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続・日本軍慰安婦って知ってる?コミュの慰安婦証言の信憑性について

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抹殺された日本軍知ってる?コミュニィティトピックスのコメント復元をまとめてみました。

位置情報【李容珠さんの証言を比較検証する】

「思春期である15歳位の頃にとても怖い、そして生涯忘れることの出来ない卑劣な行為は一環して同じ証言でなければ信憑性が低いと考えざるおえません。
何故なら、レイプが過去に体験したことのない恐ろしい出来事であり、その時の恐怖感は数十年経ってもその光景が脳裏に焼きついているからである。内容は人に話したくない最も触れたくない部分であり、涙することは勿論のこと、証言を行い過去が蘇り、人によっては身体が振るえ、自律神経がやられ傍に医者が常駐しないかぎり元慰安婦である人は何年にも亘り各地で証言など出来ないことであろう。」
PTSD に関しては日本トラウマティック・ストレス学会サイトを記載する。
http://www.jstss.org/wptsd/


先ず初めに、道義的な問題に関して個人がこれほどの責任問題発言を行ってよいのかは疑問である。
■学生二百人を前に証言集会(同志社大学浅野健一教授ゼミHP)2005年4月21日
http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/FEATURES/2005/leeyongsoo.htm
>「北朝鮮が、日本人を拉致したと言ってものすごい騒ぎがあったでしょう。それも勿論間違った事です。可哀想です。だから先にですね、昔数十万人を連れて行って性奴隷にしたその罪を認めて、反省して、それから北朝鮮を相手取ってやりなさい。それが筋だと思います。」

証言集会の最後の部分です。
学生200人を前にして、北朝鮮が日本人を拉致した事実と自分たちとを比較し正当化しています。
>だから先にですね<
この言葉はいらないですね。本来。
非常に意図的である言葉だと感じます。

2002年9月17日、小泉純一郎総理が平壌を訪問し、金正日と会談。この時、北朝鮮による日本人拉致事件が明確になった。その2年半後、
「だから先にですね、昔数十万人を連れて行って性奴隷にしたその罪を認めて、反省して、それから北朝鮮を相手取ってやりなさい。それが筋だと思います。」と 一市民であるひとりのお婆さんが、日本人拉致事件より先に自分たちの保証を求めていることに憤りを感じます。比べること自体間違っています。

クリップ【証言1】
■米下院公聴会 (2007年)
http://foreignaffairs.house.gov/110/33317.pdf

・公聴会での実際の発言:21〜23ページ
turn upside down.
ここから↓
I remember crawling towards the bathroom, throwing up as I
went along, when I was grabbed by a man and dragged into a cabin. I tried to shake him off, biting his arm. I did my best to get away. But he slapped me and threw me into the cabin with such force that I couldn’t fight him off. In this way I was raped. It was my first sexual experience.

私は、浴室に向かって這ったのを覚えています、私が進んでいたとき吐いて、
私が男性によってつかまれて、キャビンに引きずられたとき。 彼の腕に噛み付いて、私は彼を払いのけようとしました。 私は、逃げるために最善をつくしました。 しかし、彼は、私が彼を撃退できなかったくらいの力と共にキャビンに私をぴしゃりと叩いて、私を投げました。 このように、私はレイプされました。 それは私の初体験でした。

One day I opened the window of our cabin and tried to jump into the water. It would have been better to end my life then and there, I thought.

ある日、私は、私たちのキャビンの窓を開けて、水中に飛び込もうとしました。その場で一生を終えるほうがよいと思いました。 (身を投げようとした)

クリップ【証言2】
■学生二百人を前に証言集会(同志社大学浅野健一教授ゼミHP)2005年4月21日
http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/FEATURES/2005/leeyongsoo.htm

トイレに行って立ち上がろうとしたら、目の前に軍人の靴が見えました。そして私が出られないように道を塞いでいました。それでも、私が立ち上がって出ようとすると、さらに出られないように覆い被さってきたので、私は腕に強く噛み付きました。するとその人はとても強く私の頬を叩き、私はそのまま気を失ってしまい、そのままどうなってしまったのか覚えていません。私は全身血まみれになって倒れていたそうです。

