ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

個人的作品置き場コミュの草原を渡る風(第一章)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
空想歴史長編小説です。

かなり長いです。
まだ完結してません。

コメント(41)

「とうとう、ここまで攻めて来るようになったか……」
 パレアの隣で馬を操る少年が彼女にそう話かけた。
「そうね。これから忙しい時期なのにね」
 戦いが終われば彼女はごく普通の少女の顔に戻る。彼女だけではない。アルタイ族の騎馬戦士たちはみな、ただの遊牧民に過ぎないのだ。彼らはラプラ部と呼ばれるアルタイ族系の一部族である。ここラプラの丘より西にはカザフの荒野や草原が広がっており、そこはすでにカルバキア王朝の勢力圏である。
「でも、ここを奪われる訳にはいかないよな。ここまで奪われたら冬の牧草地がなくなっちゃうんだから」
「ええ。東にはあんまりいい草生えてないしね」
「……何があってもこの丘を守るしかないって事か」
 少年の名はイズーク。歳はパレアの一つ下で十六になる。彼女とは幼い頃から同じゲルで育った仲であったが、パレアの事を実の姉のように慕っていた。この『ゲル』とは、フェルトでできたテント状の移動式住居の事である。
 パレアとイズークの後ろで、二人を暖かく見守る男がいた。パレアの父、ウルゥタである。ウルゥタは二人に幼い内から乗馬技術を教え込んでおり、今では二人とも立派な騎馬戦士として戦うまでに成長していた。彼は早くからパレアの才能を見抜き、妻の反対を押し切って男の子のように育ててしまった。そんなウルゥタではあるがパレアにとって最も尊敬する父であり、イズークもまた彼の事を実の父親のように慕っている。イズークの両親は彼がまだ4才の時、カルバキア兵の手によってゲルごと焼き殺されており、以来ウルゥタ夫妻のもとに引き取られていた。彼は家族として迎えられ、そして三人は固い絆で結ばれていた。

 西の草原に陽が沈もうとしている。彼らラプラの丘の騎馬戦士たちは勝利を噛みしめつつ、それぞれ自分たちのゲルへと帰ってゆく。丘の上には十二のゲルが、そして丘を中心に広範囲に渡って五十八ものゲルが散在している。彼ら戦士たちは戦いの時にのみこの丘に集結し、戦いが終われば再びそれぞれの牧草地へと帰ってゆく。
「そろそろ北に行く準備もしなきゃならないわね」
 パレアの母が言った。日も沈み始め、火を囲んで家族が集う。春の出産期、去勢、毛刈りの時期を終えて放牧の作業もひと段落着いた。夏は涼しい北の草原へ家畜たちとともに移動し、搾乳期に入る。
「まったく奴等め。よりによってこの忙しい時期に攻めて来よって」
 ウルゥタは苦々しい顔でそう言った。
「ねぇ父さん、今年の夏はどうするの?」
「そうだな……今年はイズークと二人でこの丘を守る。だからお前は母さんと北へ家畜たちを連れて行ってくれ」
「えーっ、わたしも残るっ!」
 パレアは激しく抗議した。馬に慣れてからと言うもの、ずっと父やイズークとともに戦ってきたではないか。それを今年に限ってはこの丘を離れろと言う。
「パレア。お前は去年の母さんの苦労を知ってるのか? 母さんは一人で全部やってたんだぞ」
 父の語調は厳しい。母は聞こえていないのか、表情を変えず刺繍に没頭している。
「でも……」
「それと、もうお前を戦に駈り出す事も少なくなるだろう」
「な、何よ今さら……なんでよっ!」
「これ、パレア」
 母がすかさず彼女を諌めた。裁縫しつつも話はしっかりと聞いていたのだ。
「大丈夫だよ姉さん。俺と義父さんでこの丘守って見せるさ。他のみんなだっていることだし」
「あんたは黙ってなさいよ!」
 イズークはふくれっ面で下を向く。
「パレア。これは部族長にも言われてる事なんだ」
 父は彼女を厳しい目で睨みつけ言い伏せた。
 今アルタイ族は滅亡の危機に直面している。カルバキアの度重なるせん烈極まる攻勢。それにより多くの仲間たちが死傷し、さらにはカルバキアによる遊牧民の奴隷化も進んでいた。彼らは勢力下に置いた草原で、人々から多くの畜産物を搾取する。その結果遊牧民たちは飢えと貧困に苦しみ、餓死する者まで続出している。もともと人口の少ない彼らにとってそれは死活問題であり、滅亡への道を歩むこととなる。
 こんな時期、最も大切にされるのは女性である。女性は子孫を残すことによってその部族を絶滅の危機から救う事ができるのである。
「もう寝るっ!」
 パレアはふて腐れて部屋の隅に行き自分の寝床で横になってしまった。ウルゥタはそんな娘を見て深くため息をつく。
「みんなも、もう寝るか…」
 気がつけば日は完全に沈み、ゲルの中もだいぶ暗くなっていた。丸い室内の壁際には家族それぞれの寝床が備えられている。三人はそれぞれが部屋の隅へと行き自分の寝床で横になる。
 その日、最後まで目を開けていたのはパレアであった。彼女は小さな天窓から見える、丸く縁取られた星空をぼうっと眺めていた。
 ……もしかしたら、騎馬戦士団から外されちゃうかも知れない。もしそうなったら、今までの苦労は一体何だったんだろう。父の教育は厳しかった。何度も馬から転げ落ちては泣いていた、あの頃の苦労は一体…。
 朝。集落で一番早く目を覚ましたのはパレアであった。目をこすりながらゲルを出て朝日を浴びる。彼女の黒く長い髪が朝の白い陽光に照らされキラキラと輝いている。だがその目は寝不足のために腫れ上がり、その顔も見事にむくんでいた。彼女はゲルの横に置かれた樽に満たされた水で顔を洗う。
「変な顔……」
 彼女は水面に映る自分の顔を不快に眺めながらそう呟く。そこにはどこか素直になれない自分がおり、そんな自分の顔を冷たい水で引き締める。周りには十二棟ものゲルが建ち並び一つの集落を象っている。その集落はまだ誰も起きていないのか、ひっそりと静まり返っていた。
 彼女は一人朝の草原へと走り出し、愛馬の"カロン"を呼び寄せて跨る。カロンは二年前、部族長の息子から十五の誕生日に貰った大切な馬である。雌馬だが筋肉に締まりがあり、毛並みも素晴らしくつややかな三才馬である。彼女は特にどこへ向かうでもなく、朝もやの立ちこめる草原にただ馬を疾駆させた。
 別に戦いが好きな訳ではない。しかし彼女は自らの手でこの草原を守ることに対し彼女なりの誇りを感じていた。それは昔、英雄と称えられていた父の背中を見ながら育ったからに他ならない。父のようになりたい。彼女はそう思い続けてきたのだ。
 その時、後方から蹄の音が近づいてきた。
「姉さん!」
 イズークの声だ。彼はパレアの隣まで来て馬を止める。
「おはよう。ずいぶんと早いじゃない」
「おはよう……」
 パレアはそう短く答え、そのまま黙り込んでしまった。
「どうしたの? 浮かない顔して。姉さんらしくもない」
「あんたには関係ないわよ」
 不機嫌そうな顔を隠そうともしない。
「関係なくないよ」
「どうせ私はもう戦に出してもらえないんだし」
「まだ決まった訳じゃないだろ? それに、俺も父さんも頼れるのは姉さん以外いないと思ってるぜ」
「なによっ、昨日は俺と父さんに任せとけなんて言ってたくせに」
「あ……でも、あれは姉さんの事思って」
「ほら。あんただってやっぱり私の事、足手まといだって思ってんじゃない」
「思ってないって。そんな事」
「いいのよ……どうせ私がいなくたって、あんたたち二人で充分戦えるんでしょうから」
「いい加減にしろよっ!」
 イズークは急に激しい口調で彼女を怒鳴りつけた。パレアは一瞬唖然とする。普段自分に対しては極めておとなしい彼が、これほど恐い顔をして怒鳴りつけてくるなど無かったのに。
「俺たち三人はお互い信じて来たからこそ、今まで戦い抜いてこれたんだろ? それが一人でも抜けたらどうなると思ってんだよ。今までみたいに生き残れないかも知れないし、それを覚悟で父さんはあんな事言ったんだ! それが姉さんには分かんないのかよ!」
 彼の語気はだんだんと強くなってゆく。その迫力にパレアは押されていった。
「わ、分かってるわよ、そんぐらい……でも」
「父さんはせめて姉さんだけでも生き残ってもらって、アルタイの血を絶やさないようにしてもらおうと思って……」
「別に……好きで女なんかに生まれて来たんじゃないもん!」
 彼女の表情が曇る。
「姉さんは、そんなに戦に出たいのかよ」
「別に、そう言うわけじゃないけど……私はただ、この手でアルタイ族を守りたいって、それだけよ」
「女として生き抜いてアルタイの子を残して行くのだって立派な戦いなんじゃないの? ……姉さん」
 パレアはそれを聞いてハッとした。
「あ、あんたなんかに一体何が分かるってのよ」
 パレアに睨みつけられると、イズークはついうつむいてしまう。
「フンッ、あんたもいつの間にいっちょ前のこと言うようになったじゃない」
「姉さん……」
「イズーク。こんな……こんな聞き分けのない私になんか、姉を気取る資格、ないよね」
 パレアは肩を震わせて涙をこらえている。まるで子供のようにダダをこねていた自分が恥ずかしい。イズークはそんな彼女の肩を抱いてやった。彼女はいつしか自分より背が高くなり、逞しくなっているこの男の成長ぶりに多少驚きを感じながらも、そのぶ厚い胸板に顔を埋める。早く自分も一人前の大人になりたい。彼女はそう思うのであった。
「あーっ! 朝っぱらからなに抱き合ってんのぉー!」
 突然馬に乗った少女が現れた。長老の孫娘で、イリスと言う。歳はパレアと同じく十七歳。ふっくらとした顔に短い癖っ毛を伸びるままに任せている。小さな眼穿から大きな瞳を覗かせており、二人からはよく馬の目と言ってからかわれていた。
「な! どこから湧いて出た!」
 慌ててパレアから離れるイズーク。
「ふふーん。こんなとこで何してたの?」
「あ、あんたこそこんな所で何してんのよ!」
 パレアは充血した目で睨みつける。だが涙目になっている事も、馬上のイリスからは伺えない。
「この子にね、朝の運動させてたとこ」
 そう言って彼女は馬の縦髪を撫でてやる。
 三人はよく小さい頃から一緒に遊んでいた。今でも家畜の世話などをする時は一緒にいることが多い。彼女は小さい頃よくイズークのことをいじめ、泣かされたイズークはパレアのもとに駆け込み、慰めてもらっていた。

