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ゴスペルハウスコミュの「T」2026.06.13

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ゴスペルハウスメッセージ 2026.06.13
「T」詩篇56:1-4

指揮者のために。「遠くの人の、もの言わぬ鳩」の調べにのせて。ダビデによる。ミクタム。ペリシテ人がガテでダビデを捕らえたときに。

1 神よ 私をあわれんでください。人が私を踏みつけ 一日中戦って 私を虐げているからです。
2 私の敵は 一日中私を踏みつけています。高ぶって 私に戦いを挑む者が多いのです。
3 心に恐れを覚える日 私はあなたに信頼します。
4 神にあって 私はみことばをほめたたえます。神に信頼し 私は何も恐れません。肉なる者が私に何をなし得るでしょう。

表題にある「ペリシテ人がガテでダビデを捕らえたときに。」というのは、サムエル記第一21章の出来事です。
サウル王はダビデへのねたみに心を支配され、ついに彼を殺そうとします。
そのことを知ったサウルの息子ヨナタンは、命がけでダビデに知らせ、ダビデは逃亡を始めました(20章)。

逃げる途中、ダビデは祭司アヒメレクのもとに身を寄せ、パンと、かつて自分が倒したゴリアテの剣を受け取ります。
しかしその後、逃れた先のペリシテ人の町ガテで捕らえられてしまいます。
恐れに満たされたダビデは、気が狂ったふりをしてその場を切り抜け、なんとか釈放されました。

この詩篇は、そのような場面、そのような状況の中で作られました。
この詩は、強さからではなく、絶体絶命の弱さの中から生まれたのです。

今年のゴスペルハウスの年間テーマは「FAITH」です。
F:Forgive(赦し)
A:Always(いつも)
I:Immanuel(ともにおられる主)
T:Trust(信頼)
H:Hand of God(神様の御手)
という5つのサブテーマがあります。
今日は、その4番目の「T」、Trust(信頼)を、この御言葉から味わいたいと思います。

ダビデは弱さという現実の中にいました。
「あわれんでください」、「人が私を踏みつけ」、「私を虐げて」、「高ぶって」、「私に戦いを挑む」と、ダビデは神様に訴えています。
しかも「一日中」です。

毎日、一日中踏みつけられ、虐げられているダビデは、とても強いストレスと重圧の中にいました。
私たちも生きていれば、強いストレスに直面することがあります。
原因にまったく身に覚えのないものもあれば、自分が蒔いた種によるものもあるでしょう。
どちらにしても、心はボロボロになり、へとへとになります。
多くの人が、程度の差こそあれ、同じような重荷を抱えているのです。

ダビデは、サウル王に命を狙われ、長年の敵ペリシテ人にも追われていました。
しかしダビデは、その強いストレスと苦しみを神様の前に持ち出しました。
「助けてください。もう無理です。」
ダビデは、その言葉を独り言としてつぶやいたのではありません。
神様に向かって語ったのです。
そこが信頼の始まりなのです。
弱さをそのまま神様の前に差し出すこと。
それが信頼の秘訣なのです。

「心に恐れを覚える日 私はあなたに信頼します。」(3節)
これこそが、ダビデの信仰なのです。

「恐れがなくなったから信頼します」ではありません。
「勝利したから信頼します」でもありません。
「問題が解決したから信頼します」でもないのです。
それなら当たり前です。
それは「安心」であって、「信頼」ではありません。

聖書が語る本当の信頼、本当に力のある信頼とは、そういうものではありません。
恐れがある時、それでも信頼すること。
それこそが本当の信頼なのです。

では、どうしたらその信頼を持つことができるのでしょうか。
「神にあって 私はみことばをほめたたえます。」(4節)
自分の強さで前向きになろうとするのではありません。
無理に気持ちを奮い立たせるのでもありません。
神様の力と約束の確かさが、心を支えるのです。
ダビデは、これまで経験してきた神様の守りと導き、そして御言葉の約束によって、恐れたまま、それでも信頼することができました。

そして神様は、あなたにも御言葉を残してくださいました。
その神様の約束が集められているのが聖書です。
例えば、次のローマ人への手紙の言葉です。
「しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死なれたことによって、神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。」(ローマ5:8)
神様は、あなたの弱さを知っておられました。
罪深さも、もろさも、恐れも、ストレスも、悲しみも知っておられました。
それでも神様は、私たちのために愛する御子イエス・キリストを十字架にかけてくださったのです。

「まだ罪人であったとき」。
それは、まだ恐れを克服していない時。
まだ立派になれていない時。
まだ神様を信頼できない時。
そんな私たちを、神様はすでに愛しておられたのです。

ダビデは恐れたまま、ストレスに押しつぶされそうなまま、それでも神様を信頼しました。
だからあなたも、ダビデのように信頼してよいのです。
「こんな私が神様を信頼していいのだろうか。」
「私に神様を信頼する資格があるのだろうか。」
そうではありません。
条件はあなたの側にあるのではなく、神様の側にあるのです。
こんな私を、それでも愛してくださる神様。
その神様を信頼しましょう。

それは親の腕の中に飛び込む幼子のようなものです。
幼子は、親が両腕を広げてくれるなら、そこへ飛び込んでいきます。
「この腕の中なら受け止めてくれる。」
そう信じているからです。
どんな小さな子どもでも、誰を信頼してよいのかを知っています。
ですから、まったく知らない大人が手を広げても飛び込みません。

あなたは今、信頼すべき方を見失っていませんか。
あなたを愛してやまない神様を忘れていませんか。
あなたのお手元にある分厚い聖書は、その神様を私たちに示しているのです。

弱いままでも大丈夫です。
ストレスを抱えたままでも大丈夫です。
神様の愛の腕は、今もあなたに向かって広げられています。
イエス・キリストの十字架によって、あなたは神様の子とされているのですから。
神様は今日も語りかけておられます。
「さあ、わたしのもとへ来なさい。」

信頼は、あなたの努力によって強くなるのではありません。
神様の愛の確かさによって育まれるのです。

最後に、ダビデの言葉をもう一度読みましょう。
「心に恐れを覚える日 私はあなたに信頼します。」(3節)

この御言葉が、あなたの人生の現実となりますように。
恐れのある日こそ、神様の愛があなたを支える日なのです。

【参考聖書箇所】
☆ ペリシテ人がガテでダビデを捕らえたとき
1サムエル記
21:12 ダビデは、このことばを気にして、ガテの王アキシュを非常に恐れた。
21:13 ダビデは彼らの前でおかしくなったかのようにふるまい、捕らえられて気が変になったふりをした。彼は門の扉に傷をつけたり、ひげによだれを垂らしたりした。
21:14 アキシュは家来たちに言った。「おい、おまえたちも見ているように、この男は気がふれている。なぜ、私のところに連れて来たのか。
21:15 私のところに気がふれた者が不足しているとでもいうのか。私の前で気がふれているのを見せるために、この男を連れて来るとは。この男を私の家に入れようとでもいうのか。」

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