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おも詩ろ荘コミュのみなさんの感想の部屋

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 「競作の部屋」「作品集」等、創作トピの中の作品で「この作品について感想書きたい」また「作者に聞いてみたいことがある」という方はこちらでどうぞ。
(ん〜どっちかっていうと「ガチンコ道場」よりまったりした感じで展開していただければよいのかと思います)

コメント(106)

だーッ、すげー高度な話し合い意味わかんねー
AとB位しか読解できない ただ読んだだけだと
ただいま帰ってようやく読み終えました。長いですよ(笑)読んだ後から忘れていくくらい長くて、あやうく寝そうでした。なんつて。
えと、なんだっけ。

あ、まず、私は特に論証したいことなんてないですよ。わからないことを論証することなんてできないと思ってるので。そこは考え続ける問題で、考え続ける過程では変更もあるだろうと思っていますね。

えと非言語コミュニケーションに言及した、と取られたら困るなあf^_^;と思って、ああいう書き方をしたんですが、それでもそうなっちゃうわけなのね〜シクシク(;_:)

存在はそれ自体によって云々、ということに、魅力を感じる?ごめんなさい、感じません(T^T)あ、練ってもいません手(パー)だって理論でも思想でも詩でもないから構想もないですウヒョぴかぴか(新しい)


赤ちゃんが生まれてオギャーと泣く。その「オギャー」を「天上天下唯我独尊」という声と取れば、存在自体が他の事物に対する話しかけともなるわけでしょう。
私が朝目覚めるのは、目覚めた朝があるからですから、朝目覚めた私と私の目覚めた朝との意思を媒介にしない無言のコミュニケーションともなるわけで、それを世界と私のといってもいいし、なにかとなにかのと言ってもいいと【「私」は考えています】、ということです。

それには異論もあるだろうし、あって当然だろうし、正当性を主張する気もない。それに私にしたって「私」という存在が理解できているわけではないから、こう書いていても、何かの拍子でコロッと変わってしまうこともあるんじゃないかなあ。だから、そこをツンツンされても感じないわけね。あ、諸井さんはそう読むのかーくらいで。

まあ、わからないならわからないで自分なりに考えてみるといいよ、とは思ってるかな。自分のなぜを自分で追うのがいいんじゃないかなってね。

明日、遠方にいくんだけど、わからないんですよ、実は。だからネットで調べたり、人に尋ねてメモしたりね、あ、カーナビがあるやん、て思い直したり、最終的には現地で行きたい場所を尋ねる手もあるかなとか考えています。

わからないって言ってもわからないし、教えてくれてもわからないんじゃ手の打ちようもない。教えてもらう気なんてさらさらないよ、ってんなら、みすみすわからないって言うのもどうかなあ。問いかけるなら耳を傾けないとね。

八方手を尽くしてもわからないとしたら、わからないが答えのようにも思いますよ。問いは答え。

「あなたは誰ですか?」

?「私は『ルウ』です」
?「私は『わからない』です」

どちらも品詞が変わっただけで、本質的には変わらないような気がするけどね。

でね、諸井さんが「読めない」を連呼するのが私はわからない。

わからないんです。。。

読めない作品てのは誰にだってたくさんあっておかしくないと思うんだよ。で、誰にでも読める作品ってのもなかなかないんじゃないかな。どうしても諸井さんに読んでもらわなきゃだめだっ!!!って作品もないかもしれないし、私が絶讚してても他に読み手なしってこともないとは限らない。

私は読める作品はきちんと読みたいし、読めないものはそっとしておくかな。それでも読みきれないのは作者のせいともかぎらないし、解釈は押しつけようがない。言葉ってやつは話し手や書き手のうちにおさまるわけじゃないのは言わずもがな(だから、お互いに気をつけたほうがいいぜ(o^-’)b

誤って解釈して「いいなあ」と思ってたのが、全然違うことだったってことは少なくないけど、それはほら、詩の読みかたがたったひとつではないことを許容するってことだと思うよ。


こっちには追いつけそうにないやと思っていたら、ルウさんが「読めない」について書かれていて笑った。

『ほとんどのものが読めない病』って、便利な言葉ですね。
私が<ひつじさんの部屋>に書いた作品は、諸井さんの一連のコメントに対する皮肉から作った詩なんだけど、それも「読めない」って言われたらどうしようもありませんからね。


 過剰なモノ。こぼれ落ちるモノ。ソレがあるからおも詩ろい。
 そしていちど溢れてしまったモノは。二度と掌中には戻らない(たぶん)。


 きょうじつにひさしぶりにこのトピックを読みました。









 愛してる









 愛してるよ(^^;)









 だから引用。


 「昆虫ソノモノを描くコトはいただけません。たとえ遠くのほうからとしても姿を浮き彫りにするのはいけません」
            フランツカフカ








> べつのしかたでさん
惚れてまうがなー
>諸井さんさん

こんにちは!
へーそうなんだあ、接待されちゃったよ。

大詩人ってあったの?
ぼくはそんなこと一言も書いてないんだよ。
でもよく聞いてね!

これは冗談なんだよ!
もう話しかけないと思うよ!

