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本土決戦 -関東の防衛-コミュの九十九里沿岸の構築陣地。

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【沿岸築城の開始】
東部軍は防衛の重点を従来防空作戦としていたが、昭和19年5月以降は沿岸築城も重視。
九十九里浜、鹿島灘正面、八戸正面を重点とし、相模湾正面、仙台方面も重視しつつ
沿岸要地に堅固な拠点を構築し、強力な敵の来攻の際にはこの拠点をあくまで保持する
という考えで陣地構築を計画し、各部隊の偵察結果を元に昭和19年10月13日、沿岸築城の
開始を下令、昭和20年8月終戦時における、九十九里沿岸に配備された主要部隊は、第147師団、
近衛第3師団、第234師団、第152師団。

左 坑道式軽機関銃陣地銃眼部 
中 近衛歩兵第10連隊連隊本部
右 不戦古戦場の碑

坑道式軽機関銃陣地銃眼部の画像は、いっちゃん様撮影の写真を当方が拝借した物なので
無断転載等はしないで下さい。

コメント(10)

【大豆谷付近火網の構成−坑道式軽機関銃(LG)陣地考察?】

近衛歩兵第10連隊第1大隊第1中隊が配備された、坑道式軽機関銃(LG)陣地。
大豆谷(まめざわ)付近の火網を構成する陣地の1つで、第1大隊第2中隊の墓地の台陣地への側面射撃、拠点内に設けられた砲兵陣地掩護を目的とした、立射用掩体を有する坑道式(洞窟)LG陣地が竹林に存在する。これは近衛第3師団(3GD)対機甲戦闘計画に基づき、主要なる重火器前面には対火炎戦車を考慮し直接掩護の補助を目的として築城されている。敵側面の銃眼は地形地物によって完全に秘匿され、銃眼部の興起も認められない。
敵火に対して反対方向に設定された壕口には防毒設備、砲弾片及び爆風の被害を考慮し若干内方に、通常2個の閉鎖扉(隔障)を設ける事が明記され木製扉以外に幕布扉なども代用された。入り口は砲(爆)撃により壕口閉鎖を考慮し円匙*、鎌、鋸、を備えていた。
昭和19年12月発行の「坑道式掩蔽部(洞窟)構築の参考」では壕の傾斜は作業の便と構築後の使用、通常排水の便を考慮し傾斜の少ない平坑道の構築と記している。

*墓地の台陣地
大豆谷古墳群台地の名称で軍内部での俗称
*LG
軽機関銃を示す軍事符号
*円匙
えんぴと読む。スコップ、シャベル、使用用途に応じて大、中、小とあり歩兵は小円匙を装備する。

左 竹林に築かれた坑道式軽機(LG)陣地銃眼部
中 坑道入口(いっちゃん様撮影。転載禁止)
右 設けられた扉跡を示す壕口、扉は壕口の補強も兼ねている。戦後の燃料不足で壕の扉は持ち去られている。

【大豆谷付近火網の構成−坑道式軽機関銃(LG)陣地考察?】

ここの地質は粘土質にして内部に断層、湧水等も認められず、良地に於いて陣地が構築されている。斜面などの表面に変異(崩土、局部的顕著な凹凸)があると其の内部に断層、湧水等があり崩落の要因となるので、構築の際は良地に於ける位置の構築が求められている。尋常土の上層も普通は軟弱な植物土だが、その下方は堅硬になり砂、砂利が混じる層が多く土地の抗力は深土の如何に依り著しく差異がある。
通路は爆風、砲弾片に配慮して若干の屈曲を加え構築されている、壕内には兵員の待機位置、弾薬、糧食置場を兼ねた棲息用の壁孔が設けられ壁孔内部の両側は腰掛が設けられ、寝台も兼ねている。
壁孔は坑道本体(もしくは通路)の側方に設けられた部屋で、その設計に際しては本体と直角方向に岐分し平行に構築する事が求められている。
壁孔は階段を通して銃座の近くに設けられ、階段は短いながらも屈曲し壁孔、銃座は直角に築かれておらず、銃座が破壊されても坑道内の被害を最小限に抑える配慮がされている。

左 坑道内通路、幅は1人分。
中 銃座(左)と壁孔(右)への分岐
右 兵員の待機部屋である壁孔(いっちゃん様撮影。転載禁止)
大豆谷付近火網の構成−坑道式LG陣地考察?

坑道内の銃座には立射用掩体が築かれ、銃眼部の前には軽機関銃の両脚(前)を据置く脚溝が確認出来る。軽機(LG)の射法は自動火器(を運用する兵)、指揮官、観測所(の人員)銃眼(トーチカ)、戦車に随伴する歩兵等を目標とした點射(3〜5発)、* 連続點射による狙撃であり、連続発射中の銃の震動に対し照準を確保する為、射手は内斜面に接する事により安定を保ちながら射撃する必要から、軽機の掩体は銃の高姿勢に応じ立射用に構築する事を通常とする。
狙撃手、軽機関銃手は射距離700〜800mに於いて的確な射撃が求められる。従来、大豆沢の軽機陣地は墓地の台陣地への側防の為と思われていたが、極めて近い位置に47粍速射砲(TA)陣地を発見した事により、近衛第3師団(3GD)対機甲戦闘計画(要旨)と照らし合せた上で対戦車、対戦車肉薄攻撃支援の*火力急襲地点を構成する対戦車火器(砲)掩護、肉攻支援の射撃区域内敵随伴歩兵の制圧を目的とする軽機分隊の陣地である事が判明した。分隊とは戦闘の為の最少単位で、編成された部隊によって人員の変動はあるが、10〜13名前後で構成されている。1個小隊につき4個分隊が付属し、3個小隊と指揮班で1個中隊が編成される。
近衛歩兵第10連隊(10Gi)は歩兵小隊(54名)を軽機3個分隊、重擲弾筒1個分隊で編成、分隊は若干の組に区分され、分隊長(1名)、軽機組(3〜4名)、狙撃組(2名)、小銃組(5〜6名で2組)の内訳となる。分隊は戦闘準備の為の配備に付くと陣地内で過ごす事になり、交代で警戒部署に就くのだが概ねの配置は次のようになる。銃座(2名)、壕口(1名)、壕外(2名)で残りは休息待機になる。大豆沢の軽機陣地はすぐ真下の位置に防空壕(棲息を兼ねた)を構築しているので、そちらにも待機人員(2〜3名)を振分ける予定だった。内地なので配備に就く前は近所の民家、神社仏閣、公民館、学校、役場などに分宿している。

