ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

キリスト教(聖書)への素朴な疑問コミュの「主の晩餐」(聖餐)の学び

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
まず、基本を押さえておきます。基本的にはパウロまでにします。
レスは、例えば、『イエスの 聖餐のことば』(田辺明子訳、日本基督教団出版局)にはこう書い
てあるとか、「〜紀要」19○×年、〜号」とか明確にしてください。事典も「キリスト教事典」(教文
館)とかなら結構です。学術的サイトは日本語では少ないが、少し上げておきました。あとから
かなり加えます。

感想は「聖餐」のスレに。

「主の晩餐--その起源と展開」小林信雄、日本基督教団出版局、1999年、¥6600。
<「聖餐」、生けるキリスト論。ルーツを過越の伝承に、成就をイエスの伝承に、その展開を使徒教父
に。聖書に流れる歴史観を「契約史」として捉え、聖餐を神学思想史的に考察する、著者渾身のライフ
ワーク。 >
書評
「日本の神学」にあります。専門にしている方はブックマークしても良いと思います。
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/nihonnoshingaku/-char/ja/
「主の晩餐」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/nihonnoshingaku1962/2000/39/2000_39_82/_article/-char/ja/

アマゾンに私の書評もあります。
付加した○はこの本のキーセンテンスと思われるところ。
<>は私の註

目次
序 聖餐(主の晩餐)の起源
第1章 神の国の祝宴
 第1節 黙示文学的表象
 第2節 黙示文学の神学的意義--<契約史>を構成する<葛藤喜劇>
第2章 初期ユダヤ教における祭儀的会食
 第1節 過越の食事
 第2節 クムラン・エッセネ教団における会食
第3章 終末的祝宴の成就--イエス伝承
 第1節 「盛大な晩餐」の譬--契約史における祝宴の位置
 第2節 供食物語--マルコ福音書を中心に
第4章「最後の晩餐」の伝承
 第1節 その伝承史--救済者イエス・キリストの教団への祭儀的受肉
 第2節 その神学的意義--イエスの死の贖罪的意味
第5章 主の晩餐と信仰生活--パウロにおける「偶像に備えた食物」の問題
第6章 キリスト論と聖餐--ヨハネ福音書について
第7章 使徒教父における聖餐
 第1節 ディダケー(12使徒の教訓)
 第2節 アンテオケのイグナティオス
あとがき
***
序 聖餐(主の晩餐)の起源

今日キリスト教の諸教会において「聖餐」あるいはその類似語で知られている儀礼は、・・宗教史で
一般に<会食儀礼>と呼ばれているものである。この「聖餐」は、二世紀以後の教父においては「エ
ウカリスティア」(eucharistia),つまり<感謝の献げ物>と呼ばれた(たとえばディダケー9・1、
本書第7章参照)が、新約聖書に最初にこの会食儀礼に対する述語として表れるのは、「主の晩餐」と
いう用語である。・・・

○古今東西、世界のどの民族、どの宗教も何らかの形の会食儀礼(饗宴)を持たないものはない。
「饗宴」は古来宗教的な祭(祭儀)の主要部分であった」。そこでは、「日常の個人的差別が溶解し
て、高度の融合を実現することが期待されている」と言われている宗教史の事実は、聖書の宗教にも
あてはまるのである。・・

○キリスト教のサクラメントである聖餐儀礼の起源は、旧約聖書およびユダヤ教の祭儀としての会食
儀礼と、そこに示された信仰にある。われわれはこれに三つのルーツを見るのである。第一に神への
捧げものとしての犠牲祭儀、第二にイエスの「最後の晩餐」の起源とされる「過越の祭」、そして第
三に神の前における終末的会食という黙示文学的表象、この三つである。

第一に、旧約の犠牲祭儀、ことに「酬恩祭」、(口語訳)あるいは原語(zebach schelamim)に忠実
に「和解の捧げもの」(新共同訳)(例えば、レビ7・11)と呼ばれる祭儀である。・・・・・・
<口語訳1955
7:11 主にささぐべき酬恩祭の犠牲のおきては次のとおりである。>

この祭りでは、語義が示すように、神との<和解>(シャローム)のために犠牲(ゼバハ)が捧げら
れ、その<お下がり>に祭司や奉献者があずかって、飲食する。こうして<シャローム>は、神と人
との間からさらに人間相互の間へと及ぶのである。この祭がしばしば「交わりの祭儀」といわれるゆ
えんである。
申命記 口語訳1955
12:5 あなたがたの神、主がその名を置くために、あなたがたの全部族のうちから選ばれる場所、すな
わち主のすまいを尋ね求めて、そこに行き、
12:6 あなたがたの燔祭と、犠牲と、十分の一と、ささげ物と、誓願の供え物と、自発の供え物および
牛、羊のういごをそこに携えて行って、
12:7 そこであなたがたの神、主の前で食べ、あなたがたも、家族も皆、手を労して獲るすべての物を
喜び楽しまなければならない。これはあなたの神、主の恵みによって獲るものだからである。

・・・イスラエルはこの祭儀において「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」に出会い、その神
と具体的な契約関係に入り(出エジプト24・3−8)、この神に犠牲を捧げることによって、それを
会食することによって、この契約関係を確認したのである。・・・

< 出エジプト記 1955口語訳
24:3 モーセはきて、主のすべての言葉と、すべてのおきてとを民に告げた。民はみな同音に答えて言っ
た「わたしたちは主の仰せられた言葉を皆、行います」24:4 そしてモーセは主の言葉を、ことごとく
書きしるし、朝はやく起きて山のふもとに祭壇を築き、イスラエルの十二部族に従って十二の柱を建て、
24:5 イスラエルの人々のうちの若者たちをつかわして、主に燔祭をささげさせ、また酬恩祭として雄牛
をささげさせた。
24:6 その時モーセはその血の半ばを取って、鉢に入れ、また、その血の半ばを祭壇に注ぎかけた。
24:7 そして契約の書を取って、これを民に読み聞かせた。すると、彼らは答えて言った、「わたしたち
は主が仰せられたことを皆、従順に行います」。
24:8 そこでモーセはその血を取って、民に注ぎかけ、そして言った、「見よ、これは主がこれらのすべ
ての言葉に基いて、あなたがたと結ばれる契約の血である」。>

犠牲祭儀に関する旧約聖書の記事の中で次に注目に値するのは、サム下6・12−19の記事である。こ
れはダビデ王によって主催された犠牲祭儀に伴う会食の記事であるが、この記事は、これに続く7・12
以下の<ナタンの預言>において、ダビデ王が終末的なメシアの原型とされるに伴って、メシアによる供
食の原型と解される可能性が生じ、第3章1節で取り上げるイエスの供食物語(マコ6・34−44、8
・1ー10および平行記事<マタイ、ルカ、ヨハネ>)の一つの歴史的予型(デュポス)と理解すること
ができる。
<歴史的予型というのは新約文書が書かれるときに参照(信仰的には霊感)されたという意味である。
1955口語訳
6:12 しかしダビデ王は、「主が神の箱のゆえに、オベデエドムの家とそのすべての所有を祝福されてい
る」と聞き、ダビデは行って、喜びをもって、神の箱をオベデエドムの家からダビデの町にかき上った。
6:13 主の箱をかく者が六歩進んだ時、ダビデは牛と肥えた物を犠牲としてささげた。
6:14 そしてダビデは力をきわめて、主の箱の前で踊った。その時ダビデは亜麻布のエポデをつけていた。
6:15 こうしてダビデとイスラエルの全家とは、喜びの叫びと角笛の音をもって、神の箱をかき上った。
6:16 主の箱がダビデの町にはいった時、サウルの娘ミカルは窓からながめ、ダビデ王が主の前に舞い踊
るのを見て、心のうちにダビデをさげすんだ。
6:17 人々は主の箱をかき入れて、ダビデがそのために張った天幕の中のその場所に置いた。そしてダビ
デは燔祭と酬恩祭を主の前にささげた。
6:18 ダビデは燔祭と酬恩祭をささげ終った時、万軍の主の名によって民を祝福した。
6:19 そしてすべての民、イスラエルの全民衆に、男にも女にも、おのおのパンの菓子一個、肉一きれ、
ほしぶどう一かたまりを分け与えた。こうして民はみなおのおのその家に帰った。>


