ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

THE HARD-BOILED DIARIESコミュの「重責」THE HARD-BOILED DIARIES

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
2009年11月11日17:48 いつものバーじゃない。スタンダードなジャズが流れているが、
真昼間の喫茶店だ。
テーブルの上には、スコッチのグラスではなく、
白磁のカップのアメリカンとダージリンティー。
そして、薄茶色のフォーマット。
舞台も小道具も、いつもと全く違う。

その薄茶色のフォーマットに代わる代わるサインし、
それぞれの使い古した三文判で印を押した。
これからおれたちは、この紙にさらに保証人のサインをもらいに行くのだ。

彼女はダージリンティーで唇を潤して言った。

「どう? 責任の重さを感じる?」

おれは白磁のカップを恨めしく見ながら言った。

「善良なる一市民でいること以上に重い責任なんてないのさ」

「わたしの生涯の伴侶になることは、一市民でいることより簡単?」

「教育、納税、勤労の義務に、夜のご奉仕が加わるのは、
正直なところ少々骨だね」

「あら、それは義務ではなく、あなたに与えられた特別な権利なのよ、
勘違いしないで」

おれの軽口をいつものとおりに受け流しながら、彼女は笑った。

「その指輪の重さはどう? やっぱり軽いのかしら?」

おれの左手の薬指には真新しいプラチナの指輪が光っている。
控え目に光る艶消しのプラチナは、彼女が見立てたものだ。
手首のIWCの銀色のフェイスとよく合っていた。
もちろん彼女の薬指にもペアの指輪がある。

「ウェイト・トレーニングにはちょっと物足りないね」

また、心にもない軽口を言ってしまった。
彼女も分かっているのだろうが、ほんの少し寂しげな表情を浮かべた。

四十に手が届こうという男が、入籍やら指輪やらに浮かれることはできないにしても、
もう少し言い方があるだろう。
おれは自分の不器用さを心から悔んだ。

会話が止まった。IWCに目を落とすと、保証人との約束の時間が迫っていた。
おれは勘定を済まし、彼女を促した。
店は雑居ビルの2階にあった。外階段のステップは狭く、滑りやすかった。
おれは彼女に手を差し伸べた。
彼女は何も言わず、おれの手を握り返す。その手にはペアの指輪が光っていた。
おれはその手を取り、階段を下った。

出会ったころと変わらない、白くしなやかな手は、温かく、そして、とても重かった。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

THE HARD-BOILED DIARIES 更新情報

THE HARD-BOILED DIARIESのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。