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光市事件裁判弁護団コミュの雑談トピ2

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耳光市裁判やその他の裁判、周辺情報等、気になる話題がありましたら、こちらにどうぞ。

コメント(62)


 というか、永山さんの生い立ちというのも、父親は博打に凝り母親とは不仲で、母親は行商で子どもの世話ができず、家族は8人の子どもがいて、きわめて貧しく生活保護を受け、あらゆる点で崩壊しており、なかでも第7子だった永山さんは兄たちによる激しい身体的・精神的虐待を受け続け、四歳六か月時には長姉が精神病を発病して別離となり、5歳十か月時には母から極寒の網走に棄てられ、ひと冬のあいだごみ箱をあさるなどしてようやく餓死をまぬがれ、学校に通いだしても、服装の貧しさや生活保護を受けていた現実、言葉の違いから、友だちから馬鹿にされ、差別され、いじめられ、長期欠席が常習となり、同時に兄の暴力や母親の叱言の凄まじさのため家出の繰り返しを余儀なくされ、中学のときには、あまりに惨めな父の変死体の写真を見せられて抑うつ状態におちいり、集団就職で故郷を出て上京してからも、幼少期の体験から、他者との関係が対人恐怖的になりやすく、社会での適応がむずかしく、事件を起こすまでには、自殺未遂を20回くらい繰り返していたという、実際に筆舌に尽くしがたいくらい悲惨なものだったようですが、もしかして、光市の裁判官が光市の少年の生育環境を劣悪ではないとか言ってたのって、永山さんの生育環境と比較したら、それほど劣悪ではないみたいな意味合いだったんじゃないかという疑念が湧いてきまして。「経済的に何ら問題ない家庭に育ち、高等教育もうけることができたのであるから、生育環境が特に劣悪だったとはいえない」って言ってたし……。

 あるいは、永山さんの生育環境よりはマシだったんだから、こんな事件を起こすほど酷い環境で育ったわけではないのだみたいな意味合いだったとか……。でもだとしたら、裁判官という高尚な職につく人のわりには、えらく野蛮でえげつない考え方をされるもんだとは思ってしまうんですが。永山基準に従うって、まさかそんなノリ……?みたいな。
 しかもだとしたら、光市の裁判官の指す「こんな事件」って、検察官が証拠を無視しまくって、むしろみずからの倒錯趣味をもとに微に入り細に入り思い描き創作したあのどろどろした架空の性倒錯ストーリーのことですよねという感じですし……。


 ちなみに、永山さんがこの医師の鑑定にどのように不満を持ったかというと、まずこの医師の記した「被害妄想的」という言葉にひっかかり、「『被害妄想的』という言葉は精神病を指すものだ、鑑定人は自分を精神病と診断したのか、精神病扱いするのか」と大変な剣幕で怒ったそうです。

 そして「この鑑定書は、裁判所に代表される権力者側を有利にし、自分を陥れるものだ」と断じ、さらに、「この鑑定書の自分についての描写は、自分でない別の人の記録のような感じがする」と言っていたそうです。
 それをどう考えたらいいのかは、いまいちわからないのですが……。

 ただ、この医師も、犯行時については充分な聞き取りができなかったという考えを持っているようではあるものの、それ以外の幼少期の体験やそれにともなう心の動きなどについては、かなり詳細に聞き取り、鑑定書にも記しているということもあるみたいです。

 生まれてから父にも母にも見捨てられ、兄たちからは暴力をふるわれ続け、唯一かわいがってくれた姉は精神病を患い、別離させられることになった子どもの心には、世界はどんなふうに映るんだろうとか、母から極寒の地に棄てられ、ごみ箱をあさりながらひと冬を過ごし、ようやく餓死をまぬがれた子どもの心には、世界はどんなふうに映るんだろうとか、そんな幼少期を過ごしたことのない立場からなんとなく想像してみても、ただのちんけな妄想におちいるのが関の山という気もしないでもないので、こういう鑑定があったのなら、読んでみたいという気もしました。

 というか、永山さん本人が書いた本を読んだほうがよいのかも。あるいは、両方読めるなら、そのほうがいいのかも。




 このところ、精神鑑定について書かれた書籍もけっこうおもしろいことに気づいたので、今度は『こころのりんしょう』という雑誌で『精神鑑定と責任能力』という特集やってた号を読んでみてるんですけど、これも意外や意外にもけっこうおもしろいです。おもしろいというと、語弊がありすぎかもしれないですが。

 精神鑑定にたずさわる医師が何人か集まって、座談会開いたり、各々の得意分野について記事を執筆したりという構成になっていて、思ってたより具体的にいろいろ書かれてるんですけど、一個、計画性について、気になることがお話されていました。

 光市事件では、計画性の痕跡がなかったというか、計画性の痕跡がなかったのに、検察官がそれを捏造していたというのが大きな問題になっているようだったので、個人的にはあまり深く考えずに、その他の事件でも、精神障害により起こる犯罪には計画性はないものと単純に思いこんでいたのですが、実際にはその思いこみも危険だったのかもしれないです。

