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大堀会コミュのゼロの理由

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今日は話題を変えて、旧日本軍の兵器についてお話します。
旧日本海軍が開発した有名な航空機ゼロ戦は、なぜゼロというのか。考えたことはありますか?
このゼロ戦の正式名称は、三菱零式艦上攻撃機です。開発されたのが、1940年(昭和15年)。この年は、神武天皇即位から2600年目の節目の年とされており、紀元2600年として、国を挙げての色々な催しが行われました。実は、東京オリンピックも予定されておりましたが、これは1937年(昭和12年)7月7日から始まった支那事変の影響で中止されました。
さてゼロ戦のお話に戻ります。このゼロは皇紀の2600年の下桁のゼロから来ているのです。前年に作られた99式艦上爆撃機や97式艦上攻撃機などは皇紀2599年に作られたから、後者は皇紀2597年だからです。例外として、2600年に作られた重爆撃機呑龍には100式と言う名が付いています。(この機の採用は1941年で1式となるはずなのだが、ゲンかつぎで100式となっています)。
ゼロ戦の作られた翌年、米軍から一式ライターとして比喩された、一式陸上攻撃機は、皇紀2601年に作られたことからその名が付きました。その他、隼として知られる1式戦闘機(2601年)、鍾馗として知られる2式戦闘機(2602年)、飛燕として知られる3式戦闘機(2603年)、疾風として知られる4式戦闘機(2604年)、5式戦闘機(2605年)というのもあります。当時は、西暦より、皇紀が重要視されたのでこういった名称が付くことになりました。
ちなみに、航空機だけでなく、戦車や小銃、重火器にも95式だとか、96式などと言う名前が付いています。
なお、陸軍が100式、海軍が0式となっているのは、お互いの対抗心からだそうです。
おしまい。

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