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おも詩ろ荘コミュのことば・2011.3.11以降

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 あの日以降、心に突き刺さったことばがあれば、ここに。(前向きなものでなくともかまいません)
 もちろん、あなたのことばも、ここに。

コメント(18)

「力強く華やかな男役を目指したい。被災した方々の勇気につながればうれしい」

 茨城県茨城町で被災、20〜28日に実施された試験に合格し、宝塚音楽学校への入学が決まった横田碧さん(15)のことば
(本日の神戸新聞より)
(発生前に戻れるなら)
「町の放送で『津波が来るぞ』と叫んでみんなを助けたい」
・伊藤かすみさん(17)

(10年後の自分)
「気仙沼なんて早く出たいと思っていた。でも今は残って復興のためになる仕事をしたい」
・守屋朋美さん(15)

(心掛かりなこと)
「ほうしゃのう」
・佐藤愛美さん(13)

(やりたいこと)
「東京に避難したので、いっぱい美術館を巡る。こういう時だから開き直る」
・佐藤聖大君(17)


 共同通信が被災した中高生約80人に聞いたアンケートより(本日の神戸新聞から抜粋)
「物資を届けるだけでなく、支え合おうという共感も広げられるんです」
「最後の一人になるまで届けたい」
・気仙沼市の運送会社社員、尾形英也さん(39)
「かあちゃんを殺すわけにはいかないもの」
「薬を手に入れられてほっとしたのは、かあちゃんより俺のほう」
「こんな時だから冗談でも言ってなきゃ。たまに愚痴はこぼすけどね」

・妻(63)の「命をつなぐ薬」を取りに、福島第一原発から約5キロの自宅に、検問の警官を説得し避難所より一時戻った男性(65)
(神戸新聞より=4の尾形さんの言葉も)
〔GET THE GLORY SENDAI Let′s Rock!!〕

 通常はベガルタ仙台サポーターが自チーム応援のために掲げる大横断幕が、日本代表対Jリーグ選抜のチャリティーマッチにおいて長居スタジアムスタンド中央に掲示された。
 この日のためにベガルタのコールリーダーが一人で大阪まで持ってきたという。またその為の大阪までの旅費はカンパで賄われたということである。
杉良太郎が、インタビューで「偽善とか売名と言われることもあると思いますが…」と聞かれて、

「ああ、偽善で売名ですよ。偽善のために今まで数十億を自腹で使ってきたんです。私のことをそういうふうにおっしゃる方々もぜひ自腹で数十億出して名前を売ったらいいですよ」

と啖呵切ってて迫力あった。

◆◇◆

情報源が2chなんで真偽のほどはわかりませんが、杉良太郎の慈善活動は有名ですね。
今回の東日本大震災の被災地へも、大規模な支援を始めたようです。
「他県の被災地は日々復興しているのに、福島では原発のせいで何も手に付けられずにいる所が多い。そんな今だからこそ、僧侶の本分を果たしたい」

・避難所から地元の南相馬市に戻り斎場に常駐、宗派を問わずボランティアで供養を続ける岩屋寺住職、里見泰寛さん(46)のことば。
〈毎日新聞(mixiニュース)記事より〉
「僕らの映画界もくだらん映画が多すぎる。こんな時に役立つ映画が一本もない。米映画でも韓国映画でも危機感があるが、日本だけは何もなくほうけてたらこれですよ。阪神大震災後、何もやってない。難病の恋愛モノばかりやって。日本人がどうなるか、全然やってなかった」
・映画監督、大森一樹氏
(大阪スポーツ「東日本大震災 緊急提言 負けないぞ日本」より)
「(阪神淡路大震災の後)普段俳句と無縁の人が俳句を紡いだ。災害後、季節が巡り、木々が芽吹き、花が咲くのを見て表現したいという思いがあふれたのだと思う」

「(風景を俳句に昇華することで)言葉が生きる力になっていったと思う」

・フランスで俳句を教える俳人、黛まどか氏(48)

(神戸新聞「人」欄より)
 約300人が避難している宮城県気仙沼市の気仙沼小学校で、小1の?編集長?らが作り始めた「ファイト新聞」が避難生活を送る人たちを元気づけている。第1号から一日も欠かさず発行し、15号を超えた。ハッピーな記事やフレーズに、イラストが彩りを添える紙面だ。

〈電気ふっ活〉
〈たきだしにかんしゃ!〉
〈いろいろなごふべんがあるかとおもいますが、みなさん、がんばりましょう〉


「避難所だからみんな寂しいと思った。少しでも明るくしたくて」

「暗い話を書いてしまったら、紙をぐちゃぐちゃにして捨てます」

・南気仙沼小新二年生、吉田理紗ちゃん(7)


