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記憶のなかの棄物コミュの名前のない家

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   名前のない家


   研生英午(みがきえいご)

  
  1

  鴉が群れをなす廃墟に
  野晒しのまま山積みにされている 古鉄
  黒い太陽は照りつけ
  ヂリヂリ じじっ
  古鉄の表皮は焼かれる

  鮮やかな掻疵が裂く 錆びついた地肌
  いきづく傷口から
  噴き出してくる金属音
  赤茶色の肌に ひと粒汗が垂れる
  と 噴上げのように
  牛頭の貌(かお)をした闇が
  ヌクリ 顕れてくる


  2

  ピンホールの彼方から
  次第に歩みを速め
  血の色をした万華鏡が ゆっくりと手足を広げる
  傷口には
  汚れた罪人たちが群がり
  乾いた舌で粘液をなめる
  と たちまち
  廃墟のなかの迷路が呻きはじめる

  仰ぎみれば
  森の樹の枝々が気管支のように 
  暗い空に漂っている
  枝々のあいだを風の夜想曲(セレナーデ)とともに
  渦巻いているのは 生霊か 死霊か
  耳の鼓膜に突き刺さる 侵入者よ
  絶望がはりさけるまで
  骨の弦をたたけ


  3

  廃墟の心臓から
  夥しく盗まれる 遺品の数々
  割れた皿や茶碗
  枯れた壺
  これら失われた遺品の不在に 
  音楽が流れ
  盲いた蕩児らの宴に誘われ 迷い込む
  存在の棲処
  そこでは
  仮面をつけた殺戮が合言葉


  4

  悪い夢の水脈(みお)をつたい
  木乃伊(ミイラ)の味がする土を吸いあげる
  自らの来歴を消してしまおうと 
  マッチで管に火を放つ
  曲がりくねった水脈のなかを転げ墜ちる
  「自我」の淫らな姿
  産毛のある桃のような肌を 撫で上げる
  腐った時間の白い指
  鞭のように
  ぶん びゅん 唸り
  闇の壁には
  光る甲骨文字が刻みつけられる

  たいくつな運動の環のなかに
  くっきりと浮きあがる
  名前のない家
  それぞれの部屋には 等身大の鏡があり
  暗い淵のおくには
  そこ ここ あそこに
  陰画(ネガ)の首が転がっている


  5

  のっぺらぼうの球面のうえに
  人家はあふれ 連なり
  戸口をたたく手という手が重なる
  手は疲れている
  が 家屋は
  尖った望楼のように
  時間の雨に濡れたまま 立っている
  それは凍てついた皺だらけの袋だ
  八方に 押し黙ったまま 言葉にならない言葉を吐き
  ときには
  疑問符のまま 死んだふりをする


  6

  戸口は堅く閉ざされている
  失われた時間の轍(わだち)が風紋のように脈打ち
  家屋の内部は漠とし
  地下室では
  びょう びょう
  なまぐさい風がすすり泣いている

  火柱は黒い床を刺し貫き
  祈りのような句が私語から死語へ
  それぞれの部屋を埋めている
  ひび罅割れた壁のすき間へと
  意味はにじみ 紙魚(しみ)となり
  やがて つぎつぎと飛び出してくる魚たち

  足のもぎれた円卓の板面に
  車座となり 蒼白い顔を映し合う
  スュッ 
  と 歯音を発する唖者たちの
  食事がさびしい


  7

  壁には吊されたような窓がひとつ
  外では 無駄話をする悪霊たちが
  樹木に黒い包帯を巻きつける
  これらの事物が浮遊する 森のなか
  海鳴りのように 鼓膜の手前で
  ひるがえる言葉たち
  
  青い闇へと
  吸い込まれ 砕けちり
  無数の光の塵芥が
  透きとおった画布(タブロー)「幻想」に付着する
  それらを透視する猫の目の視線が
  負の世界へ すばやく疾しり去る
  時空という子宮の内壁の環をなぞりながら


  8

  聖母(マリア)の頭をもち
  黄金のたてがみをふりみだす
  「個」の回帰点まで 吠えつく
  家屋の住人たち
  咆哮を星空にひびかせ
  灼熱の地平線のうえを 白い獣の姿で這いまわる
  目覚めては
  かたわらにある洗面器から砂をすくい 顔を洗う
  不定期に訪れる朝のため
  長い夜のあいだに
  惨い神話をつくる


  9

  手先や爪先から わずかずつ
  触手ににた根を生やす赤・黄・紫の植物たち
  に 水を差す 家屋での日課
  回廊をわたり
  一番高くて低い中庭のプールで
  向き合い 発砲する
  貧者の「私」と王者の「私」

  からだは蛇腹ににた暗箱(ブラックボックス)
  日毎 伸びたり 縮んだり
  光がかたちを貫く 瞬間
  生の忘我(エクスタシー)
  天へといきなり飛火する 水晶鳥(クリスタルバード)
  法悦と虚妄
  この「現在」を身ぶるいさせる相反(アンビバレンツ)よ
  熟れたからだは
  暗い亀裂に放置されたまま 吐きだす
  砂まみれの言葉を

  時の断崖(きりぎし)へ
  無花果のような頭を投げつける
  少しずつ殺がれる「夢」の構造
  内側では
  畸形の侏儒(こびと)が眠っている
  頭に眼帯をつけながら


  10

  鴉が群れをなす廃墟に
  野晒しのまま山積みにされている 古鉄
  
  廃墟とは
  言葉に見捨てられた王国
  古鉄とは
  語りつがれた神話の亡骸
  ただ思考のみが
  闇を浸食するまえに 滅びる
  が 虚空へと高鳴る胡弓の声は
  蒼穹の円天井(ドーム)から
  動夢へ
  綱渡り
  言葉の「影」に 爪を立てている

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