>ある日、私は、私たちのキャビンの窓を開けて、水中に飛び込もうとしました。

米下院公聴会にはありますが、同志社大学証言集会ではこの「身を投げようとした」一節がありません。

パスワード【比較検証】
【証言1】米下院公聴会証言では、浴室(トイレ)に向かって這って(crawling towards the bathroom)
つまり部屋の外で這っていた。個室のような所ではなく、その後、キャビンに引きずり込まれた。
【証言2】学生200人同志社大学の証言では、トイレに行って立ち上がろうとしたら目の前に軍人の靴が見えました。そして私が出られないように道を塞いでいました。
つまり個室のような所に入っていて出られない状態だった。

前者は、「浴室(トイレ)に向かって這っていたら」と部屋の外 である。
「這うように進んでいった」ということは部屋の外である。小さな個室(トイレのような)で這うように進むことが出来ませんし、キャビンに引きずり込まれ、男からの第一攻撃は個室の外であった。

後者は、「個室に入っている状態で立ち上がろうとしたら」と被害者は部屋の中にいます。
「私が出られないように覆い被さってきた」とありますから、男からの第一攻撃は被害者は部屋の中にいるのです。

この公でのふたつの証言は、李容珠さんが初めて体験した出来事です。
初めて怖い経験をされた方が何故、自分がいた場所を特定できないのでしょうか。男の第一攻撃が部屋の外と中では空間が全く違うのであります。

15歳の思春期であればこそ、一生忘れることの出来ない事実を覚えているのではないでしょうか?因みにお婆さんが痴呆で証言がコロコロ変化したということはありえません。
痴呆の患者は極最近のことは忘れても10代の若い時のことは覚えているということは医学的にも証明されています。過度のアルツハイマー型認知症であれば、ありえるかもしれませんが、そのような病気を持った人の証言はそもそも信憑性がないと判断されます。余談ですが、アルツハイマー型認知症患者は通常の生活をすることが出来ません。

よって、李容珠さんの証言は嘘である確率が非常に高いということになります。
又、個人が北朝鮮の代弁を行っている点はもっとも注視すべきです。

※1992 年6 月、李容珠さんは元慰安婦だと名乗り出たことが挺身隊対策協HP に記載され、2007年後半HPから 削除されたことは、挺身隊対策協内部に北の工作員が介入していたか、露出度が高く嘘であると世論が騒いだためと考えられる。又は挺身隊対策協がバックにいることを隠す行為である。

コメント(62)

>お金じゃなく名誉を傷つけられたからだと言ってませんでした?

外国の人と話すと、慰安婦に関して、みな判を押したような事を言うのに気付かされます。その一つが、「慰安婦はお金が欲しいのではない。尊厳を取り戻したいだけだ」というもの。でも、いろんな話を読むと「果たしてそうかなぁ」と思います。

こういった生々しい話を丁寧に読んで行くと、いい意味でも悪い意味でも彼女らのキャラクターが見えてくるような気がします。「相手にされないと寂しいのかなぁ」とか、歌を沢山覚えているところを見ると、「辛い仕事だけでなく、けっこう賑やかな生活もあったのかな?」とか、「愛嬌はあるけど、あまり知的ではないのかな?」とか・・・。
別コミュとの二重投稿になってしまいますが、こちらのテーマにも沿うと思いますので、SAPIOの最新号から黒田産経新聞ソウル支局長の記事を紹介させてもらいます。全文はリンク先を見てもらうとして、(http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20090106-01-0401.html)このスレに関連がありそうな部分だけ。

クリップ
「元慰安婦のなかには、彼女らを支援する反日活動家たちの影響で、自らの過去を独立運動に関連させて物語る例まである」

これは、私も気になっていたことなのですが、たとえばこのコミュの前身である「(無印)日本軍慰安婦って知ってる?」コミュで「こうき2669」さんが紹介してくれた証言集会でも、
クリップ
「イ・ヨンスハルモニは朝鮮民主主義人民共和国の諜報機関による日本人拉致問題にふれ『日本政府は、戦争中に数十万の人々を性奴隷として連行した罪を先に認めてから、拉致問題に取り組むべきだ』と話し、会場の一部からは拍手も起こった」http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/FEATURES/2005/leeyongsoo.htm という具合で、

