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キリスト教(聖書)への素朴な疑問コミュのキリスト教への謎

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?聖書の中でイエスは後に現れる別の助け主の存在『真理の御霊』について語っています。
皆さんはキリスト教に『真理の御霊』が現れたとおもいますか?

?皆さんにとって聖書とはどういう存在ですか?
歴史書?予言書?文学的文献?それとも?…

皆さんの自由なご意見お待ちしています。

コメント(94)

> 第二バチカン公会議の、「プロテスタントも同じ神を信奉する神の民」 ⇒ 但し 「教会」 ではなく

結局、これがカトリックとプロテスタント双方で認識が違うんですよね。この件で「特に相手に喧嘩を売りたい」ということがない限り、あまり意識しないで、各自の信仰上の伝統または趣味に従って生活していればよろしいかと思います。

蛇足ながら、「暗黒の中世」という表現はいまだに根強いですが、近代になって晴れがましい躍進が待っていたというわけではなく、「神様、少し引っ込んでてください。人間には理性がありますので、こっちで勝手にやっていきますから」という啓蒙主義が出てきて、フランス革命のような大混乱 、科学の発展、進化論、共産主義などが登場してきて、20世紀は壮大な徒労の100年でした。(笑)

>>[55]

そう、住み分けをすれば良いんです。
カトリックと感性が合わない人は合わない。
XOPさんも仰ってたように、霊性であり体験なのだし、
キリスト教は人間の生得性(これに対するアンチテーゼとして、啓蒙思想の、人は生まれながら「白紙」であるとした)を原罪という形で主張するのだから、
「感性として合わない」という、人間の個別の脳の器質による感性の違いを否定する根拠がないはず。

それを、歴史的経緯と言った、客観性のあるデータを用いて不可謬であると弁証しようとするから、無理がある。
教派の数ごとに自派の正統性の主張があるのだから、最終的に収拾がつかなくなるに決まっています
(そうでなければ、かつてのルター派みたいに協約が出来て分派が統合されるでしょうし)。

>二十世紀

全く同意します。
理性で何でもやれると考えたソビエトがあの有様ですからね…

功績の教理補足。

プロテスタントは一般的に、救いに至る功績をなし得たのはキリストのみとしています。
>>[58]

…いや、まあ、そう改めて問われると、別にそう残念だと考える必要もないですけど(笑)
>大体、神様の教会は一つだけ、と言ったら正教会はどうなる(笑)

それが、実は正教会はカトリックから見ても「教会」なんですわ。第2バチカン公会議以降、相互破門は解きましたが、問題点のひとつであるフィリオクェについても双方譲るつもりはないようなので、「別の歩みをした教会」ということになりそうです。

>53

>ホセチアの保持は、聖餐を重んじるルターですら、迷信性が強いと感じ、 カトリックの神学者スコトゥスの、イエスの臨在という考えを採用した。

人間側がどういう考えを採用しようとも、イエスの定めた礼典ですので、迷信性云々は「大きなお世話」かもしれません。

実体変化は迷信だけど、イエスの水上歩行は事実であるという「信仰」であってもよいのですが、世間様に通る話ではないでしょう。

カトリックにとって、聖体は「実在」ですので、「臨在」との決定的かつ重大な違いは何なのか、無学にして、僕はわかりません。
>>[60]

>実体変化

聖書に実体変化そのものが書かれていたならともかく、
第四ラテラノ公会議(1215)まで、公式でも何でもなかった教理ですよ?

初期教会や教父の時代には、
パンとぶどう酒はパンとぶどう酒だ、としている見解もあれば、
パンをキリストの体としている見解、パンをキリストの体の象徴だとしている見解もある。
九世紀には、パスカシウス・ラドベルトゥスらによる、聖餐におけるキリストの体は天の肉体と同一であるかどうかで論争が起こっています(ラドベルトゥスは同一とし、ラトラムヌスは反対)。
十一世紀にもまた生じています。

聖餐にあずかる人は功績を獲得できるという考えも中世には生まれますが、
…言っておきますが、ホセチアの実体変化は、信徒が素朴な考えでパンが司祭の霊の力で聖変化している、というようなものではなくて、
トマス・アクィナスが援用したアリストテレス哲学の実体や偶有性に基づいていますよ?

