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I.Kant カント 純粋理性批判 コミュの先験的感性論を読む

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カントの論述はとても素晴らしいですね。
言葉の力、文章の力というものをあらためて感じさせてくれます。


一切の表象というものは、外的なものを対象とする表象も、内的なものを対象とする表象も、
心意識の規定であることには変わりなく、内的状態なのである。
内的状態というものは、そこにある内的直観のための形式的条件に従う。
すなわち時間というものに従う。
こうして時間は一切の現象、もっと丁寧に言うなら私たちの心の中の一切の内的現象のア・プリオリな条件、直接的条件であることによって、間接的に一切の外的現象の条件ともなっている。

コメント(4)

私たちは自分自身を内的に直観することによって、
その直観を通して一切の外的現象を初めて私たちの表象作用の中に取り込むことになるのである。
このような仕組みがわからず、対象がそれ自体あるがままに直観されているのだと考えてしまったら、
時間というものはまったく成り立ちようがない。
時間は現象というものについてだけ客観的妥当性をもって成り立ちうるのであり、
現象とはあくまでも私たちの感官が通した対象に他ならないのである。
しかるに、もし私たちが私たちの直観を可能ならしめている感性の仕組みを無視して、このような私たち特有の表象の仕方を考慮に入れずに対象について云々するなら、
時間は客観的妥当性をもって成立するということがなくなってしまう。

(トップおよびこのコメントは岩波文庫版101、102頁を参照しました。)
何気なく書かれているけれども、次のようなことも考えてみれば物凄いことだ。


空間と時間における対象の一切の性質や関係はすべて現象であるから、
それ自体として存在するものではない。
私たちの中にだけ存在しているものだ。
対象が私たちの受容性から引き離されてある時、一体それ自体としていかなるものであるかは、私たちにはまったく知りえないのである。
   先験的感性論 緒言より
私たちの認識が対象と関係する方法は直観である。
直観は対象が私たちに与えられてこそ生じる。
与えられるとは、対象が私たちの心意識を触発することである。
この触発によって私たちは表象を受け取ることになるが、この表象を受け取る能力をこそ感性と言う。

感性が私たちに直観をもたらし、感性によって対象が私たちに与えられるわけだが、この対象を今度は悟性が考える。そして悟性から概念が生じる。

対象に触発されて感性という表象受容能力に生じる結果を感覚と言う。感覚を介して私たちが対象に関係するこの仕方、すなわち直観は経験的直観である。
経験的直観においては対象はまだ何ら規定されておらず、このような対象のことを現象と呼ぶ。
   第1節 空間について
    空間概念の形而上学的解明

私たちの心は外感によって、対象を私たちの外部にあるものとして表象する。すなわち空間において表象する。
対象の形態や大きさや相互の関係が空間において表象される。

また、私たちの心は内感によって心自身の内的状態を直観する。
ただし客観としての心そのものは直観できるわけではない。
心の内的状態の直観は、時間という形式によって可能となる。すなわち時間における種々の関係によって表象される。

時間は私たちの外部にあるものとして直観されない。
空間は私たちの内部にあるものとして直観されない。
では、空間と時間はいかなるものなのか。
物の単なる規定なのか。
物と物との関係なのか。
物自体に属しているのか。
直観の形式に付着しているだけのものなのか。
私たちの心の主観的性質に付着しているものなのか。

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