他にも、独島(竹島)は歴史的に韓国の物だったと主張した元慰安婦もいます。彼女らの発言が非常に「現代的」かつ「政治的」なのです。これは周囲の影響ではないかと思いますが、こうなると元慰安婦の証言を昔のまま(ありのまま)と考えるのは危険なのではないかと思えてきます。
あっ(>>0)と内容が一部ダブってしまいましたね。失礼しました。
慰安婦の話とはちょっと違いますが、オーストラリアで昨年末から問題になっている韓国人マダムによる「性奴隷問題」。たくさんのアジア系の女性を甘言を弄して集め、パスポートを取り上げた上で売春をさせていたという話。・・・という事で、裁判に掛けられることになったのだが・・・その後、意外な展開に。そう、被害者の証言が嘘さったのです。

それに関する豪州の新聞記事がコレ。http://www.news.com.au/dailytelegraph/story/0,22049,24741393-5001030,00.html

THEIR stories certainly sound appalling: Young Asian women lured to Australia with the promise of legitimate work as waitresses and a new life away from the poverty of their villages.

メチャクチャはしょります:女性達の証言は痛ましい。アジアの女性たちがウェートレスの仕事だなどと騙され、貧しい村から勧誘されて豪州に来る。

Then they arrive to find their new home is behind the barred windows of a seedy terrace house brothel, enslaved as prostitutes, with their passports taken from them, their only way of escape to pay off crippling debts to their new masters.

で、ついてみると格子のはまった家で売春させられる。パスポートを取り上げられ、「ご主人様」に借金を返す以外逃れる方法はない。

But save your tears until you hear the full tale - because these are hardly the "victims" they appear to be.

だけど、泣くのはちょっと待って。なぜかというと、彼女らは実際「被害者」なんかではないからだ。

Many of these women come to Australia with eyes wide open, looking for an opportunity to rort the system.

これらの女性の多くは、自分の仕事を承知の上でオーストラリアに来ている。抜け目なく。

As one person involved in the system said: "We treat these women as if they are stupid and they are not. We tend to think they are frail and helpless victims. And they are not."

関係者の一人が言うには、「我々は彼女達を頭の弱い女性で哀れな被害者と思い勝ちだが、実際は違う」(つづく)

危険・警告意訳です
この売春窟が警察の手入れを受けた時、女性の一人が、悲惨な性奴隷の実態を告白する。24時間閉じ込められ、逃げれば殺されると脅かされていたと。そこで、オーストラリアは十分な調査もないまま、「被害者女性」の保護に立ち上がり、彼女らの為に特例も用意してやった。(法廷で証言させるために)彼女らは週200ドルをもらい、それと別に無料の宿泊所と医療費、交通費、英語教室の事業量まで支給された。一人35000オーストラリアドルだそうだ。

おまけに、赤ん坊が生まれたことを理由に補助金の増額を要求。聞いてもらえなければ証言しないと言い出す。しかもその頃彼女は週800ドルの収入のあるオーストラリア人男性と暮らしていた。

彼女はこの後さらに悪乗りを続けるのだが、あまりにもバカバカしいのでその部分はカットします。
-------------------------------------------------------
She admitted she made up the whole story ... She had a key, could come and go as she pleased. She said she wanted to earn as much as she could and had never asked for her passport to be returned.

The case was dropped.

(聴聞会が始まると)彼女は全部が嘘だったと自白した。・・・彼女は鍵を持っており、売春宿を自由に出入りしていた。パスポートの返還も要求しなかったし、稼げるだけ稼ぐつもりだったと認めた。

というわけで、この件は不起訴になった。
--------------------------------------------------------

おわり 

危険・警告危険・警告あくまで超訳です。
失礼します。

また、こちらのトピをリンクされており記録させていただきます。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39204105&comm_id=1698452

尚、削除されるおそれもあるためコピーを貼ります。
連中、どうも理解できてないようですね。では、原文を転載しておきましょう。カットした部分も含めて。そのうち時間を見つけて翻訳します。

Sex slaves turning a trick

By Janet Fife-Yeomans
December 03, 2008 12:00am

THEIR stories certainly sound appalling: Young Asian women lured to Australia with the promise of legitimate work as waitresses and a new life away from the poverty of their villages.