* 連続點射
瞬間に出現する有利な目標、至近距離に於ける密集射撃に対して一時これを行う。日本陸軍の機関銃、軽機の運用は面による制圧射撃ではなく狙撃を基本としている。

*3GD(近衛弟3師団)対機甲戦闘計画
(一部抜粋)
主要なる重火器前面30〜50mには対火炎戦車を考慮し直接掩護の補助を施設す。(軽機陣地は速射砲陣地より前面の高い位置に構築され、陣地間の距離は50m前後。また速射砲陣地後方には連隊歩兵砲(四一式山砲)と推測される陣地が現存する。

*火力急襲地点
中隊長以上の計画により火力を急襲的に集中する地点。上田中、大豆沢付近の火力構成に当る。(法光寺の速射砲陣地も含まれる)

左 銃座に続く坑道内通路。
中 銃眼の前部に設けられた脚溝が僅かだが確認出来る。
右 壕内の階段を上がると直ぐに銃座に行き着く。大変良好な状態の立射用掩体
【大豆谷付近火網の構成−坑道式速射砲(TA)陣地】

大豆谷の速射砲(TA)陣地は東金拠点配備図には未見なのだが、配備予定前か作戦変更による未配備なのかは現時点では史料不足のため窺い知れない。坑道式軽機(LG)陣地のすぐ側に設けられた、一式機動47粍速射砲陣地の砲座と砲車を格納しておく掩砲所が人目に触れる事無く存在している。
これは上田中の独立速射砲第24大隊(1コ中隊欠、24TA/-1中)の陣地と類似しており、大豆谷は砲座一箇所、一門配備に対して上田中は未完成も含めて六箇所の砲座を構築予定、配備予定は3門で砲座間の移動は掩砲所を兼ねた壕内で安全に移動できる、壕内の通路は砲車の移動を考慮して作られている。大豆谷の陣地は砲座が一箇所なので、射撃後は安全な壕内の通路に移動してその秘匿に努める。砲座前は現在でこそ竹薮が覆い被さっているが、作為的な掘削が施され射撃可能な状態で平面になっている事も付加えて置く。

左 砲眼部前面。
右 砲座の開口部は掩砲所通路よりも横幅が大きく構築されている。
中 掩砲所は一本の坑道だが、砲弾片、爆風被害防止の為カーブを加えて構築されている。  

【大豆谷付近火網の構成−坑道式歩兵砲(RIA)陣地】

大豆谷地区には、近衛歩兵第10連隊、固有火砲の41式山砲(歩兵用)・別名連隊砲)4門のうちの
1門が、歩兵砲中隊、1個分隊が、坑道式の掩砲所陣地に配備されている。歩兵砲中隊は
中隊指揮班、戦砲隊、弾薬小隊からなり人員は123名。戦砲隊 、2個歩兵砲小隊からなる。
そのうちの1個分隊陣地が掩砲所兼、砲座、弾薬庫、壁孔、坑道内の通路2本で構築されている。
歩兵砲は37、47粍速射砲よりも小さいので、砲眼開口部も小さく作られている。
陣地は当時の道路沿いに高低差なく並行して構築されており、現在の舗装道路より低い位置に
存在する、其の為か?陣地前の農業用水池(江戸期)からの水の流入もあり、
坑道は一部崩落を起している。

左 歩兵砲
中 砲眼部 
右 坑道内

【大豆谷付近火網の構成−坑道式MG陣地考察?】

大豆谷古墳群台地に設けられた、坑道式、重機関銃(MG)陣地の1つで、近衛歩兵第10連隊、
第1大隊第2中隊が配置。同地は、墓地の台陣外背射陣地と呼ばれている。
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=35.5598474&lon=140.34402268&sc=4&mode=aero&pointer=on&home=on&hlat=35.5566588&hlon=140.3694561
名前の由来は現存する横穴古墳からきている。
上田中、大豆沢付近の、火力急襲地点の一角を担い、他にも複数の陣地が存在する。
墓地の台自体が小高い丘であり、重機関銃陣地は、その中腹からから上へ抜けていく形で、
1本の壕に2箇所の銃座を備えている。これは、2挺配置されていた訳ではなく、目標変換の為に
構築されているだけである。1個大隊には、1個機関銃中隊が付属し、中隊は4個小隊からなる。
1個小隊は2個分隊からなり、1個分隊に1挺、中隊に8挺、1個連隊で24挺と大変貴重なのである。

左 墓地の台より、上田中方面。国道126号線。
中 墓地の台陣地、壕口
右 壕内。土砂の流入が激しい。

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