ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

200×年映画の旅コミュの11月上旬号(邦画旧作・溝口健二)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2006年11月上旬、侘助が観た溝口健二映画。

「わが恋は燃えぬ」(11月8日 フィルムセンター)
1949年/監督:溝口健二

【★★★★ 女性解放を訴える主義主張には心を動かされないが、いい意味での通俗性が映画を弾ませている】

 フィルムセンターの溝口健二特集。この映画を観るのは初めてです。
 フィルムセンターの解説文によれば、「女性の勝利」「女優須磨子の恋」と併せて“女性解放三部作”と呼ばれているとのこと。「女性の勝利」はまだ観ていないものの、「女優須磨子の恋」は、近代的自我と向き合う進歩的女性像という主題が溝口の体質に合っているとは思えず、戦後の価値転換期に直面した溝口の戸惑いばかりが感じられてしまい、映画には失望しましたので、この映画にも大きな期待はかけていませんでした。
 実際のところ、女性の地位向上を目指して、自由民権運動の渦中に飛び込んでゆく闘士を田中絹代が演じるという題材は、田中が赤毛のカツラをかぶって新劇女優に扮するのとどっこいどっこいの、不釣り合いなものに思えます。確かに、田舎村を訪れた女性解放論者の三宅邦子に対して地元の田中が熱い期待をぶつける冒頭の場面から、“主義者”としての田中の熱意は観客を納得させる説得力を持つものには思えず、上滑りしているように感じられます。人買いに売られようとしている旧友の水戸光子を助けようとして、裕福な親に無心するもののあっさり断られた田中が、精神的な同志である小沢栄太郎を追って東京を訪れ、自由党本部に押し掛けるという行動を見せ付けられても、“主義者”としての信条には説得される部分がありません。
 しかし、冒頭からのこうした一連の流れを映画的アクションの連なりとして観れば、三宅が小舟に揺られながら田舎村に乗り込んでゆく際の舟の動きも、田中が田舎から一気に東京にやってくるまでの省略話法も、まさに映画的なリズムを心地よく刻んでいるのであり、語り部職人としての溝口の巧さを証明立てています。主人公・田中の“主義”には一切共感を覚えなくとも、映画的なリズムの心地よさに乗せられてしまうのです。
 さらにこのあと、田中が同志として信頼した小沢が党を裏切った上、田中を性欲の対象として求めるという、いささか下卑たメロドラマの様相を呈するに及ぶと、映画は溝口の得意な女性受難劇のパターンにはまってきて、さらに快調なリズムを刻み出すのです。田中が、襲い掛かる小沢を振り払って逃げ出す場面での、フィックス長回しキャメラなど、溝口演出の醍醐味が溢れています。
 小沢に失望した田中はこのあと、党幹部である菅井一郎と高邁なる“主義”の理想を共有し、秩父事件に連座して投獄されるという事態を体験するのですが、ここでも観客には菅井の見え透いた下心を明確に示しているため、メロドラマ的な面白さはきちんと担保されています。監獄の場面では、たまたま同時に入獄した水戸による田中への反発を通して、女性の受難劇としての要素が継続的に描かれ、田中が出獄したあとは、菅井がこともあろうに水戸と浮気するという下卑たエピソードを用意して、メロドラマ性を補強するのです。少なくとも溝口映画においては、高邁な主義主張を前面に押し出した作品が成果を挙げた試しはなく、メロドラマの体裁を保ちながら、男の欲望に弄ばれる女性像をリアルなエピソードによって浮かび上がらせるほうが面白いに決まっているのです。その意味でこの映画は、「西鶴一代女」の先駆とみなすこともできるでしょう。
 溝口は、己のツボにはまった題材を手懸けると抜群の巧さを発揮する職人ですが、逆に言えば不得手なジャンルとなると無残なまでに失敗してしまう点において、不器用な人なのだとも言え、それが溝口の作家性と神話性を高める結果を招き、彼の語りの巧さを隠蔽してしまうという皮肉を導き出しているように思えます。溝口の持つ良い意味での通俗性を、わたくしたちはもっと称揚してもいいのではないかと思うのです。