Then they arrive to find their new home is behind the barred windows of a seedy terrace house brothel, enslaved as prostitutes, with their passports taken from them, their only way of escape to pay off crippling debts to their new masters.

Sydney 'slavery': Accused brothel madam walks free

But save your tears until you hear the full tale - because these are hardly the "victims" they appear to be.

Many of these women come to Australia with eyes wide open, looking for an opportunity to rort the system.

As one person involved in the system said: "We treat these women as if they are stupid and they are not. We tend to think they are frail and helpless victims. And they are not."

Take the story of J, a 36-year-old Thai national whose story follows. It is the diary of one Sydney's sex slaves . . . who wasn't.

J had worked as a prostitute for 10 years in her native Thailand before seeking sex work in Australia through a Bangkok "employment agency".

Before she left Bangkok, she agreed that she would have sex with 700 men to repay a debt of $35,000 to her new employers who secured her a three-month business visa through a dodgy migration agent and paid for her air ticket.

After a few months, the brothel where she was working was raided by the AFP and Immigration Department as part of a clampdown on sex slavery.

J told police she had been locked up for 24 hours a day and allowed out only with an escort. She said she had been told she would be killed if she left.

In 2004 the Commonwealth introduced a scheme to support the legitimate victims of sex traffickers - progressive, but rushed through with few checks and balances and left open to abuse.

Under the scheme, the AFP and Commonwealth DPP obtained a criminal justice visa for J and some of her fellow prostitutes so they could stay in the country and give evidence in the trial of their employers.

The deal was that they received $200 a week plus free housing in a DPP-owned house, medical, living expenses and English classes. The bill for each woman came in at about $35,000 a year.

After 13 months, J had a baby and was living in a de facto relationship with an Australian. He was earning $800 a week and they lived with his parents but J continually contacted her case worker and wanted to know if she was entitled to more money because of her baby. She threatened to withdraw from the witness program and refuse to give evidence if she was not given "sufficient money".

With her minders walking on eggshells to keep her happy and available to give evidence, J moved on to family benefits of $243 a fortnight on top of her husband's income and her rent was paid pending approval of Centrelink payments.

But when J found out that another of her fellow sex slaves had already received her Centrelink benefits, she jacked up.

Her case worker arranged a list of properties for the couple to inspect but J was busy. The inspections were postponed.

J then up and moved out of her inlaws house in the middle of the night after a row. She called her caseworker to say she was staying there with her husband until they planned their next step. The bill was picked up by federal authorities.

J's case notes show that, a couple of days later, she almost came to blows with her long-suffering case worker because her sex slave friends were receiving benefits she was not entitled to because she was in a de facto relationship.

After two weeks in the hotel, the couple found a house and the case worker helped them move. Things were apparently going well when, a month later, J was accepted into an English course and arrangements were made for her baby to jump the one-year waiting list for a childcare place. She turned down the course and the childcare place on the day they were due to start.

Five months later, when the committal hearing began for her employers who were facing sex slavery charges, J was said to be happy, settling into her new life, making friends and applying for a spousal visa.

But there was one huge problem for the prosecution and the people who had been funding her lifestyle. She had been lying.

She admitted she made up the whole story about being locked up 24-hours a day and only allowed to leave under escort. She had a key, could come and go as she pleased. She said she wanted to earn as much as she could and had never asked for her passport to be returned.

The case was dropped.

Obviously not all the victims of sex slavery are vixens but this is one of several case files seen by The Daily Telegraph which demonstrate that, when Australian residency is held out as the ultimate reward for giving evidence and pleasing the authorities, the Government's anti-people trafficking scheme is open to abuse.

