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私は恋するトゥレッターコミュの体験談

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このトピックスでは、チック、トゥレットを持つ当事者、あるいはご家族、あるいは友人の方の体験談を募集します。辛い思いをどのようにして克服したのかを書いていただければ幸いです。

コメント(30)

一番乗りかな?
克服していませんが、かなり開き直っています。
学生の頃は恥ずかしくて怖くて、毎日が地獄でした。何でこんな衝動が沸くのか、自分は完全におかしくなってしまったのでは?自分を責め親を責め、非情な世の中の視線に刺されながら卒業、仕事?そんなこと出来るわけない、会社で冷たい視線と罵声を浴びながら生きては行けない…
だから自営業、会社を作りました。
初めは告白する勇気もなく隠して耐えて人と接していました。
でも隠し通せません、症状は一層激しくなりどん底に至りました。
手足は動き、汚言 暴言…ご飯もちゃんと食べられない状態でした。
親は色んな祈祷しを呼びお払いを受けました、神にすがるほど深刻だったんです。
今思えば笑っちゃいます、祈祷しはそれぞれ先祖の霊を呼び出したり、悪しき蛇や落武者と格闘したり…オイオイどっちが病人だ。
その後理解ある女性と廻り合い結婚、式上父親が良くやった…と誉めてくれました。出来損ないの息子が嫁をもらったのだから嬉しかったのでしょう。
出来損ないでも出来ることを悟った私は精力的にテレビに登場しました、ロケの最中もトレは出ましたがスタッフが上手く編集して放送されました。
その頃からか私には存在感みたいなものが備わって来て、やることなすことテレビや新聞が取り上げて会社の知名度が上がりました。
30年以上激しい病魔と戦っていますが、先に書いた通り今ではかなり開き直っています、トゥレットって心の安全弁みたいなものかと感じます、トゥレットの人間のもつ物凄いパワーを良い方向に向けるために確認するガス抜きなのかなって?
嫌な病気だけど、私達に出来ること、私たちにしか出来ないことを一杯さがして生きて行きたいです。多くの友人に支えられている自分は案外幸せなんですね…
ありがとう。
五歳くらいから発症しました。40年前はチックとゆうことばすら知名度が低く、あちらこちらの病院へ行ったと母が言ってました。結局は日赤病院でチックと診断されたようです。しかしわたしは、チックではなくトゥレット症候群だったのですから、 そのうち消えますよと言う医者の言葉を信じていた母を見事に裏切る結果となるわけです。トゥレット症候群と診断されたのは、それから30年後のことです。


10代後半から30代まで、目を回して倒れるほど酷かったです。脛椎を痛めるほどの強い首振り、両肩をびくびく動かす、腕を上にあげる、お尻を前後に動かす、ジャンプする…。痛くも無いのに痛いと言い痛い素振りをする、痒くもないのに痒いと言い痒いふりをする、トイレを我慢すると、しっこしたいと繰り返し言う…。症状をあげたらきりがありません。とにかく、じっとしていられないのです。おとなしくしているのは寝ている間だけでした。


学生時代も最悪でしたし(いじめの対象になりました)、公務員として社会に出ても半端なく最悪でした。せっかく公務員になれたというのに、局長や主任を先頭に酷い嫌がらせをうけ、たった3年で退官しました。


なぜ…。なぜなの…。なぜ私だけがおかしいの…。社会に受け入れてもらえない。親ですら受け入れてくれなかったので、なおさらでした。もう生きてはいられないと思い自殺をはかりました。でも生かされてしまいました。


数年間自室にとじこもりましたが、父が病に倒れ社会復帰できない体となってしまい、やむなく民間企業に就職したのです。


新しい職場でも最初は奇異な視線をあびていました。でももうどこに行っても同じですし、働かなくてはならなかったので、がむしゃらに仕事に没頭しました。そのおかげか、かなり変なやつだが、仕事では信用できると言ってもらえるようになりました。


