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関嘉寛ゼミ 09’コミュの7月31日・8月1日 佐用町の活動

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有山です。
7月31日と8月1日に佐用町で活動を行ってきました。

コメント(8)

7月31日

朝9時45分にJR大阪駅の中央改札に集合、10時発の播州赤穂行きに乗車。
三ノ宮組とは車内で合流した。
12時30分ごろ、佐用町に到着。昼食を食べ、13時ごろに高瀬舟まつりの会場である神社の境内に向かった。
その境内は、私や関先生や高木くんたちと水害直後に泥かきを行った神社だった。泥だらけだった集会所や、逆さになっていた遊具などはすべて元に戻っており、当時を思い出すとともに、もう水害から1年たつということを思い出した。

会場に着くと学生たちはさっそく「チチコ釣り大会」に参加していた。
子供に負けないぐらいの必死さだった。
私は残念ながら荷物持ちだったので参加はできなかったが、その間に足湯隊の隊長さんや鳥越さんとお話をすることができた。
足湯隊もお祭りの会場で、足湯をされているようだった。
鳥越さんは、竹細工のブースを出されており、カブトムシやクワガタなどの竹細工が並んでいた。私は、秋に実施予定の「親子竹炭焼き体験」に鳥越さんをゲストとしてお呼びできないかとお話したところ、快く承諾してくださった。

1時間ほど「チチコ釣り大会」が開催され、最後には優勝者にトロフィーの授与があった。子供はそのあと家に一旦帰って着替えをした。その間、学生はまだ釣りを楽しんでおり、住民の方に「子供より学生のボランティアさんの方が熱中しとる」とまで言われていた。

15時半には私と寺本さん、松井さん、岡田さんの4人で買い出しに向かった。
買い出し内容は、明日の朝ごはんと夜の交流会の分で、前回の反省から食材の買いすぎには注意した。
帰ってくると17時少し前だった。私たちの魚釣りブースは17時からだったので、急いでブースの準備を行った。
途中何人かが焼きそばコーナーに呼ばれてお手伝いすることになった。

あそこ復旧したんやわーい(嬉しい顔)

また写真とかあったら見せてながまん顔
続き

準備をしているとあっという間に17時になってしまった。
いろんな準備に手間取ってしまい、うまく仕事をふりわけることができずにメンバーに迷惑をかけてしまった。
私は、はじめはメディアへの対応を行った。
記者の質問の中で「佐用町は水害から一年たちますが、どう思いますか」というものが多かったが、正直何て答えればよいかわからなかった。
1年は、ある意味で一つのくぎりであるが被災者にとってはあまり意味をなさないのではないかと感じた。また、私たちボランティアにとっても1年たったからどうということはなかなか言えないと感じた。
逆に、私にとって良かったと思った質問は「今後の方向性について」だった。
日頃、方向性を考えながら活動を行っていくべきだが、目の前の活動でいっぱいになっていることが多いので今後のことをしっかり考え、メンバーで共有を行いながら活動を行っていくべきだと感じた。

その後は、焼きそばブースを手伝いに行った。
まだ手伝いはじめなのに、隣のジュースとポテトを売っている方から差し入れをいただいてしまった。
手伝いの内容は、焼けた焼きそばに青のりをかけたり、お金の受け渡し、セールストーク等だった。久々に燃えながら販売を行ってしまった。
その時に感じたことだが、子どもや若い人がたくさんいることに気がついた。
普段コミュニティカフェを行っていると、来られるのはお年寄りが多く、佐用町には若い人がいないイメージがあった。しかし、今回若い人々が多く来ているのを見ることができて佐用町の違う一面を見ることができた。

そして、少しすると富くじがはじまった。
みんな「亀」「鶴」などの言葉と番号の書いた紙を一枚ずつ持ち、前で発表される番号に耳をかたむけていた。
良い商品も多数用意されており、住民の方々は大いに盛り上がっていた。

そして富くじも終了し、おまつりは終わった。
私のイメージでは、失礼ながらこんなに盛り上がるお祭りだとは思っておらず、非常にびっくりした。
また、今回お祭り会場にいると、住民の方から声をかけていただくことが何度かあり、私たちの認知度が上がっているのだと感じた。

会場の片づけが終わり、私たちは笹ケ丘荘に戻った。
今日は交流会ということで、全員が一部屋に集まり、自己紹介をして乾杯をした。みんな楽しそうに交流を深めており、他大学と活動を行う良さもわかってもらえたのではないかと思った。
高木君、会場の写真もアップします♪
水害当時、先生や高木君と泥かきを行った集会所の写真。
8月1日の活動

1日は久崎商店街の空き店舗を使用したコミュニティカフェを実施した。
今までも2回カフェを実施してきたが、今回は店内改装後はじめてだったので、朝からわくわくしていた。
カフェに到着して店内を見ると、はがれていた壁がきれいに張り替えられ、使えなかったクーラーが稼働していた。匂いは少し残っていたが、以前に比べるとほとんど気にならなくなった。

そして、みんなで準備を開始した。
まず、店内飾り付け班とビラ配り班に分かれた。
私は、ビラ配り班になり、2回生の岡田さんと大山さんの3人で上の方をまわった。岡田さんは以前もビラ配りの経験があったので、住人への声かけ担当をしてもらい、大山さんは慣れてから声かけをしてもらった。
ビラ配りをしていると、カフェと言っただけで「あぁ、いつも御苦労さま」というように、すぐにわかってもらえるようになったと感じた。徐々に私たちの存在が住民の方々に伝わってきたと感じた。
しかし、今回は声かけをしても「はいはい、また時間あったらいくわ」というような返事が多く、話はほとんどできなかった。

一旦カフェに戻り、また違うメンバーで下の方にビラを配りに行った。こちらも同様でなかなかお話までつなげることができなかった。また、不在がほとんどで30件まわっても10件いるかいなかだった。
ビラを配る時間も考えていかなければいけないと感じた。

カフェに戻り、開店準備を進めた。
今日は、カフェの店舗「foodsくろだ」を「子育てほっとステーションくざき」として開店する日も兼ねており、その開店式を行うということでメディアがたくさん来ていた。その開店式の司会に有山と成輪さんが抜擢?されてしまい、司会の打ち合わせを行った。
そしていよいよ開店の13時になった。
緊張の中、開店式がはじまった。
緊張のため、かんでしまったり、お祝いの言葉を言ってくださる方を一人飛ばしてしまったりと、ぼろぼろだったが、みんなは「間違ったのわからんかったで」などと慰めてくれた。

そしてカフェが無事開店した。
私は成輪さんと共に、外で呼び込みや案内を行った。
13時すぎにぞくぞくとお客さんが訪れ、みんなてんてこまいの様子だった。
また、今回はメディアが多数訪れていたため、よけいカフェ内はごった返していた。これでは住民の方々がゆっくりできないのではと心配になった。

案内係だったため、住民のかたとゆっくりお話はできなかったが、住民の方々のたくさんの笑顔を見ることができたと思う。
また、今日は七夕飾りだったので、外でたくさんのメッセージを見ることができた。多くは「佐用町が笑顔いっぱいの町になりますように」や「水害が起こらない町にしたい」というものだった。
多くの願いを見て、心あたたかくなるとともに、水害が起こらないまちづくりを私たちができる範囲でお手伝いしたいと思った。

次回は8月28日の佐用町感謝の集いでカフェを開催するので、そのときは住民とゆっくりお話ができたらと思った。

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