「東京行進曲」(11月15日 フィルムセンター)
1929年/監督:溝口健二

【★★★ 話はご都合主義だが、オーヴァーラップの多用や斜めの構図など映像的な冒険に溢れ、微笑ましい】

 フィルムセンターでの溝口健二特集でサイレント時代の中・短篇を3本鑑賞。
 この「東京行進曲」は、当時のパテ・ベビーのようにダイジェスト版として何巻かに分けて市販されたものを、まとめたものだと思われます。22分しか上映時間がないのに、一応話は繋がっていますから、この長さで流通していた版だと想像できますし、字幕が多くて説明調ですから、カットした部分を字幕の説明で補ったことが窺えるからです。
 冒頭の場面は、“東京行進曲”という流行歌と思しき歌詞に合わせて、銀座、丸の内、新宿、渋谷といった繁華街を次々と映し出すのですが、オーヴァーラップや三重焼きによる繋ぎが多用され、斜めの構図やら早いカット割りなども散見するなど、のちの溝口スタイルを知る者としては、これが溝口の手になる映画なのか、と訝しく思えるほどです。しかし、あの小津安二郎や成瀬巳喜男もサイレント期には様々な映像的冒険を繰り返したことをわたくしたちは知っているのですから、溝口もまた例外ではあり得ず、若き冒険者としての足跡を作品に刻印していることを歓ばなければなりますまい。
 字幕では、「こうした東京で、今夜も二人の女が家路に就こうとしている」などという常套句によって、観客を主人公の夏川静江に導いてゆきます。貧しい境遇に住まう夏川は、育ての親たる伯父を助けるため芸者の道に入らざるを得ず、そんな芸者・夏川のことを資金的に援助しようとする老人も現れます。一方、夏川のことを以前見初めていた青年が、会社の同僚と芸者遊びをした際に、今は芸者となった夏川と再会し、次第に二人はお互いに想いを寄せ合うようになります。ところが、いざ青年が夏川と結婚したいと申し出たところ、夏川に資金援助していた老人が青年の父親であるばかりでなく、夏川もこの老人の隠し子、即ち青年と夏川は腹違いの兄妹であることが判明するという仰天の悲恋メロドラマ。
 お話は、こうして粗筋を素描しただけで鼻白むようなご都合主義の産物に過ぎませんが、オーヴァーラップや斜めの構図は冒頭の繁華街素描だけでなく、ドラマ本編にも何度か顔を見せており、溝口に映像的冒険に微笑ましいような思いを抱きました。

「朝日は輝く」(11月15日 フィルムセンター)
1929年/監督:溝口健二、伊奈精一

【★★ 残存しているプリントの尺のせいではあろうが、記録映画としても、劇映画としても中途半端】

 この日の溝口サイレント中篇の2本目「朝日は輝く」は、3年前にフィルムセンターで開催された“発見された映画たち”という特集で観たことがあります。
 大阪朝日新聞の創刊50周年を記念して作られた映画で、新聞の文字が組まれて、そこから版を起こし、輪転機に巻きつける鉛版が作られて刷られるまでの工程を描いたドキュメンタリー部分と、どこぞの海岸で大型客船が座礁したというニュースを受けて記者が現地に飛んで取材し、原稿を本社に電話で送る様子を再現ドラマとして作った部分を併せた作品です。クレジットから察するに、ドキュメンタリー部分は伊奈精一という人が、ドラマ部分を溝口が撮ったとも考えられますが、フィルムセンターの解説によると、実際のところはわかっていないそうです。
 ドキュメンタリーとして観ると、再現ドラマ部分が臭く観えてしまいますし、ドラマとしてだと輪転機による印刷工程など描写が細かすぎると思います。要は、どっちつかずの中途半端な印象しかもたらさず、それは残存プリントの尺が短いせいでもあろうと思われます。