 近年、精神障害者による暴力は、非合理的な信念に対する合理的な反応としてあらわれる点が指摘されているということで、つまり、例えば相手に命を狙われているという妄想がある場合、それに対する反応として生じる行動がけっこう合理的であったりするため、その状態で事件を起こすと、一見合理的と見える行動の痕跡が残ってしまうということがあるようです。

 中には何年にもわたってそのような被害妄想を膨らませ、その強固でかつ肥大した妄想に対する自己防衛的な反応として、用意周到に計画を立てたり、綿密に準備をしたりして相手を襲撃するに至ってしまう等のケースもあり、また妄想内容によっては警察などの捜査機関を信用しないため、逮捕を逃れるための逃亡を企てたり、証拠隠滅を図ったりするなど、やはり一見計画的でかつ合理的と見える痕跡が残ってしまうこともあるようです。

 だとしたら、取り調べの透明性が全然保証されてないという日本では、警察官や検察官がその気になれば、むしろ現場の痕跡に沿うように、事実をねじまげることがひどく簡単にできてしまうのではないかと思ったのですが。当然ながら、特に精神障害を持つ人たちというのは相当誘導尋問に乗りやすいそうなので。

 ていうか、光市裁判では、証拠に沿わないように誘導尋問してたのがまた一段とすごいんですが……。

 でもそんなふうに一見計画性ありと見える痕跡が残るとなると、まず病理性のあらわれである計画性そのものが厳罰の理由にされかねないというだけでなく、不合理な妄想部分について本人は事実を証言してるつもりであっても、司法関係者からはおかしな作り話をするなと責めたてられ、おかしな作り話をするなどして反省の態度がいっこうに見られないと決めつけられ、反省の態度がいっこうに見られないから更生不可能と断定され、結果的に不当に重すぎる刑罰がくだされるという事態が容易に起こってきそうです。ああ、ていうか、それって光市裁判のことか。あ、ていうか、光市裁判では、計画性の痕跡も合理性の痕跡もなかったわけですが。



 でもよく考えたら、妄想上の迫害者に対する自己防衛としての攻撃というのは、『司法精神医学第6巻ー鑑定例集』にも、精神がいわゆる獣なみには崩壊しつくしてないケースで、百五十年くらい前にイギリスで初めて心神喪失が認められた事件として載ってた気がするので、百五十年後の今ではすでにいろんな付随情報が判明してるにちがいないですし、こういう分野というのは、司法精神医学の世界ではもっともよく知られたものとも言えるのかもしれないです。

 ちなみにこの雑誌ではこれは統合失調症の慢性かつ重症な例として紹介されていたのですが、精神障害者による犯罪には計画性がなく、場当たり的、突発的であるというのは、近年の精神医学の知見からはあまりにもかけ離れた素人的認識であると言わざるを得ないと、医者らはえらくお怒りでした。


 それと、これも興味が湧いたんですが、発達障害に詳しい医師もこの雑誌に参加していて、発達障害におけるパニック症状についてお話されていました。

 この医師によると、パニック状態で事件を起こすと、犯行時の自分の考えや自身の動機についてはまったくつかめていないものの、犯行時の視覚的場面については記憶されていることがあり、なので、視覚的場面についての記憶があるために、司法関係者からはパニック状態ではなかったと決めつけられる危険が予想されるということなのですけど、これが光市裁判ともよく似ていて、光市の検察側弁論要旨にも、少年が被害者と揉み合いになったときについて、座いすやストーブガード、ストーブガードの上から落ちたやかん、テーブルこたつ等の位置や動きとか、自分の足や被害者の足がそれらに当たった様子とかを詳しく覚えているのだから、周囲の状況を冷静に観察していたにちがいないのだ、みたいなことが書かれてる部分があったんです。「それらを詳しく覚えているのに、自分の行っている行為について、意識していなかったというのはおかしい」という感じで。

 光市事件の場合、発達障害というよりはトラウマの障害という鑑定ですけど、トラウマ関連でよく参考図書としてあげられている有名本でも、とくに恐ろしい体験をしたときの記憶の中では、自分と物との位置関係に関わる記憶は極めて正確であるとか、恐ろしい状況についての記憶は、記憶がやけに正確であったり、幻を記憶として残していたりと、それらの記憶が混在するため、トラウマを負った人たちの記憶を扱うさいには充分な注意が必要であるとかも書かれてましたし、またその本ではむしろ全編とおして、恐ろしいことが起こったときの記憶では、位置の感覚や人の姿勢の感覚はもっとも記憶に残りやすいものなのである的な扱いだったので、光市裁判では、死刑にやたらと心酔してる検察官らがただのカンで「座いすやストーブガードの動きや位置を正確に覚えているのだから、冷静に観察していたのだ」とか言ってるけど、それで本当に「冷静に観察していたのだ」とかいうことになるのかあやしいもんだし、そもそも、検察側のストーリー全体が捏造満載なんだから、このあたりも誘導で言わされたのではないと思える気があんまりしないんですけどとかも思ってたんですけど、実はこの雑誌の医師が言ってるみたいに、パニック状態で自分の考えや動機をまったくつかめていなくても、視覚的場面については記憶されているというのは、実際によく起こることなのかもしれないです。