そして転機がきたのです。パーソナルコンピューターが普及する時代となり、職場でも各自が持つようになったのです。インターネットでまず最初に病気のことを 調べました。


検索したらヒットしたのです。驚きました。自分と全く同じ症状の人が他にもいるなんて…。そして、トゥレット症候群という病名と出会ったのです。なんとも言えない感動的な一瞬でした。だんだん調べていくうちに、脳内の伝達物質の分泌異常であるところまで、アメリカの研究機関で判明しているところにたどり着きました。


まず母に調べた結果を話しました。最初は受け入れるのに時間がかかりましたが、今は協力してくれるまでに変わりました。そして、とにかく病院で調べてもらおうと決心したのです。 いろいろな検査を受けて、やはりトゥレット症候群であることがわかりました。その日より本格的に治療を開始しました。現在は薬物療法で落ち着きましたが、劇的に症状が変化しました。動かないで熱々のラーメンが食べられるまで改善したのです。


完治はしないと言われていますが、悪夢から脱することができました。


同じ病状で苦しんでいるかたがまだまだたくさんいる現実を考えるに、感謝の思いを込めて、体で役に立ちたいと思っています。
はじめまして


トゥレット・強迫性障害。チックで毎日毎日悩み、出口の見えない日々に、自殺しようかと思うほど正直苦しかったですがく〜(落胆した顔)



そんな時ある方達のおかげで行動療法に出逢い、理解したり実践したり一年ほどかかりましたが、今は朝起きてチックのない1日が幸せに感じる日を取り戻せたことに、ふと涙が止まらなくなります涙ぴかぴか(新しい)


習慣逆転法など我慢したりする方法は僕には無理でしたあせあせ(飛び散る汗)かえって衝動を強めるだけでした。


エクスポジャーや儀式妨害の禁止、森田療法なとが中心になって治療を毎日続けました電球はじめは治療方針を受け入れられなくて毎日反発してましたがあせあせ(飛び散る汗)結果的には良かったです電球行動療法は長くなるので控えますが、



トゥレットの人は本当に肩身の狭い思いしながら苦しんでる方が沢山いらっしゃると思います涙


チックをするには訳がある。という本に、トゥレットの人はたくましく繊細で思いやりがあり想像力があり愉快で素晴らしい人だ電球と書いてましたが・・


トゥレットで悩み苦しみの最中では言葉も届かないほどツライ日々だと思います。でもこれは真実だと今は思います。だからこそ行動療法であれ薬物療法であれ楽になるならどんどん積極的に取り入れて治してほしいと思います電球

たりあさんのおっしゃること、すごく良くわかります。

小5の息子がトゥレットです。音声チックの声が大きかった昨夏は、登校途中に

サラリーマン男性から「うっせえんだよ、バカ!」と言われるは、下級生から

「障害者!」と言っていじめられるはで、学校に着いたころにはすっかり心が疲

れていました。そして、学校では、授業中でも首を絞められたり、顔をパンチさ

れたりのいじめが待っていました。

 いじめ、暴言、暴行の連続で、本人は不安で登校できなくなり、私はいじめ防

止のために学校側や教育委員会との交渉で心身共にヘトヘトになりました。今は

小康状態を保っていますが、クラスメートが話していると自分のチックを馬鹿に

していると思ってしまったり、道行くサラリーマンが自分の方向を見ていると、

「あの人はT君(いじめっ子)のお父さんで、僕を殺そうとしているのかな。」な

どと妄想的なことを言います。

「普通に生かせてあげたい。」

私もそう思います。
> たりあさん


はじめまして。管理人のレプトンです。貴重かつ重要な生の声を聞かせてくださり、ありがとうございます。書きづらいことをたくさん書いてくださったこと、心から感謝いたします。トゥレッターにとっては辛い体験ですよね。涙が出るほど、痛いほど理解できます。学生時代と公務員時代は最悪でした。真似され、からかわれ、殴られ、突き飛ばされること、はかり知れずでした。小学生の時は、担任の教師が中心となり、いじめを受けておりました。トゥレッターとして生きていかなければならない現実を受け入れられるようになったのには40年かかりました。適切な治療と環境を改善することで、かなり良い方向に変化しました。どん底に落ちてしまっても、トゥレッターとして、どう生きたいのか、この一点がゆるぎない精神を作るはずです。大変だと思いますが、一緒に頑張りましょう!
はじめまして、浮上してるのを見かけたので書き込みさせていただきます。マシまろと言います