「ふるさとの歌」(11月15日 フィルムセンター)
1925年/監督:溝口健二

【★★★★ 現存する溝口最古の映画で、話はメッセージ性が強くて買えないが、語りの巧さは堪能できる】

 溝口サイレント中篇の3本目は、現存する溝口作品としては最古に当たる1925年製作の「ふるさとの歌」。クレジットに製作・文部省、日活(関西撮影所教育部)とある通り、文部省の注文を日活の教育映画部門が受注し、監督のお鉢が溝口に回ってきたということでしょう。
 文部省の注文とは、日本文化の基本は農業にあり、農村を守ることが日本を守ることなのだというメッセージを伝えることにあったらしく、そうした“農本主義”とも呼べそうな主義主張が全篇に謳い上げられているのです。こうした政治的・文化的メッセージ性の強い題材は、溝口という人に相応しいものとは思えず、じじつ、この映画の主張もわざとらしい響きを放って違和感をもたらすものです。
 しかし、田舎の地主の息子なのか、東京に出ていたボンボン大学生が休み期間に帰郷してきて駅前に立つと、かつての同級生で秀才と呼ばれた貧農の息子が、貧しさゆえ馬車の御者として生計を立てているのを見て軽侮の念を持つといったエピソードが、伸びやかなロケーション場面として結実し、田舎道を走る馬車の緩慢な動きが実に映画的なリズムを刻んで、観る者の心を武装解除してゆくのは事実であり、まるで清水宏の映画を観ているかのような開放感が溝口映画から味わえるというのは、実に貴重な体験なのだと思えました。
 この御者の青年が、都会の誘惑を撒き散らす男たちによって気持ちを惑わされながらも、結局は東京での勉学のチャンスに飛びつく道を選ばず、この土地で農民として地に足をつけて暮してゆくことを、高らかに宣言するというのが筋立てですから、先述したように、この主題自体には何ら人を説得する部分はありません。
 ところが、先に指摘したようなロケ場面だけでなく、東京帰りのボンボンたちが開く都会的なダンス・パーティー場面など、室内シーンでも人の出し入れや編集のリズムが的確で、まだワンカット・ワンシーンなどというトーキー的手法に目覚める前の溝口が、こうしてカットを割り、ロケーション場面を組み立てながら作劇法を学んでいったということが、画面からはっきり窺えただけでも、観る価値のある映画だったと思います。溝口の語りの巧さが、この最古のフィルムでも窺えることが実に貴重なのです。


