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THE HARD-BOILED DIARIESコミュの「窓灯」THE HARD-BOILED DIARIES

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おれの住むK区0子は、古くは下町、高度経済成長時代には労働者の町、
そして今は都心のビジネス街へ通うためのベッドタウンだ。
そのせいか集合住宅の密度と数は、おそらくは日本一を誇る。
そして、近年のマンションブーム。見渡せば、マンションと団地で埋め尽くされている。

田舎育ちのおれは、この集合住宅というやつが大嫌いだった。
街の景観も、先住の住民の生活環境も、肝心の住人たちのプライバシーも一切お構いなし。
人間を押し込むだけの施設に嫌悪していた。
仕事帰りの車窓から、マンションの紋切り型の窓灯りを眺めながら、
おれだけはあんなところに住まないと自分に言い聞かせ、
そして、あんなところに押し込められた住人を哀れむのが、おれのいつもの習慣だった。

ところが、だ。
いざ、パートナーと新しい生活を始めるにあたり、選択肢はマンションしかなかった。
しかも賃貸。
自分の力の無さを恨み、ため息をついた。
ほかに選択肢はない。
しぶしぶながら、マンションを契約し、彼女と移り住んだ。

最寄の地下鉄駅の改札を潜り、階段を通じて地上へ上り出ると、
幹線道路の挟むように集合住宅が林立している。
蛍光灯の白、電球の橙。カーテン越しに漏れる家々の灯りは、しかし、暖かだった。

カーテンの向こうには子供たちが母親の家事を手伝っている。
ベランダにはホタル族のお父さんがいる。
洗濯物と取り込み忘れた家がある。
受験生がいて、若い夫婦がいて、老夫婦がいる。

嫌悪していた窓灯りが、やさしくおれを迎えてくれた。
紋切り型と切って捨てていた窓灯りは、やはり紋切り型の幸せと不幸に満ちていた。
どこまでも普通で、どこまでもありきたりな生活。
無数の窓灯りの向こうには、それがあった。

ベージュのカーテンから漏れるあの窓灯りはおれの家の灯りだ。
彼女は反対したが、おれの好みを押し付けて買ったカーテンだ。
おれの判断で間違いなかった(と思いたい)。

今日は彼女のほうが先に帰宅したようだ。
おそらくは、得意のミートソースペンネと浅漬けを作り、ビールを冷やしていてくれるはずだ。
おれはキッチンに入り、揃いのエプロンを着て、ツナととんぶりをマヨネーズで和えてもう一品を追加する。

どこにでもある、紋切り型の、ありきたりな生活。
おそらくはお隣も、階下でも、向かいの団地でも、似たようなことは行われている。
特別なことなど何も無い。

しかし、今はそれがいとしい。

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