聖体が「実在」しているという意味で実体があるという意味でもなくて(パンとぶどう酒が現在するという意味で臨在しているという意味でもない)、
パンは偶有性としてはパンですが、実体(本質)はキリストの体である、という意味で実体変化しているとしていますけど、
…本当にそういう理解でホセチアの保持を信じているか、ちょっと聞きたいくらいです
(多分、アクィナスの議論なんかどこ吹く風、だと思いますが)。

東方では、1672年のエルサレム宗教会議で「メトゥシオーシス」(本質の変化)という言葉を使っていますが、
聖公会は、そういうのは非聖書的(アリストテレス哲学は、ま、言ってみれば異教ですし)であるとし、
ルターは迷信的だと感じ(ルターが援用したのはスコトゥスのイエス臨在論で、カトリックのスコラ哲学用語である共在という言葉を使っています)、
ツヴィングリは、聖餐はあくまでも象徴、カルヴァンは霊的な臨在だとしました。

宗教改革当時、カルヴァンの意向とは反対に、ジュネーブ市参事会は週ごとの聖餐も中止されるなどして、
やがてプロテスタントの伝統の中では聖餐の比重が減っていきます。
ルターは聖餐を重視し、ミサをドイツ語に翻訳するなどしていますが、トリエント公会議では共在説は断罪されてしまいますし、
カルヴァン主義系では、先に書いたように礼拝の主眼が聖餐から説教に移ってしまいました。

エウカリスティア(聖餐、聖体拝領、聖体礼儀)に関しては、共同体の軸であるとしても、もう自由と多様性の中で捉えるしかないでしょう。
聖書やイエスにならともかく、今更プロテスタントがトマス・アクィナスに戻るなんてことは有り得ないでしょうし。
補足。

偶有は、本性にとって本質ではない実体の属性を表しています。
(実体は、神や超越者と同様、経験に拠らない純粋悟性概念なので、カント以降は実体と偶有の対比が正当であるかどうか証明することは出来ない)

中世には退屈なことに、普遍は実在するという実在論と、普遍は実在しないという唯名論(オッカム主義。オッカムの剃刀で有名なオッカムの立場)の論争があり、
前者は教会を天上の実在と見て、後者は教会を信仰者の共同体と見なします。
中世では唯名論的な見解が強くなり、位階制の高位のメンバーとしての「教会」という言い方が強くなっています。

アウグスティヌスの「見えざる教会」の見解を継承したルターやカルヴァンを見れば分かる通り、
宗教改革者は普遍論的立場をとり、唯名論とは対立した立場をとりました。
つまり、現実にある位階制を持った組織のエウカリスティアに対比して、天に肉体のあるイエスが臨在するというルター派の解釈や、
天上での宴の先取りという形でのカルヴァン主義系のエウカリスティアの解釈が誕生したわけです。

(ただし、唯名論が間違いだというわけではありません。オッカムは事実上認識論の父です。
本質や普遍や実体が、経験に拠らない物質の中に存在するという見解に対して、経験すなわち観測に拠る認識が全てだという点で、近代科学の父でもあります)
もっとも、十四世紀に唯名論を主張したオッカムは、異端扱いされているんですよね〜
(最初に打ち出したのはロスケリヌスですが、起源そのものは、プラトン主義に対するアリストテレス主義の立場からの批判。
ただし、十三世紀以降のスコラ哲学者などは唯名論的立場の神学を構築している)
だから、トリエント公会議で、唯名論に関してローマ・カトリックがどういう立場であったかは意見が分かれるところです。

