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バイク小説「Rider's Story」コミュのバイク短編小説「たき火の会」

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たき火の会

第一回 始まる

「ニッシー? 俺。ごめん、夜遅くに」

「おう、ミノルか?」

 二月下旬のミノルからの電話。要件は分かっている。ミノルが話を切り出す前に俺は言った。

「たき火の会だろ」

「そうそう、今週の土曜の夜ね。天気もいいみたいだしさ。また、薪と新聞紙を用意しておくよ」

「ありがとう。あと、カセットコンロとヤカンと水もお願いできるかな」

「いつものね、了解。水はたっぷり必要だよね。ニッシーはバイクで来る?」

「もちろん。たき火の会は必ずバイクで行くことにしているからさ。コーヒーの道具一式リュックに詰めて持って行くよ」

「そっか。まだあのバイクに乗っているの?」

「乗っているよ。調子もいいし」

 じゃあ今週の土曜日に、とミノルが言った。おやすみ、と俺は言って電話を切った。



 毎年、三月の第一土曜の夜は、たき火の会という集まりがある。高校時代の同級生の集まりなのだが、俺たちが二十歳のときに始めて、今年で十回目になる。ミノルの祖父が地元の山に土地を持っていて、その山に流れる川の河原で行っている。第一土曜の天候が悪ければ、第二土曜、それでも悪ければ、第三土曜となる。とにかく、毎年一回必ず行うと決めている。女性は連れてこない、酒は飲まない、という暗黙のルールもある。毎年五〜六人集まる程度の小さな会なのだが、俺はこの行事を毎年楽しみにしていた。



 たき火の炎は見ているだけで飽きない。ミノルがもう一本、薪をくべた。暦の上では春なのだが、夜はかなり冷え込む。たき火で暖をとるのに丁度いい時期を選んでいる、というのもある。夜空には満天の星空が広がっている。たき火の炎の向こうに、同じように星空を見上げているケンイチの顔が、赤い光に包まれてぼんやり浮かんで見えた。川の流れる音だけが静かに聞こえている。

「ニッシー、コーヒーまだ?」

 コーヒー好きのコージが、俺の傍まで歩いてきた。

「いっぺんに淹れられないんだよ。二杯分ずつ淹れているから、もうちょっと待って」

「ニッシーの淹れるコーヒー、いつも楽しみなんだ」

 コージはそう言って、たき火の傍に戻っていった。

「今のところ、四人か」

 ミノルが呟いた。大体、いつもこのくらいだ。夜遅くに、もう一人、二人増えることもある。

 コーヒーが全員に行き渡った。それぞれ思い思いの飲み方で飲む。

静まり返った夜の河原で、たき火を囲んで、ホットコーヒーを飲む。ただ、それだけをする集まりなのに、よく十回も続いたものだ。



「みんなで集まって、たき火の炎を見ているとさ…」

 ケンイチがゆっくりと話し出した。

「普段の日常の中では言えないことがさ、ぽろっと口に出たりするんだよな」

 みんな、コーヒーを味わいながら、たき火の炎を見ている。ここにいる全員がゆったりとリラックスして、くつろいでいる様子が伺えた。

 真っ暗な土手の向こうの森で、ガサッ、と何かが動いた音がした。反射的にみんながそちらの方を向いた。

「俺、一人だったら、こんな夜にこんな場所にいたくないな。絶対」

 俺の言葉に、みんなが笑った。

第二回 ケンイチ

「テツローってどうしているんだろう。まだ独身かなあ」

 コージが唐突に言った。

「五年前まで毎年来ていたよね」

 記憶力のいいミノルが、そう言った。

「ぱったり来なくなったな」

 俺はそう言って、コーヒーを一口飲んだ。

「…二年位前かな、テツローから突然電話が来た」

 ケンイチが、ふっと口を開いた。みんな、ケンイチの方を見た。

「十万貸してくれって。もちろん、断った。俺たち、金の貸し借りはやめようって言っていたしね。それに理由も言ってくれなかったし。…で最近、噂で聞いたんだけどさ、…自己破産したらしい」