 ここラプラの丘は遥か北にアルタイ山脈の稜線を眺めるほか地平線しか見えない、大平原の中の小さな丘である。このような起伏のない草原の真ん中で、なぜここだけポッコリと盛り上がった土地が現れたのか。古代よりこの土地に生きる人々はこの不自然な地形に神秘的な物を感じ、秋から春の間この丘の上にゲルを張ることによってそれを奉ってきた。本来彼ら遊牧民族は、土地に対する執着心が薄いのだが、この丘に対しては特別な意識を抱いていた。丘の頂上は比較的平坦になっており、そこに幾つものゲルが密集し建ち並んでいる。ラプラ部を統括する十二氏族のゲルである。集落の北側には小高い岩場が突き出ており、遥か北に連なるアルタイ山脈より吹き渡る冷たい風からも守られていた。
 パレアは馬の群れ、イズークは羊の群れをそれぞれ丘の斜面に集めて乳を絞る。絞った乳は彼ら遊牧民にとって重要なタンパク源となり、特に馬の乳を発酵させて作る馬乳酒は彼らの最も好む飲物であった。搾乳が終わると、二人はそれぞれの受け持つ家畜の群れを草原へと誘導し食事をとらせる。パレアの父と母は別の場所で羊の群れの世話をしている。
 時間がゆったりと流れてゆく。遠くに連なる万年雪を戴いたアルタイの山々、そしてラプラの丘の他にはただ馬たちと大地、ゆっくり流れる巨大な雲と太陽の光だけがそこに存在し、風の音と揺れる草のこすれ合う音、それに時折聞こえる馬たちのいななきだけが耳に届く。雲が低い。いや、正確には標高が高いため大地が雲に近づいているのだ。しばらくジッとしていると時間の感覚が麻痺し、自分自身の存在と自分を取り巻く大自然との境界線が曖昧になってくる。パレアはこの瞬間にとてつもない快楽を覚えていた。まるで自分自身が自然の中に溶け込んで同化するかのような錯覚を覚える。彼女は両手を大きく広げて目を細め、そして大きく息を吸い込む。こうしていると嫌なこと全てを忘れることができるのだ。同時に自分の抱いていた悩みや不安があまりにも小さかった事に気づかされる。できる事なら今着ている全てを脱ぎ捨てて走り出したい衝動に駆られるが、昼間にそれをやるとたちまち汗が乾燥して体が熱せられてしまう。そしてさらに汗をかいても瞬時に蒸発してしまい、それを繰り返している内に体温の調節機能が追い付かなくなって死に至る。このような乾燥地帯ではなるべく肌を太陽に晒さないようにする必要がある。彼女にとってはその服が唯一遊牧民としての自分をつなぎ止め、自然の中に溶け込んでしまうのを防いでいる。
 気がつけば、もう陽が傾きかけていた。パレアは干し肉をかじりながら、馬一頭一頭知らない内に怪我などをしていないか調べてゆく。およそ百頭近くいる馬の顔を見分けられる彼女は、それぞれに話しかけてゆく。
「パレア姉さん!」
 振り向くとイズークとイリスが馬にまたがり駆け寄って来るのが見えた。
「そろそろ帰ろう!」
 そう言えばすでに太陽が地平線の近くにまで落ちている。その沈もうとする太陽に照らされてオレンジ色に輝くイズークの瞳が彼女に微笑みかける。そうだ。今自分にとって一番大切な物は戦いなどではなく、今のこの瞬間なのだ。そしてそれを守るために戦っているに過ぎないのだ。彼女はそう思いながら家路につくのであった。
 夏営地に移動を始めようとしていたある日のこと。陽が真上に昇り切ったころ、ラプラの丘に敵襲を知らせる鐘が鳴り響いた。丘の周辺地域からはすでに戦士たちが集まっており、慌ただしく戦いの準備を整えている。
「まったく……、こうたて続けに来るとはな」
 ウルゥタは吐き捨てるように呟く。
「もっと手数を増やしておけばよかったかな……やはり」
 彼の隣で地平の彼方を見据える男が言った。バズと言う。長老の息子、つまりイリスの父である。
 このラプラの丘に執拗なまで攻めてくるカルバキア人とは、もともと農耕を生業とする民族であった。元来馬に騎乗するという習慣なかった彼らは、西方からやってきて中央ユーラシアに王朝を造り上げた時、古来その地に住んでいた先住民族を征服し、そこから乗馬技術を吸収して取り入れた。先住民族とは匈奴と言う、かつて四百年もの間中央ユーラシア全域を支配し続けていた騎馬民族国家である。
 だがこの当時、匈奴が崩壊して以来の彼らは小部族ごとに散らばっていた。彼らはこの物語の後も、まるでそれが習性であるかの如く集合と離散を繰り返してゆく。テュルクやウィグル、そしてモンゴル帝国と様々な統一国家が勃興しては消滅してゆくのだが、かの強大なる指導者チンギス=ハーンがこの地に産まれてくるのは、この時より千年以上もの年月を隔てた後のことである。
 この当時、彼らはそれぞれ自分たちの草原で自由気ままに遊牧生活を営んでいた。そこへカルバキアと言う征服王朝が出現した事によりって小規模ながらもにわかに部族、集団同士の連合体が出来、総括してアルタイ族と言う民族の名のもとに結束する事となったのだ。しかしながら実際にはそれぞれの前線において、自らの生活を守るための非力な抵抗をしているにすぎなかった。
「父さん!」
 パレアがウルゥタのもとに駆け寄る。その後ろにはイズークもいた。
「お前たちこんなところで何してる。さっさと戦の準備を整えろ」
「あっ……はいっ!」
 パレアは元気な声で答えた。
 地平の果てに砂塵が舞い上がり、やがて激しい地響きとともに彼らはやってきた。百五十騎ほどの騎馬兵団。先日とさぼど変わらぬ戦力に見える。丘の戦士たちは南側斜面に突出した岩の陰にそれぞれ身を隠し、弓に矢をつがえる。風は止み、辺りは緊迫した空気に包まれる。
 ワアァァァァァッ!
 馬蹄を轟かせ、カルバキアの騎馬兵団は丘を駆け登ってきた。
 ピィィィーー…
 天を切り裂かんばかりの大音響が響き渡った。攻撃開始の合図である。鳴鏑(ろくてき)と言う、先端が平たくY字形になっている矢を天空に向け放ったのだ。その甲高い音に続いて静かな、そして冷たい風切り音が幾重にも重なりあう。
 やがて騎馬兵団の頭上に矢の雨が降り注いだ。すると彼らは左右に大きく広がり、ほぼ横一列に近い状態へと隊列を変化させる。矢による被害を最小限に抑えようというのだ。訓練が行き届いているのかその整然とした動きは素晴らしく、まさに変幻自在である。地の利はアルタイ族の側にあるのだが敵の勢いは一向に衰えを見せず、瞬く間に距離を縮めてくる。先日襲来した騎馬兵団とは少々様子がちがう。
「馬に乗れぇ!」
 バズが叫んだ。弓矢である程度数を減らしたのち一旦後方へと下がり、丘の上に待機させておいた馬にまたがる。ここからは騎馬戦である。
「ハィヤァァッ!」
 彼らは叫びながら丘の斜面を駆け降りてゆく。やがてカルバキア軍と衝突し、斜面で死闘が繰り広げられる。しかし妙なことに、敵の数が極端に減ったように見えた。
「パレア! お前は丘の反対側を見て来い」
 ウルゥタが彼女に指示を出す。
「はいっ」
 彼女は一人戦列を離れた。そして丘を登る途中で一旦振り返り、高い位置から戦況を眺める。
 押されていた。相手は僅か百五十騎。いや、もっと少ない。なのに百七十騎近くいる戦士団が徐々に退きつつある。
 その時である。丘の上から女の叫び声が聞こえたような気がした。いや、確かに聞こえた。
「まさか……!」
 器用に馬を操るイズークが剣を振るう。その父に教え込まれた操馬術は見事なもので、敵兵の合間を自由自在に駆け巡る。だが、そんな彼の前に一人の男が立ちはだかった。
 その男、腰には黄金の鞘を携え四尺近くある長剣を軽々と振りかざしている。大柄の体を革の鎧で包み込み、その胸もとには銀製の首飾りが光る。栗色の長髪を風になびかせ、浅黒い顔には蒼く輝く双眼が穿たれている。トルコ系遊牧民にコーカソイドの血が混ざっているのだろうか。二人の剣は馬上で激しくぶつかり合い、火花を散らす。
「やるな……、貴様」
 男は余裕の笑みを浮かべていた。
「クッ……」
 イズークの顔が苦しげに歪む。冷たい汗が頬を伝い馬の背に落ち、その上気した背からは湯気が立ち昇る。彼は一度馬を離し距離を置いた。二人の間の空気が張り詰める。男の目は獲物を追い詰めた獣のように暗く、そして冷たく光っている。
「ガキが、命を粗末にするもんじゃない」
「なっ! 誰がガキだっ! オレはラプラの戦士イズークだ!」
「フン、その程度の腕でなにが戦士だ。笑わせるな」
「なんだと!」
「俺の名はラスク。ボラスの戦士ラスクだ!覚えておくがいい」
 広い斜面のあちらこちらで剣を交える音や叫び声が聞こえる。そしてここでも。
「でやァァァッ!」
 気迫に満ちたかけ声とともに襲いかかったのは、そのラスクと名乗る男の方であった。しかしその一撃に手応えはなく、薄く肉を裂いたのみであった。イズークの太股から鮮血が滲み、やがて足を伝い草を赤く濡らす。イズークは止むなくきびすを返し、馬を走らせてその場から逃げ出した。
「クソッ、奴にはかなわないのか!」
 イズークは逃げながら拳を握りしめ、こみ上げてくる屈辱に耐えていた。幸い傷は骨までは達していない。自分にもっと力があれば……。彼は傷の痛みよりも、むしろ悔しさに打ち震えるのであった。
 一方パレアは馬に鞭を当て、丘の斜面を一気に駆け登っていた。そこで彼女は自分の目を疑う光景と出会う。
 なんと、丘の上では炎が燃え盛り、女たちや子供たちが逃げ惑っているではないか。いつ分岐したのだろうか、なんと反対側の斜面から別の遊撃部隊が登っていたのだ。その部隊の男たちはみな白い肌をしていた。コーカソイドの血を純粋に受け継ぐ者たち。カルバキア王室正規軍の部隊である。彼らは混血種の兵士たちがラプラの騎馬戦士の相手をしている間にゲル一つ一つに火をかけて回り、出てきた住民たちを女子供構わず殺してゆくのだ。まさに無差別殺戮とでも言うべきだろうか、全てを無にしようとしている。
「早く父さんたちに知らせなきゃ!」
 呆然としている場合ではない。彼女は再びきびすを返し丘を駆け降りてゆく。母親の事が気掛かりでならない。だが彼女一人ではどうする事もできないのだ。
 ラプラの戦士たちは劣勢のまま押され続け、彼らの相手をするカルバキア騎馬兵団もついに丘の頂上まで登り詰めようとしていた。パレアは父の姿を捜すが、なぜか見あたらない。
「姉さん!」
 背後でイズークの声がした。彼は返り血でその体を赤く染め、息を荒げて馬を寄せてくる。
「イズーク!怪我してるの!?」
「たいした傷じゃない……。それより父さんが……やられた……」
「えっ……」
 彼女は自分の耳をも疑った。まさか……あの父が倒されるはずがない。
 戦いの場は丘の上へと移された。生き残ったラプラの戦士はおよそ六十。全滅も時間の問題かとさえ思われる。だがそんな中、パレアは狂ったかのように敵兵へと立ち向かっていった。彼女は体重が軽い分、軽快に動くことができる。その上彼女の馬を操る技術は卓越しており、彼女とその愛馬カロンとの息はぴたりと合っている。まさに人馬一体である。
「グァッ!」
 誰も彼女の姿すら捉える事すらできぬまま斬り伏せられてゆく。剣を振りかざした時すでに彼女は後方へと駆け抜けていた。それはまるで戦場を駆け抜ける一陣の風のようでもある。しかし、突然その動きが止まった。
「か、母さん……」
 目の前には、すでに冷たく動かなくなった母の体。彼女はその前でただ呆然と立ち尽くす。
「イ、イヤァァァァ!!」
 修羅場と化した戦場の中に、少女の甲高い叫び声が響き渡る。馬蹄の轟きや人々の喧騒をも掻き消すほどの大きな叫びが。
 その頃イズークは丘の斜面で馬を降り、義理の父、ウルゥタの体を抱きかかえていた。
「父さん!しっかりしてくれっ!」
「イズークよ……お前は生き残った人々を連れてアルタイ山へ向かえ。あそこには我がアルタイ族の長、ハン・クーがいる。これからはあの男を頼ってゆくのだ……」
「し……しかし、父さん」
「いいか、イズーク。長老や集落の男たちのほとんどが殺されてしまった。この先お前のような若い戦士がしっかりしないでどうする。パレアたちを誰が守ってゆくんだ」
「うぅっ…」
 イズークは絶句し、涙でほほを濡らす。ウルゥタは彼の手を痛いほど強く握った。
「はい……父さん」
 イズークは感じとっていた。力強く握る義父の手。それは彼に強く生きるよう訴えかけている。まるで実の父親であるかのように。
「母さんとパレアを……あいつらを頼む。……お前はパレアより年下だが男なんだから……いいな、私の代わりに……守ってやってくれ……」
 そう言い残しウルゥタは静かに息を引き取った。イズークは泣き叫びたい気持ちを抑え涙を拭い立ち上がる。
「退却だ!みんな丘を捨てるぞっ!」
 彼は戦場の中を叫んで回った。十二棟のゲルはすでにそのほとんどが焼かれてしまった。彼はその中でパレアの姿を捜す。
 やがて、母の亡骸の上で泣き崩れている彼女の姿が目に飛び込んできた。
「母さんも……死んだのか」
 そう呟くが悲しんでいる暇などない。
「来るんだ! 姉さん」
「いやァ!」
 彼は泣き叫ぶパレアを強引に馬に乗せて戦場から連れ出した。
「いいか姉さん、父さんも母さんもすでに死んだんだ。もうあきらめろ!」
「……いゃ……」
 戦いは終わった。カルバキア軍は逃げるアルタイ族の人々を深追いしようとはせず、丘の周辺に散在するラプラ部の残りのゲルを襲いに行った。夕闇近づく頃ラプラの丘は静寂に包まれていた。先ほどまでの歓声と絶叫の嵐が、まるで嘘のようである。生き残った者は逃げ去り、丘には多くの屍と、まだ焦げ臭さの残るゲルの焼け跡だけが残されていた。死の世界。やがてその丘の上に、どこから来たのかたくさんのハゲ鷲が舞い降りて屍の山をつつく。一羽のハゲ鷲が焼け跡の上で求愛のダンスを舞い始めた。夕日を背景にその翼を大きく広げる。繁殖期が近いのだろうか、中には交尾を始めるツガイまでいる。悲しみの丘で自然の営みだけは変わらずに続いてゆく。
 草原の中を生き残った人々がゆく。あちらこちらから難民となった人々が集まり始めて来た。イズークとパレアは一頭の馬にまたがり、その人々を引き連れて北のアルタイ山脈へと向かった。二人の服は返り血と砂ぼこりに汚れ、イズークの右足に巻かれた布も真っ赤に染まっている。その後ろからはカロンがぴったりとついてくる。パレアの事が心配なのだ。イズークの背中ではパレアがずっと泣き続けていた。二人の後に行列を作って続く難民の中には、イリスとその両親の姿もあった。イリスはただうつむきながら一言も口を利こうともせず、黙々と馬を歩かせていた。なぜか涙は出てこない。まだこの辛い現実を彼女の弱い心は受け入れられずにいるのだ。
 太陽は西のカザフ平原へと沈み始め、その道程はまだ遠い。
「そうか、ラプラの丘が堕ちたか……」
 アルタイ族の長はラプラより逃げ延びてきた難民たちに同情の目を向けた。
「我々の力及ばず、かの地を奴らに奪われてしまいました」
「これでまた一つ、冬の牧草地を失ったことになるか。本来なら我々が全力をもって守るべき場所であったが、少々時期が悪すぎた」
 アルタイの戦士たちは常日頃家畜たちの世話に追われて忙しい。今この時期も移牧の準備に追われ、人を集めることがてきなかった。彼らが戦いに専念できるのは搾乳期が終わり冬営地に移牧する前、いわゆる「馬肥ゆる秋」と言われる時期である。
 アルタイ山脈の奥地、トックツ部と呼ばれる地に住まわるアルタイ族の長、ハン・クーことクー・アッシナ。細く整えられた髭を誇らしげにたくわえたこの男は、自らが指導者たることを嫌い、この静かな山中の小さな集落で沈黙を守り続けていた。彼は16年前、北方の狩猟民族であるヤクートがこの地に侵入してきた際これを退け、かつて英雄とうたわれた男である。彼がひと声かければたちまちアルタイ系部族の戦士たちが集結するだろう。だが彼はそれをしない。