だから、宗教改革は、プラトン主義者アウグスティヌスに立ち返ろうとした宗教改革者と、
アリストテレス主義を導入し援用した唯名論的神学(功績に対して報酬を与えることを神に義務付けているとして、半ペラギウス主義であると批判されていますが)のローマ・カトリックとの、
思想的対立、普遍対固有の対立であったと見なせるかもしれません。
プラトン対アリストテレス。本質としての普遍(の実在を信じる立場)vs普遍の名を関する現実の組織。

…ところが、すぐにプロテスタントも、プロテスタント・スコラ主義に変貌していくというのが歴史の皮肉。
直感的なルターの信仰、神秘主義も、あっさりとメランヒトンによってスコラ哲学的に体系化されてしまう。

認識なんて人それぞれだから、客観的に観測されない本質と普遍性を基にすれば分裂するのは当たり前。
現実にある組織の同一性の維持と発展を至上命題にすれば、少なくともその為の行動をとりやすい。
かくてプロテスタントとカトリックは殺し合い、認識の違いからキリスト教には山ほど教派が生まれましたとさ。

真理の霊は人の脳の器質の違いを甘くみていた、というオチになるのでしょうか。
53> スキャンダルを誘発した原因 ⇒ ルターその人
53> 等価的功績…合宜的功績 ⇒ そういえば、オッカム,福者スコトゥス 共にフランシスコ会士
53> 公会議の結果は無謬ではない ⇒ 左様。不可謬 です。

御聖体については
60> 実体変化は迷信だけど、イエスの水上歩行は事実であるという「信仰」であってもよいのですが、世間様に通る話ではないでしょう ⇒ さなやん師ご指摘通り。

61> 聖書に実体変化そのもの ⇒ マタイ26:26(主の御言葉です)
61> 聖餐 ⇒ 御聖体拝領 です。
61> 自由と多様性の中で捉える ⇒ 抗議者達は好きにするがよい。

 御ミサでは、主イエズス御自身が御聖体のかたちのうちに実際に在られます。

53> マリア様 ⇒ 神様の御母上です。マリア様に依り頼みます。

54> 聖書以外に同等の権威を持つ聖典…キリスト教の仲間とは言わない ⇒ 結局、差別主義者
54> プロテスタントは異端 ⇒ 自認するなら、敢えて止めない事にしましょう。
54> 神様の教会は一つだけ、と言ったら正教会は ⇒ 東方典礼の教会 です。
PURITANさんは、狂信者のモデルケースのようでクリスチャンのステレオタイプかもしれない。


いつまでも平行線。
プロテスタントの役割は終わり、黄昏どき?

そもそも、キリスト教という宗教が成立した時点でキリスト教徒の役割は既に終わってると思います。
あっ、これは皮肉です。すみません!
>61

>聖書に実体変化そのものが書かれていたならともかく、
>第四ラテラノ公会議(1215)まで、公式でも何でもなかった教理ですよ?

教理史のことは不勉強でよく存じませんが、今は「実体」なのだと教えられています。公教要理にそう書いてあります。

聖書にも「これはわたしの体である」とイエス自身が語ったことが書かれていますし、「象徴」であるとも言っていません。

象徴であるにしても、臨在であるにしても、「イエスが自分の血肉を与えてくれた」ことを記念して行うべき礼典です。聖書的義務として渋々やっているというのなら話は別です。
>>[68]

カトリックがどう捉えているのは知りませんが、
象徴か肉体と同一かどうかは、中世のカトリック内でも論争があった話ですよ。

また、カトリックは実体変化について、二つの説明をしてます。
まず、アクィナスによる説。パンとぶどう酒の実体からキリストの体と血の実体がつくられる。
次に、オッカムの説。パンとぶどう酒の実体に代わってキリストの体と血の実体が位置を占める。
後者はスコトゥス、並びにルターが採用した共在説と親近性がありますな。