 虐待の後遺症におけるパニック状態と発達障害におけるパニック状態という違いはあるものの、虐待の後遺症と発達障害は、ともすれば見分けがつかないくらいに似ていることがあるというのもよく言われてるようですし。

 ていうか、よく考えたら、本当に冷静で賢くて刑罰を逃れようとしてる加害者だったら、覚えてることをやたらと詳細に描写してみせるとか、そんな危険なことむしろやらないだろうという話ではあるんですが。




 それと、ついでに、責任能力判断のあり方をめぐる問題というのが上に書きました雑誌のメインテーマだったんですけど、それもけっこうおもしろかったです。

 発達障害については、知覚およびそれにもとづく記憶が保たれているからといって、社会的判断の能力が保たれていると判断してはならないという注意もされていたのですが、その他、例えば統合失調症について、幻聴や妄想に支配されている状態で、かつ反道徳性や違法性の認識が残されている状態というのは、それほど珍しいことではないということも特に強調されていました。

 要するに、司法の世界では、事理弁識能力にあたる反道徳性や違法性の認識があれば、それで責任能力ありと判断されがちなのだけれど、医者からすれば、反道徳性や違法性の認識があるからといって、精神障害による影響を強固には受けていなかったということにはならないとなるようです。

 というか、司法の世界でも、精神障害による影響の有無は、責任能力判断の際のけっこうな重要事項なんじゃないだろうかとは思うんですが。
 ただ、このところ、最高検察庁が責任能力判断の際の指針として、「動機は了解可能であったか」「犯行時、反道徳性・違法性の認識はあったか」等の何個かの項目を並べて、それに当てはまっていたら責任能力ありとするように、みたいなマニュアル的なものを示してるそうで、この雑誌の医師らは、これに戦々恐々の体といった様子でした。

 たとえ精神障害による影響を強固に受けている場合であっても、事理弁識能力に関して正常なところが部分的には残されているというのは珍しくないどころか、そういう場合がほとんどなのだから、それらを拾い集めていくことなどいくらでもできるのだし、それらを拾い集めてこのマニュアルに従えば、非常に簡単に精神障害者に重い刑を科すことができるようになるだろうけれど、そもそも、精神障害による影響が事件にどのように関与したかを判断するための鍵となる部分をそぎ落とし、精神障害による影響の有無や強弱を無視してこのマニュアルに従うのであれば、それはあまりに非科学的すぎる判断になるだろうという、まとめて言うと、そんな内容の話がされていました。





 また、司法の世界の検察官や裁判官がそういう事柄を決して受け入れないのかというと、別段そんなわけでもなく、例えば世間の注目を受けない、検察官や裁判官にとってはあまり損得のない事件については、「精神障害とは、そういうものですか」と、すんなり納得し、反道徳性や違法性の認識の有無など全然気にすることなく、むしろ起訴前鑑定において、さっさと心神喪失の判断をくだしてくれる医者を重宝がる傾向さえ見せ、一方、世間の注目を受けて、やる気をみなぎらせるかプレッシャーを受けるかする事件になると、今度はがらりと態度を変え、反道徳性や違法性の認識を思わせる要素を取り上げることにひたすら食らいつき、さらには精神障害の症状そのものである現象を、逆に罪を重くする理由として利用することさえするため、結果的には、同じ程度の障害で同じような事件を起こした人たちが、一方では心神喪失になり、一方では死刑になるという悲惨な状況さえ起きてくるのだという、まとめて言うと、そんな説明もされていました。

 どうやら、反道徳性や違法性の認識により責任能力ありとすることで、精神障害による影響はなかったと見せかけ、精神障害による影響はなかったと見せかけることにより、実際には、精神障害の妄想体系や支配観念といった現象により生じていた事件当時の行動の躊躇のなさ等を「殺意は確定的だった」ということにして、また陽性症状・陰性症状のうちの陰性症状にあたる感情鈍麻と言われる現象を「もともと非人間的な人格である」と見せかける、みたいなからくりがあるようです。

 とかいうのは、統合失調症やうつ病の例としてあげられていた話なのですが、この雑誌の医師らの憤りの理由はいろいろあれど、ひとつには、明らかな幻覚や妄想が存在しているケースであっても、昨今は責任が減免されない時代になってきているという点があるようです。
 確かに、それはすごい……。そこまでいくと、裁判官の判断というのも、最初から精神鑑定など必要ないと声高に叫ぶ鬼畜な人らの判断とあんまり変わりないのではないかと……。

 ただ、反道徳性や違法性の認識とは具体的にはどういうことなのかとか、犯行時とは、どの時点からどの時点までのことを言うのかとかも、いろいろ疑問に思ったこともあったもんでしたが、実際には、そんな細かいことなどいちいち考える必要はないとでもいうように、起訴前の段階では、検察官がけっこう簡単に大量に心神喪失の判断をくだしているという事情もあるようです。
 また、それがむしろ裁判での有罪率99.9パーセント維持の秘訣のひとつにもなってるのではないかということでした。日本の検察官にとってはその異様な数字がけっこう重要なのだそうで。

 ていうか、本当に精神障害があるなら、それはそれでいいんじゃないだろうかとかも思ったんですが、ただ、起訴前の段階でどんなふうに心神喪失の判断がくだされてるかが明らかにされたほうが、無期懲役や死刑が言い渡される裁判では、どんな不公平なことがおこなわれているかがわかりやすくなるということはあるのかもしれないです。

 ていうか、私の書き方だと、けっこう軽い印象になってしまうかも。でもこの雑誌自体は、もっとすごく真面目な内容でしたんで……。
 それといちおうこれ2009年9月号の雑誌なので、今はまた何か変わってることもあるのかもしれないです。



 急激に投稿しだして失礼いたしますが、もう一個、気になることがありました。
 この雑誌では、供述調書の問題についても若干書かれていました。

 日本の裁判では、取り調べの際の被疑者の自白とされる供述調書がけっこうな重要証拠として扱われる傾向があるのだけれど、まずはそれがどのような背景、状況でできているかも、しっかりと把握しておかなければならないというのも注意されていました。

 日本では、取り調べの際、録画機器を用いたり、弁護士がその場に立ち会ったりする制度がないため、検察官等の取り調べ官の不正を防ぐ手だてがなく、被疑者が精神障害者である場合に関しては、例えば、その人が妄想的な訴えをしていても、検察官がそれを真面目に聞かなかったり、意図的に取りあげなかったり、または誘導尋問によって、検察官の損得にあわせて、了解可能で合理的な発言であるかのように内容をすりかえることが可能だし、また精神障害者は誘導に乗りやすいというほか、例えば、発達障害では、いわゆる「空気読めない」的な様相を呈するため、相手に平気で失礼なことを言ってしまい、検察官の気分も害してしまって、拷問に近い取り調べを受けてしまうということも実際にあるそうです。なので、取り調べの際の供述調書を鵜呑みにするのは危険であり、それを読むためには、それなりの訓練が必要であるというのも説明されていました。




 というか、供述調書とは、おそらくは断片的になりがちな被疑者の供述を検察官が文章につなげて出来上がるものだと思われるのですが、だとしたら、たとえ取り調べでの誘導や強要がそんなになくても、もともと重い刑罰を勝ち取るのが仕事という立場で、なおかつ、もともとそういう高等な職につけるだけにむしろ社会の勝者的な感性にしかあんまり馴染みがないにちがいない検察官その人の心理が調書の文章に混入するのは、ほとんど避けられないことだと思うので、それを犯罪を起こした人本人の精神状態や心理状態の証拠としてまで扱う仕組みというあたりからして、すでに公明正大でもないのがあからさまな気はするんですが……。
 というか、重い刑罰を勝ち取るのが検察官の仕事というのは、間違いないんでしょうか。前に、テレビでよく見る元検事が朝のワイドショーで言ってたんですが。

 それはよくわからないものの、しかも、取り調べ自体、録画機器もなく弁護士の立ち会いもないままでおこなわれるという衝撃的すぎる実態があるということですから、確かにそんな状況なら、事実も崩壊するくらいに検察官の心理も混入するだろうというものだし、被疑者の自白であるはずの調書の中身が、検察官の心理や思考パターンそのものの陳列になり、光市裁判みたいに、被疑者の供述調書で検察官が検察官みずからの性的倒錯趣味を発表してる状態になってるみたいなことが起こるのも、充分にうなずけるというのは前から常々思ってはいたんですが、他の裁判でも似たり寄ったりのことがけっこうたくさん起こってるのかもしれないです。

 そのうえ、なぜだかはわからないですが、日本の裁判官は、どんな証拠よりも、そのようにしてできあがった供述調書を重要証拠として最優先で扱うところがあるようです。
 なぜだかはわからないというか、有罪率99.9パーセントを維持しようとしたら、そうするしかないだろうということなのかもしんないですが。

 確かに、光市の判決文でも、なんでこんなに誘導がばればれすぎる調書の内容をいちいち証拠として取りあげるんだろうというのがまた疑問だったんですが、精神科医も、供述調書を読んで、被疑者または被告人本人と面接してみたら、本人よりも検察官のほうがめちゃくちゃあやしいんですけど、ってなっても、検察官がもう起訴すると決めている事件については、ものすごく頑なにその調書の内容しか証拠として受けつけない裁判官の姿に直面させられたりするそうです。

 また、医者の側にしても、供述調書の内容に合わせて精神鑑定をおこなうヤブ医者もいるらしいです。



 でも前々から、ニュースでたまに見る裁判での責任能力の判断というのも、なんとなく中世チックな印象だったので、最初はこの雑誌も、『精神鑑定と責任能力』という題名だけで、読む気も失せるなあとも思ってたんですけど、読んでみたら、むしろ前から疑問に思ってたことに対する説明がたくさん載ってる感じで、予想外に感銘すら受けてしまいました。

 実を言うと、いわゆる犯罪者が患者となると、ヤブ医者は自分がヤブ医者であることを棚にあげやすくなるんだろうし、司法精神医学というのも、ヤブ医者のつどいやすい分野であるのだろうくらいの偏見は持ってしまっていたのですが、まったくもってただの偏見だったようで、ひどく反省させられました。

 ただ、この雑誌の医師らは、司法の世界がこの医師らとは違う考えの医師らと連携をとろうとしていることを危惧しているという空気も感じられなくはなかったです。
 たとえ本当に障害があるとわかっていても、治療が難しいケースであれば、そういう患者を治療の現場に連れてこられてもめんどくさいから、さっさと司法の世界にまわして、排除処分してもらうほうを好む医者も少なくないだろうという趣旨のことが、もっと上品な語彙で遠回しに説明されたりもしていました。

 確かに、それもありそう……。


衒学鬼さん

 来月にはもう判決なんですね。この裁判は、どうなるのでしょう。
 ついに橋下さんが大恥かく日がやってきたと思いきや、橋下さんの権力の絶大さを見せつけられるみたいなことになったら嫌だなぁ……たらーっ(汗)

 実名本の裁判もどうなってるのかわからないんですけど、前に出版社のブログ見たら、どうやら少年や弁護団側とで激しい争いになってるようで、少年への制裁がわりみたいな空気でブログに少年の実名がさらされてて、すごいびっくりしてしまいまして……。モンスターみたいな扱い方したくないから実名にするって、本出すときには言うとったやんっていう。

衒学鬼さん

>実名本の作者は『創』の綿井健陽先生の連載に影響されて云々と語っていましたが、その綿井先生は本の内容にご立腹でした。

 たぶん綿井さんの、こうして少年と出会ってしまったから味方をするのだ的なフレーズが気に入られたのではないかと……。でもそこ以外は全部無視くらいな内容の違いだもんなぁ。

 ていうか、実際に会ってみないと彼の言ったことが嘘だか本当だかわからない、とかものすごい執念で面会要求しながらにして、25回面会した後に書いた本の結末が、やっぱり嘘だか本当だかわかりませんでした、って、なんじゃそりゃーって、思わず突っ込んだわってなった記憶が。ていうか、面会の回数25回で合ってましたっけ。うるおぼえのままですみませんが……。

 読みながら、自分的には、いろいろ大爆笑が涌き起こらないこともなかったんですけど、あとで綿井さんの連載見て、やっぱり当事者の方々にとってはこれも笑いごとじゃないんだよなぁとか思って、わりと本当にしゅ〜んとさせられたんですよね……。この裁判も大変そうですもんね……。


衒学鬼さん

 最高裁判事の中に橋下さんに近い人物がいるってやつですねたらーっ(汗)
 ある意味、個人的なつながりでこうなってるならいいんですけど、判決文の内容はどうなってるんでしょう。来年1月の最高裁でも死刑確定させる気満々な内容だったとか……。
 パソコンが壊れかけてるので、今PDFが見れないんだよなぁがまん顔
衒学鬼さん

 どうもありがとうございますー!! 解説つきのほうがいいので、ありがたいです。さっそく読もうと思ったんですけど、眠い頭だとむずかしそうだったので、これから寝て明日朝読ませていただきますね。

 ていうか、さっきテレビでちらっと見たんですけど、「橋下弁護士“鼻高々”」って文字出てた……。
 う〜ん、やっぱりわからないですねー。

 ていうか、この判決文だと、上告審で突然殺意を否認しだしたというのがやけに目立っててすごい気になるんですけど、もともと殺意を認めていたのは一審二審の弁護人で、少年本人は一審二審でも空気読めずに殺意を否認するような発言していて、それを検察官が後から見つけて、本人は殺意を認めないような発言してるじゃないか、これは反省していない証拠だ、ということで上告してたんだけど、上告審になったら、逆に少年が急に殺意を否認しだしたからそんなのは嘘だと騒がれ出したみたいな流れではなかったですっけ。
 橋下さんはそれを知らなかったから、懲戒請求に理由がないことを知りながら呼びかけをしたというのではないということを言ってるんですかね。最高裁判事がこれどんなつもりでそれ言ってるんだろうってのがわからないのが恐怖なんですが。

 今更ながら、もっと真面目に資料集めしてみようかなぁ。
かなりおっさん。さん

 劇的な橋下さんの逆転勝訴と同時期に光市裁判の日取りも発表されてるというところに、どうも不気味な意味合いを感じてしまうんですよね。ただ、劇的なわりには、世間的にはそんなに盛り上がってないようにも見えますし……。
 でも本当に、光市裁判そのものの裁判長は誠実な人柄の人だとよいですよね。

>橋下知事は、単に勝訴したことを喜ぶのでなく、もっと事件に踏み込んだ
>意見をいうべきであり、その辺の軽さがとても不愉快です。

「弁護士としての自信が深まった」とか言ってるあたりは、もはや見てる人を騙そうする気が満々の意図を感じてしまいます。どうせ判決文の内容など一般人は誰も見ないだろうと見越してるんだと思います。