 集落は渓谷の最も奥にあり、わずかな平地に百を越すゲルが建ち並んでいる。山の中腹では山羊が群がり草を食み、小鳥のさえずりと川のせせらぎが聞こえる静かな村であった。彼らはアルタイ族の中でも唯一ひとところに定住する部族であった。斜面の棚田には麦や芋などが植えられており、いわゆる半農半牧の生活を営む。
 パレアはその村を見下ろす大きな岩の上で膝を抱えていた。
「姉さん、いつまでそこに座ってる気?」
 イズークが岩の上へと登ってきた。もう日も暮れようとしている。彼はパレアの隣に腰を降ろした。岩はひんやりと冷たく、夕涼みには丁度よい。
「この村だって安全とは言えないよ。奴らはまだ攻めてくるだろうし、でもその時こそは奴らに勝って見せるんだ」
「あなたは平気なの? 父さんや母さんが死んでも」
 パレアが初めて口を開いた。充血した目で彼を見据える。
「平気なもんか。分かってるさ、それくらい。でも奴らは待っちゃくれないんだ」
「いいじゃない別に……その時はまた逃げ出せば」
 その顔に表情などなかった。ただ淡々と話すばかりである。
「なに言ってんだ。逃げてばかりいたら牧草地はどんどん奪われちまうんだぞ」
「仕方ないわよ」
「どうしちまったんだよ、姉さん」
「……あなたは平気でしょうね。父さんや母さんが死んでも、血のつながってない義理の両親なんだから。あなたに…… 今の私の気持ちなんて分かる訳ないのよ!」
 パァン……!
 谷間に乾いた音が響いた。パレアは頬を押さえてうつむく。一瞬小鳥のさえずりも途絶え静寂が訪れる。
「あの人たちはオレにとって実の両親と変わらない! たとえ血のつながりは無くとも、オレにはかけがえのない父さんだし、母さんだ!」
「……ごめん」
 パレアは頬を押さえようともせず、ただ瞳をうるませて俯く。
「父さんは死ぬ間際に言ったんだ。これから先みんなを守るために戦えって。だから悲しんでる場合じゃないんだ。とにかく今は父さんの意志を継いで戦わなきゃ……」
 そしてイズークも俯いた。涙を見せまいと。
「イズーク……やっぱりあなたは男の子ね。私なんかよりずっとしっかりしてる。それに引きかえて私なんかさ……」
 彼はパレアを強く抱き締めた。小さいころ、彼女にはよく怒られたり慰められたりしてきた。だが今改めて気づいた。なんて細く、そしてなんてか弱い体なんだろうと。力を込めれば壊れてしまいそうだ。こんな体で今まで自分を守り、助けて来たのだ。そう思うと、なんだかむしょうに胸の奥が苦しくなって、これからは自分がこの姉を守っていかなければ、と、思うのであった。
「あーっ! また抱き合ってるー」
 暗い雰囲気を引き裂くような明るい声が突如として二人の耳を襲った。彼女の存在はそこに現れるだけで花でも咲いたかのように、そして蝶でも舞うかのように世界を明るくさせる。
「イ、イリス……」
「パレア、いつまでも悲しんでちゃダメだよ。泣いてたって何も始まんないよ」
「イリス、あなたはどうして……いつでもそうやって……」
「だって、あたしは弱いから、笑ってないとダメなんだもん。お翁ちゃん殺されちゃったけど、でも父さんも母さんもイズークもパレアも、それにあたしも今こうやって生きてるんだし……。一人じゃないもん! だからこうやって……」
 彼女は声を震わせていた。顔は必死に笑おうとしているのに、涙がとめどもなく溢れてくる。パレアはそんな彼女の肩を、そっと抱いてやった。悲しみや苦しみを背負っているのは自分だけではないのだ。
「さァ、帰ろう……」
 イズークはそんな二人を促した。山の夕暮れは早い。太陽はすでに山の向こうへと隠れてしまった。足元からゆっくりと薄闇が染み出す。
「私たち、これから先どうなっちゃうんだろ……」
 足元もおぼつかない中を歩いているせいだろうか、パレアの声はとても不安気に聞こえる。
「なるようにしかならないさ。ただ、生きてさえいればアルタイ族が滅びることもなければ、復興させることだって出来るはずなんだ」
「イズーク……あなた、だんだん父さんに似てきたわ」
「ハハ、そうかな」
「こんなに、たくましくなっちゃって……」
 パレアは彼の手をそっと握った。
「あんまり無理しちゃ駄目よ。体でも壊したら、元も子も無くなっちゃうんだからね」
 イズークは戦士として、そして男として見る見る成長を遂げてゆく。今ではパレアの背もすっかり超えてしまった。この先自分が戦闘に出たとしても、やはり足手まといにしかならないのではないか……。そう思い始めていた。
「ハハ、姉さんもだんだん母さんに似てきたな」
「いいわよ、私を母さんの代わりだと思って、好きなだけ甘えても」
 パレアがそう言ったのは、二人が自分たちのゲルに入った時であった。中はすでに真っ暗で何も見えない。
「……おいで、イズーク」
 しかし本当に甘えたかったのは、むしろ彼女の方だったのかも知れない。
「なに言ってんだよ。もう子供じゃないんだから、からかわないでくれよ」
 二人は手探りで一つの寝床についた。彼の手には、パレアの温かく小さな手が握り締められている。その手は両親を失った悲しみや未来に対する不安を掻き消そうと、強く握り返してくる。
「父さん……」
 それは彼女の寝言であった。
 地平線から昇らない朝日に草原で生まれ育った彼らは少々違和感を覚えていたが、それもじきに慣れてくるだろう。透き通った朝の空気の中、山々は空の色を全身に受け青白く染まっている。冷たい朝である。水の豊かな谷間は川面から湧き出でる朝靄に包まれ、やがて幻想的な世界となる。鳥たちのさえずりが昼間とはまた違った活気を帯びて谷間に響き渡る。山羊たちも目を覚まし、すでに草を食んでいる。パレアは草原の朝とはまた違った、この生命力にあふれる朝も好きになれそうだと思った。イズークはまだゲルの中。
「おはようございます」
 村人たちは目を覚まし、一人、また一人とゲルの中から這い出てきた。そして朝食の支度を整えるために火を起こす。朝モヤと白煙とが混ざり合い、視界はより一層乳白色を強めて風景の輪郭を淡くする。パレアが朝食を作り終えたころ、イズークはやっとゲルから這いでてきた。
「おはよう。よく寝てたじゃない」
「うん、おはよう……。いや、昨日は何だかやけに頭が冴えちゃってほとんど眠れなかった」
「そう? 私はよく眠れたけど」
「んーっ、旨そうな匂いだな」
「あんたがいつまでも寝てるから、私一人で作ったんだからね」
「悪い悪い」
 二人は努めて明るく会話する。昨日の両親の死を、早く過去の出来事にしてしまおうと。
「おっはよーっ!」
 さらに明るい娘が現れた。このイリスの笑顔に比べれば、二人の顔など作り笑顔にしか見えない。やがて稜線から谷間へと陽光が降り注ぐ。瞬間、辺りの空気が金色のベールに包まれる。
「イリス! 早いとこ食事済ませちゃいなさい!」
 イリスの母親の声がした。
「はぁーい」
「パレア、イズーク、あんたたちもこっち来なさい」
 二人は顔を見合わせた。
 村の食事はほとんど毎日変わらない。山羊の肉、山羊の乳、それに岩塩を小麦に練り込んで簡単に焼いただけのパンである。だが、穀物にほとんど縁のないパレアたちにしてみればやや抵抗を感じた。火の周りにはイリスとその母カルタ、父のバズ、それに食事を持ち込んできたパレアたちが談笑する。
「あんたたちもまだ若いってのに、これから先大変だねぇ。二人でやって行かなきゃならないんだろ?」
 イリスの母が言った。
「平気ですよ。私たちもう大人なんだし、イズークだってついてるし」
「まァ、しっかりしてるじゃないか。あんたも少しは見習いなさいな」
「な、なんでそこで、あたしに振るワケ?」
 火の周りでは笑い声が絶えなかった。
「それにしても、この小麦を焼いた物は食いづらいな。口の中がカラカラになっちまって」
「やだお父さんたら、それじゃぁ頬ばり過ぎですよ。ほら、これで流し込んで……」
 そう言ってカルタは、夫に山羊の乳を飲ませてあげる。パレアたちはこの夫婦のそんな姿を見ているうちに、ふと自分たちの両親の事を思い出してしまう。
「パレア、イズーク、これからは私たちの事を本当の両親だと思って頼ってきなさい。なんでも相談に乗るし、世話だってしてやるからね」
「おお、子供が一気に三人に増えたか。こりゃ大変だぞ、ハハハハハ!」
 この夫婦の言葉は二人の心に温かく響いた。この夫婦もパレアたちと同様、さきの戦いで肉親や親類を失っていたが、悲しみなどは一切顔に出さない。
「あ、ありがとうございます……」
「そんなに他人行儀でいる必要なんてないんだよ、イズーク。この子だって一人っ子で寂しがってたんだから……そうだろ? イリス」
「べ、別にぃ」
 イリスは顔を赤くした。寂しがると言う言葉がこれほど似合わない娘もそういない。
「これからはお前たちも家族の一員だ。いいな」
 有無を言わせない。パレアは嬉しくてその目に涙を浮かべた。
「もう泣くなよ……な、姉さん」
 そんな彼女の肩をイズークは優しく叩いてやる。まるで彼が兄であるかのように。
 アルタイ族の長、ハン・クーはラプラ部の難民たちを温かく迎え入れ、彼らのために新しいゲルをいくつも建て与えていた。難民たちはその厚意を受け、山羊の世話や慣れない農作業に労を惜しまず、かつ谷を守るために戦おうとする。長は言う。
「私は別に全アルタイの長でも何でもない。皆が勝手にそう言ってるに過ぎない。私はこのトックツ部の部族長であり、それ以上でも以下でもない」
 長のゲルにはイズークとパレアが招かれていた。
「お前たちの父、ウルゥタは勇敢な戦士だったよ。昔はよく私と共に北のヤクートどもを蹴散らしたものさ。今では私も歳をとり、見ての通りすっかり落ち着いてしまったがな」
 髭を擦りながら懐かしそうに昔を思い出していた。
「あいつも、死んでしまったか……」
 碗に満たされた馬乳酒の白濁を眺めながら、沈んだ声で呟く。
「父は勇敢に戦いました。最後までラプラの丘を守り抜くために」
「イズーク、そしてパレアよ。これからはお前たちのような若い戦士が草原を守り、このアルタイ族を背負っていかねばならない。確かにカルバキアの戦力は強大だが、お前たちの勇気をもってすれば必ずや道も開かれることだろう」
 その時である。ゲルに突然一人の男が現れた。背が高く、がっしりとした体躯に精悍な顔を乗せ、眼光ただならぬその男は旅塵を払いながら一礼して長と向かい合った。
「父上、ただ今戻りました」
「おお、ご苦労だったなラーダ。よくぞ無事に戻って来てくれた」
 ハン・クーの一人息子であるラーダ・アッシナは一ヶ月前よりカルバキアのオアシス都市の動向などを探るため、旅に出ていたのだ。彼はあぐらを組んで三人の前に腰を降ろす。
「よぉ、パレア、イズーク……ハハ大きくなったなぁ」
「お久しぶりです」
「お父さんは気の毒だったね。私もウルゥタおじさんには、ずいぶんと可愛がってもらっていたよ」
 ラーダは二人の肩に軽く手を乗せ、優しく言葉をかけてやった。
「ところで父上。ここ最近になって急に活発な行動を見せ始めてきた騎馬兵団の根城を見つけてきました」
「ほぉ…」
「ボラス兵団とか言う連中です。カルバキアの正規軍とともにラプラ部を壊滅させた奴らですよ」
「えっ、奴らの!」
 パレアとイズークの目の色が変わった。
「その騎馬兵団の根城となっているボラスと言う街なんですが、私がその街に潜入して情報を集めてみたところ兵の数はおよそ百人余り。なんでも元々はその街を守備していた連中だったとか」
「ほう、守備隊とな」
 カルバキアには農耕民からの租税やソグド人商人の利益などによって養われている、職業軍人と言う階級が存在する。彼ら軍人階級は戦争での兵役、および商隊(キャラバン)の護衛などに従事する。このボラス兵団もまたそう言った戦闘を生業とする専門職であった。
「いやいや、守備隊だからと言ってあなどってはいけません。今でこそカルバキア人と名乗ってますが、奴らはかつてその街を領有していた騎馬民族。あの、伝説に聞く匈奴氏族の末裔だとか」
「なんと」
「えっ? 匈奴って、私たちの先祖の?」
 パレアが口をはさんだ。もちろんラプラ部を滅ぼした連中の話だから他人ごとではない。
「ああ、確かに我々の先祖も匈奴を名乗っていた。ゼンウ(王)であるランテイ氏一族に従属していたからな。匈奴はこの大地を初めて一つにまとめたと伝えられているが、最後には力を失って曾じいさんたちはそれを見限り、ランテイ氏族のもとから離散した」
 紀元前三世紀頃からおよそ四百年間、中央ユーラシアのほぼ全域を支配していたと言う伝説の騎馬民族帝国、匈奴。その軍事力は強大であり、古くは秦の始皇帝を悩ませ万里の長城を築かせるに至らしめるほどであったと言う。当時においては、南の農耕民族に対し北の遊牧民が侵略者の立場であった。
「確かに今ではカルバキア人とも血が混ざり合って奴らの文明とやらにすっかり染まってしまい、一つ土地に定住するようになったが、なかなか。戦士の勇敢なる事はしっかりと受け継がれているようです」
「すると、もし総力決戦となれば、まずそいつらが相手になるやも知れんのだな?」
「ええ」
 ハン・クーは、しばらく渋い顔をしていた。戦はできる事ならしたくない。だがラプラの人々のように、草原を追われる部族をこれ以上増やす訳にもいかない。降りかかる火の粉は払わねばならない。長は意を決して言った。
「よし、分かった。早速だが草原に散っている同志たちを集めるとしよう。みな夏の移牧の最中かも知れんが、事は急を要する」
「父上! やっと決意して下さるのですね!」
 穏健的でありアルタイの長である事すら嫌っていた彼は、ラーダを始めとする血気盛んな若き戦士たちをなだめ続けてきた。戦力を結集してこちらから打って出てゆけば、それは民族の滅亡へとつながると言い続けてきたのだ。しかしかつての戦友、ウルゥタの死を聞かされてから、彼の心は揺らぎ始めていた。
「ラーダ」
「分かってますよ、今から各部族へ奔れって言うんでしょ」
「すまん、帰ってきたばかりだと言うのに。お前には苦労ばかりかけている」
「いいって事さ、父さんの代わりにオレが動かなきゃならないのは分かってる」
 徐々に親子の会話へと変わってゆく。ハン・クーは息子である彼の手を、しっかりと握りしめた。
「よし、今度は一人、若いのを一緒に行かせるとしよう。今ここに、ちょうど元気のいいのが一人いる。ウルゥタの義理の息子だ」
 そう言ってハン・クーはイズークに目を向けた。イズークはその突然の指名に目を丸くする。

 その日の内にラーダたちは旅立つ事となった。
「ずいぶん急な話だね」
「いえ、すぐに戻って来ますよ」
 イズークはイリスとその両親たちに、しばしの別れを告げる。長にラーダの供を頼まれた時、彼は快くそれを受けた。自分たちのゲルを建ててもらい、山羊を分けてもらった恩に少しでも報えればと。
「姉の事、よろしくお願いします」
「パレアの事なら心配いらないよ。私たちがしっかり面倒見とくから」
 カルタが笑顔で答えた。
「ちょ……ちょっと、なんで私があんたに心配されなきゃならないのよ!」
「ハハ、分かってるよ。姉さんなら一人でも大丈夫」
「わ、分かってんなら別にいいけど……」
 その時、向こうから長身の男がゆっくりと歩いて来た。ラーダである。イズークは顔を上げ、なにかを決意したかのように言う。
「お供します、ラーダさん!」
 イズークとラーダは馬を走らせ、山を越え北東へと向かった。乗り換え用として二頭予備の馬を連れてゆく。振り返れば山々に囲まれたトックツ部の集落が眼下より遠ざかり、眼前には遠く万年雪をいただいたアルタイの高嶺(こうりょう)が雲に霞む。
「しかし彼女も見ない内に立派になってたな」
「え? ああ、姉さんですか」
「嫁にするなら、あんな人がいいな」
「ね、姉さんをですかぁ?」
 イズークは眉間に皺を寄せる。あんな男勝りな姉のどこがいいと言うのか。
「君はずっと彼女と一緒に暮らしてるから気づかないだろうが、彼女はすっかり大人になっていたぞ」
「そうですかねぇ」
「ハハ、気づいてないか」
 やがて峠を越えれば道も徐々になだらかになり、周囲の景色も変化を見せる。
「んー、なんとなく華奢(きゃしゃ)になったような気もしますが。昔はもっと、こう……頼り甲斐があったと言うか」
「それは君自身がたくましくなったからだよ。今じゃ背の高さだって姉さんを追い越してるんだろ?」
「ええ、まぁ」
 木々の背が次第に低くなり、やがて視界もひらけてくる。二人は、緑の絨毯(じゅうたん)を敷きつめうねる丘陵地帯を進んでゆく。アルタイ山脈から北東に広がるモンゴル高原の大草原である。
「ま、そのうち分かる時が来るさ。……ハァッ!」
 そう言うと彼は手綱を打ち鳴らし駆け出す。イズークも遅れまいと鞭を入れ、そして草原を駆ける懐かしさに顔をほころばせた。
 トックツの谷でラーダほど地理に明るい者はいない。草原の中には当然道などもなく、ただ草を生やした大地が広がるばかりである。そのような中、遥か地平に霞む稜線の影や僅かに盛り上がった丘、そして太陽の方角などを見て自分のいる位置をつかむのだ。
 陽はすでに低くなり二人の影を伸ばす。その時、遠くに黒い点のようなものが見えてきた。ゲルの群れ。集落である。

「やぁやぁ、久しぶりじゃな。何年ぶりかね」
 この地の者であれば、大抵ラーダの顔を見知っている。彼は少年の頃からハン・クーの代理として草原を走り回っていた。
「ハーベルさん、実は長が召集をかけているんです」
「戦……かね」
「はい。カルバキア人の街を襲いに行きます。そこでカルルク部の人たちにも動いていただこうと」
「そうか、とうとうハン・クー様が動かれたか……」
 カルルク部の部族長である老人ハーベルは深いため息をついた。
「……よし、わかった。さっそくこのカルルク部からも戦士を走らせるとしよう」
「お願いします」
 その日、二人は彼のゲルで寝床を借り、夜を過ごした。かなり疲労が溜まっていたのだが、ハーベルの昔話は止まらなかった。腹がふくれるほど馬乳酒を飲まされ、耳が疲れるほど昔話を聞かされた。