「滝の白糸」(11月16日 フィルムセンター)
1933年/監督:溝口健二

【★★★★★ 初めて観るが、噂通り気合の入った力作で、溝口サイレント期の技巧を総動員した集大成】

 前日に続いてフィルムセンターで溝口健二のサイレント映画。「滝の白糸」は、溝口のサイレントとしては最も有名な映画ですが、恥ずかしながら観たことがありませんでした。今回はデジタル修復されたプリントが上映されるとのことでしたので、今度こそは観逃すわけにはいかないと思いました。
 じじつ、プリントの頭には、デジタル修復したヴァージョンと従来のヴァージョンが並置され比較されるフィルムがくっついていて、ガタつきやチラつきが相当程度に是正されていることを示していました。
 さて映画のほうは、あまりにも有名な泉鏡花原作によるメロドラマで、水芸太夫が貧しい馬丁に心惹かれ、法学士を目指すという彼のパトロンとして金を貢ぐものの、次第に金が尽きたところで殺人事件を起こしてしまい、その裁判の過程でこともあろうに自分が貢いだ男が判事補として赴任してくるというお話。戦後も46年・木村恵吾監督・水谷八重子版、52年・野淵昶監督・京マチ子版、56年・島耕二監督・若尾文子版と、3回も映画化されており、わたくしもTVで若尾版の一部を観たことがありますし、TVドラマ化されたヴァージョンも何本か観たことがあります。そして、ヴァージョンの多くは、ラストがハッピーエンドで、判事補は太夫に結婚届を渡して、服役後の幸福を約束するといった形になっていますが、溝口版は悲劇的なラストが用意されています。
 冒頭、劇場街の賑わいを描くあたりは、先述した「東京行進曲」のように、オーヴァーラップが多用され、素早い移動ショットも挿入されるなど、溝口は動きの激しい絵を作っています。そして水芸で売り出し中の“滝の白糸太夫”の話題へとスピーディーに観客を導く溝口の気合が、画面から熱く伝わってきます。
 そうした溝口の気合を引き出しているのが、自らの製作プロダクションを率いて大作に臨む入江たか子の気合なのであり、入江の芝居に籠った熱が、溝口をインスパイアしていることは間違いないでしょう。全篇を通じて、入江がこの役にかけた熱情は画面からひしひしと伝わってくるのであり、それは共演者の岡田時彦や菅井一郎を鼓舞し、溝口の演出に拍車をかける結果をもたらしているのです。
 旅の公演先で移動の折、ゆっくりと馬車を動かしている御者の岡田に業を煮やし、もう少し早く走ってくれないと次の街に着くのが遅れてしまうと文句をつけた太夫に対し、岡田がやおら発奮して太夫を奪うと、馬車を降りて馬の背に飛び乗り、ほかの人たちを置き去りにして馬を走らせるといった場面は、前半の馬車のノロ臭さが「ふるさとの歌」における馬車の動きを連想させ、あそこでのロケーション場面の経験がこの映画に活きていることを確信すると同時に、あの映画から8年を経た溝口が、緩(馬車)のあとに急(馬の疾走)の絵をつなぐというテクニックをしたたかに身につかた事実にも直面し、頼もしさを覚えます。
 そして着いた金沢の町の橋のたもとで、太夫が岡田に想いを告げ、法学士をめざす彼のためにパトロンとして資金提供を申し出る場面の逆光の場面などは、的確にカットを割ってあるにもかかわらず、なぜか記憶の中では長回しによる芝居の呼吸継続が感じられるのであり、まさに溝口の演出テクニックの成熟を痛感します。
 そして圧巻は、やはり、太夫がようやく金貸しの菅井一郎から工面した金を菅井の手先である出刃打の南京に奪われるという、月夜の場面でのロングショットであり、続いて太夫が菅井の家に乗り込んで、金を勘定している菅井を見て逆上し、出刃打が落としていった包丁を手にするものの、菅井の腕力によって引きずり回されてしまうという俯瞰の移動撮影と、そのあと、つい手を出した太夫の包丁が菅井を刺し殺してしまうという惨劇の場面です。ここでの入江の芝居がまさに鬼気迫るものであり、それが菅井にも伝染したように思えます。
 太夫がかつての興行仲間である見明凡太郎の家に匿われているところに、警察の追っ手が迫る場面なども、夜の暗さと月明かりが見事に演出に活用された名場面となっていますし(その前に、太夫が見明に金をあげて足抜けさせてやる場面における霧深い河での小舟の横移動撮影などもいいシーンで、宮川一夫畢生の名仕事たる「近松物語」における小舟の場面など、ここを活用したのかも知れないと思いました)、太夫の逮捕や裁判の進捗状況を、風呂屋における男たちの噂話で見せるという手法も、巧く目先の変化を導入してみせた好演出だと思いました。
 そして、判事補として派遣された岡田と太夫が再会する場面での入江・岡田の芝居合戦。単純な切り返しが使われているだけなのですが、実に濃密な空気が流れます。もともと絵になる役者の入江と岡田という美男美女が対峙することからもたらされるこの空気があったからこそ、判決を前に太夫は服毒自殺し、その後岡田も、二人の思い出の地である金沢の橋のほとりで自決するという、強引なまでの展開にも説得力を持つのです。
 溝口健二がサイレント期に習得した映像技術のすべてを投入した気合もさることながら、こうしたメロドラマだと本当にツボにはまった巧さを発揮するのが溝口なのであり、いい意味での集大成たるこの映画に技巧と気持ちが結実したのです。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

200×年映画の旅 更新情報

200×年映画の旅のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング