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去年のノートに書いてあった言葉コミュの遅刻

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タケルは湯船に浸かっていた。

正面に座ってシャンプーをしている五十代ぐらいの男の背中を見つめた。
背骨が皮膚の下からくっきりと浮かんでいる。
背骨を構成する一つ一つの骨が独立的な意志を持つと、この皮膚から背骨達は飛び出して来るだろうな、とタケルは思った。

タケルは頭上を眺めた。浴場の天井の一部がガラス張りになっていて、そこからオレンジの夕日が浸食している。世の中の全てのモノを食べられるモノと食べられないモノに分けるとしたら、そのオレンジの光は食べられるモノに分類されるような気がした。

銭湯に来てからタバコ3本分とコーヒー1杯分の時間が経過していた。
ミナはジャスコの一階のベンチでタケルの帰りを待っている。

タケルは体を包む湯の中に潜った。
湯の水面はまるで練習を終えた野球部員がグランドにトンボをかけるように、タケルの顔面に迫った。顎、重なった唇の境目、ほっぺたと頬骨、耳たぶ、耳の中、こめかみと額。一年の野球部員が絶対に三年の先輩に逆らわないように、湯の水面はタケルの顔面を律儀に越えていった。不思議だな。とタケルは思った。どうして身体的な刺激が大きくなると時間はゆっくりと進むのだろう。同じ時間なはずなのに。

全ての音と光が歪んで伝わる湯の中で、タケルは昨日見たテレビ番組を思い出していた。
日常の現象をハイスピードで捉えて見るという趣旨の番組だった。
膨張した水風船に針が振れて割れる瞬間の映像をタケルは思い返した。水風船が割れる現象を超スローモーションで見ると、それは自分が知っている水風船の割れ方とは全然違うことをタケルは知った。その事実をタケルは悔しいと思った。自分の身体の感覚と感情が唯一無二に正しいと思いたかった。それを信じて生きたいと思っていた。でもどうやらそうでない。それが悔しかった。水風船が超スローで割れる映像を浮かべながらタケルはポンパ! と叫んでみた。聞き取るために必要な穴を塞がれたような音が聞こえた。
ポンパ! パンポ! ピンパ! コンパ! コンパニオン! コンパニオンジェネシス!コンパニオンジェネシスアンドリバーサイド病院! 湯の中で叫び続けた。

湯から顔を上がると新しい客が一人増えていた。骨格と筋肉が異常に発達しているその男の背中には菊の花の入れ墨があった。タケルは立ち上がり湯船から出た。その際、顔を湯の中につけた時に感じた時間のスピードの変化は訪れなかった。あるいは、時間の変化をタケルは知らなかったのかも知れない。

銭湯に来てからタバコ5本分とコーヒー3杯分の時間が経過していた。
ミナはジャスコの一階のベンチで東野圭吾を読んでいる。

タケルはジャスコの入り口で立ち止まった。入り口から生鮮売り場を抜けて右に折れるとミナが待つベンチがある。ベンチに座ったミナが東野圭吾を読んでいる姿をタケルは思い浮かべた。時計を見ると約束の時間より16分遅れていた。空を眺め、食べられるモノから食べられないモノに変化した日の光を見つめながらタケルはタバコに火を付けた。
そして視界にミナの姿が映っていることに気が付いた。

「どうしてタバコなんか吸ってるのよ」
「私待たされてるんだよ」
「30分で戻って来るって言うのに、いっつも遅れるんだから。しかもこんなところでタバコなんか吸って何考えてんの」

タケルは何も言わずミナの肩を抱きしめて無理矢理唇を重ねた。唇と唇が重なった瞬間、風船が超スローで割れるイメージが湧いた。そして、ミナの身体が弾ける映像を想像した。唇と唇が重なっている間、時間は恐ろしくゆっくりと流れていた。

コメント(1)

遅刻→車
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