10月26日・27日に研究のため、阪大の成輪さんと佐用町に行ってきました。

コメント(3)

10月26日(火)
JR大阪駅10時発新快速播州赤穂行きへ乗車。車内で成輪さんと今日明日の研究について話合う。成輪さんは研究内容上、あまり深く考えずに「つぶやき」を聞き取ることが必要であるということになったが、私はつぶやきの聞き取りが直接研究につながらないため、どうするか考えなければならなかった。結果、私は学生ボランティアが関わることで住民の人々から出てきた言葉がつぶやきであり、外部者の関わりを肯定・否定するものだと考えることにした。(私たちに向けて否定はないと思うが…)12時すぎに久崎駅に到着した。はじめに黒田さんに挨拶に行き、カフェに荷物を置かせてもらった。そして大阪で購入しておいたお弁当を持ち千種川沿いに向かった。川沿いで食べるお弁当はとてもおいしく、あらためて自然のすてきなところだと感じた。そして寒くなってきたので、一旦カフェに戻って今日回る方向を決定することにした。前回は久崎地区の上の方を回ったので、今回は下を回ることにした。ぶらぶら歩きはじめると笑顔でよってくるおじさんがいた。そのおじさんは作業途中のようで、私たちを見ながら終始ニコニコしていた。
「あ〜あんたら、黒田さんのか」「あのかわいい名前の…」
「チャコネットですか?」
「そうそう、チャコネットやわ。また行くわ」
このおじさんはもともとご存知のようで、前回の訪問から奥さんは笹ヶ丘荘にお勤めであることがわかっていた。

次は井上さんのお宅でお話を聞くことができた。井上さんは「お父さんが大きい病気して家を空けられないの…」「君江さんも誘ってくれるんやけど。」
このお母さんは介護から水害に遭い、今は病気のお父さんを介護しているようで、なかなか参加できないとおっしゃっていた。少しさびしそうな表情をしていた。そして、黒田さん(君江さん)が声をかけていってくださっていることをうれしく思った。

次は、増田さんのお家でお話を聞くことができた。増田さんは「2度目(の水害)やからやる気がなくなってしもて…」「もう壁直したりするのもある程度でいいかと思って」「でも遠いところから田舎でカフェを開いてくれてほんとありがとな」とおっしゃった。水害の話をするのはとても辛そうだった。久崎の方々は水害に2〜3度あっているので、やる気がなくなるというのもすごくわかる気がした。水害は、片づけなどで体力を奪い、そして亡くすものが多い面で精神力も奪っていくものだと感じた。

このころだんだん暗くなってきた。もう1件くらいで終わろうかというときに、おじさんに会ったのでカフェのビラを配ると、「喫茶はいいんやけど、ただここらの人は少し遠いわ」「おばあちゃんやったら歩くのがしんどいかもな」と言っていた。確かに、私たち学生の足でも少し遠いのに、高齢の方にとっては大変な道のりであると感じた。ただ、この近くには毎月第2土曜に開催しているふれあい喫茶があるそうで、そちらで集ってもらえたらいいなとも思った。なるわさんと今度偵察に行こうという話になった。そして、一旦黒田さんのところに戻って荷物を取り、今日泊まらせていただく伊東さん家に向かった。

伊東さんのところには1カ月前から大阪大学の勝山さんが滞在しており、以前もご飯をいただいたことがあった。今回も頼んでみると快く受け入れを許可してくださった。
伊東さんのところに着くと、もう食事の準備が終わっていた。今日はフライだそうで、野菜や魚のフライなどたくさん用意されていた。そしてフライの前に猪肉まで食べさせてくださった。どれもおいしく食べすぎてしまった。最後は白ご飯に、お父さんの飼っているウコッケイの卵をのせた卵かけご飯をした。お腹いっぱいながらも最後まで残さずに食べた。そして食事が終わってからは、居間でお茶を飲みながらゆっくりした。そろそろお風呂に入る時間になったと言ってお母さんからお風呂に入られた。そして、私たちも勝山さんの泊まっている離れに行ってお風呂の準備をしながら少し話をした。
勝山さんは「一カ月滞在して、みんなにわかった上で活動してほしいと思うことがある」と言っていた。それは、私たち(チャコネット)に関することで、要約すると「黒田さんは町の中心に近い位置にいる人で目立つ。黒田さんと仲良くない人はカフェに行かない。黒田さんにいいように使われているのではないか」「福井社長にチャコネットはコンパニオンのように思われている。福井社長も適当な人で、そのような人と仲良くしていたら私たちもそのように思われるかもしれない」というようなことだった。その場では反論というか自分の思いを伝えることはできなかったが、私は黒田さんのおかげでカフェが実現できたし、本当に私たちの活動に協力してくれている。黒田さんと仲良くない人が来ないのは、私たちとは別の次元である場合もあるし、また来ていない人に来てもらう働きかけによって来てもらえるかもしれないと感じた。福井さんの件もそうだが、片方からの見方にすぎないのではないかと感じた。町の人の関係についてのもめごとなどはどこの地域にでも転がっているものであり、ボランティアがそこまで考えるのは果たして必要なのかと思った。
以上。
27日

朝7時に起床した。7時からご飯をいただいた。伊東家は朝はパンだそうで、パンとヨーグルトをいただいた。そして1時間くらいで身支度を整え、お父さんと一緒にウコッケイの小屋に向かった。ウコッケイを見るのははじめてで、とても毛がきれいだった。お父さんは一日中この仕事場にいるそうで、冷蔵庫まで完備されていた。見学後また家に戻った。そしてそろそろ出発しようということで、ビラを持って昨日の続きをはじめた。だが、朝10時ということもあってか不在なお家がほとんどだった。ほとんどポスティングするだけになってしまった。あるお家でにこにこと笑顔なおじさんが出てきてくれた。おじさんはカフェをもとから知っており、「久崎は元気がなくなってしまった」「みんな集まらへんし」「活気づいていけばな」とおっしゃっていた。このように思っているかたがいるのをはじめて知った。このような人がカフェに来て、盛り上げていってもらえたらと思った。

そしてぶらぶら歩いていると、勝山さんと知り合いの方が声をかけてくださった。「もし水害の話が聞きたかったら、うちのおじいに聞けばいいよ。当時の写真もあるし」私たちはお言葉に甘え、お家にお邪魔することにした。
おじいちゃんは今年で88歳だというのに背筋がピンとしており、とっても元気だった。おじいちゃんは水害にあって、その時に大事にしていた1斗升を流されたそうだった。それが次の日に香川県の小豆島に流れ着いており、小豆島の校長先生が裏におじいちゃんの名前と住所が書かれているのを見て、送り返してくれたようだった。そこから交流がはじまったということで、あったかいなとかんじた。この方は昔久崎の自治会長をされていたようで、水害のあとすぐに久崎を見て回った話や、避難のときに隣のおばあちゃんに声をかけて家に避難させた話などを伺った。当時の水位が上がった写真も大事に撮っておられ、それらを見ながら話をしていただいた。貴重なお話が聞けたとかんじた。
そこからは、2日間のまとめを行った。16時30分の久崎発に乗るという話をしたら、なんと早めの夕食まで用意してくださった。本当に感謝してもしきれないくらいのことをしていただいたと感じた。そして見送られながら大阪へ帰った。
今回の滞在はまた水害について知ることがでできた。そして、あたたかい話も多k聞くことができた。今回でつぶやきの聞き取りは終了しようと思う。そして、自分の関わり始めと今での違いを振り返りながらまとめていきたいと思う。以上

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