じゃあ。
>諸井さんへ。 おも詩ろ荘作品集<ひつじさんの部屋>コメントNo.109・110への返信。

ははは、なんや、回し車の中で回ってるジャンガリアンハムスターに話しかけてる心境になってきたけど……

・用語解説:私は「わかる」という言葉に対して、次のような漢字の使い分けをしています。
 1・解る:何らかの物事・人物を理解する。解剖・解読して、その物事についての解説ができる。
 2・判る:善悪や物事を判別する。どちらを選ぶのか自ら判断する。
 3・分かる:1と2を併せ持つ使い方。1・2のどちらかを強く言い切ることが出来ない場合に使用する。

さて、諸井さんのコメント『「初期衝動への冒涜」なんて言葉はやはり嫌でしたね』という部分について、私は「判る」ことは可能です。諸井さんはこういう言葉を使うのを嫌うんだな、ということを判断することはできる。しかし、そういう諸井さん自身が「乙女属性のひとたち〜」なんて言葉を使われる。これは私には「解らない」。

自ら「大怪獣」と名乗る私や、「初期衝動への冒涜」のような常套句を「誰もが納得しやすく万事平和」と書かれる諸井さん自身が「乙女属性」なんて言葉をお使いになる。

「???(←これも滑稽な表現ですが)。ああ、なんや、自分はいいけど、他人の言うことには噛み付く人なんや」と私が判断してもおかしくはないことでしょう。諸井さんのことを、私が「この人は混乱してはるねんな」と判別することは出来ますが、諸井さんの言うことを理解することはできません。だって矛盾してるねんもん。

でも、こういうことをやりだすと不毛な言葉の揚げ足取りになることを私は解っています。なので「あまり考えないように」している。より正確に書くなら「考えない」のではなくて「言わない・書かない」ようにしているということです。

・つづく
私には小学生の姪がいます。その姪とあれやこれやとやり取りをしていると、非常に多くのことを学ぶことがあります。

例えば、彼女と海の生物たちの出てくる映像を見ていて私が「あ!一角クジラや」と発言すると、姪が「いっかくくじらってなに?」と問いかけてくる。私は、私の知っている範囲で一角鯨の知識を彼女に教える。続けざまに彼女は「あのツノは鼻なん?」と訊いてくる。「あれは歯やねん」と私が答える。「ふーん、すごい歯やなあ!」と彼女は自分の知識の一ページにそのことを記憶する。

ところが、同じようなやり取りにみえても、まったく違う状況であることもあります。それは、彼女の興味があって私に尋ねているのではなくて、私を困らせようとして質問するときです。

先の会話にすると、「いっかくくじらってなに?」「あのツノは鼻なん?」「なんであんな歯が生えるの?」「なんであんなに長い歯なん?」「なんで?なんで?……」。こういう場合は、彼女は私と会話を楽しんだり、新たな知識を仕入れようとしているわけではなく、単にふざけてやっているだけです。

諸井さんの一連の文章からは、そういったことしか私には読み取れません。

>音楽するやつらはそのへんが羨ましいね、その一瞬、に向けてそれらを解消(させようと)してるのだから。

簡単に言うなあ……。
私はあまり良い演奏者ではなかったとはいえ、楽器の練習って、日々くり返しの反復練習の末にあるんですよ。地味な活動の積み重ね。目をつむってても演奏できるくらいの技術はありつつ、時には嫌になるほど何度も同じ曲の練習をバンドでもする。その成果として他人の前で演奏している。

・つづく
最後に疑問文で終わっている幾つかの文章に対して私なりの回答を。
 
>どうしたもんでしょうね?
どうもしなくていいんじゃないでしょうか。

>どうせ誰も答えてはくれないんでしょう?
はい。聞く耳を持たない人への答えはこの世界に存在しません。

>いやこういう言い方がいかんのかも知れないが、ならばなんと言えばいいのか?
私の知ったことではない。

>これですこしは「分かりませんが」に対しての説明になるのだろうか?
諸井さんが混乱しているのは分かりました。

>どのような所属からもはみだす、言葉を求めているのではなかったのか?
>どのようなカテゴリーも拒否する言葉を求めているのではなかったのか?

私個人はそんなものは少しも求めていません。
「どのような所属からもはみだす、言葉」というのは、もはや言葉ではありません。普通の人には解読できないコンピューター言語や、今は使われていないラテン語でさえ、意味が通じなければ存在意義はない。


>でもみんなそんなもんじゃねえの?
>みんなそうなんでは、ないんですかね?

この質問に対してだけは断言をします。
「そんなもんじゃ、絶対にありません!」

ほなね。
>諸井さんへ コメントNo.91

どんな言葉は使ってもよくて、どんな言葉を使われるとカチンとくるとか書くのであれば、コメントNo.91のようなコメントを書くときには注意してくださいね。
これでは、私が諸井さんにメールを送ったように読めてしまうので。

他の人たちに誤解されたくないのではっきり書いておきますが、私は諸井さんのページ(日記)に直接喧嘩を売りに行ったことは一度だけありますが、以降はこのコミュでのやり取りかしていません。
諸井さんが私のつぶやきにコメントしたことには返事しましたけどね。

他者の言葉や書き方にケチをつけたいのであれば、ご自身の書き込みには細心の注意を払うべきだと思いますよ。
みなさんの作品室、コヒモンさんの「鋭さ」。
タイムリーにオウム真理教の裁判を彷彿させられた。私まだ小学生だったなぁ。長かったなぁ。
>吉兆夢さん:コメントありがとう!

