『神誤忍法帖』コミュの『血まみれ魔香妃』―その二十一

「だからなんだというんだ」
「なんだってなんでもないよ。ただ事実を述べただけさ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「俺はそんな事は聞いていない」
「ただ本人の意思かどうかはわからないけどね。自ら股を開いたのか、それとも野郎共にレイプされたのか、どっちにしろ、今の世の中じゃよくあることだけどさ」

有り得るのは病院の地下室か―監禁されていた時に病院の医師達に犯されたのか、それとも「女」みずから男達の「モノ」を受け入れたのか―『卍』の頭の中にあらゆる思考が飛び交っている。

そんな事はどうだっていいことじゃないのか、そんなことを聞く気も無い、知りたいとも思わない、そう「女」に言ったのはこの自分自身だ、だったら動揺する必要など何もない、俺はあの「女」を「解放」した、ただそれだけだ、それで俺のやるべきことは終わった、だからもうどうでもいい筈だ―

それならどうして胸の中に何かがひっかかっているような気分になっている―そしてそれが擦り傷のように痛いのか―

「羅麻璃」は『卍』の心のブレを察したかのように言葉を投げ付け続ける。

「アンタ、あのコとやったのかい？」
「な、何だと？」
「あのコと一発、一発じゃなくてもいいや、オメコきめたのかどうか聞いているんだよ」
「ば、馬鹿な事聞くな！」
「へえ？こりゃまた珍しいね。アンタはいままで数え切れないほど女達を騙したり、弄り、犯したり、そして殺したりまでしてきたのにさ。まさか、あのコとはやっていないっていうのかい？」
「そんなことはお前は知らなくてもいい！」
「また変な返事だね。アンタの事は私はアンタが思っている以上にわかるんだよ。ふーん、どうやら手はつけていないみたいだね。こりゃまた、どういう風の吹き回しだい？」
「女だからといって全てを手篭めにするというわけじゃない」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。あんないい女をアンタが放っておくわけ？アッハッハッハ！まさかインポにでもなったわけじゃないよね？あんないい女、滅多にいるもんじゃないよ！男だったら他人を殺してでもあんな女とやりたいと思うってもんだよ」
「全ての男がそういうわけでないだろう！」
「どうしたい、今更、衆道に走るってわけでもないだろ？」
「違う、俺は―」
「まさか、アンタ―」

2人の間の空気が止まる。「羅麻璃」が『卍』を見つめる。『卍』はその視線をずらす。

「やばいね、これは」

「羅麻璃」がため息をつきながら言う。『卍』は言葉を返せない。

「アンタさあ、忍びだろ？日本にその名を轟かす、残酷無比で冷徹でSearch and Destroyの『卍』だろっ！？」

『卍』は黙り続ける。

「忍びたる者が女に惚れてどうするんだっ！！」

思わず叫ぶ「羅麻璃」。

「こればっかりは私にもどうしようもできないね。ただ1つだけ言える事があるよ。それは遅かれ早かれ、アンタかあのコ、どちらかが死ぬことになる。理由？それはアンタがあのコに惚れちまっているからだよ。私は今まで恋愛沙汰でおかしくなってダメになっていった忍びを嫌というほど見てきた。そしてそういう連中の運命ってのもうんざりするくらい目の辺りにしてきたよ」

「今のアンタには忍びと呼ばれる資格はないね。アンタだけがくたばるならまだいいさ。だけど「孤異厨」の里はどうなるのさ？アンタが連れてきた子供達はどうなるのさ？そしてあのコはどうなるのさ？」

「羅麻璃」の目が怒りと哀しみで震えている。『卍』は下を向いたまま。そして「女」はそんな2人のやりとりを全て聞いていた。

秋風が吹く。空の蒼さは3人の想いを無視するように残酷なまでに深い―


沈黙は次の瞬間に思いがけぬ形で破られた。「孤異厨」の里で『卍』の下僕として働いている青年が小走りにやってきた。

「おーい、『卍』様あ！お客様がお見えでーす！」息を切らしながら『卍』に近付く青年にはもちろん、いままでの「羅麻璃」と『卍』のやりとりなど知る術もない。

「今取り込み中だと伝えてくれ」
「いやあ、でも向こうの人がどうしても遭いたいっていうんですよ」
「それくらいはお前でなんとかしろ」
「名前だけでもいいから伝えて欲しいっていうもんですから」
「どこの馬の骨だか知らんが―」
「たしか、あの坊主、果心居士と名乗っていました」


先程とはあきらかに異なる沈黙―そして緊張。何かが確実に起きる予感、いや、確信を誰もが感じていた。


『神誤忍法帖外伝：血まみれ魔香妃』―その二十一：終わり