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ゴスペルハウスコミュの「義と認められるために」2025.02.01

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ゴスペルハウスメッセージ 2025.02.01
「義と認められるために」創世記15:1-6

1 これらの出来事の後、主のことばが幻のうちにアブラムに臨んだ。「アブラムよ、恐れるな。わたしはあなたの盾である。あなたへの報いは非常に大きい。」
2 アブラムは言った。「神、主よ、あなたは私に何を下さるのですか。私は子がないままで死のうとしています。私の家の相続人は、ダマスコのエリエゼルなのでしょうか。」
3 さらに、アブラムは言った。「ご覧ください。あなたが子孫を私に下さらなかったので、私の家のしもべが私の跡取りになるでしょう。」
4 すると見よ、主のことばが彼に臨んだ。「その者があなたの跡を継いではならない。ただ、あなた自身から生まれ出てくる者が、あなたの跡を継がなければならない。」
5 そして主は、彼を外に連れ出して言われた。「さあ、天を見上げなさい。星を数えられるなら数えなさい。」さらに言われた。「あなたの子孫は、このようになる。」
6 アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた。

今週も、先週に引き続き、アブラハムの生き方・信じ方から、御言葉を開きましょう。
「これらの出来事の後」(1節)というのは、次のような出来事の後のことです。

・アブラハムの旅立ち(創世記12:1〜)
アブラハムは75歳のとき、神様の言葉に従い、「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。」(12:1)と命じられたとおりに旅立ちました。
同時に「わたしはあなたを大いなる国民」(12:2)とするという、子孫が増し加えられる約束も受け取りました。

・ロトとの別れ(創世記13:1〜)
アブラハムが甥のロトを連れて旅立ったのは、子のない老夫婦の跡取りとしてなのかもしれません。
しかし神様は、アブラハムとロトのしもべたちを仲違いさせ、「ロトは、自分のためにヨルダンの低地全体を選んだ。」(13:11)のです。
アブラハムは、神様とともにいるのなら、どこに住んでもよかったのです。
この後(13:14〜)、神様は再びアブラハムに、子孫の約束を告げます。

・4人の王対5人の王の戦い(創世記14:1〜)
甥のロトを救出するために、アブラハムは戦いました。
アブラハムの勝利の後、ソドムの王の「人々は私に返し、財産はあなたが取ってください。」(14:21)という申し出にも、「『アブラムを富ませたのは、この私だ』とあなたが言わないようにするためだ。」(14:23)と、断りました。

アブラハムは、神様の言葉に従い、神様だけを自分の財産(取り分)として、これらの出来事をこえてきたのです。
しかし、神様の約束にもかかわらず、現実として、アブラハムには跡継ぎの子どもが与えられていません。
ロトも失い、「しもべのエリエゼルが跡継ぎとなるのか」とアブラハムは思っていました。
「あなたへの報いは非常に大きい。」(1節)と言われても、跡継ぎが与えられないのなら、むなしいだけです。
しもべが資産(遺産)を管理してくれたとしても、それが信頼するしもべだとしても、喜びはありません。
神様の約束は、本当の喜びを与えてくれないと、アブラハムは訴えるのです。

そこで、神様の3回目の子孫の約束、「あなたの子孫は、星の数のようになる」が与えられます。
75歳で1回目の約束がありました。
これまで何年待ったのかは不明です。
(イシュマエルが生まれたのはアブラハムが86歳のときなので、10年は経っていないと考えられます。)
数年間、神様の約束は、その兆しすらありません。
その間に、アブラハムもサラも、歳を重ねて、実現可能性は下がっています。
それでも、「アブラムは主を信じた。」(6節)のです。
そして、神様はそれを義とされたのです。
義とは、何かを立派に成し遂げることではなく、掟や戒めを完全に守ることでもありません。
主である神様を信じることこそが、義とされることなのです。
ローマ人への手紙第4章1-5節にもある通りです。

旧約聖書と新約聖書の「義」を、次のように考える人もいます。
旧約の義は、神様の律法(命令)を完全に守ることで得られるもの。
新約の義は、イエスさまの十字架を受け入れることで与えられるもの。
しかし、信仰の父・アブラハムのときから、旧約聖書冒頭の創世記から、神様の言葉を信じたら義とされてきたのです。

何ができるとか、何ができないとか、そこにとらわれると、愛を見失います。
例えば、悩みの中で学校に行けなくなっている人のことを、「今は、家で何もしていないんだけど」と、言う人がいます。
その人のことを心配しているのでしょうが、批判を含んでいる言葉です。
様々な理由で、仕事に行けていない人たちについても同様です。
それらの人々は、ケガや病気で休養・療養が必要な人と、同じなのです。
立ち上がり、歩み出すための、準備の期間なのです。
入院している人を見舞いに行って、「あなた、病院のベッドの上で寝てるだけで、何もしてないんでしょ」なんて言う人は、いないでしょう。

「もう歳を取ったから」、「私は力がないから」、「お金がないから」、「〇〇さんのせいで」と、自分は何もできないと諦め、できない理由を見つけて目を逸らしている人もいます。
そんなことはないのです。
アブラハムの姿は、そんなあなたのための姿なのです。
「アブラムは主を信じた。それで、それが彼の義と認められた。」(6節)は、「あなたも主を信じなさい。そうすれば、あなたも義と認められるのです。」という意味なのです。
ローマ人への手紙の次の言葉は、あなたのための言葉なのです。
「しかし、働きがない人であっても、不敬虔な者を義と認める方を信じる人には、その信仰が義と認められます。」(ローマ4:5)

あなたの罪は、赦されます。
だからもう、あなたは、自分を責める必要はありません。
あなたは、神様に受け入れられます。
あなたは、神の前で価値ある存在なのです。
イエスさまの十字架が、その確かなしるしです。
だからあなたは、主イエスを信じなさい。
そうすれば、あなたは義と認められるのです。
聖書は、この事実をあなたに伝えるために記された書物なのです。

あなたが義と認められるために必要なのは、あなたの努力ではありません。
ただ、イエスさまの十字架に現された神様の約束を信じるだけなのです。
あなたが、あなたの義を、しっかりと受け取ることができますように。


【参考聖書箇所】
☆ 旅立ちのときの神様の言葉
創世記
12:1 主はアブラムに言われた。「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。
12:2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。
12:3 わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう。地のすべての部族は、あなたによって祝福される。」

☆ アブラムが選ぶものとロトが選ぶもの
創世記
13:8 アブラムはロトに言った。「私とあなたの間、また私の牧者たちとあなたの牧者たちの間に、争いがないようにしよう。私たちは親類同士なのだから。
13:9 全地はあなたの前にあるではないか。私から別れて行ってくれないか。あなたが左なら、私は右に行こう。あなたが右なら、私は左に行こう。」
13:10 ロトが目を上げてヨルダンの低地全体を見渡すと、主がソドムとゴモラを滅ぼされる前であったので、その地はツォアルに至るまで、主の園のように、またエジプトの地のように、どこもよく潤っていた。
13:11 ロトは、自分のためにヨルダンの低地全体を選んだ。そしてロトは東へ移動した。こうして彼らは互いに別れた。

☆ 再びの約束
創世記
13:14 ロトがアブラムから別れて行った後、主はアブラムに言われた。「さあ、目を上げて、あなたがいるその場所から北、南、東、西を見渡しなさい。
13:15 わたしは、あなたが見渡しているこの地をすべて、あなたに、そしてあなたの子孫に永久に与えるからだ。
13:16 わたしは、あなたの子孫を地のちりのように増やす。もし人が、地のちりを数えることができるなら、あなたの子孫も数えることができる。
13:17 立って、この地を縦と横に歩き回りなさい。わたしがあなたに与えるのだから。」

☆ アブラムを富ませるのは
創世記
14:21 ソドムの王はアブラムに言った。「人々は私に返し、財産はあなたが取ってください。」
14:22 アブラムはソドムの王に言った。「私は、いと高き神、天と地を造られた方、主に誓う。
14:23 糸一本、履き物のひも一本さえ、私はあなたの所有物から何一つ取らない。それは、『アブラムを富ませたのは、この私だ』とあなたが言わないようにするためだ。
14:24 ただ、若い者たちが食べた物と、私と一緒に行動した人たちの取り分は別だ。アネルとエシュコルとマムレには、彼らの取り分を取らせるように。」


☆ ローマ人への手紙にも
ローマ
4:1 それでは、肉による私たちの父祖アブラハムは何を見出した、と言えるのでしょうか。
4:2 もしアブラハムが行いによって義と認められたのであれば、彼は誇ることができます。しかし、神の御前ではそうではありません。
4:3 聖書は何と言っていますか。「アブラハムは神を信じた。それで、それが彼の義と認められた」とあります。
4:4 働く者にとっては、報酬は恵みによるものではなく、当然支払われるべきものと見なされます。
4:5 しかし、働きがない人であっても、不敬虔な者を義と認める方を信じる人には、その信仰が義と認められます。

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