 次の朝、この集落から二人の男が伝令役として選ばれ、それぞれが決められた集落へと奔(はし)った。ここからはラーダとイズークも別行動である。騎馬民族の本当の意味での伝令はここから始まる。四人が文字通り四散する。この四人がそれぞれ辿り着く集落でまた二人の男が選ばれ、そこからさらに三方へと散ってゆく。このようにしてこの広大なる草原に散在する諸部族全ての騎馬戦士へと召集がかけられ、短期間の内にそれは完了する。
 騎馬戦士たちはトックツ谷のハン・クーのもとへと集結してゆく。草原が動き始めた。
 太陽がハルハシ湖の水平線に沈もうとしている。湖面はその陽光を反射して黄金の輝きを放つ。湖とは言え、あまりの広大さに対岸は見えない。その男たちは輝く湖畔に立っていた。足もとには数え切れないほどの屍。波打ち際が血の色に染まってゆく。辺りは不気味なほどの静寂と死臭に包まれ、湖畔にたたずむ百人の男たちはまるで死神の群れ。
「行くぞ」
 馬に跨る不精髭を生やした男が言った。彼らはみな息を荒げ、その眼光はいまだ獣のように鋭く、そして血走っている。戦いの興奮からまだ冷めやらずにいる。
「行くぞ!」
 男は再び、今度は声を荒げて言った。
「オロハザ様……」
「終わったんだ。街に帰るぞ」
 男たちは気だるそうにゆっくりと馬にまたがり、死体に埋めつくされた湖畔を後にする。
 ボラス兵団。彼らはカルバキア王国軍の内部からも恐れられるほど凶暴にして最強と言われていた。彼らは元々オアシス都市ボラスを騎馬民族による略奪から守るため、街の青年たちを集めて組まれた守備隊であった。それを隊長であるオロハザと言う男が最強の部隊へと育て上げてしまったのだ。四十も過ぎようかというこの不精髭を生やしたこの男こそ、オロハザである。夕闇迫る残照を背に草原を進むと、やがて遠くにボラスの街が霞んで見えてきた。
 オロハザの隣を一人の青年が馬を並べて進んでいた。青年は無造作に伸ばした栗色の髪を風になびかせ、右手で手綱を操る。そして左手には、首から下げられた銀製の首飾りが握り締められていた。
「なんだラスク、かみさんに貰ったのか?」
「ああ、これですか。ええ、ミランナも同じ物を持ってるんです」
「お守りってわけか?」
「……別にお守りだなんて思ってませんよ。戦場で頼れるのは己の力のみ。そう教えて下さったのはオロハザ様じゃないですか」
「そうだったな」
 このボラス兵団は兵士たちのほとんどが歳若く、みな二十歳前後であった。このラスクもまた二十を過ぎたばかりである。
「お前らは危険だな」
 オロハザの口からついて出た言葉は、ラスクにとって意外なものだった。彼は左手に握られた首飾りからオロハザの顔へと視線を移す。彼は遠くを見つめたまま言葉を続けた。
「私は今日お前らにあの盗賊どもの皆殺しを命じた。ラスク、お前はなぜそれに従った?」
「は?」
「なぜ、なんの疑問も持たず命令に従ったんだ?」
「はい……命令でしたので」
「命令であれば、どんな事でも実行するのか?」
「そりゃぁ、可能な限り従いますよ」
 ラスクは苛立ちを隠そうともしない。
「なんでそんなこと聞くんですか? 自分なんかに」
「他ならぬお前だからこそ言っているのだ」
 オロハザの家は代々ラスクの家系に仕えていた事もあり、八年前ラスクが両親を失った際に彼を引き取り、以後まるで自分の息子であるかのように育ててきた。いや、息子と言う言葉はあてはまらない。オロハザはこのボラス兵団を作り上げるとともに、彼を最強の兵士へと育て上げてきたのだから。
「自分にはオロハザ様が何を言いたいのか分かりません」
 ラスクは刺すような視線を向け、言った。オロハザはその視線を受け止めもせずに答える。
「恐ろしいよ、お前らのその若さが。今自分たちが何をしているのか理解もせずに行動している。私が皆殺しにしろと言えばなんの躊躇(ちゅうちょ)もなくやってのける。人を殺す事に対してなんの疑問も抱かずにな」
「しかし、作戦に私情をはさむなと教えてくれたのは、あなたではありませんか! 殺さなければ殺されると。それに、自分たちはオロハザ様を信じているから……」
 オロハザは少し顔を赤らめている。先ほどから鞍(くら)の上で飲んでいた酒に酔い始めているのだ。
「よく言う……。普通の武人ならそれを優れた兵士であると誉めたたえるだろうな。だが私は違う。私はお前らが嫌いだ」
「………」
「お前らがこのまま成長すれば、最も優秀な殺戮(さつりく)部隊が誕生するだろう」
「……話はそれだけですか?」
 ラスクは向き直り手綱を打って隊列の前へ出ようとした。オロハザはそれを別に引き留めようともせず、彼の背中に向かって言葉を投げかける。
「忘れるなよ、ラスク。お前らは元々ボラスを守るために戦っていたんだ。純血カルバキア人でもないお前らが、王国の領土拡大などに荷担する必要なんてないんだからな」
 隊列は縦に長くなり、夜の闇に沈もうとしているボラスの街へと消えて行った。
 ボラスは美しく平和な街である。辺りは荒涼(こうりょう)とした砂漠に囲まれ、どちらを向いても殺伐(さつばつ)とした風景しか目に入らない。しかし街の中心部には小さなオアシスがあり、そこから水を引いて菜園や穀物園なども営んでおり、街の内外は緑にあふれ、石造りの古代建築と見事な調和を見せている。砂漠とは言っても砂を三十センチほど掘り起こせば湿った土が顔を出す。そのためところどころで植物が根を張り、砂嵐なども滅多に起こらない。街の周囲ではラクダなどを飼いつつ麦や綿花なども栽培している。そして獣皮や綿花などのほとんどは、商隊(キャラバン)によって王都のあるソグティアナ地方へと運ばれてゆく。
 この街は古くからソグド人による商隊貿易によって栄えてきた。かつて、漢に破れ分裂した匈奴の最後の王族がこの美しいオアシス都市に逃れ、その末裔とソグド人、カルバキア人などが姻戚関係を結び、今ではすっかり混血ばかりの街になっていた。カルバキア王は彼らにおおいなる慈悲と善意をもって文明と秩序を分け与え、特に遊牧民の血を受け継ぐ者たちに対しては移動生活をやめさせ、家と安住の地を与えて人間らしい生き方を半強制的に奨勧している。

 オロハザの家に一人のソグド人男性が訪れていた。小窓から差し込む午後の遮光もその男には届かず、足もとのみを照らして小柄なシルエットを浮き上がらせている。男はこの街の経済を支える豪商であり、ハウズシャー(オアシスの管理者)という役職にあった。名をラナディという。
「ほんとに、早いとこ奴らを片付けて下さいよ」
 背が低いせいか、その褐色の肌に穿たれた目はおのずと上目づかいになり卑屈な顔つきが強調される。
「ああ、分かっている」
「今のままじゃ安心してキャラバンも出せやしねぇ。王都に献納する物資はともかく、このままだと後漢との交易もままならねえ」
「相変わらずなのか?」
 草原に散らばる遊牧民たちは飢えの危機に直面した時、迷わずキャラバンを襲う。
「ええ。草原を避けて天山を越えて、トルファン経由で交易するって手もありますが、それだと月氏の連中に利益持ってかれるばかりでね。儲けがほとんど無くなっちまうんで」
「そうか。……まぁいずれにしろ新しい矢と馬が必要になるな」
「へへ、分かってます。すぐにでも用意しますよ」
「たのんだぞ」
「オロハザさん、アルタイの連中はいずれ街を襲いに来ますよ。過去に匈奴の侵略を受けた私たちは知ってます。遊牧民が騎馬民族に化けた時の恐ろしさを」
 ラナディたちソグド人は猜疑心(さいぎしん)と恐怖を演出する。もちろん言っている事は事実であるが、過剰に煽るのだ。やがてそれはカルバキア全土をも動かす力となり、彼らの商圏拡大や商品開拓につながる。あらゆる王朝に征服されつづけてきた彼らなりの知恵であった。
「ところでオロハザさん。実は王室のタルタルゴ将軍から指令書を預かって来たんですが」
 ラナディはやっと本題に入った。
 すでに夏草の匂い漂う街の外れ、ラスクとその妻ミランナは汗を滲ませながら一つの小さな墓前に立っていた。ラスクの両親の墓である。両親は彼がまだ子供だったころ、王都サマルカンドへ向かう途中アルタイ族の襲撃に逢い殺された。彼の右手は彼女の左手を強く握りしめている。両親を失った彼にとって、今ではこのミランナだけが心の支えとなっていた。
 ミランナは黙したまま、長めに垂らした前髪から覗く大きな瞳でラスクを見つめている。その胸元にはラスクと同じ星の形をした銀の首飾り。
「オロハザさんの言う通りよ」
「でも、俺たちだって別に無駄な戦いをしてる訳じゃないんだぜ。俺たちは国のために……」
「分かってる。そのおかげで街が平和だって事も。でも……やっぱりあなた、変わったわ」
 ラスクは何も答えようとせず、視線も合わせようともしなかった。彼は数多くの戦場をくぐり抜け、そのたびに多くの実績をおさめてきた。それもみな、全てオロハザの命令を忠実に守り遂行してきた結果である。
「ラスク!」
 その時、二人の後ろで声がした。
「指令書が来たぜ。明日の午後出撃だってよ。作戦についての説明があるから、朝には集まれってさ」
「また……戦なのね」
 ラスクとミランナはほぼ同時にため息をつき、家路についた。街は夕日に照らし出され、石造りの壁はオレンジ色に染まる。二人は家に帰って静かに夜食を済ませた。沈黙が部屋の空気を重くし、二人にのしかる。
「もう少しの辛抱さ」
「そうね、もう少しの辛抱ね。戦乱が収まりさえすれば、ずっと一緒にいられるものね」
 そう言ってミランナは疲れた微笑みを見せる。彼はそんな彼女の肩をそっと抱きしめてやるが、ミランナの不安が消えることはなかった。

「早く、帰って来てね」
 その言葉は昨夜何度も聞かされた。ラスクはそんな妻の手を握りしめ、諭すように言う。
「心配するなって。必ず勝って来るから」
 ミランナにとって戦の勝ち負けなどどうでもよかった。ただ彼が生きて帰ってさえ来れば。彼女が顔を上げると、その目にはかすかに涙が浮かんでいる。ラスクは別れ際、そんな彼女の涙を拭いそっと口づけをした。
 ミランナはやがて夫の後ろ姿を見失うと、一人で部屋に戻った。また少し痩せてしまいそうだ。そんな事を思いながら。

 オロハザの家の前にはすでに全員が集まっていた。
「それでは説明を始める」
 オロハザは一番遅く来たラスクの顔を見ながら口を開いた。
「今回の作戦は斥候(せっこう=偵察)が主な任務だ。王室からの情報によれば、近ごろアルタイ族の連中の動きが活発になってきたらしい」
 オロハザは淡々と話を続ける。
「この街から北東へおよそ五日ほど行った所に山がある。そう、アルタイ山脈だ。どうやら奴らはそこへと集結しつつあるらしい。今回の作戦の目的はまずその集結しつつあるアルタイ族の目的地、およびその規模の探索だ」
 兵士たちはどよめき、お互い顔を見合わせている。その時、一人の兵士が質問を挙げた。
「もし奴らに見つかったりしたら?」
「斥候が目的ではあるが、万が一交戦に至った場合はこれに対し全力をもって対処する」
「へへ、やっぱそう来なくちゃ」
 斥候などつまらんとでも言いたげである。
「奴らが不穏な動きを見せ始めたのは、つい先日の事だ。我々はいち早く状況を掴み、しかるのちカルバキア軍の総力をもってこれをせん滅する」
 カルバキアが頭を悩ませるのが、このアルタイ族の軍事的行動である。そもそも彼らは遊牧民であり常に移動生活を続けているので、当然街や都市などと呼べるものを持ちえない。つまり軍事力を集結する際、その本陣とも言うべきものが、どこに発生するか予測できないのだ。彼らは、ある時は川の合流地点、またある時は小高い丘などに集結する。そして軍事的行動(略奪など)が終わるとまた大草原に四散し、集団は跡形もなく消え去るのだ。逆にカルバキアのオアシス都市、サマルカンドやボラスなどは城壁に囲まれつつも常にそこに存在し、逃げも隠れもできないまま標的となる。つまり騎馬民族はいつでもオアシス都市を攻められるが、カルバキアは移動する小規模な集落を攻める事しかできないのだ。オアシス農耕が社会の根底を成しているカルバキアと、遊牧民であるアルタイ系諸部族との決定的な差異もこにある。
 風が斜面を撫でおろすたび、草のこすれ合う音が優しく彼女の耳もとへ届く。南に面した斜面はいちめん草花に覆われ、風が吹き渡るごとに揺れ、その色彩を目まぐるしく変化させる。彼女はその生い茂る植物の中から薬草になるものを探していた。この戦いでは数え切れないほどの負傷者が予測される。女たち総出で薬草を集めてはいるが果たして、それだけで間に合うとはとても思えない。
「ねぇ、また戦に参加するの?」
「ええ」
 パレアは後ろで薬草を摘むイリスの声に振り向きもせず答えた。
「女なんだから、そんな事しなくてもいいのに」
「戦に加わるのは私の勝手よ。それに私、女である前に一人の戦士なんだから」
 彼女は無表情のまま、草を選り分ける手を休めない。
「私、誰かと一緒になるまで戦い続けるつもりよ」
「馬鹿ね、そんな調子じゃ男だって恐がって寄り付きゃしないよ」
「それくらいで恐がるような男に、私と一緒になる資格なんてないわ」
「もう、強がってばっかなんだから」
「強がってなんか……」
 パレアはそのまま口を閉じ、無視して薬草集めに没頭した。

 トックツ谷は人々で溢れ返っていた。北東部の高原地帯からアルタイ系諸部族の戦士たちが集結しているのだ。谷は斜面から林の中に至るまで、白い簡易式のゲルで埋めつくされている。しかしながら元来人口の多くない遊牧民。その中で戦士と呼ばれる若い男たちの数などは七千にも満たない。
 その時、二人の男が谷に帰ってきた。ラーダとイズークである。二人の服は埃に汚れ、疲れきった顔をしている。集落の入り口でハン・クーが彼らを迎えた。
「ご苦労であったな。二人とも」
 これで戦力は完全に揃った。ハン・クーは大きな岩の上へと登り、集結した戦士の代表たちを集め、号令をかける。
「みんなよく聞いてくれ。今まさにアルタイの持てる全ての力がここに集結した。明日の朝、我々は我が民族の運命を決する戦いへと出陣する。目的地は西南のオアシス、ボラスだ。そこでラプラの丘を落としたカルバキア兵団の片割れを潰す」
 ざわめきの中、戦士たちはハン・クーに注目し次の言葉を待つ。
「だがそれは戦いの始まりに過ぎない。ボラスを陥落せしめ食料を奪い、そのままカルバキアの王都、サマルカンドを目指してさらに西へと向かう。本当の戦いはここから始まるのだ!」
 群衆は一瞬静まり返り、そしてこの召集が総力決戦のためのものであったのだと初めて聞かされ、大いにどよめいた。ハン・クーはより一層声を高めて続ける。
「私は今まで皆を集める事に反対し、沈黙を守り続けてきた。だが我々にはもう後がない。このまま奴らと消耗戦を続けていたらいずれ我らは草原を奪われ、隷属し、そして滅びるであろう。今活路を見出だすためには、こちらから討って出る他ないのだ。よいか! アルタイの戦士たちよ。この手でカルバキア王朝を滅亡させ、そして必ずや生き残るのだ!」
 谷を反響し山々を揺るがすような喚声が沸き起こった。斜面を渡る山羊たちが何事かと振り向く。
 ハン・クーには考えがあった。もし始めから王都襲撃を触れ回っていたら、老人や戦う力を持たない男たち、それに下手をすればパレアのような気の強い女までもが集まりかねない。もしそうなったらアルタイ族は本当に滅んでしまうだろう。万が一この戦いで敗北し、カルバキアに征服されるような事になろうとも、生き残った人々は静かに耐え続け、アルタイの血を残して行かなければならない。さもなければ、かつての匈奴同様カルバキアの文明に溶け込み、ついには民族そのものが消滅してしまう。だがこのまま何もせずにいたら、またラプラ部の人々のような難民が増えてゆくばかりである。これ以上悲劇を繰り返さないためにも、早くこの戦乱に終止符を打たねばならないのだ。戦わずにして降伏し隷属する事は、北のブリヤート人や東の漢民族からこの草原を守り抜いてきたと言うアルタイの歴史が許さないだろう。もう他に残された道はないのだ。
 いつの間にか、パレアもその群衆の中に混ざっていた。いよいよ決戦の時である。この戦いで父や母の仇を取ろう。彼女は一人、そう心に誓うのであった。
「あっ、姉さん!」
 イズークの声にパレアが気付く。
「イズーク!」
 心配などする訳がない。彼が旅立つ時にそう口にしてしまった手前平静さを装おうするが、喜びが溢れ出してつい顔がほころんでしまう。
「あっ、パレア! 帰って来たんだ」
 横あいから叫んだのは、いつからそこにいたのかイリスである。
「ただいま、姉さん。それにイリス」
「もう、長かったじゃない! パレアなんてずっとイライラしてて、私が飛ばっちり受けてたんだからねっ」
「ハハ、それは気の毒だったね」
「な、何よそれ!」
 パレアは顔を赤くして声を張り上げた。平静さを保っていたのが台無しである。
 その時、突然一人の騎馬戦士が勢いをつけて谷の下方から駆け上がって来た。
「敵だ! 敵襲だぁっ!」
「なんだと!」
 戦士たちは一斉に沸き立つ。
「せ、先手を打たれたのか!」
「まさか! 何かの間違いじゃないのか?」
 中には右往左往する者まで。まだ何の準備もできていない。
 ハン・クーは駆け上がって来た斥候から報告を受けた。
「静まれっ! 静まらんか!」
 途端、戦士たちは水を打ったかのように静まり返る。
「敵はまだ谷の入り口に差し掛かったばかりだ。川伝いに登りここに到着するまでには、まだ時間がある。それに敵はボラスの兵のみで百人にも満たない」
 彼は少し間を置き、やがて意を決したかのように顔を上げ、続ける。
「みんなよく聞いてくれ、私に考えがある。この下の渓谷では道が狭く、そこで迎え討っても思うようには戦えないだろう」
 狭い場所では互いに隊列の先頭同士が一対一で戦わなければならず、それではこちら側もかなりの打撃を受ける。
「まず集まってもらった者たちには一部の者を除いて峠を越えてもらう。そして山脈の向こう、尾根から迂回し、そのままボラスへと向かってくれ。残った者はこの集落のゲルを急いでたたみ、女、子供、老人たちを山の上へと避難させる。しかるのち山の斜面で身を隠し、やがて登ってくる敵をこの場に誘い込んで急襲する。指揮はラーダにとってもらう。なお、ここに残る者の人選は私が行う。まず、ラプラのイズーク!」
「は、はいっ!」
 ハン・クーは幾人かの名を呼んでいった。ボラス兵団急襲部隊はおよそ百七十名。気づけばなんと、主戦力とも言うべき十代後半の者ばかりではないか。彼らは当然王都襲撃には間に合わない。だがラーダには父親の考えている事が手に取るように解った。
「親父め……」
 憎々しげに呟く。ハン・クーは主力が敗北した時の事を考え、今後アルタイ族を引っ張って行くべき若き十代の若者たちを温存しようと考えたのだ。

 かくして作戦は実行へと移された。女たちは手際よくゲルをたたむ。家財道具なども彼らは最小限にとどめてある。
 ラーダはハン・クーに抗議した。もう少し人数を主力に回してもいいのではないかと。
「それはダメだ。お前たちの戦う相手は、あのラプラ部を襲いウルゥタらを倒した匈奴氏族の末裔なんだぞ。万全なる態勢で挑まねばならん」
「しかし、少々危険だとしても、王都を襲う主力が負けたら元も子もなくなってしまいます!」
「ハハ、心配するな。私は負けんよ」
「しかし、父上!」
 その時ハン・クーの表情から笑顔が消えた。ラーダはその無言の圧力に押され、何も言えなくなってしまった。
「ち、父上……」
 ハン・クーは自らの死を覚悟していた。山々は依然として穏やかで、この谷間だけが騒然としていた。
 ボラス兵団が作戦を遂行すべく街を離れ、北東を目指し早五日目。彼らはすでに山岳地帯へと入っていた。
「こうなるとオレたち、なんだか正規軍みてぇだな」
 ラスクの右隣で馬を歩かせる青年が言った。
「変わらないさコーチャ。オレたちだって軍人なんだから」
「じゃぁもっと食い物支給してもらわねぇとな」
「ハハ、そのうちオレたちの実力が認められて正規軍にでも組み込まれればな」
「それは無いな」
 振り向いたのは前をゆくオロハザである。ラスクとコーチャの会話は彼の耳にも入っていた。
「我々には匈奴やソグド人の血が混ざっている。いくら戦果を挙げようとも結局は捨て駒に過ぎん」
 アルタイ山脈に降り注ぐ雨や雪解け水が岩清水となり、それらが集まり流れを作る。イルテシュ川と呼ばれるその川の水源に近い渓谷。上流に向かって谷の右側を、百騎からなる騎馬兵団が一列になってゆっくりと進軍を続ける。上流へと進むにつれ川幅はみるみる狭くなり、流れは勢いを増し岩を砕く。道はより一層険しさを増し幅も狭くなり、一歩間違えれば崖下へと馬ごと転落してしまう。左手を見れば落差四十メートルはあろうか、木々の隙間から見え隠れする水の流れを望めば足がすくむ。
 オロハザは少し開けた場所に出たところで馬を降りた。ここからは歩いて進むしかないだろう。そして、束の間の小休止ののち、馬と兵糧を梢に残し軽装備で進軍を再開させる。
「オロハザ様、本当にこんな所に人が住んでるんですか?」
 コーチャが疲れた顔で不満げに聞いた。
「分からんよ。だから我々が確かめに行くんだ」
「しかし人影すら見かけてませんよ」
「他に道があるのかも知れん。川沿いではなく尾根道か、あるいは峠道か」
 だがオロハザにはどこか確信じみたところがあった。
「本当ですかねぇ……」
 コーチャがそう思うのも無理はない。道と言えば獣道のようなものしかなく、深い山林は人々の進入をまるで拒んでいるかのようだ。谷は穏やかな日差しに包まれ、川のせせらぎと鳥のさえずりだけが聞こえる。しかしそんなのどかな風景とは裏腹に、山は一層険しさを増すばかり。
 しばらく行くと針葉樹林の梢を縫って激しい水音が聞こえ始めてきた。おそらく滝でもあるのだろう。やがてゴウゴウと響くその水音は徐々に遠ざかり、はるか眼下を流れていた渓流も一気に足もとにまでせり上がってきた。それにつれて道もなだらかになり、息を切らせていたオロハザたちを安堵させ、自然彼らの足どりも速くなる。
 やがて日が傾きかけた頃ついに彼らは樹林を抜けた。そこで彼らは息をつく間もなく呆然と立ち尽くすのであった。
「な、何もないじゃないか……」
 突然目の前に開けた土地が現れた。盆地のように斜面に囲まれ、山頂が間近にまで迫った水源地近くの谷間である。だがそこには何もなかったのだ。ただ雑草が冷たい風に揺らめきながら微かな音をたてている。しかしよく見れば所々に火を焚いたらしき痕跡があり、ところどころ雑草も刈られ、生活の痕跡が窺える。よく見渡せば山の斜面には棚田もあり、麦などの穀物があおあおと穂を揺らしている。
「ここだ。間違いなくここに奴らは住んでいた」
「しかし、人っ子一人いませんよ。家だって無いし」
「まさか……」
 その時オロハザはいやな空気を感じとっていた。何か得体の知れない殺気のようなものを。彼が兵を一旦引き返らせようとした、まさにその時である。一人の兵士が山を見上げて叫んだ。
「敵だっ!」
 他の兵もその声につられて見上げる。すると、そこには数え切れないほどの弓矢が並び崖の上から自分たちの事を狙っているではないか。
「罠だ!」
 オロハザが叫んだ瞬間冷たい風が草を揺らし、同時に彼らを狙っていた矢が一斉にその風を切り裂いて飛来する。彼らは反撃する隙もなく、今来た道を必死の思いで引き返すしかなかった。彼らの叫び声は小鳥たちのさえずりを掻き消し、無数の矢による風切り音は川のせせらぎを聞こえなくする。
 矢の雨が降り注ぐ。応戦しようにも敵の姿は見えず、そのうえ斜面上方に弓を引いたところで無情にも矢は届かない。
 仕方なく彼らは、敵の射程から逃れるべく一旦樹林へと逃げ込んだ。多くの仲間が一瞬にして倒れた。中にはまだ状況が掴めず混乱する者までいる。そう、まさに一瞬の出来事だったのだ。むろんサマルカンドからの援軍などある筈もない。彼らは樹林の中で傷つきながら初めて、愕然とするのであった。
「な、なんて事だ……」
 オロハザは息を整えながら呟く。
「何人いる? どれだけ生き残っている!?」
 みな顔を見合せるばかりで、誰も答えることすらできない。
「とにかく、この状況ではまずい。退却するぞ」
「し、しかし隊長」
 誤算だった。まさかこれほど短期間のうちにアルタイの戦力が集結していようとは。先手を打つつもりが、まんまと迎え打たれてしまった。
「奴らの集結している場所は掴んだんだ。あとは一旦街まで戻り、しかる後カルバキア軍の全兵力を引き連れて出直してこよう」
 その時である。森のいたるところから突如として喚声が沸き起こり、木々の影からアルタイの戦士たちが涌き出てきた。伏兵である。
「突撃ぃっ! 手を休めるな、矢を放ち続けろ!」
 漆黒の毛並みも艶やかな駿馬に跨る大柄な男が叫んだ。先頭に立つその男こそ、アルタイの長の息子、ラーダである。若きアルタイの戦士たちがそれに続く。同時に木々の梢からは幾筋もの矢が襲う。枝の上に身を隠し、狙いすましていたのだ。ボラス兵はさらに負傷者を出し、戦意を失い浮き足立つ。
「退け! 退けぇっ!」
 オロハザの割れんばかりの声を合図に、彼らは一斉に滝の方へと逃げ散った。しかし、今度は左側の急斜面から数十頭の馬が駆け降りてきた。驚いたことに、人が乗っている。
「ハァァァァッ!」
 先頭に立つイズークが馬を器用に操り、声を張り上げつつ木々の合間を縫って駆け降りる。
 ラスクたちはその卓越した馬術に唖然とした。いくら無敵と謳われた彼らでも、こう浮き足立ってはとても本来の実力など発揮できはしない。ボラス兵たちは防戦一方であった。振りかざされた長剣を、梢を盾にしてかわす。この林の中では長剣を自由に振り回せない事が唯一、ボラス兵たちにとって救いであった。そこにオロハザは僅かな活路を見出だしたが、しかしそれも次の瞬間には儚い希望に過ぎないと気づかされる。なんと、元の平地へと戻らされてしまったのだ。
「そうか。奴らは私たちを追いたてるために……」
 これではまるで鹿狩りの獲物である。勢子に追われて逃げ場をどんどん失ってゆく。
「あ、悪夢だ……」
 ゲルを畳んで広大な空き地となった谷間には数え切れないほどの騎馬戦士たちが集結しており、オロハザたちを取り囲んだ。生き残ったボラス兵は僅か二十名。
「さぁ、観念してもらおうか」
 中から一人の男が進み出て言った。
「私の名はラーダ。アルタイ族の長の代理である。私はこの谷を守るため、あなたたちに矢を引いた。残るあなたたちが降伏するのであれば命までは奪わない。ただし捕虜としてあなたたちを拘束する。剣を捨てよ」
「ラーダさん、殺しちまおうぜこんな奴ら!」
「そうだ! こいつらは俺たちの牧草地を奪った連中なんだっ!」
「黙れ! 今は私がハン・クーの代理だ。私の言う事に従ってもらう」
 みな目が血走っている。この大勢の中で冷静なのはこのラーダとオロハザの二人ぐらいであったかも知れない。
 その頃ラスクは森の中でただ一人、木の枝に登り身を潜めていた。部隊はバラバラとなり、取り残されてしまったのだ。オロハザをはじめ他の皆は無事だろうか。
 その時である。彼の隠れる梢の下に、一人の騎馬戦士が立ち止まった。敗残兵を探していたようである。その時彼は咄嗟に、これぞ好機と見、木の枝から音もなく跳躍した。
 ドサッ
 タイミングを計り、その騎馬戦士の背後へと飛び乗った。
「!」
 馬は突然の衝撃に驚いて前足を蹴り上げいななき、ラスクは振り落とされないようその戦士にしがみ付いて尻を鞍に差し入れる。 不幸なその騎馬戦士は状況も理解できないまま、ただ馬をなだめるのに必死にだった。そして喉元に刃の冷たさが伝わるのと同時に、押し殺した声と殺気が降りかかる。
「さァ、殺されたくなかったら大人しくしてもらおうか」
「に、逃げ出せるとでも思ってるのっ!」
「き、貴様、女か!」
 木の上からでは気づかなかった。確かに男にしては小柄だし、べん髪と思われたその髪もよく見れば錦糸を結い込んだ三つ編みであった。
「驚いたな。アルタイ族は女まで戦闘に駆り出しているのか?」
 ラスクは女の耳元で声を低くして話す。暗に大声を出すなと言っているのだ。
「女だろうと男だろうと関係ないわ! 草原を守る勇者であれば戦うまで!」
 女は大声を張り上げる。それは仲間に自分の危機を知らせるためなどではなく、恐怖から必死に逃れるため。小さな震えが背後に密着するラスクにも伝わる。
「さぁ、殺したければ殺せ! 私を殺してもアルタイの血は滅びぬ!」
 彼女は明らかに虚勢を張っていた。
「オレは女子供は殺さん」
「お、女ではない! 私は戦士だ!」
「まァいい。とにかく皆の無事を確かめたい。連れて行ってもらおう」