文句はデイリー・テレグラフ紙(豪州)のJanet Fife-Yeomans記者へどうぞ。

連絡先:
2 Holt Street
Surry Hills, NSW, 2010.
Telephone: (02) 9288-3000.
Fax: (02) 9288-2300.
news@dailytelegraph.com.au
>権力心理狂のものが書いた文章です。

>>34

「全ての強制売春の被害者がこのような女性でないことは明らかだが、これは本紙がこれまで幾つか見てきたケースの一つであって、その本紙は、オーストラリアの居住権を当局が有利な証言を引き出す為の究極の取引材料として使うなら、政府の反人身売買計画は非難にさらされるだろうとアピールしてきた」

つまり、これは権力側を批判している記事なのだよ。尹東柱くん。
アメリカもオーストラリアも、
何でコリアンがウソついてんだってわかんないんだろっ。

ってか、わからないフリっ? 
ムカつくぅぅぅっ。 (。・ˇдˇ・。)
韓国の歴史歪曲検証:従軍売春婦の真実

お気づきの通り、上記タイトルにて従軍「慰安婦」の言葉は使用していない。従軍「売春婦」である。
結論から先に言うが、当時「慰安婦」と呼ばれた女性達は相手をした日本兵たちから金を貰い生計を立てていた。
これを通常「売春」と呼ぶ。その善悪はともかく、彼女たちは「売春」を生活の糧にしていたのである。
一般に韓国内で喧伝される「従軍慰安婦」と呼ばれる存在は、日本軍によって無理矢理連行され、劣悪な環境のもと一日何十人もの日本兵の相手をさせられたとある。
さて、韓国人には次の米軍レポート(要約)をご覧頂きたい。
これは、敗戦直後に米軍が「慰安婦」の実体を米軍情報部が、当の慰安婦本人(北ビルマのミチナ慰安所)から聞き取り調査をしたレポートである。

曰く「女性たちはブローカー(および経営主)が、300〜1000円の前借金を親に払って、その債務を慰安所での収入で返還している。経営者との収入配分比率は40〜60%、女性たちの稼ぎは月に1000〜2000円、兵士の月給は15円〜25円。慰安婦たちは、通常、個室のある二階建ての大規模家屋に宿泊して、・・・・寝起きし、業を営んだ・・・・彼女たちの暮らしぶりは、ほかの場所と比べれば贅沢ともいえるほどであった。慰安婦は接客を断る権利を認められていた・・・・負債の弁済を終えた何人かの慰安婦は朝鮮に帰ることを許された。」

韓国で喧伝される慰安婦像とあまりにもかけ離れているではないか。
少なくとも、米軍が調査した慰安婦達は本人自身の理由(貧困など)により慰安所に入り、月に1000円〜2000円(一般兵士の月給と比べても100倍以上の高給)を稼いでいたのである。
さらにその暮らしぶりは当時の米軍から見ても「贅沢」と写るものであったことが分かる。
また、慰安婦は無理矢理客を取らされていたのではなく、客を断る権利もあり、借金の返済が終われば朝鮮に帰る慰安婦達もいたことが記されている。
当時、日本は敗戦国家であり、米軍が日本に対して厳しくその戦争責任を追求していることから考えれば、「慰安婦」はある意味格好の攻撃材料だったはずである。
何も、日本側の有利にレポートを書く必要はなかったと考えるのが普通である。(普通ならその逆に日本に不利になるようにレポートするはずである)
にも関わらず、こういった「慰安婦」の実体がレポートされているのを見れば、当時の「慰安婦」は今現在韓国が捏造するような「従軍慰安婦」ではなかったと考えられるのではないだろうか?

また韓国側が慰安婦問題で引き合いに出す「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」(吉田清治 著)だが、後に吉田自gが「従軍慰安婦の強制連行など作り話であった」と認めている。
このような作り話の本を元にして、韓国は従軍慰安婦をでっち上げ、日本へ不当なる賠償を要求しているのが現状だ。
実際、吉田のこの本は1970年代に発刊されているが、それ以前には「従軍慰安婦」問題など全く存在していなかったのである。
この本が出版され、日本で騒がれるようになると、韓国内で我も我もと従軍慰安婦の被害者を名のる韓国人女性たちが出てくるのだ。
幾らでも日本を告発する機会があったにも関わらず、戦後25年以上もの間、何故彼女たちは日本の「不当行為」を告発しなかったのか?甚だ疑問である。