旧約における聖餐の第二のルーツは、会食儀礼の一環としての「過越の祭」である。これについては改
めて、第2章1節で取り上げる。その起源は、恐らく旧約よりよりさらに古代オリエントの宗教にまで
遡るだろうが、それが旧約において「出エジプト」の救済体験を記念する歴史的儀礼として整備され、
さらにユダヤ教のミッシュナ・ペサヒーム、およびペサハ・ハッカダーにおいて典礼化されて、ユダヤ
教の中心的な祭儀へと発展していったのである。「過越の祭」が、新約におけるイエスの「最後の晩餐」
の伝承に強く影響していることはいうまでもない。・・・
過越の食事と<主の晩餐>に共通するのは、原初的な救済のできごと、すなわち原啓示に対する歴史的
な関わりである。両者とも、会食において原啓示である出エジプト、あるいはイエスの十字架のという
過去の歴史的な救済のできごとを記念し、さらに将来あるいは終末における救済の完成への期待を表現
している。

 本書は目次が示しているような順序で、<主の晩餐>の旧約聖書におけるルーツから始めて、イエス
・キリストの出来事におけるその成就、さらに新約聖書から使徒教父にいたるその展開の跡を、主とし
て思想史的関心からまとめたものである。

<ミシュナー
http://www.chabad.org/library/article_cdo/aid/682956/jewish/Mishneh-Torah.htm
ペサハ・ハガダー
ヘブライ、英語
http://www.chabad.org/holidays/passover/pesach_cdo/aid/1735/jewish/The-Haggadah.htm >

***

犠牲祭儀

「アブラハムのイサク献供物語−アケダー・アンソロジー 」

関根 清三:編、5,616円。2012年02月
http://bp-uccj.jp/publications/book/4818407985/

聖餐の学説
小林先生は歴史は別とし「過越の食事」解釈をとっているが、いくつかある。
http://minoru.la.coocan.jp/berkouwersacrament9.html

野呂先生の実存解釈
http://www.geocities.jp/yoshionoro/1964seisan.html

海外 
https://www.biblicaltraining.org/library/lords-supper

http://www.academia.edu/22867169/Wine_and_the_Lords_Supper_in_the_Gospels_Paul_and_Today

https://open.library.ubc.ca/cIRcle/collections/ubctheses/831/items/1.0101381

コメント(250)

>>[209]

ユダヤ教ナザレ派だったイエスは「これは私の〜」の制定句は間違いなく、語らなかったと思います。
そうだとすると、どう由来するのかが課題になります。
資料参考
東北学院
https://www.google.co.jp/url?sa=t&source=web&rct=j&url=http://www.ipc.tohoku-gakuin.ac.jp/~euroorc/data/lecture_080301/inoue_080301_summary.pdf&ved=2ahUKEwiWw7GZrNvhAhVDTbwKHZujAtoQFjAEegQIBxAB&usg=AOvVaw3Ix2OUh1xiPPjxFY6SPx-r&cshid=1555649283115

原始教団の信徒にはユダヤ教と共にミトラ教からの改宗者も多かったのは事実です。
早期に給食は過越の食事とミトラ教ぬ視点から解釈されたという可能性があります。
>>[209]

つまり
ユダヤ教ナザレ派(これはかなりの部分イエスに由来)+パウロの理解他+ミトラ教=キリスト教
史的イエス+パウロ贖罪論+儀式、礼典
>>[209]
神学は神、超越(者、現象)の解釈です。
正確には、ユダヤ教正統からナザレ派の解釈が生まれ、さらにミトラの解釈が取り入れられ、ギリシア哲学が完成したと云えます。
もちろん、私は現行の聖餐を教会の定めた儀礼として尊重し、守ってます。
>>[213]

パウロ=ルカ型のベルバは、54年よりも前のものですし、使徒たちや第一世代の信徒たちやそれらによって改宗した改宗第一世代の異邦人信徒たちの時代のものです。

ミトラス教やギリシャ哲学の影響や流入とは考えられませんね。

アリアさんのは、毎度のことながらイエス・セミナーやアメリカのセンセーショナルなものを好む色物神学者の系統のものをいろいろ探しては、自分の考えにあったものをパッチワークしている確証バイアスですね。



・・・早くからすでに、おそらくはパウロ以前の時代に既に(184頁以下)、聖餐は食事そのものから分離していたのではないだろうか。だいたいなぜこういうことがおこったのだろうか。実際問題として食事の時に、教会に属していない客も時として姿をみせるということがさけられなかった。そういう人たちに退去を命ずるというのは古代の客をもてなす作法を悉く軽蔑するものであった。かといって他方彼等を「主の晩餐」に参与させることはできなかったから、彼等が食事の後立ち去るまで待って、それからパンさきと杯の祝福とを教会り人たちだけがいるところで行なうという策が講じられた。・・・

(「イエスの聖餐のことば」 J・エレミアス著 田辺明子訳 日本基督教団出版局 p.207)
日本基督教団の聖餐論議は聖餐の研究者もなく、教規の陪餐会員のだけの不毛な論議で終わっている。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E8%81%96%E9%A4%90

古代にも会員には割礼が必要かいなかの論議があって、使徒会議で打開を図ったが専門のパウロ的な使徒が赴けば多少変わるかもしれない
>>[217]

全く違う状況を比べられてもねぇ。

そもそも信者のみの陪餐が初代教会から守られていたところに、近年になって一部の日本の人間主義の牧師がそれを気に入らなく思い、勝手に個人的考えから別に解釈をして実施したら、怒られて叩き出されただけのこと。しかし、日本キリスト教団といういろんな教派の寄せ集めの団体は、その団体の在り方としてゆるい信仰規定しか作れず、それをいいことに一部の処分されなかった牧師たちが、教団に残置したまま個人的な聖餐の考えに基づいて行動しているだけのこと。

無教会主義にしろ、イエスの御霊教会系団体、キリストの幕屋などみたいなキリスト教を日本的に魔改造するやからがよく出てくる。

まあ、教団内でも、会社の社則改正と同じく話合いは進まない事柄ですね。
社則には一応従わないと行けないし。
しかし、社則と違い、規則に対応した罰則があるわけでなく、かなり曖昧。

一応、社員と同じく社則には従ってますが。
いわゆるアクション!
主観としては、「最後の晩餐」は出陣前の食事だったと想像します。

イエスを社会革命家みたいに考えている人たちは、頑固な油汚れのようだ。

私の博士論文の概要は以下です。
聖餐はイエスの給食と最後の晩餐、そしてギリシア=ローマの文化から形成された。
イエスの給食はマルコ福音書に初期の伝承が残されているが、元来は一つのものだった。それは集会の度に行われ、飢餓に瀕した人々への社会活動、給食であった。
それと最後の晩餐の記憶が初期教会のアガペーとなり、パウロの書簡にも伺える。
最後の晩餐は過越の食事か別れの食事だが、ヨハネ福音書の日付が蓋然性が高く、別れの食事であったと思われる。福音書がかかれるまでには過越の食事として形成されて行った。

やがてアガペーは主の食卓となり、さらにギリシア=ローマの文化の中でリタジー、礼典となった。
***
あとがき
>[222]
私は最後の晩餐を学んでいるある日の早朝、不思議な夢を見ました。
私はいつのまにか湖近くの洞穴の中にいました。湖はかって見たことのあるガリラヤ湖の形をしていたと思います。もちろん、現代的な建物はなく自然に充ち溢れてました。
ときは夕方近くだったと思います。洞穴の中では、宴会が行われてました。中には中東の人種と思われる男性を主とした70〜80名が、絨毯のひかれた床で姿勢をくずし、前にはちゃぶ台の高さのテーブルが置かれてました。その上には木の杯と板を少しくりぬいたようなプレートがあり、肉と魚が乗せられてました。
長らしき少し太め中背の中髪、中髭(長さは程々)のがっしりした男が年かさの叔母さんから革袋を受け取り淀んだワインを注ぎました。一人で全てでなく6人くらいで分担していたと思います。私の座っていたところは幹部らしきところでした。
注いでから、キドイシュの祈りに近い言葉をアラム語で語っていたと思います。内容は以心伝心でわかりました。皆と食べたいと切に願っていた〜
ワインは雑味が多かったと思います。
次に丸いパンが叔母さんに手渡され、中肉中背のおじさんがちぎって渡しました。焼きたてで何とか難なく鯛味の魚で食べれましたが、肉は羊肉だし?
また、キドイシュのような祈りがありました。
食べ終わるとまた、ワインが継がれました。すぐ飲もうとすると、制止されました。
少し太めの中背の男性が、感謝の祈りを捧げ、今日、エルサレムは神の支配するところとなるという主旨の宣言をしました。最後にテーブルの下の鞘から短剣を抜き、かざしたあと、出口へ

私は自分のテーブルの下のローマ軍のらしき剣を確かめると彼らとは反対に後退り、他に出口はないかな、抜き足差し足で岩壁に、気が付くと自分の部屋の壁でした。

ペテロ、ユダの行動の謎も解明かと思います。
私はペテロですが、皆さんの中にはユダもいるかもしれません。すぐ110か内閣府直通電話?

マルコ福音書 口語訳1955
14:66 ペテロは下で中庭にいたが、大祭司の女中のひとりがきて、

14:67 ペテロが火にあたっているのを見ると、彼を見つめて、「あなたもあのナザレ人イエスと一緒だった」と言った。

14:68 するとペテロはそれを打ち消して、「わたしは知らない。あなたの言うことがなんの事か、わからない」と言って、庭口の方に出て行った。

14:69 ところが、先の女中が彼を見て、そばに立っていた人々に、またもや「この人はあの仲間のひとりです」と言いだした。

14:70 ペテロは再びそれを打ち消した。しばらくして、そばに立っていた人たちがまたペテロに言った、「確かにあなたは彼らの仲間だ。あなたもガリラヤ人だから」。

14:71 しかし、彼は、「あなたがたの話しているその人のことは何も知らない」と言い張って、激しく誓いはじめた。

14:72 するとすぐ、にわとりが二度目に鳴いた。ペテロは、「にわとりが二度鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われたイエスの言葉を思い出し、そして思いかえして泣きつづけた。

マルコ福音書 口語訳
14:18 そして、一同が席について食事をしているとき言われた、「特にあなたがたに言っておくが、あなたがたの中のひとりで、わたしと一緒に食事をしている者が、わたしを裏切ろうとしている」。
14:19 弟子たちは心配して、ひとりびとり「まさか、わたしではないでしょう」と言い出した。
14:20 イエスは言われた、「十二人の中のひとりで、わたしと一緒に同じ鉢にパンをひたしている者が、それである。
%**
14:43 そしてすぐ、イエスがまだ話しておられるうちに、十二弟子のひとりのユダが進みよってきた。また祭司長、律法学者、長老たちから送られた群衆も、剣と棒とを持って彼についてきた。
14:44 イエスを裏切る者は、あらかじめ彼らに合図をしておいた、「わたしの接吻する者が、その人だ。その人をつかまえて、まちがいなく引っぱって行け」。
14:45 彼は来るとすぐ、イエスに近寄り、「先生」と言って接吻した。
14:46 人々はイエスに手をかけてつかまえた
私の場合は退席と逃亡ですので、ユダ+ペテロになるかと思います。

ひょっとすると、ユダの裏切りはかなり尾ひれがついているかも知れないという仮説が浮かびました。
その証拠に時代が立つにつれてユダ批判は手厳しくなる。
ユダは退席しただけかもしれません。  
後に、ユダヤ人との対立が深まるとユダの批判が厳しくなっていた。
古代ローマ時代のワインは主に白ワインで、
雪や冷たい水で割って冷やして飲んだ。
醸造の関係で当時のワインは甘く、
また古代ローマ人は甘いワインを好んでいたため、発酵し過ぎる当時の方法で酸味を消すため、
酢酸鉛が溶け込んでるサパを混ぜた。
更に飲むときには蜂蜜を入れたりした。

あっまい甘いワインでしたでしょうな。
>>[228]

福音書の年代に血に例えられる通り赤ワインです。

ワインについては何冊か読みましたが。
ギリシア、ローマのワインは貴族のワインとされ、白ワインが多かったようですね。糖蜜もいれられた。
ただ、皮を取り除き、葡萄液を用い、途中でエタノール発酵を止めねばならず手間がかかり当然、高価だった。
それに対して、プロピデンスの庶民は安い赤ワインが主だったようですが。
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%8F%B2-%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AE%E6%81%B5%E3%81%BF%E3%81%A8%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%AE%E7%9F%A5%E6%81%B5%E3%81%AE%E6%AD%A9%E3%81%BF-%E6%97%A5%E7%B5%8C%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9%E4%BA%BA%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B1%B1%E6%9C%AC-%E5%8D%9A/dp/4532198542
コロナホリデイに読んだ本。
訳してはないが、半分くらい読み必要なところをMS のone ore にコピペした。
青年の学んでいる方と「テレワーク」(joke?)をしたりしていた。こうして引用すると、向こうで流行りの紙本の違った意見を書いてくる。素性はわからない。イエスセミナーは知っているが。
話は自然にイエスのことになる。

「The Problem of the Last Supper」
―『Jesus and the Last Supper』Brant Pitre著
https://a.co/cvWplZk
With that said, it is by no means immediately evident how the Jewish Jesus of scholarly consensus can be reconciled with what might be called the “eucharistic Jesus” ― that is, the Jesus depicted in the words of institution recorded in the Synoptic Gospels and Paul, as well as the arguably eucharistic elements of the discourse in the synagogue at Capernaum attributed to Jesus in the Gospel of John.
※※
引用は英語なのでそのままだが、ここでは概略で
最後の晩餐の問題
ユダヤ教におけるイエスとユーカリストのイエス、つまり共観福音書のカペナウムのイエスとパウロの手紙における主といかにして和解するかということは明確でないことを含む。
それはカペナウムの会堂におけるユーカリスト(聖餐)的な意味の論争がヨハネ福音書のイエスに由来するかというのと同じである。

少し前のユダヤ人イエスの話題の流れの問題提起ではある。
今なら、ヘレニズム、グレコローマンとパレスチナの祝宴の関係かと思います。
私もこの問題に対してはイエス→原始教団(エルサレム)→ヘレニズム教団という間接的なものと思うが?
しばらく聖餐はされませんなあ。

いやはや。
>>[232]
研究の状況
実際まだ、うちの地域は岩手と同じくのどかで、コロナは全く無縁です。
虚しく、防災放送が懸命に声を高くしているという感じです。
向こうは空気だけは映画の世界らしい。

もう一冊、読みかけがこの時期、教会では良き読まれる使徒行伝のパン裂きとマルコの給食物語のあたり。マルコは読み終えているのであまり読んでこなかった使徒行伝関係
ここでは読めるやつを。タブレットだと読みやすい。
必要箇所、認識する方法もある。。
https://books.google.co.jp/books?id=xwAH04pu2f0C&printsec=frontcover&dq=inauthor:%22Eugene+LaVerdiere%22&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwjX8erXo5_pAhX0yYsBHe3bCe4Q6AEIJTAA#v=onepage&q&f=false