 ラーダたちはそれを見てどよめいた。パレアが馬上で短剣を突き付けられたまま、林の中から現れたのだ。
「ね、姉さん!」
 馬群の中からイズークが前に出た。しかしその喉元に光る刃物に気づき動けなくなる。
「き、貴様は……」
 イズークはその顔に見覚えがあった。そう、ラプラの丘の攻防戦でイズークとラスクは一度剣を交えている。
「ほう、お前はラプラの時のガキか」
「ガキじゃないっ!」
「まぁいい、とにかくこの娘の命が惜しけりゃ全員その場を動くなよ」
 ラスクは柄を握る手に汗をにじませていた。女一人の命でこの数百人の男たちを抑えられる筈もない。だが隊長たちを救うきっかけにでもなれば。そう彼は思った。
「さァオロハザ様、今の内に早く!」
「みんな! 私に構わずこいつを殺してっ!」
 突然大声を張り上げたためだろうかパレアの喉元に刃が食い込み、僅かにしたたり落ちた血が愛馬カロンのたて髪を濡らした。その時である。二人を乗せたカロンが突然後ろ足を激しく蹴り上げた。二人は前のめりになり、パレアの喉元からは瞬間短剣が離れる。その一瞬のスキをイズークは見逃さなかった。馬に鞭を打ち突進する。
「ハァァァッ!」
 キィィィ…ン
 渾身の力を込めて剣を振るう。その剣は見事ラスクの持つ短剣をはたき落とし、そのまま勢いに任せてラスクに飛びかかった。二人は、もんどり打って馬から転げ落ちる。
「クッ!」
 ラスクは短剣をとり落とし、同時にイズークとパレアが剣を構える。
「ちっ」
 同時にオロハザたちは駆け出し、林の中へと逃げ込んで行った。
「逃がすかっ!」
 ラーダの号令でアルタイの戦士たちは敗残兵の後を追い、林の中へと消えてゆく。その騎馬の立てる砂塵の中、イズークは姉に手を差しのべる。
「もう……無茶な事しないの!」
「無茶してんのは姉さんの方だろ」
 そう言ってイズークは、擦りむいた膝の土を払いながら微笑んでみせた。
 オロハザたちは必死に林の中を逃げ惑っていた。追っ手は少なくなりつつあるものの、執拗なまでに追いかけて来る。その時、オロハザの右太股に一本の矢が刺さった。
「ぐっ!」
「オロハザ様!」
 彼の周りには、次第に生き残った兵士たちが集まり始めた。膝をつき、血を流して悶え苦しむ彼を守るかのように、ラスクやコーチャを始めとする数人の兵士たちが剣を構える。
「き、貴様ら、何のつもりだ」
「大丈夫ですよ。オレたちがついてます」
「私の事なんか放っといて、さっさと逃げろ!」
「まぁそう言わずに、俺たちの力を信じて下さいよ」
 そんな彼らを取り巻くようにアルタイ族の戦士たちが集まる。傷を負ったラスクたちにはもう戦う力など残されていない。
「いくぞっ!」
 ラスクの気迫あふれる掛け声が谷間に響き渡り、そして再び死闘が繰り広げられる。彼らはすでに正気を失いかけていた。狂ったように敵群の中へと突入してゆく。何人かが相手の放つ矢の餌食となったのを目の端で捕らえつつも、矢の雨を掻い潜ってラスクは白兵戦へと持ち込んでいった。
「みんな、馬から降りろ!」
 ラーダが戦士たちに指示を下す。狭い場所で歩兵に対し、馬上から白兵戦を挑むのは不利である。剣と剣のぶつかり合う金属音と人々の絶叫とが混ざり合い林の中は騒然となる。風で揺らぐ枝の擦れ合う音、遠くを流れる滝の轟きなどをも切り裂く叫び。
「ウォォォォッ!」
 ラスクは鬼のような形相で立ち向かった。仲間が二人同時に斬り殺された。しかしラスクはアルタイの戦士を三人倒す。向こうで仲間が苦戦を強いられながらも、よろめきつつ立ち向かってゆく。だが相手は容赦なく剣を振りかざし、彼らは無残にも両断されてしまう。五人のアルタイ戦士が彼らを取り囲みとどめを刺す。それを目にしたラスクは何かを叫びながらその五人の敵に襲いかかった。相手の首をはねると同時に彼の右脇腹から赤い鮮血が吹き出す。
 木漏れ陽によって作り出されるコントラストの織りなす樹林の中、血飛沫が午後の陽光を反射してキラキラと輝き舞う。それはまるで寄生植物が胞子を放つ瞬間のように幻想的で、かつ神秘的である。その血風は断末魔の狂想曲に合わせて光と影の中を漂う。
「こんな所で死んでたまるかっ! オレは約束したんだ。生きて帰るって。この戦乱が終るまで生き抜くって!」
 アルタイの戦士の数は一向に減る様子を見せない。ボラス兵はそのほとんどが倒されてオロハザ、コーチャ、そしてラスクの三人だけが生き残っている。染まる鮮血は返り血か、はたまた己の血か。オロハザにいたっては動く事すら出来ずにいた。矢はすでに尽きている。
「もういい、お前たち……逃げろ」
「しかし、オロハザ様を置き去りにして行くわけには」
「馬鹿野郎! お前らまで死んじまったらボラスの街はどうなる、誰が守るんだ!」
「し……しかし」
「生きて帰るんだ。そして一から立て直すんだ。こんなところで無駄死にするな!」
 あまりの無念さに胸が張り裂けそうで、涙が止まらない。ふと、見上げればそこには木々の枝に切り取られた小さな、しかしどこまでも蒼い空。故郷の街へ、愛する人のもとへと続く汚れなき天空。
「帰ろう……」
 ラスクはそうつぶやいた。コーチャもそれに同意し、そして二人は死にもの狂いに走り出す。ラスクはふと隊長の事が気になったがコーチャがすかさず叫んだ。
「振り向くな!」
 カルバキア王国軍ボラス兵団。百十三名のうち生存者、わずか二名。作戦は失敗に終わった。
 ラスクは胸に輝く首飾りを握り締めていた。山道の途中に繋いでおいた馬に覆いかぶさるように乗り、追っ手を振り切って逃げ出してきたのだ。今、コーチャと共にボラスへの荒野を進んでいた。返り血と泥に汚れた服を自らの血でさらに汚し続ける。街までの帰り道は遠く、出撃した時の何倍にも感じられる。日照りは二人の心と体を容赦なく乾かした。
「お前、もうミランナとは寝たのか?」
 コーチャは傷口から流れ出る血を押さえながら、そう問いかけた。苦しみや悲しみを紛らわすために。
「ハハ、残念ながらまださ」
「なんだ、まだなのかよ。オレなんか街に帰ったら、ほとんど毎晩だぜ」
 会話がわずかに二人の乾ききった心を潤す。彼らはこの悪夢のような出来事を、忘れてしまおうとしていた。そして話す内、地平線にボラスの街が浮かび上がってきた。しかしどこか様子が変だ。いく筋もの煙が立ち昇っている。二人は顔を見合わせ、馬に鞭を振るう。その顔は血の気なく青ざめていた。大きな不安が二人に重くのしかかる。オアシスの恵みにあおく萌える、初夏の大麦畑を掻き分けながら馬を走らせる。
 着いてみれば街は荒らされた後であった。略奪に逢った上に火まで放たれたらしく、すっかり焼け野原となっていたのだ。二人は呆然と立ちつくす。
「な、何て事だ……」
 ラスクの声はかすれていた。
「本当にここがボラスの街なのか? いったい何があったってんだ」
「まさか、オレたちがいない間に」
「アルタイ族の奴らか!?」
「恐らく……オレたちがここを留守にしている間に」
 人々が死んでいる。死臭とともに女や子供たちのすすり泣く声が漂っている。二人は自らの目を疑った。そして、今目の前に広がる光景を信じたくなかった。大きな絶望と後悔の渦が二人を呑み込む。
 ラスクは弾かれたかのように走り出した。足を引きずりながら、そして叫びながら。
「ミランナ!」
 彼は家へと走る。そして次の瞬間全身を引き裂かれんばかりの思いに襲われた。そこに、ミランナが横たわっていたのだ。ラスクは彼女のもとへと駆け寄り、そして叫んだ。
「ミランナ! しっかりしろ、ミランナ!」
 彼の叫び声は虚空を切り裂き、廃虚と化した街に響き渡る。
「……ラス…ク……ラスクなの?」
 彼女の声は弱々しく、今にも消え入りそうだ。
「アルタイ族の奴らか!」
「ええ……大勢の人が殺されたわ……」
「何て事だ、オレがお前のそばを離れずにいたら、こんな事には」
「いいのよ……ラスク、仕方ない……事だわ。誰も悪く……ない」
「しかし」
「……約束……守ってくれたわね、ラスク、戻って来てくれた」
 彼女には一本の矢が刺さっており、その傷口からは赤い血が止めどもなく流れ出し、こぼしたインクのように地面へと広がってゆく。戦いに巻き込まれ、流れてきた矢が刺さったのだろうか。ラスクにはそれが痛々しくてたまらなかった。
「ま、待ってろミランナ、今助けてやるからな! 死なせやしない、絶対死なせやしないからな!」
「ラスク……私は……もう」
 彼の目からは涙が溢れ出る。
「死なせやしない。死なせてなるもんか! 約束しただろ、お前を守るって。戦争が終わるまで二人で生き抜こうって。それで戦争が終わったら子供を作って、家庭を築いて……」
「ごめんなさい……ラスク」
 彼女も涙を流していたが、その表情は決して暗いものではなかった。諦めと言う物を感じていたからか、それとも今、目の前にラスクが現れて一人で死なずに済んだ事を幸せに感じたからなのだろうか。さだかではない。
 そして彼女は最後に一言、静かにつぶやいた。
「生きて……ラスク……私の分まで……」
 ミランナの力が消え、その重みが彼に伝わる。
「ミ、ミランナ……ミランナァァ!」
 ラスクの腕の中で彼女の体は徐々に、しかし確実に冷たく、そして硬くなっていった。
 その時である。遠くから絶叫が聞こえて来た。ラスクはその声のした方角へと向かって走る。そしてそこに一人の女性の死体と、それに重なり合うようにして横たわるコーチャの死体を見た。コーチャは絶望の果てに自らの手で己の命に終止符を打ったのだ。
 ラスクは再びミランナの前に戻ると、その傍らに膝まづき、そしてゆっくりと短剣を引き抜いた。その輝く刀身は晴れわたる空を反射して清らかに蒼く、そして冷ややかなほど白く光っている。アルタイ山脈の森で見た、あの汚れなき空である。彼は視線を横たわるミランナに移し、彼女のその安らかな、まるで眠っているかのようにも見える死に顔に最後の口づけをしようとした。
「待っていろ。今からオレもそっちへ行く」
 その時である。彼女の胸もとで微かな、そして優しい音が響いた。
 カツン……
「星……?」
 銀色の星の首飾り。そう、彼女の胸もとには重なり合う二つの星があった。
「ミランナ……」
 ラスクは思わず手にしていた短剣を取り落とす。
 ――生きて……ラスク――
 彼の脳裏にミランナの声が蘇った。その声はとても優しく温かく彼を包む。そして星を形どる首飾りは彼に柔らかい光りを放ちかけていた。



──第1章【完】──
↑まだ「完」じゃなかった!勘違いしてました。すいません、もうちょっと続きます。
───────

 ハン・クーたちは、まだ戻って来ない。
「さてこの男、どうしたものか」
 ラーダにイズーク、その他五人の若者たちが、一人の男を囲んで思案を巡らせていた。
「どうにでもするがいいさ」
 この敵意に満ちた目で辺りを見据えている不精髭の男こそ、ラーダたちの手によってほぼ全滅に追いやられたボラス兵団の隊長、オロハザであった。
「聞きたいことはたくさんある。お前には暫くこのゲルでおとなしくしていてもらう」
 ラーダはそう言い残すと、後の四人の男たちを連れて出た。
「すまんなイズーク。しばらくお前のゲルを奴の牢として使わせてもらう」
「気にしないでください。イリスの母さんがオレたち姉弟を一緒に住まわせてくれるって言ってますし」
「そうか。じゃぁみんな、体を休めてくれ」
 牢と言っても鍵などは存在しない。ここでは周りの険しい山々がその役目を果たすのだ。

 その日の午後、オロハザの軟禁されているゲルの扉が少し開き、彼の足元に一筋の光が差し込んだ。また尋問でも始まるのだろうか、そう彼は思った。しかし光とともに入ってきたのは一人の少女であった。彼はその意外な訪問者に驚く。
「君は……この村の娘か?」
「いえ、私は元々ラプラの丘に住んでいたパレアという者です」
 一瞬、彼の表情が曇る。ラプラの丘と言えば、以前正規軍と協力して襲った所ではないか。パレアは刺すような眼差を彼に向けている。
「そうか、君はあの丘の生き残りか」
「はい。私はそこで両親を失い、弟や生き残った僅かな人たちとこの村に逃げ延びて来ました。あそこはカルバキア軍に襲われて。そう、あなたの率いていたボラス兵団に」
 思い出すだけで怒りと悲しみが込み上げてくるのだろうか、握り締める拳に力が入る。ゲルに火を放ったのは正規軍であったが、パレアにしてみれば同じこと。
「父と……母の仇!」
 次の瞬間、パレアは跳躍した。手には隠し持っていた短刀がきらめき、目には怒りが込められている。オロハザはその突然の襲撃を寸でのところでかわした。彼女は何かを叫びながら短刀を振り回し、再び襲いかかる。
 カッ!
 短刀がゲルの骨組みに深く食い込んだ。引き抜こうとした刹那、オロハザは素早く彼女の背後へと回りこみ、後ろから押さえつける。左足の矢傷がまだ癒えてないせいかそのままバランスを崩して床に倒れ込むが、それでも彼の太い腕はパレアの首にしっかりと食い込み、もがこうとすればするほど締め付けられてゆく。やがて彼女の耳元で低く押し殺した声が。
「甘かったな。私はそう簡単には殺されんぞ」
「クッ」
「私は昨夜ずっと考えていた。ボラス兵団が全滅した今、私にはもう捕虜としての価値などない。どう言う事か解るか?…もう殺されるのを待つしかないって事さ。私はこんなところでむざむざ殺されるのを待つのはゴメンだ。お前らを殺してでも私はここから逃げ出して見せる」
「に……逃げ出せやしないわ」
 声を出すのがやっとである。
「お前を人質に取って、馬と水と食料を用意させる。お前には道案内をしてもらい、そしてボラスへと帰るんだ」
「無駄よ。街はもう……きっとハン・クー様たちに……」
「な、なんだと!」
 ゲルの中央でオロハザは彼女に馬乗りになり、その細い首に手を回して指に力を込めた。
「そうか、そう言う事か。私たちボラス兵団を襲ったのは単なる迎撃部隊で、貴様らはすでに集結し終えていたと言うわけか」
「グッ……がっ……」
 パレアは何かを言おうとするがただ細い息が漏れるのみで、徐々に意識が遠のいてゆく。彼女の目に悲しげな色が浮かんだ。やはり力では男にかなわないのか、と。
「父……さん……」
 それは、消え入るような声であった。
「クソッ!」
 途端、オロハザの目からは殺意が消え、彼女の首に回された手からは力が抜けてゆく。
「けほっ、けほっ……」
 もう少しで意識を失うところだった。パレアは海老のように体を折り曲げて、苦しそうに床に転がっている。その姿を見下ろしながらオロハザは呆然と立ちつくす。
「な……なぜ……殺さない」
 彼女はまだ起き上がれないまま、しかしその目から憎しみが消えることはなかった。頭に血が昇り、顔が紅潮している。
「ふんっ、くだらん。今ここでお前を殺したところでどうにもならん」
 オロハザは彼女に背を向けた。パレアはよろめきつつ立ち上がり、そして逃げるように出て行った。
「!!」
「ん、パレア……どうした?」
 オロハザの様子を見に来たのか、ゲルを飛び出した瞬間ラーダと鉢合わせになった。彼女はラーダの呼び止める声を振り切るように駆け出して行った。
 水源地に近い渓流の流れは細く激しく、水飛沫が岩を濡らし水面は泡立ちで白くなる。彼女はその流れを眺めながら、苔むした冷たい岩の上に膝を抱えて座り込んでいた。
「パレア」
 背後から彼女の名を呼ぶ声。
「さっきは何してたんだい?」
 ラーダはあくまでも優しく、そう問いかける。
「……殺そうとしました」
 陽はすでに山の陰へと隠れ、辺りは冷たい青白さに覆われていた。遠く万年雪を戴いたアルタイの山稜だけが夕日に照らされ、やけに赤く輝いている。
「父さんや母さんの仇を討とうと思いました。でも、かなわなくて……」
「やはり、そうだったのか」
「でも、あの男は私を返り討ちにしなかった。女だから? 哀れんだから? それとも……」
「無益な殺し合いはしたくなかったんじゃないかな」
「そうかしら……。私をさらって逃げようともしたわ」
「パレアはどうして奴を殺そうとしたんだい?」
「だって、ラプラの丘はあの男に奪われたのよ! 父さんや母さんの命と一緒に。許せないわ」
「もう戦いは終わったんだよ。ボラス兵団は奴を残して全滅したんだ。あとは戦いに出ている父さ……いや、ハン・クーに全てを託すんだ」
「でも……」
「今、奴を殺したところで何になるんだ。死んだお前の両親はもう還って来ないんだぞ」
 ラーダを見つめるその目に涙が浮かぶ。やがて彼女は俯き、憎しみに駆られていた自分を見つめ直す。
「生きるために、誰かを守るために戦うのがアルタイの戦士だ。自分の遺恨を晴らすために人を殺すなど戦士の恥だぞ。憎しみはさらなる憎悪を生み、子や孫の代まで終わらない争いとなる。そして最後には天の神からも見放されてしまう。生を賭けた戦いだけが、天の神の許したもうた戦いだ」
 一族を飢えの危機から救うために農耕地帯を襲って略奪をするのは良しとする。そのためなら彼らは平気で人を殺す。しかし遺恨のために戦う事は同族同士の潰し合いにも発展しかねないため良しとしない。それが彼らの理論である。自分たち遊牧民が厳しい自然環境の中でいかに生き延びてゆくか。自分たちにとって有害か無害か。それが全てであり判断の基準となる。
「キレイ事はもうたくさんよ! 母さんや父さんを守れなくて何が戦士よ!」
「お前はよく戦った」
「よく戦ったですって? ラーダに私の気持ちなんて解んないわよっ! 両親を殺されて草原を追われた私の気持ちなんて!」
「いい加減にしろ!」
 パレアは殴られると思って肩をすくめ目をつぶった。しかし彼女が感じたのは痛みではなく、温もりだった。
「私も多くの友を失った。苦しいのはお前だけじゃない。でもみんな耐えているんだ。本当の戦いはまだ終わっちゃいない。これ以上なにも失わないためにも、今は耐えなければならないんだ」
 髪を震わせつむじに響く暖かな声。パレアは彼の胸で泣いた。こうしていると、彼が父のもとを訪ねて来るたび、頼れる兄のように甘えていた頃のことを思い出す。
「ごめんなさい……私」
「いいさ。泣きたいだけ泣いておけ」
「ううん、大丈夫。私、もう子供じゃないもんね」
 パレアはそう言うと体を起こし涙を拭った。なんとなく気恥ずかしくなって顔を赤らめる。
「奴の事は私に任せてくれ。処分についてはもう少し考えたいんだ」
「ええ……ラーダ様」
 二人は立ち上がり川岸を離れた。岩場を五〜六メートルも這い上がれば平地が広がる。一時はゲルを全てたたみ何もない空き地と化していたが、今ではすっかり元の集落へと姿を戻している。それぞれのゲルからは煙が立ち昇り、金色の低い空を焦がしている。
「ところでそのラーダ様っての、やめてくれないか? なんか他人行儀だぜ。さっきみたいにラーダでいいよ」
「そ、そんな、呼び捨てにするなんて事、私……」
「ハハハ、子供の頃はさんざん呼び捨てにしてたじゃないか。なんなら俺も昔みたいに呼ぼうか? パレアちゃんって」
「やっ、やめてよラーダ!」
 彼女はハッとして口を塞ぐ、そして顔を真っ赤にしてうつむいた。
「ハハ、そうそう。そう来なくっちゃ」
「もぅ……」
 長のゲルまで来ていた時には、すでに辺りも暗くなり始めていた。
「元気出せよ」
「はい。あの……色々とありがとうございます」
「だから、他人行儀はよそうな」
「あ、はい」
「だからさぁ」
 彼の笑顔につられ、パレアの顔にも笑顔が戻った。
「姉さん、食い物まだかよ」
 ゲルの前ではイズークとイリスが火をおこしており、なんだか急に現実へと引き戻されたような気分になる。パレアは気を取り直して食事の用意を始めた。
「すまないねぇパレア。料理の事、全部あんたに任せちゃって」
「いいんですよ、おばさん。ゆっくり休んでて」
 イリスの母カルタは薬草集めの時に腰を痛めてしまい、家事のほとんどをパレアに任せた。
「本当はイリスにやらせたいところなんだけど……」
「へへー、私ってほら、不器用だから。でもパレアって料理うまいよね。今度教えてもらおうかな」
「そうなさい。料理の一つもできないと、嫁の貰い手だって見つかりゃしないよ」
「大きなお世話ですー」
 人の頭ほどの大きさはある木の器を抱え、イリスは岩塩を磨り潰しながら膨れっ面を作って見せる。
「でもパレアだったら嫁の貰い手なんか、いくらだって出てきそうよね?」
 イリスは磨り潰した岩塩を手渡しながら言った。パレアはその岩塩を水に浸した干し肉に馴染ませる。
「昨日も言ったでしょ、当分戦士のままでいいって。無理に結婚する気なんてないって」
「あらぁ、そんな事言ってたらいい男みんなとられちまうよ」
「もぉ、おばさんまで……」
「そう言えばさぁ…」
 突然、イズークが薪をくべながら女同士の会話に口を挟んだ。
「ラーダさんが言ってたぜ。嫁にするなら姉さんみたいな人がいって」
「なっ!?」
 パレアは黙り込んでしまった。焚き火の赤に隠されるも、その頬がだんだん染まってゆくのが見てとれる。影がゲルの幔幕に大きく映し出され、炎の揺らめきに合わせて揺れる。
「バ、バカねぇ、あの人がそんな事言うわけ……」
「本当だってば」
「で、でも……みたいなって言ってたんでしょ?」
 そんな、うろたえる彼女をからかうようにイリスは言った。
「あぁら、パレアみたいな人なんて、そう滅多にいるとは思えないけどなァ」
 それは確かに的を射ている。
「それ、どう言う意味よ」
「この集落にとってもパレアは別の部族から来ている訳だからさ、嫁としても喜ばれるわよねぇ」
「な、なに言ってんのよ!」
「ぷっ、ハハハハ、姉さんが照れてら」
 ドカッ!
「け、蹴ることないじゃないかっ!」
「もうそんな話はいいから。ほら、出来たわよ。さっさと食べちゃいなさい」
 イリス母子は顔を見合わせてクスクスと笑っている。陽は沈みきり谷は夜の闇に閉ざされ、火の廻りだけが明るい笑い声で溢れ返っていた。そうだ、自分は憎しみに駆られている場合ではない。明日はまた山羊たちの世話をしなければならない。また忙しい毎日がやって来るのだ。パレアはそう思うのであった。

