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レコーディング&ライブ日記#2コミュの坂本龍一(教授)「未来派野郎」レコーディング記録 #2 

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 プリプロでは曲のモチーフになるようなリズムパターン探しや、教授が持ち込んで来たアナログレコードからのサンプリング素材収集などに殆どの時間を費やしていたと記憶している。ベーシックと殆どのダビングレコーディングは東京・青山にあるVICTOR STUDIO 201st(スケジュールによっては401stの場合もあった。確か“GT”の窪田晴男によるギターダビングは401stだったと思う。)に移ってからは殆ど毎日このスタジオに通い、レコーディングを進めていった。

教授はそれ以前において殆ど西銀座にあるONKIO HAUSスタジオを根城にしていたが、このレコード作業に関しては終盤のダビングとミックスダウン作業のみがONKIO HAUSでそれ以外の作業はVICTOR STUDIOであった。当時使用していた機材を思い出すままに書き記そうと思う。

(機材について)

■シークケンサー:ROLAND MC-4+デジタルレコーダー(データ記録用)《写真にあるこの機材は最初の普及型シークエンサーで4ch分のCV とGATE信号の出力を持っていた。音楽データ入力には職人ワザが必要だった懐かしい時代の機材である。鍵盤からの入力方法もあったがかなり煩雑で使っている人を見たことがない。 》

■YAMAHA DX-7&DX-5、FAIRLIGHT ■イミュレーター?、■PROPHET-5(MIDI付き)

■イフェクターはROLANDのフランジャーとディメンジョン、デジタルディレイ(いずれも型番忘れました)位だっただろうか。この頃は以前より余りイフェクターラックを使用していなかったと思う。主にコンソール側で音色を作っていた記憶している。201stはかなり改装されてしまって内装は当時と違っているが、10畳程度のダビングブースと6畳程度のボーカルブース、それと天井が2.5m位で40畳程度の大きさのリズム用ブースがあるスタジオだった。教授が銀座のONKIO HAUSを離れて長期間別のスタジオでレコーディングするという事自体珍しいことであったがONKIOが長期間ブッキングできなかったのか、他の理由なのかは当時の私には不明だった。実施に曲を作って行く作業の殆どはここで行われ、ダビング作業の90%以上はこの201stで進行した。この当時全ての進行をメモしていた訳ではないので、大部分は記憶頼りになってしまうが、いくつかエピソードを書き記そう。(続く)

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