後に、元慰安婦であったという金学順は次のように韓国の新聞で語っている。「生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊 の前だった」(ハンギョレ新聞1991年8月15日付)

何を意味するのかお分かりだろう。
当時、朝鮮では様々な形で人身売買が行われていた。
生活苦に年頃の娘を売りに出していたのである。
彼女たちは進んで慰安婦になったのではないかも知れないが、日本によって強制連行されて慰安婦になったわけでもないのだ。

また下記に慰安婦に関する当の韓国人達の発言を記してみた。

「そんなことはなかった。250人余の家しかないこの村で、一五人も徴用したとすれば大事件であるが、当時そんな事実はなかった」<城山里在住:チョン・タン(八五歳、女性)>

「八三年に原本が出た時何年かの間追跡調査した結果、事実無根の部分もあった。むしろ日本人の悪徳ぶりを示す道徳性の欠けた本で、軽薄な商魂が加味されていると思われると憤慨した」<金奉玉(郷土史学者)>

これは、戦後44周年(1983年)に際し韓国で出版された「日帝時代に済州島の女性205名を慰安婦として強制連行された記録」に関して、城山浦の貝ボタン工場で15〜16人が強制徴用されたり、法環里などの各村々で行われたとされう慰安婦狩りについて当の住人・研究家の発言である。
なお、上記の引用は、1989年8月14日付の「済州新聞」の署名記事からのものである。

以上のように、韓国側の主張する「従軍慰安婦」なる存在は全くの虚構と歪曲の元になりたっており、実際の彼女たちは「従軍売春婦」であった。
彼女たちの境遇には同情を禁じ得ないが、それは当時貧しかった日本でも同様に人身売買がなされており何も朝鮮だけの問題ではなかった。
韓国の嘘で塗り固められた歴史にしか自分の身の置き所がなく、日本大使館前などでただ絶叫する哀れな老女たちを見ると、何とも言えない気分になる。
彼女たちを嘘の歴史で救う事が出来ない事を韓国人は理解されたい。

また、こちらのトピをリンクされており記録させていただきます。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39204105&comm_id=1698452
>>30
ほったらかしにして、すみませんでした。雑な訳ですが。

-------------------------------------------
いかにも酷い話である。若いアジア系の女性がウェイトレスといった合法的な仕事や、貧しい村の生活から抜け出て明るい生活が
送れるといった約束に釣られ、窓に格子のはまったみすぼらしいテラスハウスに連れて来られるわけだ。パスポートを取り上げられた奴隷状態で、莫大な借金を返す他に救われることのない売春婦として。

「シドニーの奴隷 売春窟のマダム自由の身に」

泣くのは話を全部聞いてからだ。なぜなら彼女らは実際には殆ど「犠牲者」なんかではないからだ。女性たちは眼を見開き、オーストラリアの行政/司法システムの隙をうかがいながらこの国にやってくるのだ。関係者の一人が言うように「我々は彼女らを頭の軽い人間のように扱うが実際は違う。我々は彼女らを意志の弱い哀れな犠牲者のように思うが、違うのだ」

36歳のタイ人女性Jの場合。これは一人のシドニーの(偽)性奴隷の日記だ。

Jはバンコクの業者を通じてオーストラリアでの仕事を見つけるまで、タイで10年間売春婦をしていた。バンコクを立つ前に、3500オーストラリアドルの借金の見返りに700人の男性の性の相手をする約束を業者と交わし、業者は胡散臭いエージェントを通じて彼女の為に三ヶ月のビジネス・ビザを手に入れてやり、飛行機のチケットも購入してやった。

数ヵ月後、彼女の働いていた売春窟は、取締りの一貫としてオーストラリア連邦警察と移民局によって手入れを受けた。Jは警察に対して自分は24時間監禁され、付き添いなしでは外出も出来なかったと話した。抜け出たら殺されると脅されていたと語ったのだ。
2004年、連邦政府は人身(性)売買の被害者を支援する計画を導入した。・・前衛的な試みではあったが、十分な準備のないまま急いだために非難を招く余地を残した。