この作品自体は2年前に書いたもので、オウム事件とは無関係なのですが、あの頃盛んになった新興宗教に安易な救いを求める若者や、「人殺しは何故いけないのか?」を説明できない大人たちへのケツ蹴り上げ詩でもありますね。

話は変わって。

詩-1グランプリの、べつのしかたでさん「愛は愛するに足るか?」への吉兆夢さんの批評は痺れました!批評というより、緻密な解説文といったほうが正確でしょう。
ネット上での書き方としてはなかなか真似が出来ないのですが、内容が面白ければ、ギッチリと詰まった文章でも読めるということも再認識しました。

それと、私の作品に対するいるかさんの批評文もそうなのですが、批評文を読み終わった後に、その批評を受けた詩をもう一度読み返したくなる。そういう力のある文章は真似すべきだし、また、このような「作品対批評者」のような関係は、次の作品への糧になるやり取りだと感じました。
>諸井さん
「コチニールは祖母の足元で帝王を洗います」について日記を書きましょう
は、面白い!

絵のない絵本を読んだような、絵がついたとしても、なんなのかよくわからない不思議な生物の絵本になるような想像をしながら読んだあとで、コチニールってなんやろ?と思い調べてみるとコチニールカイガラムシという実在する生物がでてきて更に面白さ倍増でした!

作品の中に込められている意味を読み取れるとかどうかとかは関係なく、読んで面白い作品でした。
コチニールおもろいね。
知性のないはずの祖母が色々考えているのが謎だが……
ただいま〜。無事、職を掴んできました(パートだけど)
詩作はまだまだ時間がかかりそうなので、ちまちま感想をupすることに専念しようと思います。

第一弾は去年の春季詩ー1から、べつのしかたでさん「炊事」

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=68764382&comm_id=3726869&page=1&from=first_page

ほんとはあっちのトピに書き込むのが筋なのだろうけど、あまりに時間が開いてちょっと恥ずかしいからこっちでご勘弁を。

一読してシュルレアリスムだなと。解剖台のうえのミシンと蝙蝠傘の出会い云々のフレーズが思い浮かびました。でもそれを料理にすると何とまぁ食欲の失せること(笑)硬さと柔らかさの同居(しかもさっぱり混ざらない)、見事に色の無いモノクロの食卓、特に傘についての記述は秀逸。ビニルは絶対おいしくないよ〜。
最終連は個人的に「ルビンの壺」を連想しました(画像参照)
「壺」という食器を背景にしてそこにいる人間を浮かび上がらせる。としたら、この味気ない食卓から浮かび上がる人間も何とも無機質であること。
と、そんなことを感じました。押忍!

はっ!!そういえばだいぶん時間があいてしまいましたね。←わざとらしく。

合評の現在時はああでもないこうでもないとゆっくりながら熱っぽく進んでいたのですが、時間が経過したあとで改めて全体をよみなおすとまた違った印象で興味深いです。なんというか落ち着いた感じというか、どっしりした感じがします。合評が売り物のひとつになっているこのコミュニティにふさわしいし、一席設けてやりとりしてるような活気がありますね。

で、今さらながら拙作「鉄塔」についてどうでもよいネタバレをしますと、けいきょうさんが挙げていた「鉄塔」「セイタカアワダチソウ
」「猫」などの語は、視点の移動(縦の動き、遠景ー近景)やを使うことで立体感を出したくて並べた記憶があります。そこから内面へ転換する。まあ、ありきたりな方法ですがそういうところです。
ルウさん、ひとりびぼっちにしないでくれてありがとう(笑)

続いて同じく去年の詩ー1から、よしたかさん「午前五時のアシッドハウス」
ほんとに一年空いちゃったけど宜しいですかよしたかさん^^;

アシッド(acid)・・・酸とかLSDとかそんな意味。acid houseで、電子楽器を用いた速いビートの音楽。

作品自体がほんとそんな感じ。ドライ感と疾走感。「午前五時」「サイダー」「幽霊船」「竹林」なんかのガジェットが作品全体をまさしく「サックスブルー」色に染めていて、シャッター街の真ん中を駆け抜ける語り手の「熱」を巧みに引き立たせていると思いました。
いるかさんも言っていましたが「竹林の中でくわえ煙草のジョニー」これ、超cooooool!!!ですよ。素晴らしい一句だと思います。

惜しむらくは第4連がやや息切れしてしまった感じがあることでしょうか。でも、最終連の「さよならの海」はそれを補ってあまりある余韻でした。すべてが別れに繋がっていたとしてもマッチ棒の命は走るのです。たいへんゴチでした。押忍。

>>[105]

久しぶりに覗いてみれば。
ありがとうございます。

本当にくれたんですね。
うれしいです。

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