自分は症状が目立ち始めたのが小学校高学年の頃で、首振りや瞬きなどの症状がありました。
そこから様々な病院をたらいまわしにされ、地方だったのでトゥレットという病気を知らない医者が多く最終的に御茶ノ水の瀬川クリニックに通院する事になりました。
その頃一部からは変だ、ほらまた首振ってるとか言われたりしてました。
当時は落ち着いてないから首を振るんだ等々色々言われて、傷ついたりもしてました。

ただある時、だからなんなの?別にただ行動が一般的じゃないだけで、能力が劣ってるわけじゃないだろ?と唐突に思いつきました。
寧ろ普通にはない物持ってるんだ、一般より優れてるんだと思い込んで、中学時代はがむしゃらに勉強に打ち込みました。
高校に入る頃には幸いにも症状が落ち着いてきて、今ではほとんど症状も見られません。
先日最終検査しだいでは薬も終わりにしようという話を頂きました

自分の中では転機だったその考え方をした時、何か開放されたような気になり、症状もどんどんと良くなっていきました。これは直接関係あるかどうかは分かりませんが。
その頃から友人も増え、今ではかなりの数の友人がいます。皆好奇の視線で見ることもなく、普通と何も変わらない、それ以上の友人として接してくれます。
自分はトゥレットの症状を経て、色んな人の気持ちが分かるようになったと思います。
なってみないと理解できないものってやっぱりあると思うんです。そう言った点でみれば、トゥレットになったのもラッキーであったと今では思えるようになりました。
簡単に人の痛みが分かるなんて思いませんが、少なくともこういう症状を持った人を理解してあげる事が出来るんですから

他でも言われている方がいらっしゃいますが、トゥレットはエネルギーの塊です。何かに打ち込む時それは常人以上の力を発揮できるチャンスなのです
それはまだ浅い自分の経験の中でつかんだ一つの答えだと思っています。


考えを纏めきれずに打ち込んでしまったので読みづらいかと思いますが、これが僕の考えです。
これを見られている皆さんのどこかにひっかかってもらえれば幸いです
> たりあさん


素晴らしい考えをお持ちですね。応援します。トゥレットの症状はまだまだ未知な部分も多くて、国立精神神経センターの開道先生はじめ、東大医学部研究室や京大、トゥレット研究せんたーなどで協力しあい、解明と適切な治療の研究が盛んに行われています。残念なのは、日本トゥレット協会の会員数がまだまだ足りず運営資金は高木夫妻のポケットマネーから出ているのです。政治家の桝添さんや石場さんも会員となってくれています。会報の発送作業や事務局のお手伝いはレプトンをはじめとする6人のめんばーがボランティアしているのが現状です。国立精神神経センターにトゥレットセンターを作るべく働きかけていますが、微力なんですよね。正しい情報を得て適切な治療と環境によって、かなり病気は改善します。どうか皆様、この場をお借りしてもうしわけありませんが、ご協力を切に願っております。宜しくお願いいたします!
> マシまろさん


こんにちは。管理人のレプトンです。生の声を聞かせてくださり、ありがとうございます。!


文面から、戦ってこられたマシまろさんの溢れている生命力に歓喜しました。すばらしいですね。そう、首を動かしたり、声がでたりすることを除けば普通の人と何ら変わりはないのです。いや、完成は普通以上かもしれません。私達末端の者にできることは、社会への働き方であると思います。一番身近な社会は、家族、友人、恋人なのではないでしょうか?まず、隣の人に知ってもらう活動がやがて大きな波となり押し寄せてくるのではないかと感じます。
たびたび失礼します。トゥレットの息子の体験や、皆様の体験を読むたびに、社会での認知の大切さをひしひしと感じます。