それから、エウカリスティア(聖体拝領、聖餐)は、元来イエスの復活を祝う宴の意味合いが強く
(だから、金曜日から三日目の日曜日に行う)、
東方ではそれを強調して、「大ものいみ」(四旬節)に入ると、聖体礼儀(聖餐)のやり方を切り替えます。
エウカリスト(ユーカリスト)は、ギリシャ語で「感謝を捧げる」という意味で、
教父時代には、後にカルヴァンが主張したように、神の国での宴会の先取りという意味で捉えられてもいたようです。

…宗教改革者は、突然妙な考えを思いついたのではなくて、大抵教父の文献などを読んで、研究して、そこから概念を持ち出してきているのです。

カトリックで、ミサがイエスの十字架の犠牲を記念して行うという意味合いになったのも中世からで、
宗教改革当時、この考えに対して相当プロテスタントからの批判がありました。
カルヴァンなんざ、冒涜、悪魔的妄想とまで言ってますな。
(ルターはそこまで言っていない)

何にせよ、洗礼と聖餐は聖書で「主が命じたもうた」聖礼典ですから、
重要なことには変わりないですが。
何回も論争めいた話になるので、壊れたテープレコーダーみたいな気分になってますが、
ちょっと、整理して書いておきます。

・初期教会→教父の時代。
この時代は百家争鳴、色々な説があり、論争あり。
プラトン主義の影響強し。特にアウグスティヌス。
初期教会の定期的活動のなかに、祝宴として聖餐あり(イグナティオスの手紙にも書かれている)
キリスト再臨を強調。
ローマ司教の地位は上昇していくが、各地の地方教会の独自色強し。

・国教化→中世前期
オリゲネスやアウグスティヌスの影響を払拭していく形で、教理が形成されていく。
カトリックでサクラメントが七つに決まる。
聖餐の捉え方として、十字架の犠牲の記念、葬送としての意味合いが強くなる(ただし、教父にはそのように捉えた者もあった)。
ローマ貴族に翻弄された時代はあったが、ローマ法王の権勢が絶頂に。

・中世中期→中世後期及びルネサンス
十字軍。
トマス・アクィナスによるアリストテレス主義哲学導入。
スコラ哲学者による唯名論的神学が勃興。
再臨色は薄れ、十字架のキリストの強調。聖遺物収集熱が異常に高まる。
グーテンベルク聖書の出版。
フス戦争だの何だの。
法王と法王庁が色々あれこれ。アヴィニョン捕囚だの公会議至上主義の勃興と分裂だの。

・宗教改革時
ルターによる、義認と功績に関する唯名論的解釈に対する抗議
(この時点では、ルターは十字架の神学を信奉し、ほぼカトリックと同じ思想)。
後、カトリックによって破門。ルター派(当時は「アウグスブルク信仰告白の諸教会」と名乗る)の形成へ。
(イギリスで聖公会形成へ。クロムウェルによって修道院財産が没収されるやら何やら)
ハプスブルク家の絶頂期(オーストリア大公・神聖ローマ皇帝・スペイン王)
ルター、聖書のドイツ語訳を行う。
農民戦争やら何やら。
フランス国内にて、ルターに呼応していた人文主義者やカルヴァンら、政府に弾圧されて国外へ亡命。
カルヴァン、ジュネーブへ。セルヴェトスの処刑でルター派などから非難を受ける。
ルターとツヴィングリ、聖餐論で折り合いがつかず分裂。
(プロテスタントのヨーロッパ横断的なネットワークの形成)
カトリック、対抗宗教改革の動きを強める。

ルターが死亡し、ルター派は一時分裂。
トリエント公会議で、実体変化の教理やヴルガタ聖書の権威をカトリックが確認。
ドイツ国内で皇帝(ハプスブルク)軍とルター派軍が衝突。
アウグスブルクの和議で、ルター派とカトリックが和解(カルヴァン派は含まれず)