 もう11月になってしまいました……。

 この前から、弁護人弁論要旨とか弁論要旨補充書とか更新意見陳述とか検察側弁論要旨とかを通して読んでみてるんですけど、前に上で書いた分で、検察側主張について読み違いをしていた部分に気づきましたので、取り急ぎ訂正させていただきたいと思います。

 上で、検察側は、少年が事件で被害者の女性と揉み合いになったときについて、部屋の中の家具の位置や動きについて詳細に覚えているのだから、そのときの状況を冷静に観察していたにちがいないのだという主張をしているという趣旨のことを書いてるんですが、検察側弁論要旨を通して読むと、どうやらそうではなく、検察側は全体的に「被告人は、証拠に合わせて自分の都合のよいように供述を変えている」という主張をしていたようです。

 なので、このあたりも、被告人は家具の位置や動きについては詳しく証言するのに、そのときの自分の意識や動機についてはよくわからないと言っている、家具の位置や動きについて詳しく証言するのは、現場に残された痕跡に合わせて描写できるからであり、またそれについては詳しく描写しているにもかかわらず、そのときの自分の意識や動機についてはよくわからないと言っているのはおかしいのであり、だから被告人は嘘をついているということなのである、というようなことを言っていたようです。たぶん。

 わかりづらいですが……。ていうか、前に書いたのと意味は若干ずれますが、なにしろ、物の位置関係については詳しく描写しながらにして、自分の意識や動機についてはよくわからないというのは、別段おかしくないんで……。

 でもやっぱり拾い読みは駄目だなぁ。まさか証拠と全然合わない主張してた検察官が、被告人は証拠に合わせて供述変えたって言ってる内容だなんて思いもよらなかったものですから、勘違いして、ごめんなさい……。

 ただ、このあたり、「現場の痕跡に合わせている」というより、「実況見分調書に合わせている」となってるんですよね。さすがに実況見分調書に合わせるのは不可能すぎるだろうと思うので、実のところ、このあたりもその他と同じく検察官がとりあえず無理矢理なんか言ってみましたみたいなことだったのかもしれないです。


 すみません、また間違えた……。
 実況見分調書に合わせるという言い方もおかしくはないのかも。ていうか、実況見分調書って何なんでしょう。
 被疑者立ち会いで犯行状況を再現した場面を記録した文書やら写真やらを言うんだと思ってたんですけど、それ以外の現場の写真やら図面やらも含むんでしょうか。まぁ含むに決まってるのでしょうけれど……。ただこの事件って、犯行状況の再現というのは現場ではおこなわれてないようなんですが。

 今年6月におこなわれた安田弁護士の講演会の内容というのがアップされてるサイトがあったんですけど、

 http://www.salusalu.com/sabetuenzai/antasamanokai.html

 一番最後くらいのところなんですけど、警察と検察は最初、少年を犯行現場に連れ出して犯行状況の再現していたんだけれど、現場ではすべてを再現せずに、むしろ肝心の殺害状況については再現を省略して、その部分については警察の道場に場所を移して再現をおこなっていたそうです。
 というか、それが不可解であったため、弁護側が昨年末に日本映画学校の協力を得て事件現場をそのまま再現してみたら、少年の捜査段階の供述や一、二審が認定した犯行方法では部屋の中の家具が邪魔になって客観的に犯行が不可能であることがわかったのだそう……。

 なので、検察は少年が実況見分調書に記された家具の位置にものすごく詳細に合わせてるって言ってるけど、もともと検察側の主張する少年の動作と弁護側の主張する少年の動作とは全然ちがうんだから、検察側の主張する動作にともなう家具の位置や動きに対して、弁護側の主張する動作にともなう家具の位置や動きを合わせるって、しかもものすごく詳細に合わせるって、そんなの無理すぎるだろうと思って奇妙な内容だなぁと思ってたんですけど、よく考えたら、これって単純に、被告人は現場の写真やら図面やらに合わせて話をしてるって検察官がしゃーしゃーと言ってるみたいなことだったんでしょうか。

 まぁそんなことはどうでもいいのかも。
 もともと重箱の隅みたいなところを果てしなく知りたがりまくるめんどくさい体質なもんですから、迷宮に入り込んですみませんね……。

 それよりも、この警察と検察、まさに事件の核心部分で現場での犯行状況の再現を打ち切って、そこから家具のまったくない場所に移動して再現やり直してたって、やっぱりやることいちいちインパクト抜群なんですが……。そして弁護側が日本映画学校の協力のもと事件現場をそのまま再現してみたら、検察の主張してた犯行方法では部屋の中の家具が邪魔になって犯行が不可能であることがわかったそうです。
 ってやっぱりすげーですね……。



 再び残念なことに、橋下さんとその仲間たちが選挙ダブル当選してしまいました……。

 政治に疎い私の個人的感覚としましては、いまだ続く橋下人気にあやかって、この裁判の権力嗜好の検察官やら裁判官やらまでもがさらに勢いづいたらどうしようという不安がまっさきにやってくるんですがげっそり

 というか、おかげさまでパソコン買い換えまして、件の懲戒請求扇動問題裁判の判決文も無事見れたんですけど、さすがにこっちの裁判は内容難しすぎて……。

 これ要するに、最高裁判事がひたすら橋下さんを優遇するために骨折ってあげてる話なのか、それとも死刑裁判の上告審で検察側捏造ストーリーのことごとくが証拠と明確に矛盾してることを見つけ出した弁護士らに対して、一審二審と変わらず検察側捏造ストーリーに合わせて土下座弁護を続けることを奨励するために最高裁判事が橋下さんの電波を利用しようとしている図なのか、どっちなのかそれが知りたい。


 そういえば、この前、mixiニュースにこんなん出てて、えってなって、自分のニュース保管庫にとっておいてみたんですが。

↓↓↓↓↓

 山口県光市の母子殺害事件で被告の元少年(30)=差し戻し後上告中=の精神鑑定をした野田正彰関西学院大教授(67)が、公判証言をゆがめて報道されたなどとして、日本テレビに1100万円の損害賠償と謝罪放送を求めた訴訟の判決で、京都地裁は28日、請求を棄却した。

 判決によると、野田教授は2007年7月26日、広島高裁で開かれた事件の差し戻し控訴審に証人出廷し、鑑定資料に元少年の捜査段階の供述調書を含めなかった理由を「全部読むのは面倒くさかった」と証言。日本テレビが同月29日の番組で放映した。

 野田教授側は証言について「山のようなコピーの中から重要な鑑定資料を選択したという趣旨だった」と主張した。しかし、杉江佳治裁判長は「証人尋問の内容では、原告側主張のように解釈するのは困難」と認定。報道内容は重要部分で真実とし、中立性、公正性も欠いていないとした。

↑↑↑↑↑


 これって、光市裁判で、野田さんが鑑定資料に供述調書を含めなかった理由をわざわざ言わされてたってことなんでしょうか。

 ていうか、たとえ野田さんが法廷で血管切れそうになってひとこと暴言吐いたとしても、野田さんの精神鑑定と検察側弁論要旨の内容読み比べたら、間違いなく検察側弁論要旨のほうがしょぼくて冷酷非人間的なわけなんですが……。



 でも思うに、山のようなコピーの中から重要な鑑定資料を選択したという趣旨だったとかいう言い方だと、かえってあやしく見えてしまいそう……。それよりも、嘘と捏造が満載すぎるのがわかりきってる捜査段階の供述調書を読むのは面倒くさかった的にストレートに言うほうがまだしも万人にわかりやすくて誤解もなくてよいんじゃないだろうかとかも思うんですが、さすがに法廷でそこまでストレートになるのは得策ではないんでしょうか。

 ただ、実際に高名な法医学者2人が検察側主張のことごとくを否定していて、家裁記録の内容も検察側主張と激しく乖離していて、もちろん野田さん自身も精神科医として少年本人と面接したり親戚知人から話を聞いたりして、検察側主張の捏造の激しさはすぐにわかったくらいだったにちがいないですし、その状況で医者が検察官作成の供述調書の内容まともに読むとか、見るからにただの無駄骨だし……。

 前に読んだ雑誌の医師らも、警察や検察の供述調書って、現状では取調官が自由自在に被疑者の供述を削ったり足したりできるシステムになってるから、それ知ってるベテラン医師が読むならまだしも、何も知らない新人医師がむやみに読んでそれを鑑定の材料にするのはとても危険なやり方なのであるみたいな注意喚起してたくらいですし、むしろ取調官が自分の好みどおりに被疑者の供述を削ったり足したりできる調書の内容というのは、事実を究明したいと考えてる医師らにとっては単なる憤りの対象でしかないようでした。

 なので、精神科医が鑑定資料に供述調書を含めなかった理由をわざわざ言わされてるその状況のほうが痛々しい感じがするんですけど、これって最初に、検察官か裁判官が「なんで鑑定資料に供述調書を含めなかったんですか」って野田さんに訊いてるんですよね……。
 そもそも、この裁判自体、捜査段階の供述調書が捏造だらけであることを弁護団側が裁判全体を通して証明しようとしてた状態だったんだから、その証明の一部として少年の精神科的な問題について証言しにきてる野田さんに向かって「なんで鑑定資料に供述調書を含めなかったんですか」って訊くほうが、理屈合わんすぎるだろうと思うんですが。含めるわけねーだろ!ってなると思うわ……。

 でもいまだになんらの詳細もない酷いニュースが垂れ流されるもんだなぁ。
 このニュース見るかぎり、裁判所はこれからもずっと検察官なり警察官なりが被疑者の供述を好き放題に捏造しまくれるシステムを温存したまま冤罪死刑を助長しつづける気満々みたいですよね。げんなりするなぁ。


衒学鬼さん

 こんちはです〜!!
 そうそう、供述調書って語感で、なんとなく重要書類っぽいイメージ湧くからなぁ。でもでも、供述調書が信用ならんもんだというのは、このごろ有名になってきてるみたいですし。
 弁護側が本村さんのためにこれやってるとまでは言えないまでも、検察側が本村さん騙して利用してるあたりくらいはもっと気づかれたほうがいいんじゃないかと思うよなぁ。
空ねるあそぶ。さん

 すみません、書き込んでくださっていたのに、今まで気づいておりませんでした。
 とりあえず新トピック立てられるようにしておきますので、よければ立ててみてくださいね。遅くなってしまったのですが、取り急ぎ……。
近日中に、門田隆将氏と接触する機会が持てそうなので、久しぶりに、『君はなぜ絶望と戦えたのか』を、読み返してみました。しかしいつ読んでも酷い本ですね、ドキュメンタリーの域には程遠く、どちらかというと小説のようなものです。
 アマゾンの書評を読むと、「感動した!」みたいな感想がたくさん書かれていますが、もうすこし冷静に読めないものかと思います。あんな底の浅い内容で、かんたんに感動してしまうようでは困ります。
モリゾーさん

 こっちにも書き込みありがとうございます。
 門田さんに直接お会いになられるのですか? そんなにずけずけ言ってしまって大丈夫でしょうかたらーっ(汗)
 私なんかは、極めて人に従順なタイプなんで、びびってしまいますが……。

『君はなぜ絶望と戦えたのか』はまだ読まずじまいになってしまっているのですが、どうやら、読み方によっては、検察がどうやってご遺族をそそのかしていったかよくわかるみたいな書き方してる人もいましたが……。どこかで見たんですが。

 まぁたいがいの人はそんな読み方しませんもんね……。でもAmazonの書評とか見てると、この裁判で騙されるのは騙されすぎじゃないだろうかとやっぱり思ってしまって……。

空ねるあそぶさん

 門田隆将が大月被告と接見したのは、差し戻し控訴審で死刑が言い渡された直後が最初だと思いますよ。そしてこの本は、事件発覚当初の、家裁の取り調べ調書や精神鑑定を全く無視してねつ造?された、検察調書のみをベースに、書いていますから、あのような勧善懲悪的な内容になっているのだと思います。
 この事件で一番重要な差し戻し審で、何が争われたのかなどの具体的な記述は、ほとんど書かれていないし、それどころか、最初の控訴審に検察側の証拠として突然でてきた、元拘置所仲間A氏との「不謹慎な書簡」騒動などの真相や、弁護団の最高裁弁論でのドタキャン?事件の真相など、門田は知っているであろうにも関わらず、被告側にとって有利になるような事実には一切触れていません。これほど「一方通行」なノンフィクションは珍しいと思います。

 それと、僕は門田氏と面識があるわけではありません。ごく小さなプライベートな会合に門田氏が来ることになったので、この本の疑問点について聞いてみようと思っているだけです。
衒学鬼さん、こんにちは〜。

 どうもどうも、またまたお久しぶりでございます。

 実はそのニュースには気づいておりませんでしたよ。
 そういえば、これも前から気になってるんですけど、たぶん家裁調査官の藤川洋子さんの話だったと思うんですけど、性犯罪起こす少年というのは、その動機についてものすごく意味のわかりづらいことを言うから、それはどういうことだろうと、ああでもない、こうでもないと色々と頭を悩ませるんだけれど、それが検察官の取り調べを経ると、大人が考えたみたいな性犯罪の筋書きになって処理されているとか、そんな逸話をどこかで見たことあるんですよね。あれをどこで見たっけなぁと思っていまして。

 ていうか、この裁判の少年も、事件起こすまで性体験は一度もなく、押し入れの中に家出しては、自殺した母親の遺品に包まれてファンタジーに浸って過ごすみたいな生活送ってた少年なのに、捜査段階の供述調書の性描写は、あまりに詳細でえげつないんですよね。
 その露骨な不自然さに、検察官はどんな顔してこの調書を作ったのかとか怒って書いてらっしゃる方も見かけたことあるんですけど、野田さんの雑誌の対談でもそういう話題があって、野田さんが少年に、性行為についてけっこう知ってるねと訊いてみたら、全部検事や警察から教えてもらったと言うそうなんで、そりゃ野田さんからしたら、そういう感覚だろうから、法廷でそんなえぐい検事らから、「なんで供述調書を鑑定資料に含めなかったのか」ってえぐい質問受けたら、全部読むのは面倒くさかったって、正直に言っちゃうんじゃないだろうかとかも推測するんですが。
 こう言うと野田さんに失礼かもしれないですけれど、お人柄的に、なんとなくちょっぴり頑固なおじいさまっぽい空気も醸しておられますしたらーっ(汗)

 ていうか、検察官の作り話にもとづき防犯対策立てられても、偽物くさくて逆に犯罪増やす気かいとかも思うんだよなぁ。事件の背景なんざ一々考えてたらキリがないんでねとか言ってる人らも、厳罰とか死刑とかの話になると、とたんに自分は責任感ありますみたいな顔しだすから、えぐいもんなぁ。

 ところで、再審請求のニュース出てましたね。あと、ちょっと気になるお知らせ見かけたんですが、また今度……。


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