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キリスト教(聖書)への素朴な疑問コミュのイエスさまに妻がいらっしゃったかどうか?

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 イエスxjに妻がいらしたかどうか、長年論争されてきたテーマです。近年特に『ダ・ヴィンチ・コード』の映画がヒットしたことで議論が活発化してきました。
 そしてバチカンが偽書と否定してきたイエス・キリストに「妻」がいた証拠とされる「妻の福音書(Gospel of Jesus' Wife)」の信憑性が、科学者の鑑定によって一段と高くなり注目されています。
このたび、ハーバード大学などの専門家チームが、同文書のパピルスをあらためて科学的に分析。その結果、紙片やインクの化学組成や酸化パターンが、同時代の他の数十点のパピルスと一致したため、これが近代に捏造されたものではないという結論に至ったというのです。

 キング教授は、「このパピルスから読み取るべきは、イエスさまがご結婚していたかどうかではなく、初期のキリスト教徒の一部は、イエスは結婚していたと信じており、既婚女性や子供を産んだ女性もイエスさまの弟子になれたが、その後、禁欲主義や独身が重視されるようになっていったということだ」と説明した上で、「イエスその人が禁欲的で独身であったということが、現在もカトリック教会の聖職者が禁欲的で独身でなければならないことの根拠になっているが、それに再考を求める内容が示されている」と主張しています。

 このコミュでも妻帯の問題や性の問題がざんざん議論されてきました。また、バチカンを揺るがす社会問題として、厳しい独身主義を強制するカトリックの教会組織が、同性愛問題や聖職者の児童への性的虐待など、現代社会で深刻な問題を引き起こしているのも確かです。
 改めてその原点となるイエスさまは妻帯をなされたのかどうか問いかけたいと思います。

 宣教師の妻帯をタブー視し、男性中心に運営されてきたキリスト教にとって、イエスさまに妻がいたか否かは教団の権威や女性の地位向上に関わる重大な問題といえます。それゆえに、教団関係者や専門家の間で論争は避けられないことでしょう。しかし科学的検証が明らかになっている以上、今回のパピルスの件については、素直な心で受け止めた方がよいのではないでしょうか。

【mixiニュース】「イエスの妻による福音書」は本物か
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=126&from=diary&id=2840365

※幸福の科学へのサイト誘導URLは削除しました。(by 副管理人)

コメント(270)

そもそも、カトリック教会には、パウロが言及した使徒ユニア(女性名)を、ユニアス(男性名)に改竄したという実績がありますからね(ロマ書16:7)。

(裏付けとして、ローマ史の研究者が、当時碑文などで「ユニア」という名前は250回以上用例があるが、「ユニアス」は一回たりともない事を明らかにしています)

つまり、黙っていた女性はご苦労様、ということですな。


>>[232]

受肉前も地上時代も昇天後も神ですな。
ちなみに、キリスト教は救済を保障しても幸福を保障してません。
神が望んでいるのは生活の質であって安逸ではありません。
また、子孫がいたという証拠はどこにもないので何も言うことは出来ません。
いるかもしれないし、いないかもしれないし、いると言えないかもしれないし、いないと言えないかもしれない。
一応、「ヨセフの子イエス、マリア、ミリアム、ユダ、ヨセ」という名が書かれた骨壷がある墓は、
イスラエル国で発見されたそうですが、
イエスという名前もマリアという名前も当時はありきたりなんで何も意味がありません。
一応、マリアとミリアムの骨でDNA鑑定したそうですが、血縁関係がない事がわかり、つまり恐らく嫁姑関係だったのでは、ぐらいな事しか言えません。

イスラエル政府は「こんなの史料的価値ねーよ」として、墓をぶっ潰して、現在では上に高級マンションが建ってます。
実に聖書的な対応ですなあ。
>>[237]

何を言っているかさっぱり分からない。
>>[240]

実はあるんだけどクリスチャンは聖書しか認めないw
>>[253]

グノーシス文書だと、デミウルゴスと同じアイオーンの一つという形になってややこしくなります。
面倒くさいから仕方ない。
なぜなら面倒くさいし。
>>[256]

モルモン書の類だと、エロヒームの子ヤハウェ=イエス・キリストという理解です。
一般的なユダヤ・キリスト教的理解では、普通名詞のエル(神)の複数形エロヒームはヤハウェの尊称であって、同一です。
また、ヤハウェをそのままイエス・キリストとする理解は、正統主義の教理の枠からは離れます…が、
まあそういう理解を知らずにしてしまう人もいます。

加えて、多くのグノーシス文書だと、高次の神の御子イエス・キリストは、旧約の神である、ソフィアの子デミウルゴスと敵対関係にある、という神話が書かれています。
この場合、エデンの園でエバを誘惑した蛇は、高次の神の使者で、イエス・キリストと同じくアイオーン(神的存在)です。
グノーシス主義の派生宗教として、マニ教というのがあります。
グノーシス主義の神話だと、ソフィアの子デミウルゴスは妬みの神で、
彼が造った世界は汚れているということで、
出産は邪悪なデミウルゴスの世界を存続させる邪悪な行為として否定されたりしてます。
なかには、キリストによって清くされた身体を、邪悪なデミウルゴスによる産物である邪悪な物質である水で洗うのは汚らわしいと、
自分の唾液で洗ったキ○ガイ、もとい、変な人もいたとか。

旧約そのものを抹殺にかかったのは、マルキオン派です。
これも同じく、旧約の神は邪悪なユダヤの神で、キリストが父と呼んだ神のような善の神とは別存在だとされました。
ローマにはマルキオン派の教会があって、一時はカトリック教会を凌いだそうです。

このマルキオン派に対抗して教会が新約聖書を編纂したという説(今では反論も強いが)がありましてね。
つまり、そういう愉快な神話群を否定する為に新約聖書が出来たわけです。
>>[259]

部外者に説明するのに、自分の信仰告白をするのは意味がないですよ。
日本人クリスチャンの悪い癖です。

実際には、ヴァレンティヌスらグノーシス主義者の創作神話は、僕が噛み砕いて説明しているよりはるかに複雑です。
こういうグノーシス主義の排除に全精力を傾けたのが、新約聖書の公同書簡の著作者たちで、
その為に使徒の権威が強調され、教会の位階制への従順が説かれたと言っても過言ではありません。

何故かと言えば、キリスト教の担い手だったギリシャ人にとって、ユダヤの旧約聖書が血生臭過ぎたことと、
ナザレのイエスとケリュグマのキリストの隙間を埋めるのに、グノースティコイ(原義は知識を持つ者たち。グノーシス主義者)たちをはじめとして、
実際当時に生きた人々が戸惑っていた事に由来します。

後世の人間が何を言おうと、古代人でさえ奇跡物語は「あり得ない」と断じていたし、
当時の異教徒からの批判にあるのですが、「世界が人間の為に創られたという根拠を、この血なまぐさい野蛮な世界のどこに見出させる?」という根本的な疑問(これはライプニッツの神義論まで続き、未だに解決されてない)を埋められなかったという歴史的事実に依ります。

大体、ローマがゲルマンに包囲された時に、「ローマ帝国が衰退したのはキリスト教を国教にしたからだ」という批判が山ほど生じて、
実際ローマはゲルマンによって占領され、略奪され、文明は灰燼に帰したわけです。
後を支配したのは、ローマの水道橋を「悪魔の橋」と呼ぶような無知蒙昧な蛮族。

現代人が現代文明の中で、古代人を勝手に素朴だろうと思い込んで知ったかぶりな事を言うのとはわけが違います。
当時はおろか、中世でさえ、旧約聖書の予型論的読み方に「新約聖書は旧約聖書を踏まえて書いているのだから、対応する事象があるのは当たり前だ」という批判があります。

古代人は観測の手段が乏しいだけで、現代人と同じ知能を持った人間です。
彼らが隙間を埋められなかった結果がグノーシス主義の流行であって、それは現実を生きた人間が見出した応答の一つです。
>>[261]

三位一体の痕跡が人間の心にある、というのはキリスト教の考えにありますよ。
>>265

>「あり得ない」

自然の法則に照らして、という意味です。
アウグスティヌスは、「われわれが知っている自然とは反すること」と定義していて、
地球が球体であることを知り、緯度・経度を定義し、地球の大きさすら計算していた古代ギリシャの自然哲学の成果やら何やらを踏まえて、それには反すること、という意味です。

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