「ええ!」

 みんなの驚いた声が、静まり返った山にこだました。俺も、持っていたコーヒーを落としそうになった。

「なんで…」

 誰もがそう思った。みんな、しばらく黙り込んでいた。



 ケンイチが話題を変えた。

「…あのさ、先月、嫁が妊娠した」

「おお! おめでとう」

 コージが持っていた紙コップを乾杯するように高く上げた。

「だろ? おめでとうだろ? …でもさ、俺、嫁さんに妊娠したって言われて、そうか…、しか言えなくて」

 ケンイチは、たき火の炎を見ながら苦笑いした。

「俺は、自分の嫁が妊娠した時、やったーって抱き合ったけどね」

 ケンイチの左にいるコージが、そう言ってケンイチに抱きついた。ケンイチは続けた。

「当然、子供ができた喜びってのもあるけど、それ以上に、父親になることへの不安が大きくてさ」

「それ、俺も同じだったよ」

 ケンイチの右隣りのミノルが、薪をくべながら言った。

「父親になる不安、俺にもあったなあ。でもね、生まれてしまうと、父親の不安なんて関係なく、子供って案外、勝手に育っていくんだよね」

 ケンイチがじっとミノルを見ている。ミノルは、たき火の炎を見ながら続けた。

「ケンイチ。生まれてくる子供は絶対かわいいよ。子供嫌いだった俺が言うんだ、間違いない。赤ちゃんでもさあ、表情が豊かになってくる頃かな、笑ったりするだけで、もうたまらんよね」

 みんなの笑い声が森の中に響いた。俺は、ゆっくりと腰を上げると、カセットコンロで湯を沸かす準備を始めた。

「二杯目?」

 すかさずコージが聞いてきた。そうだよ、と俺は言った。

 川の土手の上の広場から排気音が聞こえて止まった。原付スクーターのような音だった。誰かが河原に下りてくる。今日、こんな夜更けに山奥の河原に来るのは、俺たちの同級生であることは間違いない。たき火の炎に照らされた、その男の顔を見て、みんなが驚いた。

第三回 テツロー

「テツロー!」

「よお…久しぶり」

 みんながテツローに注目した。テツローは、空いていた俺とミノルの間の席に腰を落ち着かせた。俺は、淹れたばかりのコーヒーを、先にテツローに渡した。サンキュー、と言って、すぐに一口飲んだ。

「今、ちょうどテツローの噂をしていたところなんだよ」

 コージがテツローに言った。

「自己破産のか?」

 テツローが、自分から言った。みんな黙り込んでしまった。暗闇の静まり返った森の中、川の流れる音だけが、辺りに響いていた。テツローが静かに語りだした。

「…俺、五年位前かな、変な女を好きになっちまってさ。自分の金がどんどん無くなっていって…。手っ取り早く稼ごうと思ってギャンブルに手を出して…、悪循環だよ…」

 俺は、コーヒーをケンイチに手渡した。ケンイチはコーヒーを受け取りながら言った。

「今は?」

「あの女とも、きっちり別れたし、自己破産の手続きもして、再スタートしているとこ」

「大丈夫なのか?」

 俺はテツローに聞いた。

「ああ。借金は無くなったしな。でも、車もなくなった。クレジットカードも持てない」

「…そうか、でも、まあ、元気そうで良かった」

 俺はそう言って、自分で淹れたコーヒーをすすった。

「俺、思うんだけどさ…」

 テツローは、じっとたき火の炎を見つめながら言った。

「もし、このたき火の会に毎年欠かさず参加していたら、自己破産なんてしなかったんじゃないかなって」

 ミノルがテツローの方を見て、また薪をくべた。テツローは続けた。

「女は連れて来ない、っていう雰囲気があったから、五年前から来なくなったんだ。もし、それでも、俺一人でここに毎年来ていたら、きっと結末が違っていたような気がするんだ」

