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暁闇の鎮花祭コミュの番外編2

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第二部


「人でなしの恋」
最終話



家柄とか身分とか、そんなものを考えたことは一度もなかった。
父神、オオヤマツミがこの国では新興の勢力、言うなれば実力一つでの仕上がった成り上がりの新参者だということは知っていたが、勢力拡大に躍起になる各地の豪族、名士達にはそんなことは二の次である。
父の、オオヤマツミの持つ勢力、それだけが意味があり、求婚を通じてそれを手にいれていく当時の風潮にあっては、必然的に周辺から一目も二目も置かれている巨大な勢力を有するオオヤマツミの、その娘である私自身にも、十分な価値があると信じて疑わなかった。
そう、あの日までは・・。


「昊渕の馬鹿・・。」
どれほど悔やんでも始まらない。
否、私が悔やむ必要は本当は豪ほどもない。
真剣とも冗談ともとれる程度の軽い口約束。
彼との、駆け落ちの約束。
約束を破ったのは、多分両方。

婚姻は和を結びたい両族が行なう、勢力拡大のための吸収合併(手段)。
『咲久夜』という個人1人の身柄になど、何の価値もない。
昊渕が真に欲しいのは、咲久夜の背後に控えるオオヤマツミの領土と勢力なのだ。
それなのに・・。


駆け落ちの話を持ちかけたのは彼からだった。
「出雲に来ないか・・。」
そういって、実は私を誘拐して父様を脅すつもりなのでしょう?
冗談交じりに笑って交わせば、彼は微苦笑のような、彼には似合わない真面目な表情で、しかし分かり難く機嫌を悪くした。
「・・・。」
冗談よ、でもそのようにしか聞こえないわ。
窘めたはずであった。しかし彼は一瞬、ほんの一瞬の瞬間だけ、本気で怒った。
深紅の瞳に、透徹とした蒼い光りが刹那走るのを、私は見てしまった。
真っ赤な夕焼けの空を、一筋の尾を引いて流れ去る箒星(蒼白い凶星)のように、不吉な心地に戦慄が走ると同時に、その非現実さに心を奪われた。


「今夜、いつもの場所で待つ。俺と出雲に来てもいいという気持ちが少しでもあるのなら、其処に来てくれ。」
出雲へ帰るの。
応えはなかった。
問いだけが宙ぶらりんに所在無さげに昊渕と私の間を漂っている。
腹が立って私は―――、・・・・駄目、思い出せない。
何故?
ああそうだった。熱を出しているから(思い出したくない)・・。

私は?
――行かないと決めた。
しかし行こうかと思う心が止まなくて、気が付けば一晩中屋敷の敷地の中、凍てつく星空の下に立ち尽くしていた。
篝火や燭の明りの下で見る星明りも美しかったが、きっと昊渕との約束の場所で見る星はもっと美しいだろうと考えながら・・。

塞がりかけた傷口に爪を立てるような事をして、次の瞬間には『本当に諦めが悪い』、と一人暖かな褥の中で自嘲してみる。
頬を伝う生暖かい涙が、今は、堪らなく不愉快だった。




『あの昊渕殿がいよいよ結婚なさったそうです。』
その報せを齎したのは、昊渕と私との密会を知っていた侍女だった。
私が昊渕との駆け落ちの約束を破った日から丁度1年程経った後のこと。

『お相手は伊豆の名士の娘で、器量も家柄も、こう申しては何ですが精々人並みの、姫様には到底及ぶべくもない方。』
・・・・そう。
悔しい話だが、短くもありまた長くもあった付き合いから昊渕の性格は熟知している。
だからこそ昊渕が決して相手の娘の器量などと言うものに重きを置いていないことは理解できる。彼がもっとも重視するのは女の心なのだ。

きっとその伊豆の名士の娘は昊渕の好む、清い心の持ち主なのだろう。
私、のような女ではなくて・・。


昊渕が好むような女になれる自信はなかった。しかし彼がもう二度と自分を顧みないと否が応にも悟らされると、なぜ彼についていかなかったのかと後悔ばかりが沸き起こる。


伊豆の名士・・。
咲久夜の住まう地から然程遠くはない土地。父神、オオヤマツミが虎視眈々と狙う地。

『領地』が欲しかったのならば始めからそのように言えばよかったのに。
オオヤマツミの『領地』が欲しいからお前が欲しいといえば、安心して彼に着いていけた。
昊渕の何の代償も求めない、一人の女として自分を求める心が、怖くて自分は彼のもとに走らなかったことを、咲久夜は今この瞬間、突然に理解した。

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