→三十年戦争へ。

…大雑把に書こうと思ったが、全然内容が十分じゃないですね。
まあ、とにかく、こんな程度で。
ローマンとゲルマンは昔から仲が悪い。ただ、それだけのような気がしますが、どうなんでしょう。

>>[71]

同じ事を、ナチス時代に、ドイツ的キリスト者運動の担い手が言ってましたな。
ルターは、彼らによると「ローマ的教会」に対して抵抗した民族の英雄とかどうとか。
(ナチスに占領された北欧では、ルターは対ナチスの抵抗のシンボルとされたのだから、皮肉なものです)

ハプスブルクが、カトリックの擁護者として、全世界的な帝国であったのが、一因かもしれません。
何せ、スペイン、後にポルトガルも、そしてオーストリア(及びハンガリーの一部)、ナポリ、ネーデルラント、
これに植民地である南北アメリカ、フィリピン、太平洋諸島まで加えれば、
まさに日の没することなき帝国。
加えて、スペインでは異端審問所が全盛期で、イスラームが支配していた頃にはいたユダヤ人が、改宗の強要と異端審問でほぼ「絶滅」するくらいの凄まじさ。
カルヴァン、ツヴィングリなどが、ハプスブルクから独立を勝ち取ったスイスで主に活動していたことも関係あると思いますが、
よーするにキリスト者の自由を追い求めた結果でしょう。
(もっとも、ジュネーブなんか、サヴォイア程度の小国に脅かされたりしてましたが)

ガリレオの宗教裁判を行った法王ウルバヌス八世も、元々はコペルニクスの著作の禁書処分に反対の立場をとっていたのですが、
ハプスブルク両家の圧力で、宗教裁判を行わざるを得なくなったわけだし。
(ルターが何故か地動説を批判していたことと対比すると面白いですな。
ま、カルヴァンは科学研究に対しては肯定的で、創世記は、わざわざ神が人の知能までレベルを落として語った、「赤ちゃんことば」の典型だとしていますが)

今ではそんな気配はないですが、十九世紀ぐらいのアメリカではカトリックと法王は圧政と抑圧そのもののイメージがあって、
二十世紀に入っても、大統領選挙戦中に、ケネディがカトリックであることに対して、一々「政治とは関係ない」と釈明しなければいけなかったりしました。

だから、ブッシュが法王をアメリカに呼んだりしても何も騒がれない、今のカトリックのイメージを、昔のカトリックのイメージだと思うと、躓くかもしれませんね。

宗教改革の結果で何よりも良かったのは、宗教に対して人々が辟易して、良い意味で世俗化し、
信教と内心の自由の概念が生まれたことでしょうか。
自由と多様性の追求こそ正解。無理に一つにまとまる必要はない、ということじゃないですか。
バルトとか、プロテスタントの極致とも言うべき新正統主義者らが、自然啓示を一切否定し、
神性と人性には全く接点がない、キリスト教以外に救いがないと言う立場をとったのは、
ナチス時代に、ドイツ的キリスト者が、

「ドイツの歴史に神の二次啓示が現れている(=ドイツは神に祝福されている)。ルター派や改革派なんかの分派はやめて、ドイツ・ライヒの下で統合すべき」

…みたいな事を言ったことに対する反論だったわけです。
で、バルメン宣言を出して、ドイツ的キリスト者運動の賛同者は異端であるとしました。

しかし、改めて考えて見れば、日本人のクリスチャンって、あまり「キリスト者の自由」の概念を強調しないですね。
日本国憲法による権利や自由の保障は良く耳にしますが。
…良く考えて見れば、割と不思議なことかも。
分裂して分裂して分裂して 個人個人になればよいのかも

もともと キリスト教は個人的な宗教みたいやし
ひょっとして、
(ノン・クリやクリスチャンを問わず)日本人は日本国憲法という、国家と国民の間の契約にしか、
自己の自由を主張する基盤がない、と考えているとか…?
怖い、怖い。
>>[74]

共同体(教会)のないところにキリスト教はありません。
とは言え、二、三人いれば教会になるので、個人レベルに近い範囲まで細分化されても良いのかも。
本当にカルトと変わりませんな…
69> 象徴か肉体と同一か
御聖体のかたちに在しますイエズス・キリストは新約聖書に銘記されている通りです。
このことに関して教会の教えは、ブレていません。
学者として理論構築する面においては、学説史があったかと存じます。

74> もともと キリスト教は個人的な宗教
他方で、家族や地域共同体、國との一致のうちに信仰を保持する事を薦めています。
聖家族が顕彰されていますし、共同で祈る様に勧められていますし、
日本では天皇のためにも祈ります。
(例:英帝国は女王の為に祈りますし、ロシアは政権と教会は常に親密です)
>>[076]
共同体ももっと柔軟にならんもんでしょうか

キリスト教の根に
一緒に祈って ご飯を食べる会

みたいなものがあるように思うのですが

そんな 共同体はどうなんでしょう
>>[78]

本来ならそうなんだと思いますよ。
エウカリスティア(聖餐・聖体拝領・聖体礼儀)が、二世紀半ば頃に、小さな量のパンとぶどう酒の「密儀」になるまでは、
普通にイエスの復活を祝う食事だったようですし。
(大体、三世紀頃には、パンとぶどう酒が犠牲としての奉献であると解釈し得る典礼文が出てくる)

古い文献だと、礼典は二つに分かれていて、
ことばの部分と食卓の部分に分かれていたと見られています。
ことばの部分では、洗礼者や洗礼準備者を含めて、全ての信仰者の出席のもとに監督または長老によって聖書が朗読され、
説教があった後、
聖餐に参与できない人が解散されてから、食卓の部分に移っていたようです。

国教化すると、行列や祭服、交唱を盛り込んだ複雑な儀式に発展しました。
同時に、信徒があずかる頻度も減っていったようです。

中世初期には、逆に簡素化して、一人の司祭に助手が加わるか、助手なしで、「ミサ」として行われるようになり、
司祭が聖なる犠牲を神に奉献するのを会衆が沈黙して見守るだけ、みたいなスタイルになりました。

で、プロテスタントが、「初期教会に戻ろう」みたいなことを言い始めて、
宗教改革のゴタゴタが起こり、今みたいな感じになりました。
聖餐を伴った礼典の後、普通に教会員で一緒に食事する所もありますけどね。
>75

>日本人は日本国憲法という、国家と国民の間の契約にしか、
>自己の自由を主張する基盤がない、と考えているとか…?

これは、イリア・エレオスさんにしては異なことを・・・

日本人には、上下関係の契約がそもそもありませんし、法治国家の体裁を取っていますが、それは明治になって、無理矢理作ったものだから、伝統がないです。

日本人の真の法律(または律法)は、十七条憲法の第1条にあるとおり、「皆で話しあって決めたことを天地神明に誓う」ことで成立します。

日本人クリスチャンで、洗礼を受けたことによって「救われた!」と実感する人はいても、「自分はヤーウェと契約を結んだ」という意識の人は、たぶん稀ではないかと思います。

>>[80]

ノン・クリの日本人はともかく、
クリスチャンになったら、契約を意識するものではないかと思ってました。

ノン・クリでも、日本国憲法自体、英米法だから、昔に比べて意識が変わっていてもおかしくないのに…
(英米法は、憲法により禁止規定が明記されてない限り、原則自由。
日本国憲法が保証するから自由というのは、本末転倒というか、
憲法が改正されたら道徳観念も変わるの? 的な怖さがある)
78> キリスト教の根に 一緒に祈って ご飯を食べる会

御聖体とマリア様 と共に在る会 が教会
ミサ聖祭は主の食卓に与って御聖体を拝領する祭儀です。

80> クリスチャンになったら、契約を意識

少なくともカトリックの俗人信者は 契約を意識しないかと思います。
幼児洗礼で、10歳くらいまでに要理教育の人 多いです。
大人の洗礼志願者への要理講座でも 契約 を強調してないのではにか と。

プロテスタントの信者さんでも、契約を明確に意識している人は
あまり お目に掛かりません。

封建制度 でも、西洋のそれは契約に依り主従関係を結びます。
…カトリックの司教様はローマ司教に対して従属の契約をします…

他方 東アジアの場合、身分か恩恵関係ではあっても、
対等を前提とした 契約 関係を意識するのは稀ではないでしょうか。
(乱世で下剋上の時代には 一部 あります)
>>[079]
一緒に祈って ご飯を食べる会
なら 教派関係ないし 異端もカルトもないでしょ

仏教 イスラム教でも 大丈夫かもしれないですね

>>[83]

>一緒に食事をする

仏教の十重禁戒の一つ、不飲酒禁戒(日本では円戒になっているだけで、守る人は守る)と、
イスラームの禁酒や食物規定、
ユダヤの食物規定に触れまくって面倒なことになります…
カトリックも、厳格な人なら海産物に関する律法の規定は守るかもしれない(昔の修道院の人は守ってたそうな)。

ユダヤなんか、家畜の屠殺方法も気にしないといけないし。
クリスチャン同士なんら問題ない…と思ったら、カフェインを禁止する教派もありますね。
(イスラームではカフェインは可。つーかコーヒーはトルコからヨーロッパに伝来したし)

ちょっと厳しいかも。
>>[084]
僕が小さい頃は 好き嫌いせず なんでも食べなさいと言われたけど

宗教やってる人は好き嫌いが多いのかな?
>>[85]

日本人の感覚って、食物規定を「好き嫌い」で捉えてるんですか…
ちょっと新鮮な驚き。
違います。
神が授けたもうた規範、道徳の一部で、タブーなんですよ。

日本でも、猿や犬や猫を煮て食ったことを公にしたら、社会的に酷いことになるでしょう?
日本は成文化されてないし変遷するけど(たとえば、明治まで日本人は犬を食べてました。
東京に駐屯した薩摩が犬を食べすぎて、東京から犬の姿が見えなくなったと記録されてたりします)、
ユダヤとイスラームは、聖書とクル・アーンに明文化されていて、
それぞれラビやイスラーム法学者による注釈書もあるわけで。
…仏教も一応ありますが、日本に入った途端、戒律を極端に嫌う日本人の習性で、有名無実化されてしまいました。
だから、日本の僧侶は般若湯を飲み、妻帯するせいで、大陸の仏教者の集まりでは、僧侶扱いされないとか。

何故規定があるのかは、昔の衛生規定だとか、境界線上のタブーだとか、
敢えて禁止することで欲望の自制を促す為だとか諸説ありますが、
根本的には、ヤハウェに聞いてください。

よーするに、宗教の壁は厚く、理屈じゃないわけです。
>>[086]
もし 唯一の神が授けた 食物規定なら
なぜ バラツキがあるのでしょうか?

なんかただの 民族の好き嫌いみたいな気がしますが

アレルギーとかかもしれないか
78> 一緒に祈って ご飯を食べる会
 の話題を即座に断食に切り替える辺り
 禁欲主義の面目躍如たる感があります。

日本では、明治初期まで四足の動物を食する事は
宗教的禁忌にあたりました。
(…逆に云うと、背に腹は代えられず、食べていた貧民が大勢居た訳です)
>>[87]