 とある日の昼過ぎ、ラーダのゲルには立派な白髭をたくわえた一人の老戦士が訪れていた。その老戦士は旅装束もそのまま、埃を払いながらゲルへと入った。ハン・クーからの伝令役である。
「長旅ご苦労様です。ベルベルさん」
「吉報じゃ。六日前の夕刻、我がアルタイ騎馬戦士団はボラスを襲撃し、見事に陥落させましたわい。街に守備兵がほとんど残っていなかったおかげで、我が方の被害はほぼ皆無じゃった」
「おお、そうでしたか」
「その後、長は戦士団を率いてカルバキア王都、サマルカンドへと向かわれました。私の見届けたのはここまでですじゃ」
「なるほど。で、父は元気でしたか?」
「それはもう、ハン・クー様は陣の先頭に立って戦っておられましたぞ!」
「ハハ、親父め。もう歳だってのに無茶しやがって」
「何をおっしゃいますか! お父上はいまだ気力体力衰えを知らず、雄姿を見せておられましたぞ」
「ハハ、分かった分かった。ベル翁、ゆっくりと体を休めてくれ」
 ベルベルは若いころより甥のハン・クーに仕えていた。ラーダも子供の頃には、この老人によく面倒を見てもらっていた。ハン・クーも頑固で堅苦しいこの老戦士を伝令役として追い返すには、さぞ骨を折ったことだろう。だがこの老戦士は過酷な戦いにおいては足手纏いにしかならない。若者を尊び老人を蔑む。それが草原世界におけるルールなのである。
 その頃、パレアは再びオロハザの捕らえられているゲルを訪れていた。
「なんだ、この前の女じゃないか。また私を殺しに来たのか?」
「いいえ、もうあなたを殺そうなんてしません。今あなたを殺したって、死んだ両親は戻って来ません」
「ああ。死んだ者は還ってはこない」
「だから、あの時私を殺さなかったのですか?」
「さぁな」
 パレアはオロハザの前に座って彼の目を見据える。彼はその視線から逃れるように目を逸らす。
「どうしてあの時、私を殺さなかったのですか?」
「無意味だ。戦いは終わったんだ。街だって今の私にはどうすることもできない。あとは自分の処刑を待つばかりだ」
「あなたは殺されたりはしないわ。ラーダ様の気が変わらない限り。だから、私が殺そうとしたの」
「私は敵兵団の指揮官だ。生かしておく訳ないだろ」
「あなたは助かります」
「……助かるか。そんなもの、今の私にとっては無意味だ。このまま生きながらえたところで生き恥を曝すだけだ。多くの部下を死なせておきながら、指揮官である自分一人が生き残って……」
 以前とは打って変わり、オロハザの目はすでに生気を失っていた。無精髭は伸び放題で、頬もこけ始めている。
「お前を人質に逃げようなどと……ハッ、私もよくそんな台詞を吐いたもんだ。死んでいった部下たちの名誉のためにも、いっそ殺せるだけ道連れにして自分も死んだほうがよかったのかも知れん」
「あなたが生き延びる事を恥るのは勝手です。でも、だからと言ってそんな事しても、誰もあなたを讃えたりはしないでしょう。あなた方カルバキア人はどうか知りませんが、私たちアルタイ族はたとえただ一人生き残ろうと、どんな目に逢わされようと、じっと耐えて生き続ける事を誇りとします」
 自分も同じだった。憎しみに駆られ、オロハザを殺そうとした。だが、それも無意味なことだと知った。
「ふん、じっと耐えるか。そんな調子だからカルバキアに侵略されるんじゃないのか? 純血カルバキア人どもは違うぞ。自分が殺されるまで敵に対して殺戮の限りを尽くす。何もせずに耐え続けるくらいなら、死力を尽くして戦うほうがマシってわけさ」
「オロハザ……さん」
「お前らを見ていると苛々するよ。まるでカルバキアに滅ぼされた私たちの先祖の姿を見ているようでな」
「聞きました。カルバキア人によって滅ぼされた、匈奴氏族の末裔……」
「そうさ。カルバキア人と呼ばれながらも純血種どもの言いなりになってる混血さ。まったく惨めなもんだよ。だからこそ私たちは必死に戦っていた。私たち混血種の力を王室の連中に見せつけてやって、これ以上私たちを差別させないようにしてやると」
「そのために私たちの仲間を殺すのですね」
「気の毒だが……と、言いたいところだが同情はしないぞ。お前たち遊牧民がやってきた事さ。飢えを凌ぐためにオアシスを襲って農夫を殺す。殺されたくなかったら戦えばいいってな」
「そ、それは……」
「力ある者だけが生き残る。それが私の先祖の、草原の掟。そうだろ?」
「じゃぁ、あなたたちは……」
「言っておく。私たちは決してカルバキア王室のために戦って来た訳じゃない。自分たちのために戦って来たんだ。自分たちの街を、そして誇りを守るためにな。まぁ、あいにく私たちはカルバキア人の血を受け入れすぎた。だから王室に対して反乱を起こすまでには至らないがな」
「やはり、あなたには伝説の民、匈奴の血が流れているんですね……」
「そんな昔の事は知らん」
 その時、ゲルの中に白い光が流れ込んできた。そして光とともに一人の男が入ってきた。ラーダである。
「途中からだが話は聞かせてもらったよ」
「立ち聞きとは趣味が悪いな」
「いや、それは謝る。ここに来たのは貴方の処置について決めたからだ」
 オロハザに緊張が走る。
「たった今ハン・クーの戦士団から伝令が届き、その報告によれば六日前我々はボラスを陥落させたとの事だ。よって貴方には捕虜としての価値もなく、ここに捕らえておく理由もなくなった」
 オロハザはその言葉にただ呆然とする。そんな彼の姿を見ながら、ラーダは淡々と言葉を続ける。
「よって貴方を釈放する事に決めた。好きにするがよい。ただ、すでに貴方には帰る場所もない。そこでだ、この谷の住人になってみてはどうか」
 ラーダは優しげな眼差しを彼に送った。オロハザは一瞬何を言われているのか解らず、ただ唖然と口を開け、目を見開き、まばたき一つせずにラーダの顔を見続けている。
「どうだ? オロハザ」
「ほ……本気で言ってるのか? 私はお前らの仲間を殺し、苦しめ続けてきた騎馬兵団の指揮官なんだぞ!」
「指揮官だと? ハハハ、兵はどこにいる」
 オロハザは崩れるように膝をつき、そして俯く。
「……負けだ。私の……いや、ボラス兵団の」
 オロハザは死んだ部下たちの名誉を守るため、孤独に戦い続けていた。しかし今、力ではなくアルタイ族の寛容なる懐に負けたのだ。今ここで力をぶつけ合い殺し合ったところで失われた命は戻らない。名誉と言ったところでその思いを受け止めてくれる器などどこにもない。ボラスの街はもう存在しないのだ。彼の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。もう、言葉は出てこない。
 オロハザをしばらく一人にしてやろうと、ラーダはパレアに目で合図を送りゲルを出た。ゲルの外は溢れんばかりの太陽。手をかざしながら眩しい日差しの中、彼の後姿を見つめるパレアは言った。
「弟もラーダ様みたいな大人になってくれれば……」
 ゲルの建ち並ぶ小道。ラーダは振り返らずに答える。
「おいおい、イズークはもう立派な大人だぜ」
「あの子はまだまだ子供です。それに、私だって」
「ハハ、何を言っている。久しぶりに二人を見た時にはずいぶんと立派になったもんだって、正直驚いたさ。君もすっかり綺麗になった」
 彼女は一瞬胸が締め付けられるような想いに駆られ、息苦しさを覚える。
「わ、私はそんな……」
 そんな事を言われたのはこれが初めてで、戸惑いを隠せずにいる。
「か、帰ります」
 彼女はその場から逃げるように走って行った。

 彼女はイリスのゲルに戻ると、汗を拭い息を整える。みな麦畑の手入れや搾乳のため出払っており、今晩からの食事にされる山羊が一頭繋がれているのみ。
「私なんか……」
 自分が女であると意識したことなどない。彼女は縄と小刀と杭をゲルから持ち出した。まだ顔が火照っている。そんな自分を誤魔化すように山羊を力任せに引き摺り、そして森の中へと連れていった。
 森には死臭が漂っている。先の戦いで倒れた戦士たちがあらゆる動物や虫たちに蝕まれ、そして土に還ってゆく臭い。山肌は流された血を吸い込み、時をかけて死者たちを受け入れてゆく。木漏れ日が差し込む小道、パレアは途中で小麦畑から帰ってきたイリスと会った。
「あ、パレア。それ晩御飯?」
「うん、手伝ってくれる?」
 屠殺は一人では大仕事である。二人は山羊を連れ、滝の近くの斜面を下りる。
「ねぇ、イリス。その……変な事聞いちゃっても、いい?」
「なに?」
「イリスってさぁ、その、好きな男の人って……いる?」
 山羊を引きながら後ろを歩くイリスに話しかけた。足元の岩場は滑りそうで、ジャンプを繰り返しながら注意深く下りてゆく。
「い、いきなりそんな事聞かれても……まァ居なくもないけど」
「えっ! いるの!?」
 一瞬足を止めるイリスであったが、パレアは構わず岩場を進む。山羊の慣れた足取りと変わらぬ歩調で。
「パレアから聞いてきたくせに、そんな驚かなくったっていいじゃない」
 やがて滝の音が大きくなり、ひんやりとした風が彼女たちを包む。
「で、誰?」
「へへ……内緒」
「いいじゃない、教えなさいよ」
 やがて茂みを抜けると滝壺に出た。森の切れ間から差し込む太陽は、飛沫の中に小さな虹を浮かび上がらせている。山羊はパレアを追い抜き水辺にて喉を潤す。
「パレアさぁ、好きな人でもできたんじゃない?」
「…………」
 滝壺の畔には一本の立ち枯れたブナの木があり、その太い枝にパレアは黙って縄をかけた。
「図星ね」
 イリスが山羊を押え、その間パレアは後ろ足に縄の先端を縛り付ける。パレアの沈黙は鳴きながら暴れる山羊を押えるのに集中しているためか、それともただ答えたくないだけなのか。
「誰よ?」
 縄を引いて山羊を逆さ吊りにし、縄のもう一方の先端を木の幹に縛り付け固定させる。パレアは持ってきた銅製の杭を手にした。
「もしかしてさ……ラーダ様なんじゃない?」
 断末魔の鳴き声が滝壺の轟きに呑まれる。驚いた小鳥が梢から飛び立ち、滝の上の方へと消えていった。杭は見事山羊の後頭部、脊髄の辺りに刺さり、一撃で動かなくなった。血風が飛沫と混ざり合い日差しの中に漂う。パレアはその中で、恥ずかしそうにコクリとうなづいた。
「やっぱりね」
 血が固まるのを防ぐ為、暫くはその状態で血抜きされる。
「どうしたらいいのかわかんなくて。あの人は将来アルタイ族の長になるような人だから、私の手の届くような人じゃないし……」
「なに言ってんの。そんなの関係ないじゃん。あんたらしくもない」
「だって、いつも男の人たちに混じって戦ってばかりだし、イリスみたいに女の子らしくないし」
「あらあら、それぐらいで恐がる男には自分と結婚する資格ないって言ってたの、誰だっけ?」
「それは………」
 河原に染みてゆく山羊の血を見つめる。そんなパレアの腰巻からイリスはため息混じりに小刀を引き抜き、そして山羊の腹を割いた。食さない腸から順にぼとぼととこぼれ落ちる。
「あんた充分可愛いわよ」
 後ろ足に切れ目を入れて皮を剥ぎながら微笑んでみせた。
「そんな事ない。イリスの方がずっと可愛いわよ」
「いいや、パレアの方が……って、ねぇ、やめない? 何だか空しくなってきた」
「そ、そうね」
 パレアは皮を剥ぎ下ろすのを手伝う。ふと、ため息が重なり、二人はクスクスと笑いだした。
 滝壺の前は屠殺場と決められている。解体し選別した肉を洗うのに丁度よい水辺はここしかない上、集落の近くでは生臭い臭いが風に乗ってゲルまで届くからである。
「でも、自信ないなぁ」
「あんまり深く考えないの。こういうのは勢いよ」
 そう言いながら、イリスは山羊の首を一息に切り落とした。
 二人は解体を終えると、肉に残った血を川の水で洗い流して蔦で縛る。そしてそれを担いで再び斜面を登り、集落へと戻って行った。