この計画の下で、連邦警察と公訴局長室はJと彼女の同僚数名が雇用者に対する裁判が終わるまでオーストラリアに留まっていられるよう、特別ビザを手配してやった。

条件は、200オーストラリア・ドルと公訴局長室所有の家への入居(無料)、医療、生活費、英語教室の授業料を肩代わりするというものだった。一人あたり年35000豪ドルの費用がかかった。

13ヶ月後、Jに赤ん坊が生まれた。彼女はオーストラリア人男性と同棲していたが、彼には週800ドルの収入があり、両親と同居していた。それでもJは、生活指導員に対し、赤ん坊が生まれたことで手当てが増額されないか確認していた。彼女は「十分なお金」をもらえないなら証言には応じないし、証拠も提供しないと脅しにかかった。

世話人たちがハラハラしながらも証言を得るためにJのご機嫌をとっているうちに、Jの家族は夫の収入とは別に半月243ドルの手当てを受け取ることになり、オーストラリア政府の支援金制度の承認を待つ間の家賃も負担してもらっていた。だが、彼女の同僚がすでに政府の支援金を受け取っていることを知ると、Jはさらに増長した。

彼女の生活指導員は彼女とその伴侶の為に資産の一覧を用意してやったが、Jが忙しいというので、打ち合わせは延期になった。

Jはそれから、喧嘩の末に深夜彼の親の家から出て行った。彼女は生活指導員に電話をかけ、次が決めるまでここで暮らすと告げた。費用は当局が持った。
記録によると、数日後「性奴隷」仲間の一人が独身を理由に彼女にない手当てを受け取っていたことをJが知ったことで、長いあいだ彼女に振り回されていた生活指導員との間で大喧嘩が勃発する寸前だったということだ。

二週間ホテルで過ごしたあと、カップルは家を見つけ、生活指導員が引越しを手伝った。一月後Jの英語講習が認められ、一年の待機リストを飛び越えて彼女の赤ん坊の為の保育所が決まった。その頃にはどうやら状況は好転したようだった。彼女はしかし、英語教室も保育所もギリギリで断ってしまった。

五ヶ月後、性奴隷の容疑をかけられたJの雇用主の聴聞が始まった頃、Jには友達も出来、配偶者ビザを申請し新しい生活にも慣れて満足そうだった。

しかし、彼女の生活の面倒を見てきた人々と検察当局にとって、とんでもない事態が待ち受けていた。彼女の話は嘘だったのである。

彼女は、24時間閉じ込められ付添いなしに外出できなかったなどという話が、全て作り話であったことを認めた。彼女は建物の鍵を持っていて、出入りは自由だった。パスポートの返却も求めなかった。彼女は稼げるだけ稼ぐ積もりだったと認めたのだ。起訴は見送られた。

全ての強制売春の被害者がこのような女性でないことは明らかだが、これは本紙がこれまで幾つか見てきたケースの一つであって、本紙は、オーストラリアの居住権を当局が有利な証言を引き出す為の究極の取引材料として使うなら、政府の反人身売買計画は非難にさらされるだろうとアピールしてきた
コメント番号43から50は、当トピックと関係のない内容であること、
及び内容について意見が出た事から、

目安箱
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=35075003&comm_id=3554298
コメント番号18,19にまとめ、移動いたしましたm(__)m
>52
そう仰るなら何処が悪いのかを指摘し、訂正してほしい旨をお書きになるのが筋ではありませんか。
感情だけで物事の判断をなさらないようお願い申し上げます。
>54
【証言1】
■米下院公聴会 (2007年)
http://foreignaffairs.house.gov/110/33317.pdf

【証言2】
■学生二百人を前に証言集会(同志社大学浅野健一教授ゼミHP)2005年4月21日
http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/FEATURES/2005/leeyongsoo.htm

証言1と2が違う点をこのトピの趣旨としております。
証言が同じである、または証言が真実であることの証明をあなたはしたいのですか?
であるなら、英文が正しくないと仰るならその部分を指摘し証言の信憑性を問うべきです。
>56
英文は自動翻訳機を使用しました。

