アフターパーティーコミュの47

とりあえず一番必要だと思われた所への連絡を終え、発泡酒のアルコールが身体に浸透し始めてようやく、私は自分の身を案じるという事実と向き合った。クリスの家への家宅捜索を心配する以前に、自分の所はどうなんだ。浩二の側近の人間は他でもない自分だったではないか。私は押し入れの引き戸を開け、彼の荷物を一通り引っ張り出して調べた。安っぽいアダルトDVDが2枚出てきた以外は、自分の知らないものは見当たらない。それらを全部元に戻した後、私は自分の持ち物であるパイプやペーパーなどを含むドラッグ系一式をしまってある小箱を押入れの奥から取り出した。その箱はどこか海外のお土産でもらったもので、当初は紅茶のリーフが袋詰めになって入っていたものだ。ゴールドで縁取りされた赤い花のペイントが施された箱そのもののデザインが可愛かったのと、ほのかに残る茶葉の香りがボンの匂い隠しに丁度よいと思ったのだが、強いボンの匂いは何よりも勝りあっという間に紅茶の香りは消えてなくなった。1年前は週末パーティーの度に、またパーティー友達が遊びに来る度にその箱を開けては中のものを愉しんでいたのだが、旅から戻って来てからというものこれまで一度も触ってすらいない。それ故に、おおよそのことは分かっているが中に何を入れていたかはっきりとは覚えていない。私はその箱を久し振りに開けた。
中には、細い真鍮のパイプと短いガラスパイプが１本づつ、それからパイプに敷く丸い網のスペア、キングサイズのリズラ、ローチ用の厚紙、錠剤を小分けにするための小さいパケの束、それに古くなったマジックマッシュルームそのものがジップロックされて入っていた。私はマジックマッシュルームの入った袋を取り出して開け、袋の口からその臭いをかいだ。乾燥した植物に少しカビ臭さが混じっている。それもそうだろう、一年以上も前のものだ。少し勿体ないと思いながらも、私はそれを袋ごとごみ箱に捨てた。
そういえば先日ミエにもらったチャラスのかけらは、あの時来ていたベストに隠したままだ。アジア雑貨屋でよく見るような綿麻混のパッチワークベスト。クリスの家に度々チャラスを持ち込む運び屋のヨハンやモニカが、カモフラージュとしていつも大量の洋服やら雑貨やらをインドから買い付けて来る、その中から貰い受けたものだ。小柄な私にもフィットするサイズとデザインが気に入って普段から愛用している。もちろんポケットがたくさんついているのもお気に入りの理由だ。私はそのベストの左の内ポケットの更に中にある丁度薬を隠せる程度の小さな隠しポケットを開けた。ラップに包まれた小さな黒い塊が、コロリと掌に落ちてきて、私はそれを強く握った。クリスの家を訪ねた後も浩二を追い掛けた時や何か外出といえばこれを羽織っていた訳だが、小さいとはいえ警察に見付かれば一瞬にして人生が転落するに違いない物体を私はずっと持ち歩いていたのだ。しかも挙動不審の浩二と共に。冷静になって考えると我ながらなんて恐ろしいことをしていたのか。私はそれの始末について考えた。
捨てる、隠す、誰かにあげる。捨てるのは勿体ない、隠すのは勇気がいる。大体いい隠し場所が思い付かない。色々相談にのってもらったし、市井君にでもあげようか。そう考えていた時、ふと、浩二が置き去りにしていった花瓶並に大きなボングが目についた。そうだ、こいつの存在を忘れていた。あまりにも存在感がありすぎて、部屋の隅とはいえ堂々と鎮座しているそれがいけないものだという感覚がなくなり、まるでインテリアのように自分の目には映っていた。全く自分の細々したものは何とか隠せたとしても、こればっかりはどうもしようがない。私はそれを自分の手元に手繰り寄せた。手繰り寄せて、ボンと煙草の焼き跡が残るカップを見て、それから匂いをかいだ。僅かにだが煙草の灰を水に浸けた時の酸っぱい臭いがする。私はそれを持ってキッチンへ行き、中に適量の水を入れた。それから、旅の途中チベットで購入した梵字の模様が装飾されたシンギングボールを探し出し、そこにミエから貰ったチャラスを細かくちぎって入れた。煙草は浩二の残していったラッキーストライクがあった。それをライターの火でまんべんなく炙り、ローストされてパサパサになった煙草をシンギングボールに入れ、細かくなったチャラスと混ぜた。

部屋が静か過ぎることに今更ながら気付き、古いオーディオ機器でシュポングルの新しいアルバムの曲をかけた。それからボングのカップにほぐしたボンを詰め、片手でライターの火を点け勢いよくそれを吸った。ボコボコボコボコ・・・・・・。スポンと空気が通り、真っ白に充満したボングの中の煙は全て自分の肺に収まった。少し溜めて身体中にTHCが行き渡ったのを確認してから煙を吐き出す。頭と身体がぐわんと揺れる。と同時に、睡眠薬の副作用であったズンズンとした頭痛は消えた。流石だ。さすが麻薬と言われるだけある。ま、や、く。私は一言一言ゆっくりと声に出してみた。肺に残留していた煙が言葉とともに出てくる。馬鹿馬鹿しい。そういえばアメリカでは癌患者などの苦痛を紛らわせるために大麻の自動販売機があると聞いたことがあるが、それって本当なのだろうか。本当だとしたらつまりあちらでは場合により合法ということか。アメリカだけでなくヨーロッパにも合法な国もある。オーストラリアはどうだったっけ。日本ももう少し大麻に関して寛容になればいいのに。別に誰に迷惑かけるわけでもなし。あ、でも、大麻がアリになったらみんなまったりしちゃって勤労意欲はなくなるか。そうなったら国としては確かに問題だよな。もしかして国のGNPを上げるためにボンは法律で禁止されていたりして。そうなると国民は飴を取り上げられ尻だけ叩かれてる国の奴隷だな。ああ、だから世の中のサラリーマンはあんなにイライラしているんだ。それで酒を煽るんだな。酒はでも酔うと気が大きくなるばかりで同じストレス発散としてはタチが悪い。ボン吸えば優しい気持ちになれるのに。対ひとにだけでなく、全てに繋がりを感じ感謝の気持ちを持てて、地球に対しても優しくなれるのに。ラブ・アンド・ピースって、だてに昔の偉人の言葉じゃないよ。「愛と平和」を馬鹿にする奴にはボンさせろ。ほんと、何にも分かっちゃいない。イライラしている人には是非ボンをオススメしたいよね。それにまてよ、ボンしてセックスすると萌えるよな。これって今の少子化対策としては絶好の切り口じゃない？そうだよ、国の政策としてボンを解禁して子供を作ろう。

何考えてるんだ、私。思考回路がスパークしてる。このままスピードアップして頭がイーとならないうちにモードを変えよう。私はスピーカーから流れる音に集中した。すると音楽がまるでコンサートホールで聴いているような素晴らしい響きをもって直に脳へその曲を鳴らす。ミッドテンポが気持ち良く、目をつぶって音に合わせて体を揺するとあっという間に音と一体化するイメージに包まれた。残響の大きいスチールドラムの音色は、その優しい響きと曲調に合わせて黄金とも言えるオレンジ色をしていて、テンポがゆっくりとしている間はその音色に合わせた様々な色がうねうねと揺れたりトロンと混ざったりしている。そして曲調が盛り上がりクライマックスに向かうにつれ、次第に激しく混ざり合い熱を帯び発光していく。明るくて暖かい光に丁寧に包まれたかけがえのないものに自分がなったようで多幸感で胸が一杯になる。そうだ、幸福とは自分さえ幸福と思えばいかなる状況下においても幸福なんだ。目を閉じればこのオレンジの光はいつだって自分を包んでくれているはずなのに、ただ連日の騒動や日々のせわしなさにそれを感じようとしていなかっただけのことなんだ。だんだんと私を包むオレンジの光が、旅の途中で見た日食とオーバーラップする。脳裏に鮮明に焼き付いているあの光景が甦る。あの風、土の匂い。ああ、また宇宙と繋がってしまう。時間と空間を取っ払った光のシャワーが降り注ぐ。脳から気持ちの良い汁が出て身体が快感に痺れる。

いつの間にか私のイメージはインドのゴアへ飛んでいた。１泊300ルピーで借りた打ちっぱなしのコンクリートを白く塗った安宿。簡素な作りのベッドが１つだけ部屋の中央に置いてあり、マーケットで購入したサイケなバティックで壁を飾っている。ドアはいつも開け放たれ、訪れる人も野良犬も出入りは自由だった。そこは私達のたまり場。その宿の広い庭にはテーブルを囲むようにビーチチェアが並び、そこにはいつも誰かしらがたむろってボンを揉んでいた。昼夜を問わず行われるパーティーで踊り倒した連中が、一時の癒しを求めて集まって来る。日本人、イスラエリ、ドイツ人も時々。パームツリーがジリジリと熱い日差しに陰をつくり、渇いた風がそこにいるみんなの肌を爽やかに撫でる。時々立派なチュラムが回る。インド人の宿のおばちゃんがみんなに甘いチャイを煎れてくれる。おばちゃんの額の赤いビンディーと色彩の美しいサリー。時間も曜日もどうでもよくなり、きちっきちっと刻まれた時と場所からぽっかりと外れ、そこだけ宙に浮いて独立した感じ。そうだ、あれはしゃぼんだまの中にいるようなものだ。丸くて綺麗で、でも幻のようなもの。

また思考が暴走している。私は目を開けた。急にバランスをとろうとして働いた三半規管に平衡感覚がついていけず眩暈を起こした。私は自宅アパートに一人。そう、間違いない。そして自分の現在位置と状況を確認すると、再びボングのカップにボンをたっぷりと詰め、大きく息を吐き出してから思い切りそれを吸い込んだ。ボコボコボコボコ・・・スポン。ふうううううううう。ぐわんぐわん。