民族毎じゃないでしょう。
イスラームは、アラブだけではなく、インドネシアからイランなどの諸民族にも同じく適用されますし。

たとえば、豚肉を食することを禁止するのは、ユダヤもイスラームも同じです。
理由は、これも諸説ありますが、好き嫌いじゃなくて、

1、肉食動物と草食動物の境界線上にある動物なので、タブー視された
(日本でも、黄昏時など、昼と夜の境界線は「逢魔が時」と言って警戒されました)。

2、砂漠で、豚を家畜として飼育する際の飼料の量のコストが大きすぎる。

3、寄生虫の問題。

4、豚肉は美味しい。だから我慢して食欲を抑制することを学ぶため。

…と諸説あります。

酒はユダヤではOK、イスラームではNGですが、…これは本当にただの推測ですが、砂漠で酒を飲んだら脱水症状などで死につながります。
人の判断力を低下させ、中毒性があり、死につながるから、…という砂漠の環境に由来するのではないかと思います。

仏教も山ほど戒律はありますが、ほとんどがサンガ用の戒律で、在家は精々十重禁戒くらい。
しかし、それすら嫌がる日本人、というのは中々面白い話ですね。
日本人は、宗教の戒律を、「建前」として軽く見るので、「本音」は単なる嗜好の差ぐらいなんだろう、と思うのかもしれません。「本音」「本心」を想定するのは日本人の思考様式の大きな特徴です。
こういう心理は結構興味深いものですな。
日本人の論争や議論、あるいは会話の応酬などで、
特に顕著なのが、言語によって表わされている内容そのものではなく、
その言葉を発した動機、「本心」をまず探ろうとすること。
そして、「本心」では人は大して変わらない、あるいは困難もなく通じ合えるという「信仰」があるというのが、
やはり宗教的戒律を嗜好と思う原因かもしれません。

旧約聖書には、「昆虫は汚れているから食してはいけない」という規定があります。
レビ記と、申命記にありますが、レビ記では例外として「ある種のいなごは食べて良い」というのがあって、申命記には例外がありません。

で、書かれた時期は、申命記の方が古く、レビ記の方が新しい。
つまり、
最初は「一切の昆虫は食べてはいけない」
だったのが、
「昆虫は食べてはいけない。ただし、ある種のいなごは食べてよい」
に変化したわけです。

それで、あるラビが推測するには、昔は昆虫は食べていけないとしていたが、飢饉か何かがあって、貴重な蛋白源であるイナゴを食さざるを得なくなった状況が生じたのではないか、と言われてます。
しかし、レビ記で規定された種類のイナゴが、現代ではどの種になるのか分からないので、
ユダヤでは結局昆虫は全部食べないわけですが。

好みではなくて、やはり何らかの、ある種の合理性を持った理由が古代にはあったのかと思います。
(それは形式的だから継承する必要がない、と言ったらクリスチャンになりますし)
>>[090]
そんな 事細かなことを 全知全能の神様が指示されたのでしょうか?

まさか レバ刺しも!?
>>[91]

そういう細かい規定が書かれたレビ記について、ユダヤにはジョークがあります。

曰く、

「ヤハウェがレビ記の規定を与えた時、実はモーセは酔っ払っていた。
だから、あんなに退屈で煩雑な書になったのだ」

また、こんなジョークもあります。

ユダヤ人がズボンを仕立ててもらいに、仕立屋に頼みに行くと、
仕立屋は「一週間はかかる」と言いました。
「どうして、そこまで掛かるんだ。全知全能の神は六日間で天地を創造したんだぞ」
「ええ。その六日間で急ごしらえした世界の混乱振りを見て下さい。
我々に一週間与えてくれれば、立派なズボンを仕立てて差し上げますよ」

…ユダヤ人も別に疑問に思ってないわけではないようです。
>>[93]

マルコ伝だと、ガリラヤ湖東岸の、ゲラサ人の土地(とはいえ、大体東岸46キロで大分遠いですが)で、
位置的にはデカポリス、すなわちギリシャ人の植民地の話ですね。
ギリシャ人(ギリシャ語を話すヘレニズム文化圏の人)だから、辻褄はあってますね。

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