以上
要するに[54]で森山氏はトピ文中の
「I remember crawling towards the bathroom, throwing up as I went along, when I was grabbed by a man and dragged into a cabin.」

の文章の文法の骨幹だけを示すために
「I remember doing, doing, when I was done by him.」
としたという事と思われる。

しかし、接続詞「when」を説明するためなら「doing」を2回繰り返す必要はないどころか却って分りにくくなるだけであり (挿入句を一単語で代用しているため)、そもそも原文を示さずに「意味を省略した例文」を示したところで何の事を言っているのかここを読んでいる人には伝わりにくいはず。

あと、日本語の体を成していない訳文を見たら、これが機械翻訳ではないかとまず疑ってみよう (笑)
___________________

例)
I remember crawling towards the bathroom, throwing up as I went along, when I was grabbed by a man and dragged into a cabin. I tried to shake him off, biting his arm. I did my best to get away. But he slapped me and threw me into the cabin with such force that I couldn’t fight him off. In this way I was raped. It was my first sexual experience.
   ↓
エキサイト翻訳
http://www.excite.co.jp/world/english/
   ↓
私は、浴室に向かって這ったのを覚えています、私が進んでいたとき、吐いて、私が男性によってつかまれて、キャビンに引きずられたとき。 彼の腕に噛み付いて、私は彼を払いのけようとしました。 私は、逃げるために最善をつくしました。 しかし、彼は、私が彼を撃退できなかったくらいの力と共にキャビンに私をぴしゃりと叩いて、私を投げました。 このように、私はレイプされました。 それは私の初体験でした。
>58
文太さん

ありがとうございます。エキサイト翻訳使用です。

実際の証言集会では、朝鮮語から英語になったり、日本語になったりと複雑ではございますが、0ポストはどの位置で強姦されたかを示していますので本人の言葉が【証言1】と【証言2】で異なることを証明しています。

その辺をよく加味していただきたいと思います。
>60

通訳:李 其珍氏は,不能な通訳だと仰りたいのですか?
それは、違う意味で大変問題ですね。同志社大証言集会の意味を問われるほどの物言いようですね。

何度も言いますが、あなたの言うことは根拠も提示も何もありません。感情で仰られても皆、そうですかと納得いかないことでしょう。

被害者とされるイ・ヨンスさんは朝鮮語で話されてたまに日本語も混じるという方です。証言1は、日本での証言集会、証言2はアメリカです。

> こんな日本文と英文の機械翻訳をつき合わせて、矛盾があるのないの言ってもしかたがない。付き合わせるなら英文と英文、韓国語文と韓国語文ないし英文と韓国語文にしたまえ。

屁理屈もいい加減にしてくださいね。
反論なさりたいのであれば、ご自身が皆さんへ納得のいくような証言集会を用いて証明してください。トピを変えて行っていただきたいです。


尚、ふたつの証言集会を起用したのは、多くの方々が目にするもっとも有効な公の証言集会のふたつを比べ検証したまでです。慰安婦の証言の信憑性の高さを仰りたいのであれば、それなりにデーターをあなたが提出しない限り、多くの人は「ああ、慰安婦の証言は正しかった」とされないでしょう。

そこまで、仰るのであれば文句ばかり言わないでまともな反論として証拠と論証をお願いします。

新たなトピ作成、楽しみにしております。
李容洙さんの証言は沢山あって真実は何か分らなくなっています。

http://www.news.janjan.jp/area/0903/0903038613/1.php
2009/03/04

06年3月1日、同館を訪れ文書で「要望書」を手渡し抗議と共に表記を復元するよう申し入れた時のもの。

中段写真のコメントより
>「このように首を絞められ、日本兵に拉致された」と説明する李容洙さん(県平和資料館で)

「首を絞められた」とは米下院も同志社大学集会でも証言していません。

「事実を隠さず教訓として生かすために、後世に伝えて欲しい」という気持ちで県資料館を訪れたそうですが、この人の真実って何でしょうか?疑問です。

この方は気分で証言を変える人でしょうか。

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