 少し風が吹いて、たき火の炎が揺れた。炎の向こうで、ミノルがテツローを見ているのがわかった。

「これから、毎年来いよ」

 ミノルがそれだけ言った。テツローは黙ったまま何度も頷いた。



「土手にある単車、見たよ。ニッシー、まだあれに乗ってんだ」

 テツローが土手の方を指さして言った。

「ああ、調子いいんだ。まだまだ乗り続けるよ」

「あれって、確かヤマちゃんの…」

「そうだよ。俺が乗り始めて十一年になる。その前にヤマちゃんが一年位乗っていたんだ」

 俺は、少し冷めたコーヒーを飲んだ。少し冷めたコーヒーも、味がしっかり分かって、おいしい。

「さっきの話じゃないけどさ…」

 ミノルが口を開いた。

「十一年前、いや十二年前、俺たちが十八歳の頃から、このたき火の会をやっていたら、ヤマちゃんは事故を起こさなかったんじゃないか」

 みんなが少しだけミノルの方を見た。

「ようするに、ヤマちゃんが生きていた時に、あいつがこのたき火の会に参加していたら、ってことか?」

俺は、ミノルに確認した。ミノルは、少し考え込みながら、時間をかけて答えた。

「そう。うまく言えないけど、なんていうのかな、間違った方向に向かっていたそいつの人生をさ、このたき火の会が軌道修正してくれるっていうか。わかるかな…。そんな、感じがするんだ」



最終回 来年も再来年も

 みんなは黙っていた。だが、ミノルのその答えに誰もが同感している様子が、みんなの表情から窺い知れた。

「一年に一度、俺たちは人生の軌道修正をしている、ってわけか…」

 黙っていたケンイチが、両手を頭の後ろに組み、星空を見上げて言った。

「俺は軌道修正の必要はないね!」

 コージが、まるでいたずらっ子のような笑顔で言った。

「なんで?」

 俺は、コージに聞いた。

「だって、もともと俺の人生は間違った方向へ進んでいないからさ。たき火の会に参加しようが、しまいが、俺の人生は同じなのさ!」

「いや、案外、そうでもないと思うぜ。お前、たき火の会、皆勤だろ。もし、来なくなってみろ。奥さんとは離婚、子供とも離れ離れだ」

 テツローが明るく冗談を言った。

「俺、毎年必ずたき火の会には参加します!」

 座っていた丸椅子から勢いよく立ち上がって言ったコージの言葉に、みんなが声を上げて笑い合った。たき火の炎もこのときだけ、勢いが増したような気がした。



 誰もが、もがきながら人生を歩んでいる。二十歳から三十歳まで、みんな、大学を卒業したり、結婚したり、子供が生まれたりする中で、人生の岐路に立たされたこと、壁にぶち当たったこと、悩み、葛藤、挫折、様々な心の事件があったはずだ。

 一年に一度の、このたき火の会。たき火の炎を囲み、コーヒーを飲みながら、旧友と一緒にいると、普段の日常では話せないことから、話すつもりもなかった悩みまで、ふっと口に出てしまう。それを聞いてもらうだけで、気が楽になるのかもしれない。

ここにいるみんなが、程度の差こそあれ、心を病んでいる。一年に一度のたき火の会が、それを癒してくれる。



「人生の軌道修正か…」

 俺は、一人呟いた。今まで、俺がこのたき火の会をいつも楽しみにして、大事にしていた理由が、十年経った今、やっとわかった気がした。これからも、たき火の会は続けたい。参加者が減って、俺とミノルだけになっても続けるんだ。



 もうすぐ、日が変わる。まだまだ、お開きの雰囲気はない。朝方になって、誰かが「そろそろ帰ろうかな」と言うまで続くのだろう。



 俺は席を立った。

「コーヒー淹れる?」

 コージが、すかさず聞いてきた。

「そうだよ」

「待ってました!」

「何杯でも淹れるよ。コーヒー豆と水はたっぷりあるんだ」

「一人何杯分用意したの?」

「八杯分」

「足りないよ!」

「何言ってんだよ。充分だろ!」

「足りない!」

 ミノルが、まあまあ、とコージをなだめる。ケンイチが、じゃあ俺のコーヒーをやるよ、と言い出した。そんなみんなを、テツローは煙草を吸いながら、眺めていた。



 来年、ここにいるメンバーは、きっと全員来るだろうな。

 だったら、コーヒーは一人十杯分用意しようかな。

 一年後のたき火の会のことを、もう考えている自分に、思わず笑みがこぼれた。

終わり



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