 理紗ちゃんは妹の幼稚園の入園に伴い親類宅に身を寄せるため、近く避難所を離れる。「みんな、がんばろう」との思いがこもった新聞は小4の?副編集長?らが引き継ぐ。

(本日付神戸新聞より引用、要約)
「寒さがつらいけど、あっちよりも外の方がいい」

「迷惑もんだから、しょうがない」

 補聴器の雑音に気を使い、一日の大半を避難所の外でやりすごすという石巻市の末永一男さん(71)
(本日付神戸新聞より)
【株式会社八木澤商店の経営理念】

一、私たちは、食を通して感謝する心を広げ、地域の自然と共にすこやかに暮らせる社会をつくります。

一、私たちは、和の心を持って共に学び、誠実で優しい食の匠をめざします。

一、私たちは、醤の醸造文化を進化させ伝承することで、命の環を未来につないでゆきます。


 八木澤商店は陸前高田市にある、創業二百年を誇る醤油や味噌の醸造生産を主にする食品製造会社。今回の地震、津波の被害によ社屋、蔵などすべてが流されるという甚大な被害にあった。
 事務所に掲げられ、社員が毎日唱和していたという、経営理念が書かれた看板も津波により流されてしまったが、震災から数日後、会社から三キロ離れた瓦礫の中から社員が見つけだしたという。
 八木澤商店は震災後社長が代替り。新入社員二名も加わり、再建に向けて奮闘中である。
『全国に友達が散らばりました。電話で声を聞くだけです。仲間に会えず毎晩泣いています。顔を向き合わせ話がしたいです。
 大人は「もう戻れない」「戻るには10年かかる」と言っています。なぜ大人はそういうことしか考えられないのでしょうか。私たちは故郷に戻ります。いつか必ず戻るとみんなで約束しました』

 福島第一原発事故で全国各地に避難した福島県富岡町の中学生7人が、携帯電話のメールで交わしたメッセージをまとめ、共同通信に寄せた手記より。その最終部分(本日付、神戸新聞)
(被災地訪問に)同行した阪本順治が、この光景にカメラを向ける神経は自分にはない、だが、同時にどう寄り添うことが人間として当たり前の行為なのか、と自問する姿に阪本の想像力の源泉を見た。また、別に被災地を回った是枝裕和が、人びとの哀しみに同伴するためにもカメラを回すのが映画監督としての宿命、と発言したことに同意する。

 生存のための言霊。多分、これが一映画監督としての僕のこだわりだ。人間の喜怒哀楽の直中に、「記録と記憶」「記憶の記録」を方法の柱にする映画が在ってこその日本映画なのだと、今は強く思う。
 
 映画監督・崔洋一
  (昨日付・神戸新聞、震災特別寄稿より)
 えー、すいません急にゴール裏お邪魔しまして。
 えーと、今回震災があって。
 えー、ほんといろいろたいへんだったんですけど。
 えーと、全国のサポーターのみんなに、えー、義援金、支援物資、あったかい言葉、いろいろかけてもらって、ほんと今回乗り切ることができた人が多かったと思います。
 ただ、今日自分たちはこうやって大阪までサッカー観に来れてるんですけど。
 えー、まだ、まあ、家流されて避難所でずっと生活してる人とか、もちろんサポーターの中でも、います。
 自分はもうこういう状態になって、もう被災者って状況ではないんで、もう普通です。
 なんですけど、そういう人たちがやっぱりまだいるんで、そういう人たちへの支援、よろしくお願いします。
 本当にありがとうございました。
 ありがとうございました。
 ありがとうございました。


【5月7日、キンチョウスタジアムにて行われたJリーグ、セレッソ大阪対ベガルタ仙台戦の前に、仙台サポーターコールリーダーが、セレッソサイドゴール裏に訪れて行ったセレッソサポーターへ向けての挨拶】
「復興の狼煙」ポスタープロジェクト
 http://fukkou-noroshi.jp/

 東日本大震災の被災地、岩手県沿岸部で奮闘する住民の姿とともに力強いメッセージを伝える「復興の狼煙」ポスタープロジェクトは、盛岡市の広告会社の男性が仕事仲間らとポスターを作ったことがきっかけで始まった。心の叫びのようなメッセージは、撮影時に交わした会話や本人が発した言葉から引用している。(昨日付神戸新聞より)

 全37種のポスターは上記HPで閲覧可能です。

2月1日付神戸新聞、東日本大震災支援情報面【つなぐ】より

<震災短歌 青春の叫び>

 東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市の気仙沼高校文芸部の生徒が、震災の記憶を短歌に詠んでいる。町が瓦礫と化した時の衝撃、家族との死別、友人への思い、復興へ向けた責任感…。作品からは生徒たちの素直な心の震えが伝わってくる。

 夏ごろまでは震災をテーマにした歌を詠む気持ちになれない生徒もおり、部員が本格的に当時の気持ちを作品で表現するようになったのは昨年10月。顧問教諭が仙台市で開かれた短歌のイベントへの参加を呼び掛けてみると、部員13人のうち10人が応募した。

(以下紙面で紹介されている短歌)

 どおどおと唸りをあげて街に轟く希望に満ちた卒業前夜

 「家なき子」笑って話す友人にかける言葉が見つかりません

 死に顔を「気持ち悪い」と思ったよごめんじいちゃんひどい孫だね

 「頑張れ」と言われるたびにのし掛かる踏み出す足へ希望の重さ

 「また明日」言葉の重みを今知った明日は当たり前じゃないから

 見渡せばかすかに残る家の跡ご近所さんはどこか遠くへ

 手をつなぎ2人で駆けた瓦礫道離してなるかと指をからめた

 光消え真っ暗闇の僕の街だから見えたよ星のお祭り

 恐怖する「慣れって嫌だ」と呟いた瓦礫の街に見慣れてしまい

 呼ぶ家がなくなったねと言うきみが生きていたことそれが嬉しい

 見つからない友を思って泣いたのはやっと四月の中頃だった

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