１〜６ 上野正彦さんの法医学鑑定（2006） 
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コメント(33)
上野正彦さんの法医学鑑定
上野元院長作成の法医学鑑定書１
（平成１８年４月２７日付）
【緒言】
平成１８年４月２０日、本村弥生さんの事案について参考資料を提示の上、法医学的鑑定を依頼された。
【鑑定事項】
▽１）検察官の主張は鑑定資料と合致しているか否か。
具体的には
（１）被告人は被害者に馬乗りになり両手親指を喉仏付近にあて、指先が白くなるほど力いっぱい押さえつけたとされているが、そのような行為の痕跡があるか。
（２）被告人は上記行為に続いて、馬乗りの状態で全体重をかけて被害者の頚部を両手（左手が下、右手が上）で絞め続け、被害者を窒息死させたとされているが、そのような行為の痕跡があるか。
▽２）被告人は現在、捜査段階の供述は強要されたもので、真実は
（１）被告人が座っている被害者に背後から抱きついたところ、被害者に騒がれ、そのまま重なった状態で一緒に仰向けに倒れた。被告人は自分の身体の上で仰向けになっている被害者の背後からスリーパーホールドの形で絞めつけたところ、被害者は気絶した。
（２）被害者が気絶したためしばらく呆然としていたところ、いきなり被害者からキラリと光るもので殴れた。このため被害者を仰向けに押し倒し、自分の頭が被害者の胸のあたりの位置で重なるように覆い被さった。しかし被害者が大声を上げ続けたため、右手の逆手であご付近を押さえつけ、そのまま手がずれて首あたりを押さえつけたところ、被害者は動かなくなったもので、殺害しようとしたものではない。
と述べているが、鑑定結果等と矛盾はあるか。
上野正彦さんの法医学鑑定つづく
上野正彦さんの法医学鑑定つづき
【考察】
▽１）鑑定事項１の（１）について
被害者の左下顎部には表皮剥奪Aが、前頚部やや左には表皮剥奪Bが、右側頚部には４本の蒼白帯がある。
Aは加害者の左第１指の圧迫による表皮剥奪と見なせば、残る第２〜５指による圧迫が蒼白帯Cを形成したと思われる。両手親指で喉仏付近を絞めたとされるので、Bは右第１指の圧迫による表皮剥奪の可能性が高いが、右第２〜５指による圧痕は生じていないので、外力は弱かったと思われる。舌骨、甲状軟骨などへの外力はあまり強くなかったので、骨折は起こしていない。そのため扼頚による圧迫外力は前頚部中央に集中していないので、致死的効果は力の割に弱かったと考えられる。
これらのことから、１の（１）のような遺体所見にはなっていないので、この状況は否定される。
▽２）鑑定事項１の（２）について
加害者は馬乗りになって頚部を左手を下に、右手を上にして全体重をかけて絞め続けたというが、もしそうならば、右手は左手の上に乗っていたのだから、Bの表皮剥奪の説明がつかない。食道にも、体重をかけて両手で前頚部を圧迫した所見は見当たらない。
これらのことから、加害者の供述内容と遺体所見は一致しないので、１の�△両�況下での犯行ではなかったことは明白である。
▽３）鑑定事項２について
肘関節を屈曲して首を絞めれば、左右側頚部に強い圧迫が加わり、脳の酸素欠乏状態から意識を失うことは容易に考えられる。
意識を回復した被害者が大声を上げたので、加害者は右手を逆手にして右第１指をAに押し当て、残る右第２〜５指を声を封じるために口にのせた。そのとき加害者は被害者の上に覆い被さり、顔は胸付近にあったから、右手は順手ではやりにくい姿勢だったので、逆手で口を塞いだと考えられる。
被害者は抵抗して顔を右上方に傾けたので、右第１指はBに移動し、第２〜５指はCにずれた状態になりながら、圧迫を続けた。このような行為が強く持続した結果、窒息死を招いたと考えられる。このときの圧迫は左前頚部と右前頚部にかけた外力が主であったから、舌骨や甲状軟骨の骨折は生じなかったと思われる。
このように考察すると、遺体所見とほぼ一致する。
Cの４条の蒼白帯は１番下の蒼白帯が最も長く、これは右第１指と第２指の手掌面が連携して丸い首回りに密着して圧迫したためで、１番上の蒼白帯が最も短いのは右第５指による圧迫と思われる。指の長さから当然の紋様となったと判断されるから、右手の逆手であったことが分かるのである。
したがって本件は、殺意をもって両手で前頚部を圧迫したような定型的扼死の所見にはなっていない。
上野正彦さんの法医学鑑定つづく
上野正彦さんの法医学鑑定つづき
上野元院長作成の法医学鑑定書２
（平成１８年４月２７日付）
【緒言】
平成１８年４月２０日、本村夕夏ちゃんの事案について参考資料を提示の上、法医学的鑑定を依頼された。
【鑑定事項】
▽１）検察官の主張は鑑定資料と合致しているか否か。
具体的には
（１）被告人は泣き止まない被害児を殺害しようとして、頭上からカーペット上に後頭部から思い切り叩きつけたとされているが、そのような行為の痕跡があるか。
（２）しかし被害児は一瞬泣き止んだもののすぐにより激しく泣いたため、被告人は被害児を仰向けにして頚部を両手で絞めつけたとされているが、そのような痕跡があるか。
（３）にもかかわらず被害児が死亡しなかったため、被告人は被害児をうつぶせにして剣道のこてのひもを頚部に２重に巻き付け、その両端を左右に力一杯引っ張り続けて窒息死させ、その後にひもを蝶々結びにしたとされているが、その痕跡があるか。
▽２）被告人は現在、捜査段階の供述は強要されたもので、真実は
（１）床に叩きつけたり、両手で頚部を絞めたりしたことはない。
（２）被害児が泣き止まなかったので、剣道のこてのひもを被害児の頚部に２重に巻いて緩く縛り、右側頚部で蝶々結びをして泣き止ましたところ、被害児はすぐにぐったりして動かなくなったのであって、殺害しようとしたものではない。
と述べているが、鑑定結果等と矛盾はあるか。
上野正彦さんの法医学鑑定つづく
上野正彦さんの法医学鑑定つづき
【考察】
▽１）鑑定事項１の（１）について
被害児の左後頭部に鶏卵大の頭皮皮下出血が認められ、墜落外傷と考えても矛盾はない。
しかし成人男性の頭上の高さから叩きつけた場合には、幼児であるから死の危険が伴う状態になってもおかしくない。ところが本件では一時的に泣き止んだがすぐに大声で泣き叫んだというので、落下外傷とすればもう少し低い位置から落下したと思料される。
▽２）鑑定事項１の（２）について
被害者をあおむけにして頚部を両手で絞めたというが、それを裏付けるような手指による圧迫痕は見当たらない。
▽３）鑑定事項１の（３）について
被害児の頚部にはほぼ水平に一周する２条の皮膚圧迫痕があるが、表皮剥奪は少なく、内部所見にも弱い出血があるのみで、索状物の両端を力一杯引っ張ったという所見にはな
っていない。
▽４）鑑定事項２の（１）について
被害児の後頭部の鶏卵大の頭皮皮下出血は、落下外傷とすれば比較的低い高さから落下させた打撲傷であろうと思われる。また、両手で頚部を絞めたという痕跡も見当たらない。
▽５）鑑定事項２の（２）について
被害児には顔面に鬱血、頚部に索溝と思われる皮膚圧迫痕が存在し、窒息死の所見を有しているので、絞頚による窒息と判断される。
とくに幼児であるから、ひもで強く頚部を絞めつけなくても死に至るであろうし、絞殺時に蝶々結びをするという行為には強い殺意は感じられない。
上野正彦さんの法医学鑑定つづく
大野曜吉さんの法医学鑑定
大野教授作成の法医学鑑定書
（平成１９年４月１９日付）
【鑑定事項】
平成１８年１２月２６日、次の通り鑑定の依頼を受けた。
◇鑑定１（本村弥生さん関係）
検察官の主張によれば、
（１）被告人は被害者に馬乗りになり両手親指を喉仏付近にあて、指先が白くなるほど力いっぱい押さえつけたとされており、
（２）被告人は上記行為に続いて、馬乗りの状態で全体重をかけて被害者の頚部を両手（左手が下、右手が上）で絞め続け、被害者を窒息死させたとされている。
他方、被告人は現在、捜査段階での供述は強要されたもので、真実は
（１）被告人が座っている被害者に背後から抱きついたところ、被害者に騒がれ、そのまま重なった状態で一緒に仰向けに倒れた。被告人は自分の身体の上で仰向けになっている被害者の背後からスリーパーホールドの形で絞めつけたところ、被害者は気絶した。
（２）被害者が気絶したためしばらく呆然としていたところ、いきなり被害者からキラリと光るもので殴れた。このため被害者を仰向けに押し倒し、自分の頭が被害者の胸のあたりの位置で重なるように覆い被さった。しかし被害者が大声を上げ続けたため、右手の逆手であご付近を押さえつけ、そのまま手がずれて首あたりを押さえつけたところ、被害者は動かなくなったもので、殺害しようとしたものではない
と述べている。そこでこれらの主張あるいは供述は解剖所見と整合するか。
大野曜吉さんの法医学鑑定つづく
大野曜吉さんの法医学鑑定つづき
◇鑑定２（本村夕夏ちゃん関係）
検察官の主張によれば、
（１）被告人は泣き止まない被害児を殺害しようとして、頭上からカーペット上に後頭部から思い切り叩きつけたとされ、
（２）しかし被害児は一瞬泣き止んだもののすぐにより激しく泣いたため、被告人は被害児を仰向けにして頚部を両手で絞めつけたとされ、
（３）にもかかわらず被害児が死亡しなかったため、被告人は被害児をうつぶせにして剣道のこてのひもを頚部に２重に巻き付け、その両端を左右に力一杯引っ張り続けて窒息死させ、その後にひもを蝶々結びにしたとされている。
他方、被告人は現在、捜査段階の供述は強要されたもので、真実は
（１）床に叩きつけたり、両手で頚部を絞めたりしたことはなく、
（２）被害児が泣き止まなかったので、剣道のこてのひもを被害児の頚部に２重に巻いて緩く縛り、右側頚部で蝶々結びをして泣き止ましたところ、被害児はすぐにぐったりして動かなくなったのであって、殺害しようとしたものではない
と述べている。そこでこれらの主張あるいは供述は解剖所見と整合するか。
大野曜吉さんの法医学鑑定つづく
大野曜吉さんの法医学鑑定つづき
【鑑定結果】
◇鑑定１
▽１）解剖鑑定書記載の事実
《略》
▽２）考察
「両手親指を喉仏付近にあて、指先が白くなるほど力一杯押さえつけ」たとした場合、頚部正中には親指による表皮剥奪ができてもいいと思われる。ところが、被害者の前頚部には正中の左側にやや離れて表皮剥奪がみられるものの、前頚正中には米粒大以下の皮内出血がみられるのみで、皮下にも正中部の強い圧迫を想定しなければならないような皮下出血・骨折などはみられない。
また「次いで全体重をかけて被害者の頚部を両手（左手が下、右手が上）で絞め続け」て死亡に至らしめたとのことだが、この場合、頚部右側の蒼白帯については加害者の左手の第２〜５指によるものと解釈できよう。ところが加害者の右手によってほぼ同様の圧力が同様の時間経過だけ作用したはずの左頚部に、右頚部のような蒼白帯がないのはどのように解釈すればよいのだろうか。
弁護側主張の右手の逆手による頸部圧迫では、被害者の右頚部の上部から順に第５、４、３指となり、さらに第２指と第１指が直線的に水平に前頚部を圧迫することになる。これは被害者にみられる蒼白帯の位置とよく一致することになる。
また前頚部左側や左下顎部の表皮剥奪については、右手による圧迫の際に右第１指によって生じたとの解釈も可能であろうが、スリーパーホールドの形の腕締めの際、作業服の袖口の止め具が被害者の顎部に作用した可能性は否定できず、そうだとすれば、表皮剥奪が類円形を呈しているのも納得できるものと考えられる。
▽３）結論
被害者にみられる創傷の成傷機転としては、検察側の主張ではいくつかの不合理な点があるが、弁護側の主張には不合理性は見出されず、成傷機転を無理なく説明していると認められる。
大野曜吉さんの法医学鑑定つづく
大野曜吉さんの法医学鑑定つづき
◇鑑定２
▽１）解剖鑑定書記載の事実
《略》
▽２）考察
まず頚部の損傷に関して、「後頭部からあおむけにたたきつけ」れば、後頭部正中を中心とした強い皮下出血が生じるものと考えられるが、後頭部正中に皮下出血は記載されていない。一方、左側頭前部、左側頭中部、左後頭部にそれぞれ限局的で薄層の皮下出血があり、これらは鈍体の打撲・圧迫などによって生じたと認められるが、それほど強い外力によったということは困難である。この点、検察官の主張は仮にこれらの皮下出血がたたきつけた際に生じたものであっても、外力の程度が誇張されすぎているものと考えられる。検察官の主張するような外力では、皮下出血だけでなくさらに重大な頭蓋内損傷が生じた可能性が高いが、それらの異常はみられない。
次に頚部への「あおむけにして頚部を両手で絞めつけた」という扼頚であるが、頚部には索状物による圧痕意外に創傷はみられず、扼頚を疑わせる解剖所見は皆無である。
また、「被害児をうつぶせにして剣道のこてのひもを２重に巻き付け、その両端を左右に力一杯引っ張り続けて窒息死させ」という見解も、解剖所見からはそのような所見は見いだせない。力一杯引っ張り続けたのなら、索状物の交差した部分に強い外力の痕跡が残るはずであるが、項部には１本の圧痕が走るだけでそのような外力が作用した痕跡はみられない。また索溝に表皮剥奪が伴っていないことも、力一杯引っ張り続けたとの見解とは一致しない。
次に弁護側の頭部を床に叩きつけたり、両手で頚部を絞めたことはないという主張は解剖所見とよく一致している。また、頚部を索状物では力一杯引っ張ったことはないという主張も、解剖所見とよく一致している。
▽３）結論
被害児にみられる創傷の成傷機転としては、検察側の主張では不合理な点が多いが、弁護側の主張には不合理性は見出されず、遺体所見とよく一致していると認められる。
大野曜吉さんの法医学鑑定おわり
加藤幸雄さんの心理鑑定
犯 罪 心 理 鑑 定 書
（平成１９年５月７日付）
【１ 鑑定事項】
鑑定は弁護団からの依頼に基づき、調査を開始した。それ以前に、警察・検察調書や公判記録などの資料の提供を受けた。また調査開始後、家裁段階の社会記録の提示を受けた。
鑑定事項は、（１）被告人の生育環境の問題性（２）生育環境が被告人の人格に与えた影響（３）前記（１）（２）と本件犯行に至る経緯及び動機形成との関係性（４）量刑及び処遇上、特に留意すべき事項−である。人格査定では、広島拘置所ではアクリル板越しの面接しか認められなかったため、差し入れ可能な審理査定を中心に実施した。
調査面接は被告人と父親、母親の妹、高校時代の先生、同級生に対して行った。被告人の調査は広島拘置所で平成１８年１２月２７日〜４月３０日に計８回、弁護人立ち会いの下、それぞれ２時間前後かけて行った。
加藤幸雄さんの心理鑑定つづく
加藤幸雄さんの心理鑑定つづき
【２ 被告人の人格理解】
被告人の人格像をまとめると、次のような特徴を指摘できる。
▽１）少なくとも事件当時は人格の統合性、連続性が乏しく、現実に直面する力が極めて弱い。困難は避けて逃げ道を探す傾向が見られる。精神的に未分化で、自立できるだけの社会的自我の形成がなされていなかった。
▽２）幼児的自己愛に基づく万能感に支配される度合いが非常に高く、自意識過剰とも言える。したがって、相手の立場から判断する視点は極めて弱い。万能感は自信のなさの裏返しでもある。これは、母親生存時の過度な自己愛充足と、母親の死による急激な自己愛剥奪が最大の要因と考えられる。
▽３）他者からの「見られ意識」が強く、愛情や関心の乏しさを、気を引く行動によって補う。被告人が「道化的」と表現する態度や行為である。被告人は嘘とすぐ分かる嘘をつくと見られているのに、本人に嘘をついているという認識はない。また、人気者になっている、女性にもてると思いこんでいる。面接においても、相手の意図に合わせて迎合的に発言することがまま見られる。悪乗りして調子を合わせたり、誇大に自分を表現したり傾向が見られる。拘置所内での手紙のやりとりにも同様の傾向が見られる。
▽４）内面には激しい攻撃性を抱える。内心の敵意や他罰的傾向が強いが、それを普段は表に出さない。鬱積した感情は小動物いじめ、ものの破壊、押し入れ閉じこもり、ゲームという仮想現実での攻撃発露といった形で表出されてきている。内面の激しい攻撃性の源泉は父親である。父親には、体罰や母親へのＤＶがあったことへの強い敵意と恨みの感情を抱く。
▽５）現実の世界で満たされない気持ちは、ゲームの世界にのめりこむことで緩和される。そこでは、自分が得意とすることだけに、万能感が満足させられやすいからである。
▽６）性的な成熟は、身体的にはそうであっても、性的欲求をコントロールする側の主体が追いついていない。異性との対等な関係ではなく、母親に対して甘えるかのように依存する形で愛情欲求の満足を求めることとなる。好きな対象に思いは馳せても、直接的性行動には男性としての自信がなく躊躇してしまう。性愛的感情と依存感情が未分化だといってもよい。性体験はなく、厳しい言い方をすれば幼すぎるので同年の女性からは相手にされない。性的関係では受け身なので、相手のリードがあれば一線を越える可能性はあるが、自らの行為としては後ろから「抱きつく」までが限度であった。
加藤幸雄さんの心理鑑定つづく
加藤幸雄さんの心理鑑定つづき
また、（１）現実感の希薄さ（２）色濃く残る幼児的万能感（３）罪障感の欠如と他者への現実的共感性の乏しさ（４）突発的に過激な行動に走る傾向（５）非常に傷つきやすく、些細な傷つきに対しても復讐しようとする傾向−がある。この特徴に照らして事件における行動を見てみると、
（１）現場で自分のしていることへの現実的吟味が乏しい。偽作業員がばれないことには気をつかうが、自分のしていることへの躊躇はない。
（２）主観性が強く、何でも自分の思い通りになると思っている。その思いを邪魔されたことへの反撃から大胆な犯罪に至っている。
（３）一連の行為は死の尊厳を卑しめているという感覚がない。事件後も反省的態度が乏しいと評価される。そこには拘置所での手紙のやりとりも含まれる。
（４）犯行現場でも後戻りはできたはずなのに、とことん破滅的なところまで進んでしまう。
（５）自分が受け入れらなくて反撃されると、それに対して興奮状態になり、必要以上の力が入る。
となる。
加藤幸雄さんの心理鑑定つづく
加藤幸雄さんの心理鑑定つづき
【３ 事件当日のことについて被告人が語った事実】
友人との待ち合わせまで、しばらく時間をつぶす必要があった。子供をあやす母親を見て人恋しくなり、作業のふりをして訪問したら話ができるかもしれないと思った。７軒ぐらいを訪問したが、見破られるのではないかとゲームのような感覚だった。
被害者の応対には包み込む優しさを感じた。赤ちゃんを抱く姿を、自分が幼いときの母の姿に重ねた。室内で「ご苦労様」とねぎらわれ、無性に甘えたくなり、うしろからそっと抱きついた。びっくりした被害者は子供を落とし、腕をふりほどき立ち上がった。拒絶された自分は固まった。腰のあたりに抱きつき、バランスを崩して仰向けで倒れた。左手で被害者の口を押さえたが振りほどかれてスリーパーホールドのような形で首が絞まり、被害者はおとなしくなった。死んだのかと怖くなった。ところが被害者は気絶から目がさめ、反撃に出た。反射的に倒して覆い被さったところ、大声を上げたので、左手で腕、右手で口を押さえた。しばらくすると嘘のように静かになった。
赤ん坊の泣き声が耳に入り、抱っこしようとしたが手に力が入らず腰のところから落としてしまった。再び抱っこしてあてどなく動いた。風呂場がそのときは子供部屋に、風呂桶がベビーベッドに見えたので、そこに寝かせた。すると赤ちゃんが消えた。風呂桶に落ちたということだ。泣きやまない赤ちゃんを見て自分の行いを悔い、あやすつもりで首にひもを巻いた。蝶々結びで飾りのように巻くことで泣き止んでほしいと思った。蝶々結びはリボンのつもりで、可愛く見せるためにやったことだ。しばらくすると声がしなくなり、泣き止んだと喜んだ。しかし赤ちゃんが動かないので調べると、舌が紫色になっていた。赤ちゃんも殺してしまったと思った。
被害者の姦淫は、生き返って欲しいと思って行った。自分は黒魔術を信じており、死者が復活することを信じていた。殺した罪を償うため、自分の子孫をつくろうと考えた。
加藤幸雄さんの心理鑑定つづく
加藤幸雄さんの心理鑑定つづき
【４ 本件の真相理解】
これまでは強姦を目的として、計画的にそれを実行し、抵抗されて殺害したということになっている。これを「性暴力ストーリー」と呼ぶ。しかし、強姦を企図するのであれば、常識的に考えて、なぜ会社のネーム入りの作業着を着て戸別訪問を繰り返したのか、幼子を抱える人妻を対象としなければならなかったのか、について合理的な説明が必要である。しかも、犯行現場は自宅と目と鼻の先であり、もし計画的だとすれば、捕まることを組み込んで実行したとしか考えられない。
被告人が現在語っているのは、これまで事実認定されてきた性暴力ストーリーとは大きく異なる。それは、母性的依存を求めるストーリーである。これを「母胎回帰ストーリー」と呼ぶことにする。この理解は、被害者の立場に立てば言い訳であり、反省が足りないという証拠にしかならないが、考察する価値は十分にある。それは、被告人の人格理解およびこれまでの行動傾向と矛盾しないで説明が可能だと思われるからである。なお、母性的依存をキーワードとした意味づけは、すでに家裁段階の鑑別結果通知書の中でも見られる。
加藤幸雄さんの心理鑑定つづく
加藤幸雄さんの心理鑑定つづき
【５ 鑑定主文】
本件は、これまで性暴力を目的とする性暴力ストーリーとして事実認定されてきている。しかし、本鑑定調査によって、鑑定人が母胎回帰ストーリーと命名した動機が存在することが明らかになった。被告人の人格理解を前提に本件を考察すると、性暴力を目的に計画することは難しい。母性に甘えを強く示す行動態様として理解することが理にかなっている。
被告人の人格理解を前提に、事件を評価すると以下のようになる。
▽１）事件は就職して１４日目に起こっている。当時の被告人は自立できるだけの社会的自我が形成されていない状態にあった。
▽２）事件当日は仕事に行かずにゲームの世界で過ごすことを考えていた。ところが友人の都合で空白時間ができてしまったため、いったん自宅に戻った。被告人は自分の気持ちを癒してほしいと思い、義母に甘えたものの満たされることなく家を出ることになった。そこで「人恋しい」気持ちに駆られ、自分を受け止めてくれる人との出会いを求めて、仕事を偽装する形での戸別訪問を行った。
▽３）「人恋しい」という気持ちは、自我水準が低下した状態での幼児的甘えを基調としながらも、性的願望がそこに混じり込んでいた可能性を否定できない。被告人は自分の依存感情が満たされ、さらに接触願望や性的欲求が満たされることを、未分化な感情として持っていたとみるのが至当である。
▽４）戸別訪問は被告人を満足させるものではなかった。ところが被害者宅では、優しく招き入れてくれる女性に出会ってしまった。そこで被告人は赤ん坊を抱く被害者の中に自分の亡くなった母親の香りを感じ、母親類似の愛着的心情を投影してしまった。テレビの前に座る被害者の後ろ姿を見たときに、甘えを受け入れて欲しいという感情を抑えることができなくなり、後方から抱きつくという行為に出てしまった。
▽５）被告人は予期しない被害者の抵抗にあって平常心を失い、自己愛阻止への怒りの発散、あるいは被虐待経験者によくみられる過剰防衛的反撃、あるいは父親への抑圧感情の発散と見られるパニック状態となった。被害者の反撃に対して自分がどれくらいの攻撃を加えているかについては全く意識できていない。ここでの暴力が、性的欲求達成の手段ではなく、被害者の反撃に対する過剰反応だという点が重要である。
加藤幸雄さんの心理鑑定つづく
加藤幸雄さんの心理鑑定つづき
▽６）被害者の死をなかなか受け入れることができなかった。最愛の母親と重なる女性を死なせてしまったことへの戸惑いは、被告人を非現実的な行為に導いた。それは、自分を母親の胎内に回帰させることであり、母子一体感の実現であった。被害者の死後に行った被告人の行為は、通常は逸脱した性行為として認知されるのだが、被告人はその行為に「死と再生」の願いを託していたという。すなわち、自らにとっては母胎回帰という死の願望であり、被害者とともに永遠に生き延びたいという幻想でもある。
▽７）死後の性行為は、生身の関係では実現可能性が低い行為であり、これまで達成するチャンスすらなかった行為の実現である。性的欲求に基づく興奮が生じなければ射精しないであろうから、「死と再生」という意味づけが事実だとしても、性的結合への意思は否定できない。
▽８）被害児の殺害については、かなり激しい心理的混乱が見られる。母子の幻影を見たり、風呂桶をベビーベッドと見間違えたりしていたとすると、解離という防衛機制により自我のコントロールが及ばないところへ自分を追いやっていた可能性を否定できない。被虐待体験が根強い者によく見られる現実への直面を回避する行動機序である。現象を評価すれば、相当に狼狽して自分をコントロールできないまま被害児を死に至らしめている。すでに確認されている事実認定の通りだとしても、どうしてよいのか分からない逡巡が認められ、ひと思いに殺すといった短絡は見られない。
被告人の犯罪が、性暴力ストーリーとして事実認定されてしまったのは、依存感情の中に性的欲求が刷り込まれていたためである。行為の結果から類推すれば、性暴力ストーリーの方が理解を得られやすいという側面はある。しかし当初から、鑑別結果などを精査して丁寧な調査を重ねることができたならば、本鑑定のような母胎回帰ストーリーが見えてきたはずである。
被告人の人格の偏りを前提とすると、尊大な自己を正当化し、態度を非難されれば逆に居直る傾向がある。その意味で、贖罪意識が芽生えにくく、かえって被害者感情を逆撫でする発言すらしてしまう。現状でも、贖罪意識は不十分であり、自己コントロールの弱い面は残る。そうではあっても、ある程度自己の言動を対象化して客観的に評価することができるようにはなっている。
ただ気にかかるのは、鑑別結果に記載された人格障害の疑い、あるいは人格障害となる危険性がなくなったわけではないことである。たとえば医療少年院へ送致されて、人格発達援助が受けられる環境にあれば、もっと内省や贖罪が進んだ可能性はある。収監が長いために、人格の統合性の弱さが克服されないで今日に至っている。
加藤幸雄さんの心理鑑定おわり
野田正彰さんの精神鑑定
精 神 鑑 定 書
（平成１９年５月２０日付）
【第１ 前文】
▽１）鑑定依頼の経緯
平成１９年１月１２日、被告人について（１）犯行に至る時点までの人格形成についての精神医学的考察（２）犯行時の精神状態（３）現時点における精神状態−の３点についての精神鑑定を依頼された。
▽２）鑑定資料
１審、控訴審、上告審の判決と１審、控訴審の被告人質問の公判調書、山口家裁の少年審判における被告人の社会記録及び広島拘置所で知り合った知人と被告人が交わした書簡（控訴審で証拠採用されたもの）、被告人宛の被告人の弟の手紙に目を通した。
平成１９年１月２８日夕方、山口県光市内で被告人の友人に１時間、同日夜、被告人の父親に１時間４０分、それぞれ面接した。被告人には広島拘置所で１月２９日、２月８日、５月１６日に各２時間ずつ、弁護人立ち会いの下、面接した。４月３日には被告人の祖母及び母親の妹とも面接した。
以上の資料及び精神医学的面接により、鑑定書を作成する。なお、広島拘置所での面接はアクリルガラス越しの対話で、心理テスト、CT、MRIを取ることは不可能だったため、心理テストについては少年審判における社会記録に基づいて考察する。
野田正彰さんの精神鑑定つづく
野田正彰さんの精神鑑定つづき
【第２ 被告人の家庭環境・人格形成・犯行前後の精神状態】
▽１）家庭環境
被告人は長男として生まれ、下に２歳違いの弟がいる。なお父親は母親が平成５年に自殺した後、８年に再婚しており、義母との間に腹違いの弟が生まれている。
母親の妹は平成元年に姉の家を訪ねて入浴した際に、姉の腰や背中にあざを見つけた。姉ははじめは転んだと説明していたが、やがて暴行されたと認めたという。
▽２）被告人の生育歴・人格形成
（１）父親との関係
父親は被告人の出生後かわいがって海に連れて行ったりしていた。一方では母親への暴力は繰り返されており、被告人が小学校に上がる前に母親への執拗な暴力を目撃し、母親を守るために間に入ったところ、父親に足蹴にされたことがあったと本人は言っている。
その後、被告人も父親に暴行を受けるようになったが、はじめのうちは母親への暴行に関連して、母親をかばおうとする被告人に嫌悪して、父親が暴力をふるったようである。小学１、２年生のとき、ゴムボートで海に出たとき、突然、父親がボートを転覆させた。被告人はまだ上手に泳げず、このときも父親に殺されると思ったという。３、４年生のときには父親から頭を押さえられ、風呂の水に浸けられたことがある。これらは幼少時の強い恐怖体験として記憶されている。
また、事件当時居住していたアパートに引っ越した後は、父親に殴られて鼓膜が破れ、左耳が聞こえなくなった。この事件の後、父親は平手ではなく、拳骨で殴ることが多くなったという。父親の暴力はささいなことで触発されるため、被告人はどう対応すればいいか分からなかった。
このように被告人は幼少時から父親の暴力にさらされ、幼く抵抗することもできない無力な状態だったために、しばしば殺されるという恐怖を抱いて大きくなっている。
野田正彰さんの精神鑑定つづく
野田正彰さんの精神鑑定つづき
（２）母親との関係
被告人によると、優しい母親であり、夫から暴力を受け、夫と会話があるわけでもなく、親族からも遠く離れ孤立した生活をする中で、被告人との母子結合を維持し強めていったと考えられる。たとえば、殴られる母親に被告人が間に入った夜は、母親が被告人の布団に入ってきた。被告人が止めに入らなかったときは、実家に長電話していたという。
被告人の方も、弟と母親が一緒に寝たりすると強く嫉妬した。小学４年生のとき、父親に足を持って逆さづりにされて頭を蹴られた際も母親が助けてくれた。その際の抱きしめられた感覚を、今も強く覚えているという。
このような関係は被告人が小学校上級になるとともに、母親と息子の境界をあいまいにする関係にまで至っている。母親は被告人に、「将来結婚して一緒に暮らそう。おまえに似た子供ができるといいね」と言うこともあったという。被告人は母親と自分に似た子供ができるかどうか、母親の期待に応えられるのかどうか不安を覚えた。
母親はひたむきに子供を世話しつつも次第に精神的に不安定になり、苦しさから逃れるために自殺を企図するようになった。自殺未遂を繰り返し、被告人が気づいたもので２回、弟が気づいたもので１回、自殺未遂があった。なお父親は妻への虐待を認めず、パート先の人間関係に問題があったとか、鬱病であった、酒を飲み睡眠薬を常用していたといい、彼女に問題があったと主張している。
母子共生が進む中で被告人の母親に対する執着、嫉妬心も強く、小学４年生以降、母親が父親のところに寝に行ったりすると不機嫌になり、学校に行かないこともあったという。
このような経過を経て、母親は平成５年９月に自宅のガレージで縊死した。しかし、被告人は母親は父親に殺されたのかもしれないと今も思っている。殺されたとは、第1の意味においては父親が虐待により死に追いやったという意味だが、第２の意味は、それを超えて直接、母親を殺したということである。
母親の死、とりわけ自殺後の場面は被告人の精神的外傷体験として鮮明に記憶されている。腰のあたりがべっとりと濡れていたといい、その臭いとともに思い浮かべる。これは繰り返し浮かんでくる侵入性体験である。
被告人は母親が亡くなってしばらくして、父親を本当に殺そうと思うようになった。その後、隣家がかわいがっていた飼い猫に火を付けたり、高いところから落としたりするようになった。犬をけしかけてアヒルに噛みつかせたり、近所の犬をエアガンで撃ったこともある。父親殺しの代償として動物虐待にはしるのは、後に凶悪な非行を行う少年の前歴によく見られる。また、猫に火を付けたときや犬をエアガンで攻撃した後、性的に「ムズムズしてきた」という。攻撃による興奮は大脳の辺縁系を通して性的刺激に連動することもあったようである。
一方で被告人は母親が死んだからといって、一緒になることをあきらめてはいない。中学生になってから、母親から私をエッチしようと言われたことがあった。そのころは母親を抱きしめているところを生き生きとは想像できなかったが、母親の四十九日の後ぐらいから母親をイメージしてマスターベーションをするようになった。
野田正彰さんの精神鑑定つづく
野田正彰さんの精神鑑定つづき
（３）被告人の中学から高校時代
母親を失ってから、被告人は新たな意味のある人間関係を作り出せずにいる。
母親の死後、父親は家に帰って食事をつくり、親としての役割を果たそうと努力していたが、子供たちと感情交流はなかった。誰に対しても対人関係の緊張は強く、息子たちへの暴力は変わらなかった。
被告人は同級生や先生におもしろい奴として受け入れられる演技を覚え、相手にあわせて演技する日々となっていった。父親の気まぐれな攻撃におびえながら育った被告人は、他者を安定した関係をもって信頼する能力を欠き、自分をひとつのまとまった人格として表現していくことも難しかった。相手の目に映っていると被告人が想像する部分的な自己を強調し、演技するだけだった。これは拘置所で知人と交わした手紙に、よく表れている。
（４）性的なことについての発達
被告人の異性に対する関心は強くない。性的非行は１度も記録されておらず、それよりも他人と関係を持たないゲームに没頭することを好んでいた。
母親の自殺の時点でも精神的発達は病的な家庭のために未熟であったが、とりわけ母親の死亡とともに、人格的な成長が停滞しゆがんでいったと思われる。今回の鑑定にあたり、新たに心理テストを行うことができなかったが、少年事件の社会記録にあるTAT（絵画統覚検査）の結果によると、「発達レベルは４、５歳と評価できる」と書かれている。４、５歳は別としても、極めて未熟である。とりわけ母親の死とともに現実の人間関係に立ち向かっていこうとする意欲は乏しくなり、気分が満たされないときは容易に母親との性愛的イメージに戻っていっている。あえていうなら、母親の自殺を外傷体験として、１２歳のときの精神レベルに足踏みしているかのようである。
父親の高い緊張、暴力に脅え、他者との基本的信頼関係を築くことができなかった被告人は、少しでも不安になると第１段階はゲーム的世界で遊び、現実検討を避ける。第２の段階は、被告人が生きているかのように思える母親が、全面的に受け入れてくれている甘く温かい母子一体感に入っていく。外からの問題から逃避し、習慣になった退行の世界に遊ぶことができる。この２段階の精神的防衛は重厚であり、容易に壊せない。
野田正彰さんの精神鑑定つづく
野田正彰さんの精神鑑定つづき
（５）犯行前後の精神状態
被告人は積極的な就職活動をしていなかったが、学校の先生が世話して入社した。この会社は小規模で家庭的な会社であり、新卒の被告人を大切に受け止めた。これまで被告人は人に信頼される関係を持ったことが乏しく、同じ職場で働く者として親密な関係を取ることに当惑する。母子関係を除いて、他者との親密さは被告人にとって対応不能に感じられるようだ。
被告人は働き始めてから７日出勤しただけで、親しい関係を取られることに不安になって会社に行けなくなり、休み始めた。これはゲームをしたかったための単なるずる休みではなく、未成熟で、信頼され信頼するという働く人間としての関係に不安を感じたためであろう。
（６）事件当日について
被告人はなんとなく友人の家に行って過ごし、友人が用事があるというので家に帰る。義母が子供を世話している姿を見て義母に抱きつき、胸を触った。友人とゲームができなくなった段階で、非刻印の第２段階の退行に近づいている。
検察官のストーリーである性的欲望が高まって計画を立て、女性だけの家に入り込んで強姦しようとしたという解釈は、極めて難しい。なぜなら極めて無計画である。
被告人は声を出されるとよく聞こえる小さなアパートであることを認識しながら、ピンポンするいたずらを始めている。叫べば誰かに聞こえるアパート、被告人も別の棟に住み顔を知る人もいるかもしれないアパート、道路に面した昼間の明るいアパートの一室、すべて計画的と呼ぶには無理がある。
被告人は被害者宅を訪問し、部屋に招き入れてくれた被害者に母親のイメージを重ねた。被告人は被害者の後ろからそっと抱きついた。そのときの被告人の意識は、被害者に義母を見て、その先に母親を見ていた。被告人にとって、母親は大きくなってからも被告人の布団に入ってくる女性、自分を常に受け入れてくれる女性だった。母親は暴力を振るう父親の共通の犠牲者だったからである。しかし、被害者は立ち上がって怒った。
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野田正彰さんの精神鑑定つづき
（７）被害者２名を死に至らせる事実関係
被告人は被害者の抵抗にびっくりして、静かにしてほしいという思いから、スリーパーホールドの形で首を絞めた。被害者はいったんぐったりしたが、放心状態で座っていた被告人に反撃してきたので、被告人はもう１度被害者を抑え込んだ。殺意はなく、静かにさせたいという思いだけであったという。このとき、父親に告げられると何をされるか分からない恐怖を強く持っている。
被害者の抵抗が収まったので気絶したと思ったが、反応がないので鼓動を確かめようとして被害者の腹部に耳をつけた。このとき、異臭がすることから母親の自殺が浮かんだ。母親の自殺は外傷的体験として強く記憶されていたため、感覚的刺激を通してフラッシュバックしたのである。
人を殺したようだ、とんでもないことをしてしまった、父に知れれば殺される。動転する中で、自分を責めるかのように、あるいは自分を覚醒させるかのように、持っていたひもを左手にくくりつけた。赤ちゃんの首にひもを巻いたのは思い出せない。泣いて欲しくないという思いはあったと思うが、声が止まったので蝶々結びしたのかもしれない。
ぼうぜんと押し入れの柱にもたれかかっていたら、初めて勃起しているのに気づいた。自分はもう終わりだ、だが、セックスしたことがない。続いて、母親と一体になろうとした記憶が重なる。母親の期待に応えて自分に似た子供が作れるか、セックスできるか自信がなかったことなどがぼんやりと浮かんでくる。さらに子供を作ることができる精子なら、女性を生き返らせることができるという、マンガで読んだ思考が浮かんできた。
そこで、被告人はペニスを入れようとした。このときまで、死者とセックスをするという行為も死姦という言葉もしらなかったという。
なお、強姦という極めて暴力的な性交は、一般的に性経験のある者の行為である。被告人のように性交経験がなく、これまで性体験を強く望んで行動していたこともない少年が突然、計画的な強姦に駆り立てられるとは考えにくい。
野田正彰さんの精神鑑定つづく
野田正彰さんの精神鑑定つづき
（８）生きているような被害者
事件後も、被告人は被害者と被害児は死んだと思っているが、同時に被害者は生きているかのように語ったりする。ここでも母親が生きているというイメージが原形となっているかのようだ。被告人は母親が亡くなったとき、「棺桶の観音開きを開けて、母親の顔を見た。母親の服を脱がせて、セックスして生き返らせたいと思った」という。そのときそう思ったのか、後からの追想としてそう思ったように思いこんでいるのか、今のところ確定できない。いずれにせよ、死んだ母親は被告人にとって十分に死んだ人になっていない。これと同じ思考が、被害者にも続いている。
「僕が死刑になって、先に弥生さん、夕夏ちゃんと一緒になってはいけないのではないか。再会すれば、自分が弥生さんの夫になる可能性があるが、これは本村さんに申し訳ない」
「事件後、弥生さんは夢に出てきた。雰囲気が優しかった。母さんのように優しかった。母さんは裏切って攻撃してきたりしない。弥生さんは本村さんが今のように怒っているのを喜んでいないと思う。だから謝罪が遅れてしまった。本村さんに会いたい。会えれば、ただただ謝りたい。その後は迎えて欲しい」
（９）今後の検査について
少年記録は「生後１年前後で頭部を強く打っていること、斜視があること、幼児期高熱を出すことが多く引きつけが見られたこと、本件において短時間のうちに攻撃、性欲、獲得（財布）といった欲求が爆発的に発散されていること等には、脳器質的脆弱性が存在するのではないかとの疑いを持った」と述べている。
当職も上記に加え、動物虐待と性的興奮、あまりにも対人関係の幼い点に脳の器質的な問題があるかもしれないと、少しではあるが疑いをもつ。前頭葉下部や側頭内側の萎縮などについて、念のためMRI、CTを撮っておいた方がよいと思う。
なお８年にわたる拘禁中の経過をみると、平成１５年は強力精神安定剤を使っている。その後、抗うつ剤を大量投与している。平成１８年度には抗精神病薬と抗うつ剤を維持量として投与している。
症状の記載はないが、拘置所の医師は、拘禁されていることによる精神的不安定を安定させるために強力安定剤と抗うつ剤を使用しているように思われる。いずれにせよ、平成１８年度の処方から見る限り、統合失調症への投薬とまぎらわしいほどである。
野田正彰さんの精神鑑定つづく
野田正彰さんの精神鑑定つづき
【第３ 精神鑑定結論】
▽１）被告人は事件当時、統合失調症や妄想性障害のような精神病ではなかった。
▽２）しかし、被告人の人格発達は極めて幼い。その原因は、（１）父親の理不尽な暴力にある。母親と被告人は父親の暴力にさらされて、（２）被虐待者として共生関係を持ち、苦しむ母親からの呼びかけで性愛的色彩を帯びた相互依存の関係に至っている。（３）父親から殺されるかもしれないという繰り返された恐怖体験は持続的な精神的外傷となって、幼い被告人に刻印されている。さらに実母が苦しみ抜いて自殺したことにより、母親の死の場面は被告人の強烈な精神的外傷として記憶された。この精神的外傷は侵入性の体験となり、被告人の少年期、何度となく内面を脅かしている。
▽３）母親の死を十分に受け入れられず、母親との幻の交流を続けていた被告人は、他者とは演技的関係をとり、ゲームの世界に内閉していた。とりたてて反社会的行為も、性的非行もしていない。父親への恐怖、その全能的幻想は持続していた。
外の人間関係に出て行く準備のできていなかった被告人は、就職先の親切な対応にあい、「別の家族のようだ」と不安になる。信頼され、信頼するという人間関係は被告人を不安にさせた。出社できない被告人はゲームへの没頭に舞い戻り、さらに義母への愛着を通して、実母との性愛的共生に回帰しようとしていた。
被害者たちとの出会いは、このような精神状態で起きた。被害者の抵抗にあったとき、父親への恐怖が呼び起こされなかったら、これほどの暴力に及んでいなかった可能性がある。被害者の死、とりわけその臭いは被告人の精神的外傷を再現させ、精神的外傷体験に誘導されて、死者への性的一体化へ衝き動かされている。
被告人の精神発達は極めて遅れており、母親の自殺の時点に停留しているところがあり、１８歳以上の者に対するのと同様の責任を問うことは難しい。
事件後８年を経過し、遅れたとはいえ、まず母親との外傷体験、共生感情の分析を経て、父親の暴力への恐怖を分析していけば、被告人の精神発達と安定を促すことが十分に可能であるだろう。
野田正彰さんの精神鑑定おわり
西澤哲さんの心理鑑定
（西澤哲さんによる鑑定概要説明）
まず成育歴における特記事項ですが、彼は母親の自死を目撃しています。それ以前は母親が父親からDVを受けていてそれを目撃して育っています。実母を守ろうとする彼自身が暴力を受けています。実母からの性的虐待がありました。父親の暴力的支配を受けていました。通常なら思春期に力関係が逆転するのですが彼の場合は18歳になってもまだ暴力的支配が続いていました。日頃から父親から首に包丁をあてられるような脅迫行為を受けていたことから学習性無力状態にありました。つまり『どうしようもない』という心境に追い詰められていたと考えられます。
実母からの性的虐待という関係の中で実母との密着関係がありました。彼にとって実母との関係は心理的な逃避の場になっており、父親の暴力から逃れるために母親との関係に逃げ込んでいたと考えられます。これは中間領域という概念であり、現実世界と完全な空想世界との間にある心理的領域が中間領域といいます。彼の場合は実母との関係が『苦痛な現実』=『父親の暴力支配』から逃れる世界として実母との関係が中間領域という機能を果たしていたのではないでしょうか。
彼が12歳の時に実母が首つり自殺しているのを目撃しています。この目撃は極めて衝撃的であり彼は20年以上経った今も克明に覚えています。この実母の喪失体験というのは病的悲嘆と呼ばれるものになっています。悲嘆反応は大事な人を失った時にだれでも感じる一般的な悲しみの反応ですが、それが通常の悲嘆のプロセスを経ないで病的な悲嘆、悲嘆の状態が自分の中で処理できないで捉まってしまう状態になっています。この病的悲嘆を生じたのは二つの要因があると考えられます。一つは父親への怒りです。父親が母親に対してDVを繰り返していたことから母親は死を選んだ、ある意味父親が母親を殺したという認識があります。それによって生じる父親への怒り。そして母親に対しては悲しみの感情があるが一方で自分を置いていったという見捨てられ体験に起因する母親への怒りもありました。こういう状態がうまく処理できないままに病的悲嘆に至ったのではないかと考えられます。
病的悲嘆の特徴としては悲嘆反応の欠如、故人に対する過度な探求･囚われ、死の受容の拒否といった特徴がみられますが彼の場合も『母親が今も生きているような感じがする』『母親が帰ってくる時間になると帰ってくるんじゃないか』という思いを長期に渡って持っていました。
生前は『中間領域』としての母親との関係の中に逃げ込んでいましたが母親が亡くなった後にも彼はある意味母親を失っていません。父親からの暴力などの現実世界のストレスに出会うと彼は中間領域に逃げ込む傾向があります。
それを裏付けるエピソードに家庭内家出というものがあります。5日間ほど家庭の中の押し入れにこもり家出をしたふりをしました。親や周囲は彼が家でしたものと思っていましたが実は自宅の押し入れの中にいました。押し入れの中は生前の母親が使っていた布団や衣類が残されていてそこにると実母の香りがして実母と一緒にいるような気持ちになったとのちに彼は述べています。さらにそこで実母を想起してマスターベーションをしています。
こういった成育歴上の特記事項を踏まえたうえで彼の犯行当時の心理状況を臨床心理的にはどう理解ができるのでしょうか。成り済まし訪問の心理状態はこう考えられます。
西澤哲さんの心理鑑定つづく
西澤哲さんの心理鑑定つづき
彼の高校時代の適応様式はピエロ的な役割を担うことによって周囲と結び付いていました。クラスメートが自分に何を求めているか察知してピエロ的にふるまうことで適応していました。社会人になることによってそういった彼の社会適応の方法が破たんをします。その中で閉塞状況に陥って当時強い孤独感と寂寞感を感じていました。出口が見つけられない事で退行的な依存欲求が高まっていたと評価ができます。その中で配管工のふりをして各家庭を訪問しました。フリをするということ事態は中間領域と類似した特徴があります。
フリというのは現実ではそうでないということです。しかし会社の制服を着て各家庭を訪問することによって非現実的な部分として『中間領域的』にふるまっています。仕事をしていない自分の現実を制服をして仕事をするふりをすることによって、自分に対してごまかしていたという状況になっていました。訪問してインターホンを押して家人と話をすることによって何がしかの依存欲求の満足も得ていたと考えられます。彼は基本的に強姦相手を物色するような形で各家庭を訪問していたのではないと考えることができます。
被害女性に対して抱きついて死に至らしめるまではどのような心理経過をたどったと考えられるのか。
被害女性の家庭に至るまでは全て訪問を断られています。被害女性は彼を家に招き入れました。これは今までは断られてきた『中間領域』の存在が彼女と出会うことによって『中間領域』の共有ができるようになったと考えることが可能です。
つまり自分は仕事のふりをしている。仕事のふりをしていることを信じてくれて自分を家に入れてくれて配管工の仕事をさせてくれる人が彼女の意味、つまり『中間領域』の共有がおこるわけです。
彼は被害女性に対しておそらく自分自身の実母像を投影していた可能性があります。被害女性を見た時に赤ちゃんを抱いている状態の母親という存在に対して自分の実母像を投影していました。
鑑定面接で『フワーッと何か別の世界にいるような感じで抱きついた』と被害女性に抱きついた時の心境を述べています。『フワーッと』あるいは『別の世界』という言葉が『中間領域』の存在を示唆していると考えられます。中間領域にいる実母が投影されている被害女性への期待と反撃の現実が大きな衝撃を与えたのではないかと考えられます。
西澤哲さんの心理鑑定つづく
西澤哲さんの心理鑑定つづき
被害女性に実母が重なっている中では自分が抱きついたことに対して受け入れてくれるはずだという期待がありました。ところが抱きついた彼に対して被害女性は当然反撃を加えます。反撃は現実世界、『中間領域』から『現実世界』に強制的に引きずりだされたと考えることができます。そうすると精神的パニック、恐慌状態に至ってその後の行為に至ったのではないか。
彼は『恐かった。被害女性が恐かったというよりも父親から虐待されているような怖さがあった』と述べています。パニック状況の中で父親からの暴力の恐怖、トラウマ性の恐怖がフラッシュバックを起こしたことも重なり精神的パニック状態に拍車をかけたと判断できます。
被害女性が死に至ってしまった後、屍姦をする。こういった心理状態はどう考えられるのでしょうか。
被害女性には実母のイメージを投影していた事が関連していると考えられます。彼は被害女性の遺体に脱糞があることに気がつきます。臭覚刺激によって気がつきますが臭覚的な刺激はトラウマ性のフラッシュバックを起こしやすいというのはよく知られていることです。脱糞処理をする中で臭覚への刺激がカギになって母親が首つり自殺した時に同じように脱糞があった事がクロスします。母親の遺体のイメージがフラッシュバック的によみがえってきた可能性が高い。
被害女性の遺体に実母が投影された。母親像が重なった被害女性の遺体に対して性行為をします。実母とのセックスの延長線上の行為ではなかったかと考えられます。実母から性的虐待は受けていたがセックスは否定しています。しかし彼は実母とセックスすることは長年の夢だったと語っています。なし得なかった行為がここで出現したと説明することは可能です。
性的行為の有する空想性と心理的逃避が重要な役割を果たしています。性的行為というのは性的なファンタジーが先行してそれが実体化していくと考えることが可能です。性行為の中にはファンタジーの要素があります。性行為そのものを行っている時は現実世界から少し遊離していると考えられます。現実世界では二人を死に至らしめたという極めて苛烈な現実がりました。この苛烈な現実が18歳の少年に極めて強い精神的衝撃を惹起したことは想像に難くありません。
この事態に対して彼は性行為という世界に逃げたのではないかと考えられます。逃避したのではないかと考えることができます。彼の性行為は強姦的な意図を持ってなされたものではないのではないかと考えることも可能です。
西澤哲さんの心理鑑定つづく
西澤哲さんの心理鑑定つづき
ドラえもんのポケット、生き返りの儀式という発言は極めて重要な意味を持っていると思っています。『取り消し』と呼ばれていることに当たるのではないかと思います。『取り消し』というのは精神分析の言葉で心理的防衛機制のひとつで、きわめて原始的な防衛機制、あったことをなかったことのようにふるまう、なかったと信じ込むとうものです。自分が何かをしてしまった時にそれはなかった、私はやっていないんだという防衛の仕方です。彼は被害女性の遺体を前にして、生き返ってほしいほしい、これはなかったことなんだと信じたい、さらに生き返ってほしい、性行為が加わった時に性行為をすれば生き返るのではないかという思いが強くなっていきます。
『生き返ってほしい』から『生き返るはずだ』という自己暗示的な作用が生じたことを語ってくれました。『現時点では信じてないがその時点では信じなければ自分が崩壊しそうだった』と述べていました。これは『自我の崩壊』という現象を防衛するために自分に言い聞かせたと考えられます。
ドラえもんのポケットなどに対してもそういった意味合いが強いように思われます。
矯正可能性についてですが、彼自身事件当初は『被害女性に責任がある』あるいは『激しい怒りを持っていた』と言っていました。つまり『被害女性が自分を家に入れてくれなければあるいは会社に身分照会してくれていればこんなことになっていなかったんだ、どうして自分を家に上げたのだ』という理不尽な怒りを持っていた。
鑑定面接で『どうしてあなたは彼女があなたを家に入れたと思いますか』ということを繰り返して聞きました。すると彼は最初、『彼女が悪いんだ』と言っていたのが『彼女は僕を信頼していたのだ、それを自分は裏切ったのだ』という認識、気づきを表現します。ただしそれを認めたくない。認めることに対して心理的抵抗を示していました。私は彼の中にある罪悪感が日々濃くなってきていると認識しました。
彼自身他者視点が非常に弱い子供だったのが他者視点が徐々に形成され共感性が育ち自分のなしたことに対する本当の意味での罪悪感を感じることができるようになって来ているのでないかと感じました。
西澤哲さんの心理鑑定おわり
家裁記録
（少年のＴＡＴ（絵画統覚検査）結果の解釈）
家庭に対する疎外感、拒否される不安感が強く葛藤を感じやすい。家庭状況が、自己無価値感や傷つきやすい幼児的自尊心（自己愛）（※Ｃ鑑定人（心理鑑定人）註：自尊心は社会化された自己愛）の源泉となっているようである。対人関係では葛藤が少ないが、見放されるのではないかという懸念を持つ。異性関係は未熟である。男女の接近した関係を、『母と自分と、それに介入する父』（エディプス状況）といった枠組みで認知してしまいがちで、そのため生起した依存感情や憎悪と性愛的感情の区別がつかなくなり、混乱した行動に至りがちであろう。男性としての自分に自信がもてない。これは肯定的な父性経験の不足が影響しているようである。反動的に、競争やヒロイックな行動に向いがちだが、常に挫折の予感を抱えている。課題の解決に当たっては、現実吟味を欠いた願望充足的期待を抱きがちなため、結局は失敗してしまう。自尊心（自己愛）が傷つきやすいため、その防衛のために責任を他者に転嫁したり、圧力をかけてくる対象に攻撃する。また他者に対する冷情傾向、善悪二分法傾向、罪悪感の乏しさから考え、発達レベルは４−５歳程度と評価できる。空想世界で生き生きした構想力はあるが、感情的ショックでその場を収める ことができず、引きずりすぎてしまう。感情統制（コントロール）が悪く、情緒的な退行を生じやすい。このような過程が進行すると、原始的迫害不安がでてくるようであり、ＴＡＴにおける物語は強い自己否定や破滅に向う。これは現実場面でも生じると考えられる。
家裁記録つづく
家裁記録つづき
（山口少年鑑別所の鑑別結果通知書（検甲218）判定による精神状況）
知能水準は『中』程度（新田中3B式 106）だが、学習不足で学力が身についていない。物事を考えたり、想像をめぐらすことは多い。思考は主観に偏りがちで柔軟性に欠け、独り善がりな判断で動いて失敗することも少なくない。
表面上は、その場ごとの期待に合わせて振舞う。仲間のなかではにぎやかに軽い調子で振舞い場を盛り上げる。しかし、内面は非常にうっ屈している。本当は、誰にも妨げられずに何でも自分のしたい放題に振舞いたいという気持ちを強く持っているのであるが、現実には思いどおりにならないし、そんな自分を出したら人に嫌われると感じているため、内面を押し込め、周囲の顔色をうかがいながら、行動することが習性になっている。非難・拒否を避けるために取り繕いや言い訳はかなり巧みで、めったに感情をあらわにすることはないが、それだけ気持ちをためこむので、いったん抑制が外れると自己コントロールができないほどの感情爆発の危険がある。
基底にあるのは、小心で依存的でありながら子どもっぽい傲慢さを残した、未熟な性格である。自分を妨げる者は『やっつけ』たい、何でも一番でないと嫌、でも困ったら優しく助けてもらいたいというのが本音である。一人では何もできないのに、指示は嫌がる。加齢に従い無力な自分を意識させられるので、ゲームなどの仮想現実に逃避する傾向を強めた。自分が得意なものには尋常でないほど夢中になり、出来不出来にこだわるというのも無力感を背景としている。共感性がないわけではないが、自分の内面を明かすのには警戒的であり、少し親しくなるとわがままさが出て信頼関係が築けない。
対人関係を作れるだけの表面的社会性に、自立できるだけの社会性の発達が伴わなくて、社会適応に問題を残す。不遇な環境を強調して関心を引こうとする様子、本人が訴える『うつ』の症状は見られない様子、罪障感が乏しい様子などからは、『演技性人格障害』ではなく、自己愛の傷つきに由来する人格の偏りと判断する。将来的に人格障害に固まっていく可能性はある。
家裁記録つづく
家裁記録つづき
（鑑別結果通知書からの抜粋）
本件時は、高校を卒業して教師のサポートがなくなり、また気持ちを打ち明けられる唯一の友人が就職して少年の側を離れ、孤独感が強まった状態であった。社会人として働く限り、有能であると認められたい気持ちはあったが、職場で甘えていいとは感じなかった。家を出て自立したい気持ちはあっても、それも不安で思い切れずに家にとどまったのだが、父親の愛情は既に義母と異母弟にすべて移ったと感じており、主観的には先行きの生活に希望が見い出せなくなっていた。結局、仕事にも十分な意欲を持てずに休み始めるようになっている。
本件被害者宅を訪問する前に、少年は時間つぶしと称し仕事のふりをして各戸を訪問している。仕事をさぼって外に一人でいると、社会から一人取り残されていくような気分がしたという。そうした孤独感が上記行動の背景にあったと考えられる。そして、各戸でそれぞれ自分が作業員として信用されかつ親切な応対を受けるうちに、自信を持ち始め調子付いている。
被害者宅では、被害者が少年を予想外に招き入れてくれた。さらに、工具を借りたいという要求にもすんなりと応じてくれ、自分が嘘を付いているにもかかわらず、一貫して自分を信用している様子に、それまでの勢いもあり、次第に物事が自分の思い通りに運ぶような、独り善がりな方向に思考が流れ始めている。また、赤ん坊を抱く被害者を懐かしいような、甘えたいような気持ちで見たとも言い、自分と実母との関係の投影がうかがわれる。そのあたり、かなり自我水準が低下し、普段押し込めている幼児的な自我状態が優位になっていたのではないかと推察される。
犯行は、およそそうした非常に退行した精神状態で推移している。
家裁記録おわり
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