>>[232]
主の平安、1回、昇天記念日にまだやっていたスパレストランでブドウジュースとピザ地で個人的聖餐をしました。都心の方はこういう時に助かるな、何せ。「使徒」だし・・^^;
>>[232]
円形のパンとイスラエルワインで
"From this point of view, there is no way to reconcile the Jewish Jesus and the Jesus of the Last Supper accounts. Therefore, since the Jewishness of Jesus cannot be called into question, it is the words of institution that must be rejected as unhistorical."
この点(つまり、ユダヤ教におけるカリバリズムタブーexclamation ×2嫌悪)から、ユダヤ教徒としてのイエスと最後の晩餐のイエスはつじつまが合わない。ユダヤ教徒のイエスに於いては問題外である。(主の晩餐の)制定の言葉は非歴史的である。
>>[239]

>制定の言葉
マルコ福音書 共同訳 14章より
「取りなさい。これはわたしの体である。」
これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」
「多く」は初代教会の理解したアラム、ヘブライ語ではmanyより範囲が広く、すべてに近いとJ.エレミアスは主張した。
日本語の「すべて」だと、他の宗教を否定することになるのでこの程度で良いと考えてます。
https://mixi.jp/view_bbs_comment.pl?comment_number=241&community_id=2263992&bbs_id=80769348
>[241] アリア
2020年05月12日 07:21
>[239]
>制定の言葉
マルコ福音書 共同訳 14章より
「取りなさい。これはわたしの体である。」
これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」
「多く」は初代教会の理解したアラム、ヘブライ語ではmanyより範囲が広く、すべてに近いとJ.エレミアスは主張した。
日本語の「すべて」だと、他の宗教を否定することになるのでこの程度で良いと考えてます。

***

一生懸命、自分の万人救済やフリー聖餐に利用できそうなところ捜しているんだろうなぁ。

今回利用している個所は、日本語訳で言えばJ・ジェレミアス著「イエスの聖餐のことば」(日本基督教団出版局)のpp.285-287「第四章 イエスの聖餐のことばの最古のテキスト」の第三節15の個所の利用。

イエスの贖罪のいさおしの値とそれを受け取れることは別。受け取るためには「信仰」が必要であると明確に書かれている。

>>[242]
主の平安!
お元気でなりよりです。
レスをありがとうございます。

>イエスの贖罪のいさおしの値とそれを受け取れることは別。受け取るためには「信仰」が必要であると明確に書かれている。

エレミアスは前世紀の偉大な神学者の一人ですがかなりの年月を経てます。
その「信仰」ですが、繰り返しに成りますが、ピスティスという言葉から考えると信頼という翻訳が正しいとも云えます。
イエスを信頼する人、すなわち会堂に集う誰もが十字架の出来事における贖い、救いを受けれるとも言えるわけです。
>>[243]

ノンクリが、磔刑による贖いを信頼してるとは思えん。
>>[243]

>イエスを信頼する人、すなわち会堂に集う誰もが十字架の出来事における贖い、救いを受けれるとも言えるわけです。

そんなことはないですね。

ある礼拝堂では、ミッション系の学校と協力していて、日曜礼拝にそこの生徒たちが来ていて、讃美歌も歌わず、式文も交唱せず、友達と小声でおしゃべりをし、礼拝の時間が過ぎるのを待ち、礼拝が終われば受付で証明を貰いそそくさと出て行くのを見たこともあります。

そのような一見さんみたいな人などは、イエスを信頼して集っているわけではありません(そういう人たちも将来救いを求めて、どこの教派でも(正当なキリスト教であれば)いいからいずれかの教会にでも行くきっかけにでもなればいいとは思いますが)。



>>[244]

会堂に集う人は何らかの意味でイエスに意味を求める、つまり信頼していると思います。
キリストであるイエスが贖罪、つまり負債からの解放し、救うというのは神の側からの恵みです。
>>[244]
もちろん、特高や新宗教の工作員もその奇しき敵対行為により、つまり悪を用いて偉大なる神の恵みに入るわけです。
>>[247]

何故?

正直、信じてない人間が救済予定とは思えない。
>>[246]

〉意味を求める

冷やかしの間違いだろう。
>>[248]
信仰談義に入ると思います。
自由トビックスで。

ログインすると、残り215件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

キリスト教(聖書)への素朴な疑問 更新情報

キリスト教(聖書)への素朴な疑問のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。