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音楽書を読み込もう!コミュの「ピアニストその人生」

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園田高弘著『ピアニストその人生』(春秋社)という本をご紹介します。

日本人ピアニストで園田高弘氏ほどヨーロッパの文化の本質と深くかかわった人はいないかもしれません。この本にはそんな園田さんならではの豊かな人生経験談が語られていますが、その中から「これだけは」というのを1点紹介します。それは芸術というのは伝承で成り立っているのに、日本では演奏も批評も伝承をふまえて行なわれていないというのです。

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日本の音楽評論家は、日本の徴集にとっては功罪半ばする存在だと僕は思っている。率直に言えば、罪のほうが大きい。ヨーロッパで浴びるように優れた演奏を生で聴いて、僕は聴き手としても成長したし、演奏家としても、だれがどの曲をどんなふうにひいたかということをすべてしったうえで弾かねばならないという、ヨーロッパの音楽界の厳しさも肌で知った。(62ページ)
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この部分を読んで私が連想的におもったのが、科学者が学界に研究論文を発表するときの姿勢です。科学者は、研究論文を発表するときは、同じような内容の研究がすでに発表されていないかどうかについて慎重に調査することになっています。すでに別の科学者にその研究がなされ、発表されているのに、「新しい研究成果だ」といって発表すると恥をかく、という意識です。

やはり、科学者の研究の世界でこれまでにどのような研究がなされ、どのような研究がなされてこなかったかを十分知ったうえで、自分の研究成果の価値と意義を研究史の最先端において証明する必要があるわけでしょう。

演奏家が演奏を発表する場合でも科学者が研究論文を発表するのと似たような姿勢が多少はあってもよいかもしれません。そうでなければ、演奏家の演奏の発表は、一つ一つがワンショットのイベントでありエンタテイメントでしかなくなる可能性があります。

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芸術というものは、そういう伝承で成り立っている。しかし日本ではそういったことがあまりにも知られていない。伝承がないなかで、教育や評論がおこなわれている。ヨーロッパでは優れた演奏家の業績が養分となって、次の世代に生かされていくが、日本では、個々には素晴らしい人がたくさんいたにもかかわらず、そういう人たちの業績をきちんと評価し、伝承していこうとしない。自分達の血のなかにないものを勉強しているのだから、なおさらそういう努力が必要なのだが、戦前から現在に至るまで、その積み重ねができていないと思う。(64ページ)
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日本の演奏家にとって、日本に「演奏史」というものが存在せず、従って自分を国の演奏史の中に位置付けようとする試みが成立せず、一つ一つの演奏の業績が、演奏史から分離したワンショットのパーフォーマンスでしかないというのは本当に寂しいかぎりではないでしょうか。

国の中に演奏史が無いから、逆に演奏家は変に封建制度の残滓である家元制度のような師匠−弟子の系列をつくって満足してしまうというところがあるかもしれません。

ひとつ日本のこのような現状に抗う方法としては、演奏家は自分の演奏活動を通じて、少なくとも自分の演奏史だけはきちんと刻んでいきたいものだと思います。そして演奏家としての現役時代を終わるとき、「自分の演奏家としての成長の軌跡はこうだった」と語れるようになりたいですね。

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