実は今、”Front of the Class”という、トゥレット症候群でありながら教師となったアメリカ人男性の自叙伝を読んでいます。この本はアメリカでテレビ映画化されました。この方が体験されたことは、まさに今私たちが体験していることで、何度もうなずきながら読んでしまいました。

私はこの本の日本語版の出版と、日本での映画上映(日本語字幕付き)を考えたいと思っています。翻訳に携わる者としてできることは(実は私、翻訳者の卵なんです)、これくらいしかありません。

まだどこから始めたらよいのかわからない状態ですが、皆様にお聞きしたいことが出てくるかもしれません。どうぞよろしくお願いします。

(トピずれでしたら申し訳ありません。)
> サーヤさん


素晴らしいアイデアだと思います。協会に問い合わせてみてはいかがでしょうか。なにか得られるかもしれません。上映の運びとなりますよう。楽しみにしています!
> 暁乙★暁生CR-Zさん


18歳以下で発症して、運動と音声の両方が一年以上慢性化しているのがトゥレットであると言われていますが、お医者様には行ってますか?まだのようでしたら、通院することをお勧めします。彼女さんとすてきな時間を過ごしてほしいからわーい(嬉しい顔)トゥレットには『いかり発作』とゆう症状があります。適切な治療をして発作を回避してほしいです。

少年野球はがんばりましたね。エライ!拍手わーい(嬉しい顔)がんばり屋さんなんですね。やるときはやるんだーってところを見せていただきました。ありがとう!


すてきな体験談をありがとうございましたわーい(嬉しい顔)


通院を始めて三十年が過ぎます。物凄い量の薬が体に入りました…でもトゥレットはさほど変わらぬまま押し寄せて来ますし憑いて?もきます。
危ない事も沢山、奇声も卑劣な言動も、たくさんたくさん出ます…
でも昔と違うのが周りや自分の慣れ?
毎日が辛らいので、自然に辛さを消化する能力がついたこと。毎日かなりのパワーを消耗するので、疲労する反面、筋力アップだったり。

その上仕事も家庭も頑張らねばならぬ多重頑張り屋?です。

会社を経営していますが、取引先との商談は地獄…でもやらねば成り立ちません。
おかしいでしょ…?酷いトレの私が会社をやって接客や講演をするんです、もちろん変な目で見られるし笑われもします、客へのカミングアウトも数千回、慣れたものです。

トレが故の生活の質の悪さを痛感しながらも、トレが故の心の高嶺、能力の持続も有るのかなぁって考えます。

皆さんも苦しい思いをして生活していると思いますが、今の時代は昔より寛容な世の中ですから明るくいきましょう。

出来ない事ばかりで、考えれば考えるほど最悪になりがちなトゥレットですが、一つだけでも光るものを見つけたり身につけたりすれば、百の嫌なことも帳消しになるような気がします。

経験からそんなふうに感じました、突然お邪魔しました(^_^)
> 暁乙★暁生CR-Zさん


レプトンが常々、気を付けている点をひとつ申し述べさせてください。


インターネットが普及し調べられないことは愛しの君の心の中くらいでありますが、逆に情報が氾濫しているがゆえに正しい情報があるときねじ曲げられてしまうことを危惧しております(言われなくても分かってるよ!ですねあせあせ(飛び散る汗))


わたくしの作ったこのコミュニティでは、そのようなことが起こらないように気を付けているつもりでおります。このコミュニティは医療機関ではないとゆうことを念頭に置いて読んでいただきたく思っておりますので、宜しくお願いいたします。


いつも「笑顔」を絶やさないとゆうことは、素晴らしいですね。周囲の方たちにも笑顔が伝染するとよいですね。
> こうちゃんさん


『一つだけでも光るものを見つけたり身につけたりすれば、百の嫌なことも帳消しになるような気がします。』



素晴らしいですね。病気と前向きに歩いておられる、こうちゃんさんの体験から学ばれた証だと思います。レプトンも、見習いたいです。
>>[023]、こんにちは!管理人のレプトンです。なるほど!そうですよね〜。でも、ご相談をされるのに勇気がいったと思いますが、素晴らしいですね。兎さんのお陰で、またひとりトゥレット症候群の理解者が増えました!レプトンも首ふりが酷くて、美容室へは足が遠退きがちだったんです。カラーやパーマ等の待ち時間に人の目が気になってしまいます。だからといって行かないわけにもいかず…。レプトンも今度は勇気を出して話してみますね!
自分は8才あたりからチックのような症状があり、小6に通院を始めてその時にチック症と診断されました。
年々症状の種類が増え悪くなるばかりでした。
そしてこのあたりから様々なことがあり省略しますがトゥレット症候群と診断されたのは、つい2年前のことでした。
小さい頃は先ほど述べたように症状が増える一方でしたが、
成長するにつれ今度はひとつの症状が消えるとまた新しい症状が現れるというようなサイクルが見受けられるようになりました。
ただその現れた症状の中でも比較的軽く、我慢のきくものと私生活や学校生活に大きな支障をきたすものなど様々でした。季節の変わり目やだいたいキリのいい、半年または一年で症状が入れ替わることが自分の場合多くありました。
ここで書いていいことかはちょっと自分でも判断しかねますが
2年前の震災で自分は家を流出し現在は仮設住宅での生活を送っています。そんな事情や環境の大きな変化もあり今は車の運転も困難なほど症状は悪化しています。
とは言っても学生時代から親や主治医の先生には運転は難しいと言われていたので、免許は持っていません。
高校を卒業して早1年が経ち少しずつですが悪化の一途をたどっていた症状にも回復の兆しが見えはじめているのが今の大きな生き甲斐となっています♪
実は去年の6月から毎日欠かさず日記を書いて通院の度に主治医の先生にそれを見せて治療方針を決めたり経過をより正確に伝えて理解を示してもらっています。
たしかに筆を持てないほど辛い日ありましたがそんなときはわずかな記憶を頼りに溜めて書くこともありました(苦笑)
でもこのもうすぐ1年たつ日記生活で継続の大切さや自分の体は自分が一番理解している!だからこそまずは小さなことから諦めず続けることを始めようと気付くことができました。
日記の中で自分は症状のことを"発作"と呼んでいます。
この日記をもとに自叙伝を書いて日本トゥレット協会さんのほうに送ってなにか同じ苦しみを持つ人やその家族、知人のためにできないかと日々ちょっとずつ執筆を進めているところです。
大変長くなってしまい皆さん申し訳ありませんでした…
詳しい症状(発作)の内容は書き込んでいませんがもしこの投稿に興味をしめされた方がいましたらいつでもメッセージ下さい。
少しでもお力になれることがあるかと思います。
では失礼します(^・^)

>>[25]、こんにちは^^管理人のレプトンです!

被災地からの発信をありがとうございます。

たけさん、生きていてくれて、ほんとうにありがとう!!

被災されたトゥレッターたちは避難所暮らしや仮設住宅で辛い思いを

されているのではないかと、案じておりました。

出てくるチックの症状って、ほんと次から次へと変わりますよね。

何かのきっかけがあるのでしょうけれど、次から次へと

新しい言葉が出て来ます。反対に変わらずずっと出続けてる言葉もあります。

運動チックも首を振ったり肩や腕を動かすのはずっと変わらないのですが、

ある時は鼻の穴を膨らませたり、ある時は手で背中を叩いてみたり等、

形を変えて出現します。

たけさん、ずっと日記を書き続けておられて、すごいですね。

診察時に於いて主治医に日記を見てもらうとゆうのは大変良いと思います。

精神科の治療は診察室に入ると先生から先ず初めに『どうですか?』と

必ずと言ってよいほど毎回聞かれませんか?どうですかと聞かれるから

前回診察日までさかのぼって、徒然なるままにだらだらと喋ってしまう・・・

そして散々話した結果、じゃあ薬を出しときますんでね〜なんて言われて、

物足りなさを経験した人って多いと思うんです。案外先生から言わせれば

話が長いだけで、ようするに前回出した薬を服用して症状はどうだったの?

と思われてるかもしれない〜なんて感じたこともありませんか?

日記を書いて読んでもらうとゆうのは、短い診察時間を具体的に効率よく

相手に伝えられるスマートな手段ではないかと思います!!

>>[027]
お返事もらえて大変光栄で嬉しいです♪
こちらこそ、ありがとうございます!
トゥレットやチックの症状は被災という環境変化だけではなく引っ越しや両親の離婚、この他にも様々な個人的事情によって減悪を繰り返すのが一般的な進行過程ですよね。
自分は通院日が近づいてきたりなにか次の日人混みの中に行くという予定があると、本人は大して気にはしていなくても体が敏感に反応して発作が悪化することが多々あります。。。
一番長い症状の種類ではお風呂などでお湯や水を顔にバシャバシャかけて鼻で吸ったりシャワーをガブガブ飲んでそのお湯を嘔吐するまでやり続けるのが小5からずっとあります。多分トゥレットとともに強迫性障害も併発してるために重症化しているのかもしれません。
なのでお風呂ははっきり言うと地獄です(苦笑
でも入らないわけにはいかないので…笑
長くなってしまいすみません。
あと自分は時間を見つけては服用している薬について結構調べるのが日課になっていて
パソコンのない仮設ですが携帯などのネットで
あくまで素人目線ですが、効果や副作用、病気の用途ほかにも疑問を持ったことを診察時質問して患者も一体となった治療を今行き着いた病院ではしてもらっています。
僕の主治医は男性の40代後半くらいの先生ですが、こんなときはこう。こういうときはどう??などとアドバイス混じりに質問を投げかけてくれてなるべく薬を多くしない(以前大量処方による大量服用した自分にとっては)とてもいい穏やかな先生です。
一番怖い依存を避けるために今は家族、先生、自分と二人三脚??で日々頑張っています♪!!
>>[28]、おはようございます!!

通院に際しての取り組みは実に素晴らしいですね!

主治医と協力しながらひとつずつ課題を乗越えることは理想の形だと思います。

レプトンの主治医は入院時からのお付き合いなのですが、

先生はトゥレット症候群の事は病名は知っていたけれど実際に患者を診るのは

初めてだったのです。んじゃあ、先生には次のトゥレッターたちのためにも

トゥレット症候群の事を学んでもらおう!私が実験台になろうと決意した次第です。

たけさんは医学に関したことは素人かもしれませんが、トゥレット症候群に

関してはプロ中のプロです。トゥレット症候群と共に様々な素晴らしい体験を

たくさん積んでいかれますよう、心から応援致します!!
>>[029]
こんばんは♪
自分も何度も何度も病院やドクターを変えながらやっと行き着いた場所が今の病院です。

やっぱりそういう経験をしていると様々な言葉をかけて下さる先生もいますし、色んな診察や診断をする先生もいました。

自分の親戚に青森で整形外科をしているおじがいるんですが、最終的にはそのおじが僕の症状を知り合いの医師の方に聞いてめぐりめぐってトゥレットじゃないかという答え??に着きました。。。

そのおじのことも話した上で主治医の先生にトゥレットについて相談したところ、
その先生も薄々その病気には気づいていたようでした。
でもその先生は他の医師(おじ)との関わりを嫌な顔一つせず聞いてくれて最後には自分はまだトゥレットの症例をみたことがないから君に十分な治療をほどこしてあげられないかもしれない。
だからきっと君をよくしてくれる病院と先生を探しだしてあげると約束して今の病院へ通院するようになりました。
自分は決してあの三つ目の病院の先生が見捨てたとは思っていませんし、むしろあの時の対応には心から感謝しています。

レプトンさんの担当医の方ともきっと小さな繋がりから今までの信頼があって病気と闘えているんだと僕は信じています!

でも一番大きなのはレプトンさんご本人の勇気と気持ち(メンタル)の強さがこうやってコミュニティの方を勇気づけ支えているのだとこの何回かのやり取りで少し感じることができました。

何度も長文になってしまい申し訳ありません(;_;)

またなにかあったらご相談に乗っていただけると幸いです。
書き込みから大変ちからをいただきました♪
ありがとうございましたわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)
ではまた。。失礼します(^・^)

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