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THE HARD-BOILED DIARIESコミュの 「名画」THE HARD-BOILED DIARIES

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久しぶりに訪れるS宿の雑居ビル地階。
アイボリーを基調とした店内はがらんとしていた。
覗き窓からオーナーバーテンダーがカウンターでバーボンを
傾けている姿が見えた。
週末とはいえ、まだ早い。大目に見るとしよう。

「いらっしゃいませ」

グラスとボトルを手早く片付けながら、「お待ち合わせですか?」
と訊ねてきた。
「ああ。だがちょっと早すぎたようだ」
「お待ち合わせの時間は?」
「なに、千年も待てば来てくれるさ」
おれの軽口に、彼はほんの少しだけ、寂しそうに笑った。

このバーはBGM代わりに洋画を流す。
本来ならバックバーにあたる壁が大画面のスクリーンになるのだ。
今夜の名画は、12人の凄腕のワルたちがラスベガスの大金庫を襲う、
というヤツだ。
小国の国家予算にも匹敵するギャラを受け取るS級俳優たちの
演技合戦を眺めながら、オーナーバーテンダーお手製の牡蠣の燻製
――うまいぞ、これは――をつまみに、ビールとマティーニ・ロックを飲った。

物語の中盤、ジョージ・クルーニーが元妻のジュリア・ロバーツに
復縁を迫っていた。
「やり直したい」と。
人類史上、この言葉をどれくらいの男が飲み込んできたのか。
どれくらいの男が実際に口にし、その何割の男がそれをやり遂げたのか。
多分、片手で数えられるくらいだ。
女に逃げられた男ほど惨めな存在はない。
仕事も友人も、慰めにはならない。
酒があるだけだ。
おれは新たにオーダーしたラガヴーリンを一気に呷り、勘定にした。

「これからがおもしろくなるんですけど」

映画を愛するバーテンダーは言った。

「観なくてもわかるさ。ジョージ・クルーニーと仲間たちが見事盗みを
やりおおせて、ジュリア・ロバーツと熱い抱擁。――違うかい?」

ハッピーエンドかもしれないが、あの一言を言えなかった男には、
酷なラストシーンだ。
観たくはない。

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