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アフターパーティーコミュの23

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23

一台のトラックが私達の脇を砂埃を立てて走り抜け、先程浩二が見とれた道端の花が汚れた風に揺れた。
「そういえば、私がいない間のパーティーはどうだった?」
感情の起伏が激しい浩二の顔色を伺いながら、私はこれ以上彼を刺激しないようさりげなく話題を変えた。
「あんまり行ってないな。そんなに金もなくてさ。」
突発的に怒りを表現してしまったことへの罪悪感があったのか、彼も穏やかに話題の変更についてきた。
彼の言う金がないという台詞は、旅に行く前の私だったらきっとうんざりしているだろう。あの時の私は、繰り返されるその言葉に重複したストレスを感じていた。しかし今日はそのいつもの台詞が懐かしくもあり、こういった状況下ではむしろ安心感すら覚える。私はこれまで、何が彼を狂わせてしまったのかを考える反面、本当に精神を病んでしまったのかどうか、ずっと懐疑的な気持ちでいた。正直その気持ちは今でも続いている。そしてその懐疑心と、精神を病んだという先入観がごちゃまぜになり、いつもなら気にもならないちょっとした彼の言動にいちいち敏感に反応してしまう自分がいた。やっぱり変だ、本当におかしい?、やっぱり変だ、本当におかしいか?。私は、ここまできてもまだ彼の異常に対し半信半疑でいる。だからこそ彼の中から今までとは違う何かしらの異常を無意識のうちに探している。
「仕事は?やってたんでしょ?」
「ああ、そこそこやってたよ。雑誌の仕事とか、パッケージの撮影とかちょこちょこ入ってたから。」
そう話す彼の顔が明るくなり、口調に自信がこもる。私は、二人の間に流れる居心地の悪いムードを払拭するにはいい展開だと思い、「パッケージって何?CD?」と少し大袈裟に食い付いた。

今まで浩二がやってきた仕事は、ページ単価で撮影料が決まっているファッション雑誌の撮影が主。掲載ページの数量が多かったり表紙でも撮らなければ、まとまったギャラは入らない。コンスタントに仕事をこなしている訳ではなかったので、一回の撮影で2万や3万貰っても生活の足しにすらならないのが現実だった。例えば媒体の大きい広告の話でもくれば一気にどかんと稼げるチャンスなのだが、無名の新人に広告を撮らせてくれる企業なんて滅多にない。年々増えるカメラマンの数に対し、広告で稼げるところまでのし上がっていけるのは相当な勝ち組だ。浩二も作品を持って営業にはしばしば出向いていたが、経歴の浅さもあり広告はおろかなかなかギャラに繋がる仕事はとれず、チャンスに恵まれないその他大勢の中に埋もれていた。そんな厳しい状況の中、広告とまではいかなくてもジャケット撮影を手掛けたのなら、彼もようやくステップアップだ。CDやDVDなどのジャケット写真は、雑誌に比べるとまだギャラの率がいい。
私の興奮した様子に浩二が釘を刺す。
「うん。でも実はAVなんだけど。」
「えーAV?」
私の声の大きさに、ふわふわの毛をした小型犬を散歩していたお年寄りが振り返る。他に通行人は見当たらなかったが、年頃の女性が胡散臭いイントネーションでAVと叫んだら誰だって気になるだろう。
「なんだ、AVかあ。ビクターとかエイベックスのCDを想像しちゃった。浩二の写真がタワーレコードの新譜の棚にずらっと並んでいるところ。アユとかアムロちゃんとかさ。あ、エグザイルでもいいかも。」
そんな大物、俺が撮れると思う?と、浩二が私に熱弁で反論する。
「でもAVたってグラビアと全然変わらないよ。最近のAV女優はね、こんな子がAVやるんだぁってびっくりするくらい普通に可愛い子だし。マジで、フツーの子。それにさあ、別にやってるところを撮る訳じゃないからね。裸もないし。大体コスチュームとか着せてポーズとらせて可愛く撮るってのが基本で、そんないやらしい感じのはない。女の子達も結構やる気あってみんな可愛く撮って欲しいと思ってるから、やっぱそういう頑張っている姿見ると、俺も出来るだけのことはしなきゃって真剣に思うわけ。AVだから格が落ちるとか、そういうのはないと思う。まあ、例えばモデルが訳ありで泣いてる子だったりとか、あ、もちろんそんな子はいなかったけど、そういう変なのがあったとしても、一応仕事は仕事だから。」
仕事の話に浩二はいつも熱くなる。私は彼の力説に妙に納得してしまった。
「そっかぁ。頑張ってたんだね。」
繭子が帰って来るまでに一人前になんなきゃと思って、と浩二は強気な笑顔を見せた。私は彼のその言葉にまたしても引っかかった。仕事に対する熱意は尊敬に値するが、これのどこが一人前なのか。私はまた浩二の問題を摩り替えるトリックにはまってしまったらしい。相手の様子を見ながら下手に出ているといつもこのパターンにはまってしまう。彼の中で、仕事と仕事以外は全く別のものなのだろうか。例え仕事で成功したとしても、彼そのものの基盤がぐらついているようではしょうがないではないか。本当はどんな経過を辿ったとしても結果である今が精神病院では意味がないのに。そう言いたい気持ちを私はぐっと堪えた。

「そうだ。俺、いいこと思い付いたんだ。繭子は旅が好きでしょ?で、俺は一人で待っているのは嫌。だからね、俺が旅カメラマンになって繭子と一緒に旅に出るの。本当はトレーラーハウスがいいけどそれは経済的に無理そうだからせめて中古のバンを買ってさ、車に全部機材積んで、あちこち仕事しながら旅してさあ。俺達のロードムービーみたいな。そうだよ、そしたら俺が稼いだ金で繭子に旅させてあげれるじゃん。どうよ?それにずっと一緒だよ!」
私の嫌いな彼の部分にまた触れてしまったことを後悔している間も、勢い付いた浩二は更に調子を上げていく。反面私はどんどん憂鬱な気持ちになり、言葉に詰まり、笑顔が引きつる。一体何を言っているんだコイツは。本気でそんなことを考えているのか。今だって大して仕事ないのに。英語も話せないくせに。今までも散々大口をたたいてきたけれど、結局ほとんど行動すらしていないくせに。
大体元はと言えば、私は息詰まって旅に出たんだ。窮屈さを我慢してイライラと暮らすことから飛び出したかった。その原因の全てが浩二のせいではないが、多分半分はそうだった。浩二はいつでも物事を私とセットで考える。どこかへ行くにも、何かを食べるのも、いつも一緒を望んだ。ただ金銭感覚にズレがあって、一ヶ月に平均して30万円は稼いでいた私はお金もある程度あったし、それがまた致命的な差を生んでいた。私はショッピングもしたいし飲みにも出かけたいけれど、彼にはそれに付き合う金銭的な余裕がない。そうなるとどうしても私は別の人とそれを楽しみたいと思ってしまう。彼は彼で大切だけど、それとこれとは別として、私は私で輝きたかった。でもそれを言うと、浩二はいつも、それでは付き合っている意味がないと言う。じゃあ、付き合っている意味って何?無理して合わすことがその意味なの?束縛することがその意味なの?全然分かってない。どうして私が旅に出たか、コイツは全然分かってない。私は少し一人になりたかったんだ。私には、浩二の気持ちが重過ぎたんだ。

1時間の外出時間はあっという間に過ぎようとしていた。私達は二人とも時計をしていなかったので、携帯電話をチェックして時間を確かめた。旅に出る前からずっと使っている折り畳み式の黒い携帯、その飾り気のないデジタルの表示は、そろそろ2時になることを告げていた。浩二が私の肩越しに携帯を覗いてきたので見せてやった。
「俺、ケータイなくしたみたいなんだ。」
声のトーンが悲しげで、きっと病院に戻ることが苦痛なんだろうと思ったが、私は何も言わなかった。どうしてなくしたのかも、あまり興味がなかった。
「それと、さっきは怒ったりしてごめん。薬のせいか、すごくイライラするんだ。でも俺、仕事にプライド持ってるし、仕事に関しては親が心配するような事は言わないで欲しい。さっき繭子が言ったような、仕事関係にドラッグ絡みの人がいるとか、そういうのはやめて。あと薬物に関しても、これ以上余計なことは言わないで。」
確かにそうだ。彼ほど仕事にプライドを持っている人はいないのに。私は自分を含めたパーティーとドラッグの関係がばれるのを恐れて、浩二のプライドにぐっさりとナイフを突き立ててしまった。
「分かった。ごめんね。もう言わない。約束するよ。」
浩二は普段自分からあまり謝るタイプの人ではなかったので、怒ってごめんと謝られ、私は少し気恥ずかしくなった。密に付き合って1年というのは、相手の嫌な部分がたくさん見え、そして丁度それが増幅する時期なんだと思う。ちょっとしたことでも、またなの?といちいちイライラしやすい頃なんだろう。ここを乗り越えれば長年連れ添った夫婦みたいに些細なことで目くじらたてなくてすむのだろうか。嫌いな部分もあるけれど、私はやっぱり浩二を大切に思っている。それが愛情なのか、ただの情なのかは分からないけれど。でも、こんな時だからこそ私が傍にいてあげよう。私で支えになるなら助けてあげる。頭ごなしに否定で入る彼の家族や医者なんかより、きっと強い絆があるはずだ。だって私達はあのパーティーで出会ったんだから。ドラッグという秘密はあるけれど、それを共有した者でしか分かり得ないことがきっとある。

「今日これで私は東京に戻るけど、また退院の時に来るから。」
病院の中庭には院内散歩を許可された患者達がウロウロと徘徊していた。さっき見かけた人とは別人のようだが、うつろな印象なのはみんな同じだ。
ロビーで待っていた芳江が、私達を見つけて歩み寄ってきた。
別れ際、私と浩二はキスをした。久し振りのキスだった。それは唇を重ねただけの軽いキスだったが、それで私は確信した。彼は精神病なんかじゃない。ここでウロウロしている人達なんかと一緒じゃない。

二人っきりで話せたことで、私の中のもやもやしたものはある程度晴れていた。浩二の病気は一時的な発作のようなものだ。ボンを見付けたことから芳江ら家族が大袈裟に騒ぎ、更に病院に入れたことから事態が大きくなってしまっただけだ。可哀相な浩二。キマっている姿を見られたばかりに、気違いだと勘違いされてしまって。長い間想像の中だけで考え悩んでいたことから開放され、私は若干楽天的になっていた。だから芳江が「浩二の様子はどうだった?」と聞いてきた時の私は、いつもより少しだけ饒舌になっていた。
「思っていたより普通で安心しました。本当に暴れたんですか?そんな感じは全然なかったですけど。」
「私も、あの日のことは夢じゃなかったのかって思う時があるわ。」
「退院したら、どうします?本人はとても仕事をしたがっていて、すぐにでも東京に戻るつもりでいるみたいですけど。」
「原因が何かによるけど、とりあえず暫くはこっちで一緒に暮らそうと思うの。すぐに一人で東京に出すのはちょっと。様子を見て大丈夫だと思ったら、その時に考えるわ。」
ふつふつと芳江への対抗意識のようなものが湧き上がってきていた。ドラッグを完全否定するものに対する挑戦。負けるものか。私が浩二を取り返す。
「私、出来るだけのことはやります。本当に何でも。彼の助けになるように頑張ります。」
芳江はありがとうと頷き、往復の新幹線代だと言ってあらかじめ用意してあったらしい茶封筒を、私の手にねじ込んだ。

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