 陽はだいぶ傾き、イズークとカルタも搾乳から戻ってきた。
「父さんたち、いつ帰るのかなぁ」
 先ほどの山羊の肉に岩塩を擦り込みながら、イリスが誰にともなく呟く。
「サマルカンドまでは行くだけでも十日以上かかるだろうから、まだ当分帰って来れないだろうね」
「あら、随分詳しいんだねぇ、イズーク」
 塩漬けにされた肉を藁と一緒に干しながら、カルタが言う。パレアは会話を聞きながら、今日食べる分の肉を調理し始めている。
「いや、あの男から聞いたんだ」
 イズークは火を起こしている。彼の隣で肉と香草を馴染ませるパレア。
「あの男って……あぁ、オロハザさんねっ」
 それぞれがそれぞれの仕事をしながら話していた。そんな中、パレアの声だけが少し弾んでいた。
「そういえば姉さん、なんかさっきからずっとニヤニヤしてないか?」
 イズークが訝しげに聞く。みな一瞬手を止め、沈黙が訪れる。
「え?……べ、別にぃ。それよりさ、明日からいよいよ夏の移牧よね」
「山の移牧って、ラプラの丘の時と違って、ゲル畳まなくて済むから楽よね」
「楽なもんかい。夏の間ずっと山を登り下りしなきゃならないんだよ。パレア、あたしゃこの通り腰を痛めちまってあんまり動けないんだ。あんたたちに頑張ってもらわないといけないんだよ」
「いっそゲル畳んで山頂に引っ越しちゃえばいいのに」
「山頂にゲル張る場所なんか無いさね。それに水だって少ないし、ここの大麦だって世話しなきゃならないしね」
 遊牧民は年に三〜四回その季節に適した牧草地へと大移動を繰り返す。移牧と言い、それはすべて家畜次第、つまり馬や羊たちが移動するのを人々が追ってゆくのである。一方このアルタイ山脈の人々は、夏場気温が低く過ごしやすい山頂付近で、冬は気温の温暖な麓でそれぞれ放牧をする。草原地帯に比べここではたいした距離を移動しないため、ゲルは畳まず家畜だけの移動となるのだ。
 翌朝、頂上付近にある夏の牧草地への移牧が始まった。村人たちはみな山羊を誘導し、山道を登ってゆく。距離にしておよそ二十キロ程度の道のりだが、標高としては三百メートル近く登る事になる。この夏の牧草地は尾根の稜線を仰ぎ見る、風通しの良いカールであった。頂上付近と言ってもアルタイ山脈は北西から南東に長く連なる大連山で、この辺りはまだ比較的低い地域に当たる。稜線伝いに遥か北西の雲海を望めば、その先には万年雪を戴いた山々が霞んで見える。草原を潤す雪解け水となる万年雪。すべての恵みの源であり、かつ人の踏み入れる事を許さぬ高嶺。まさに神の山である。
 山羊の行列の先頭をラーダが行き、その横をオロハザが付き従う。オロハザは左足の矢傷もすっかり癒え、ゲルから連れ出されたのであった。
「どうだオロハザ、決心はついたか?」
 彼は複雑な表情をしたままラーダから目を逸らした。柔らかい日差しが先頭をゆく二人に降り注ぎ、山から吹き下ろす風も心地よい。低木の緑が優しく映え、鳥のさえずりが心をなごませる。こうしていると、このまま山の牧民になるのも悪くないような気になってくる。
「もう少し考えさせてくれないか……。まだ気持ちの整理がついてないんだ」
「そうか。まぁ無理にとは言わんよ。あなたがカルバキアに、オアシスに戻りたいと言うのなら、それもいいだろう」
「カルバキアにはもう帰る場所なんてないさ。ましてやサマルカンドなんてまっぴら御免だ」
「そうか。まぁ、あなたの好きなように生きるがいいさ。誰もあなたを縛りつけたりはしない」
「ありがとう、ラーダ。あんたは命の恩人だ」
「ハハ、誰もあなたを助けた覚えなんてないさ」
 山羊の列は二キロにも及んでいた。その列の横を三十メートル毎に牧民が付き従い、山羊が列からはぐれぬよう誘導している。パレアやイリスの家族たちもその列に加わり山道を登っていた。空がだんだんと近くなり、振り向けば懐深い大渓谷に集落が小さく望める。
 牧草地に着くと彼らはさっそく柵を作り始める。緩やかな弧を描く氷河の削った谷。オロハザは労を惜しまず、村人たちの中に混じってよく働いた。ある一つの目的のために力を合わせていると、不思議と民族の壁など忘れ溶け込んでしまう。それはまるで古くからの友人であったかのように。五年間もお互い傷つけ合い戦ってきたにも関わらずに。
「しかし平和なもんだな。カルバキアと戦争してるようにはとても見えない」
 腰を下ろして休んでいるパレアの横で、別に彼女に話しかける風でもなくそんな事をオロハザは言った。
「戦争が続いていたとしても、やらなきゃならない事が山ほどあります。一年の内一日でも休めば、それだけ自分たちが飢えてしまいますし」
「大変だな」
 ここアルタイ山脈やモンゴル高原は標高の低い西南の地とは異なり、季節ごとによって気候がガラリと変化する。放牧をするのにも季節ごとに快適な気候を追って移動せねばならない。特に草原地帯では雨量が極端に少なく、昼夜の寒暖の差も激しいため農耕には適しておらず、さらに夜行性の小獣類と、野生馬などの駿足獣が僅かに生息しているのみで狩猟にも適さない。彼らは移動遊牧生活以外の全ての生活手段を否定されているのだ。
「ボラスの農民も種蒔きやら収穫やらで確かに忙しいようだが、それも春から秋にかけてだけさ。私たち軍人なんかは特に戦いが無けりゃ訓練ぐらいしかやる事がなかったよ。メシは農民や商人が食わせてくれくれたからな。純血種のカルバキア人なんかもっと楽だぜ。農耕やら放牧やらはみんな奴隷どもにやらせてりゃいいし、キャラバン組んで漢やらペルシャと貿易して稼いで来るソグド人どもから税を巻き上げてりゃ済むんだから……」
 カルバキア人は先住民族との交媒によって混血カルバキア人を創り上げてきた。同時に潅漑用水の完備など、農耕文化の成熟によって収穫は増え、その結果として都市人口は急激に増加。混血人種は全人口の七割近くにも昇り、加えて他地域からの移民なども急増していた。王室はそのような都市で暮らす人々を管理するために社会のシステム化を図り、武人階級(軍事に専念する職業軍人)や貴族階級(単一民族による支配階層)を誕生させたのだ。確固たる身分制と強大なる軍事力を背景に徴税制度を確立し、王室による支配を徹底させた。彼らはその軍隊をもって他民族を畏怖させ、その高い文化レベルを誇示し崇敬させる事によって大国を維持し続けていると言える。
「確かに遊牧生活も大変そうだが、戦いの繰り返しでいつも緊張しっぱなしな生活よりはいいかも知れないな」
「そんな、毎日が戦だなんて……」
 彼女には理解できない。遊牧社会、または騎馬民族国家において職業軍人などは存在しない。
「私は自ら進んでその道を選んだ。王室に頼み込んでな」
「わざわざ望んで戦を?」
「ああ。五年前、妻に死なれて以来な。もしかすると私はすでにあの時から帰る場所を失っていたのかも知れないな」
 彼は自分を戦いの中に封じ込めようとした。全てを忘れられる戦いの中へ。
「オロハザさん……」
 柵も作り終わり、人々は山羊を追い込む。放牧させる時以外はこの柵に囲っておくのだ。
「ハハ、不思議なもんだ。君の前では今まで誰にも話した事のないような話までしてしまう」
「この大地に立っていると不思議と素直な気持ちになれるんです。私もいつも意地張っちゃったり素直になれなかったりするのに」
「大地の……力かね」
「ええ、耳を澄ませばその鼓動が聞こえて来ます。こうしていると、なんだか安らかな気持ちになって」
「感受性が強いんだな、君は」
「いつも私たちアルタイ族を守ってくれている大いなる力なんだって、昔父さんが話してくれました」
「そうか……。残念ながら私には分からないな」
 彼は悲しげな目を彼女に向けた。生きる事に疲れ果てた……そんな目であった。
「……もう私を憎んでないのか?」
「あなたを憎んでも仕方ないって解りました。家畜の世話とかが忙しくて、何かを憎んでいる暇もないし」
 彼女はそう答えて遠くを見つめた。長い黒髪を風になびかせたその横顔は、なんとも涼しげである。彼を許す事によって何かから解き放たれたように。オロハザは彼女のそんな横顔を眺めながらため息をついた。
「やれやれ。君といい、あのラーダと言う男といい、アルタイの人間って奴は……」
 暫くオロハザは低い蒼天を眺めていた。禿鷹が風を掴んで空に浮いている。
「……アルタイの大地か」
 オアシスの民は一つ所に留まり家と言う物に篭って暮らしているが、パレアたちの暮らすゲルは単に寒さや狼から身を守る物に過ぎない。草の絨毯と天空の屋根の間こそが彼らの家であり、このアルタイの大地そのものが、寝ぐらである。
 オロハザは何かを決意したように顔を上げ、彼女に言った。
「住んでみるか……このアルタイの地に」
 新しい自分に生まれ変われるかも知れない。そう彼は思った。
「オロハザさん……」
「よろしくな、ええと……」
「パレアです。私の名はパレア」
「ハハ、そう言えばまだ名前さえ聞いてなかったな」
 皆、すでに帰り支度を整えていた。山羊たちは完成した柵の中でおとなしく群れている。これから先、夏の間じゅう毎日この場所まで山を登って来なければならない。
「そうか! この谷に住むか!」
 オロハザの周りに皆が集まってきた。
「ええ、よろしくお願いします。ラーダさん」
「おぉ、じゃぁさっそくゲルを建てるためのフェルトを用意しなければな」
 オロハザはどこか照れ臭そうである。そんな彼にラーダは明るい声で話しかけていた。横からパレアが口を挟む。
「ゲルの事は私とイリスに任せてください。ね、いいでしょ? イリス」
「もちろん」
 ゲルを建てたり畳んだりするのは元々女の仕事である。

 その時、一人の男が集落の方を見下ろして叫んだ。
「おい! 煙が上がっているぞ!」
「何!?」
 集落には僅かに老人と赤子のみが残されている。その煙は明らかに普通ではなく、よく望めば赤い炎も確認できる。人々は事態が把握できずにうろたえるばかり。ただはっきりとしていたのは今集落から幾筋もの煙が立ち昇っているという事実のみである。火事にしては全てのゲルに火の手が燃え移るのも不自然である。人々の脳裏にある予測がよぎり、そして誰かが口にした。
「まさか、ハン・クー様が敗れなさったのか?」
「そんな……じゃあ、あれは敵襲だって言うの!?」
 誰一人として敵の襲来など想像していなかった。助けに戻ろうと言い出す者がいたが、ラーダはそれを引き止めた。
「だめだ。得物が無い」
 みな、藪を切り開くための小刀程度しか携帯していない。茫然とする人々。そして一人、また一人と膝を着き、崩れてゆく。パレアやイズークたちも、血の気が引くのを感じながら言葉を失っている。その時、一人の男の叫ぶような声が彼らの目を覚ました。
「カ、カルバキア軍が近づいて来ます!」
「なんだと!?」
 女たちは我を失い右往左往する者、赤子を祖母に預けてきたのだと泣き叫ぶ者、連れてきた子供たちを強く抱きしめる者、夫の背にしがみつく者。その光景を目の当たりにし、ラーダは苦渋の表情で搾り出すように叫んだ。
「なんと言う事だ……。父が、父が敗れたと言うのか」
 谷へと登って来るのは勝利を収めたハン・クーと戦士たちであると、微塵の疑いも持っていなかった。
「ラーダ様、ワシらはこの先どうすればいいんじゃ」
「ラーダ様、俺たちは……」
「ラーダ様……」
 彼は膝を崩し、その場に座り込んでしまった。うつむいて地面を凝視する。
「谷を……谷を捨てるしかないのか!」
 峠を越えれば北東の草原へと出る。しかし、その代わり彼らは全てを失うこととなる。
「嫌だよ! 谷を捨てるなんて、できないよ!」
 一人の少年が激しく抗議するが、ラーダはただ俯いたまま何も答えてはくれない。
「ラーダ様!」
 その時、一人の老戦士が割れんばかりの大声で彼の名を呼んだ。ハン・クーからの伝令役として戻っていたベルベルである。
「何を呆けておられるかっ! 今、あなた様がしっかりせんでどうするんじゃ!」
「ベル翁、俺はいったい……どうすれば」
「どうすればじゃなかろう! ハン・クー様のいない今、あなたがアッシナ氏族の後継者であり、全アルタイ族の長なのじゃぞっ!」
「俺が……?」
「ハン・クー様も常々言っておられたではないか! もしもの事があったらアルタイの事は任せると」
「し、しかし」
「ええいっ! あなた様がそんな調子ではハン・クー様も悲しまれるぞっ!」
「……そうだ、そうだよな。今は、俺がしっかりしなければ……」
「そうじゃっ! もし、父上が亡くなられていたとしても、それを悲しむ事などいつだってできよう。それよりあなた様は今、やらねばならぬ事があるはずじゃ!」
「しかし、アルタイの主力部隊が敗走したとなると後に残された兵力は極わずか。もはやカルバキア軍に対抗しうる力など我々には残されていない……」
「たわけっ! 誰が戦えなどと言った! この先あなた様のするべき事は、我がアルタイ族を滅亡の危機から救う事じゃ! それだけを考えなされ。あなた様なら生き残ったアルタイの諸部族を、一つにまとめる事ができる。その力をもって我々を導くのじゃ!」
「ああ、そうだな……すまん、ベル翁。もう大丈夫だ。今この現実をどうすべきかよく考えるよ……」
「そうじゃ! アルタイの長たる者、常に冷静な判断力を要求されるのじゃ!」
「ああ、子供の頃からずっと聞かされてたよな……」
「しっかりなされ、ラーダ様」
 ラーダの顔つきが変わった。パレアが心配そうに眺める中、その目には生気に満ち、そして彼は立ち上がった。
「みんな聞いてくれ!」
 ラーダは大地を揺るがすような大声で話し始めた。
「今日から私がアルタイの新しい長だ! 誰か異存のある者は」
 人々は沈黙をもって答える。
「わが父ハン・クーは倒れ、多くの戦士は討ち死にしたと考えられる。我々にはもはや再戦を挑む力など残されていない。私もまだ、この先どうすればいいのか解らない。だがこれだけは信じてくれ! 私は決してアルタイ族を滅亡させたりはしない! たとえどんな仕打ちに逢おうとも、じっと耐え続けて我が民族の血を永遠に残す。どんな境遇にあっても、生き延びる事こそが我々の誇りだ。そして私はいつかまた、皆が安心して遊牧に勤しめるような平和な大地を、この手に取り戻して見せる! だからみんな、私を信じて……そして私に力を貸してくれ!」
 大きな歓声が響きわたり、そしてこの瞬間より新たなる指導者が誕生した。ラーダはこの時より名前を変えた。長を意味する言葉である『ハン』(可汗=カガン、またはハーン)、父が使っていたその称号を彼は受け継ぎ、ラーダ・ハンと名乗る事となった。

 人々には失望の時すら与えられない。やがて、細長い山道にカルバキア軍の隊列がはっきりと見えて来た。
「みんな、峠を越えて草原に逃れるんだ!」
 女性と子供から峠を越え始める。男たちはなけなしの刃物でカルバキア軍を待ち構える。騒然とするカールで山羊たちはきょとんと、そんな彼らを眺めている。バズもカルタとイリスを叱咤し先に行かせる。泣き叫ぶイリスをカルタは力ずくで引っ張ってゆく。みな、泣き崩れる者を立たせつつも、峠道を越えて行った。一方ラーダはパレアを見つけ、その腕を掴む。
「パレア、一緒に来るんだ」
 小刀を手にし、男たちと共にしんがりを務めようとするパレアがそこにいた。彼女は掴まれた腕を振り解き、彼の目を真っ直ぐ見つめる。
「私はここでカルバキア軍の足を止めます。だからその間に!」
「君は戦わなくてもいい。だから、早く峠へ」
「今戦わないでどうするの! 私のことを戦士と認めてくれるなら、置いて行ってください」
「パレア……」
「必ず、後を追って行きます。だから……」
 もう会えないかもしれない。それは二人とも感じていた。
「分かった。その代わりパレア、死ぬなよ!」
 言い残し、ラーダは武器を持たない者たちとともに峠の向こうへと消えて行った。パレアは目に溜る涙を振り払い、男たちがカルバキア軍と対峙する場所へと向かう。

「ね、姉さん! 逃げなかったのかよ!」
「うるさいわねぇ、あんたこそ覚悟は出来てるの?」
 イズークは彼女が戻ってきたことに驚く一方で、やはりという安堵感を覚えた。みなが遠くへ逃げるまでの間できるだけここで時間稼ぎをする。退却時は敵に背を向ける訳だから危険極まりない。
「姉さん……震えてるの?」
 パレアの手を握った時に気付く。いつもと変わらぬ精悍な顔の影に隠されていた彼女の恐怖心。
「やっぱり逃げた方が……」
「うるさい! みんなを守ることが私の誇りなの。ここで逃げたら、私には何も残らなくなっちゃう! だから……」
 カッ!
 耳元を掠める唸りと同時に、傍らの梢に一本の矢。
「来たぞ!」
 それはきらびやかな装具に身を包んだ兵士たち。イズークはゆっくりと立ち上がり、そして歩み出る。
「ここから先には行かせない!」
 目の前に数え切れないほどの兵士たちが整然と並び、やがて彼らの剣を抜きつらねる冷たい音の重なり合いが、最後の戦いの始まりの合図だった。


─今度こそ本当に第一章【完】─

ログインすると、残り2件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

個人的作品置き場 更新情報

個人的作品置き場のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング