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詩歌全般・日本古代史・たべものコミュの世の中は つねにもがもな なぎさこぐ あまの小舟の つなでかなしも

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世の中は つねにもがもな なぎさこぐ あまの小舟の つなでかなしも   鎌倉右大臣
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世の中は

いつまでも変わらないものであってほしい

海辺の浪打際を行く漁夫の小舟を

引き綱で牽(ひ)いてゆくさまは

何ともしみじみと興味深いものだなあ

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【本歌】

吹黄刀自「万葉集」

河の上の ゆつ岩むらに 草むさず 常にもがもな 常処女にて


よみ人しらず「古今集」陸奥歌

みちのくは いづくはあれど 塩釜の 浦漕ぐ舟の 綱手かなしも


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世の中はつねにもがもな; 

「は」は係助詞。
「つね」は「無常」の反対語。
「に」は断定の助動詞「なり」の連用形。
「もがも」は願望の終助詞。
「な」は詠嘆の終助詞。二句切れ。


なぎさこぐ あまの小舟の つなでかなしも; 

「なぎさ」は渚、
「こぐ」は四段活用動詞「こぐ」の連体形。
「あま」は漁師。
「つなで」は綱手縄。舟につけて陸上から引き舟する。
「かなし」は形容詞終止形、強く心にしみる意。
「も」は感動・強意の終助詞。
季節ネタでも、恋愛ネタでもない珍しい分類の一首。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
源実朝

源 実朝(みなもと の さねとも、源 實朝)は、鎌倉幕府の第三代征夷大将軍である。

鎌倉幕府を開いた源頼朝の子として生まれ、兄の源頼家が追放されると12歳で征夷大将軍に就く。政治は始め執権を務める北条氏などが主に執ったが、成長するにつれ関与を深めた。官位の昇進も早く武士として初めて右大臣に任ぜられるが、その翌年に鶴岡八幡宮で頼家の子公暁に襲われ落命した。子はおらず、源氏の将軍は実朝で絶えた。

歌人としても知られ、92首が勅撰和歌集に入集し、小倉百人一首にも選ばれている。家集として金槐和歌集がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E5%AE%9F%E6%9C%9D

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鎌倉右大臣 かまくらのうだいじん (1192〜1219) 
鎌倉幕府第三代将軍 源実朝。
源頼朝の第二子、母は北条政子。

急死した兄頼家の後を継ぎ、十二歳で将軍になる。
二十七歳で右大臣になるが、その翌年二十八歳で兄源頼家の子 くぎょう/公暁に、右大臣拝賀の礼で鎌倉鶴岡八幡宮に詣でた帰路、暗殺された。

鎌倉幕府の実権は、これにより北条氏に移る。
公暁の逆恨みは、北条氏による差金とする見方が強い。

鎌倉にありながら京都文化に心酔し、和歌・蹴鞠を好む風流人であった。
将軍の跡目を継ぐ羽目にならなければ、優雅な趣味人として一生を おくれたであろう。

和歌は 藤原定家に師事を請け『詠歌口伝』(『近代秀歌』)を贈られている。京と鎌倉の距離は、歌にも独自性をはぐくんだ。
その歌風は万葉風であるとして、賀茂真淵や正岡子規に賞賛された。

また入宋を目指し陳和卿に巨大船の建造を命じたが、船はうまく進水せず失敗に終わっている。
この歌の詞書は「題知らず」であるが、自撰和歌集である『金槐集』の中では、「舟」の題詠となっている。

ここでの 「かなし」は「かな愛し」でいとおしいとか、しみじみ心を動かされるといった意味で、「悲し」と解釈して、寂寞感のみの歌と読むのは誤りと、定家の解釈にある。

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