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日詩会コミュの「1」から始まる物語、その第三話

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三等賞の鉛筆(前編)

「次は五年生男子の百メートル走です」
 校庭にアナウンスの声が響いた。
「ほらパパ。賢人が走るわよ! ねえパパ、起きて。そうやって長々と寝ていたら、ほかの人にも迷惑でしょ。ねっ。賢人が走るんだから、ねえ起きて!」
 妻の由里子の声が聞こえる。
 朝早くから起きて、賢人の運動会の見物席の場所取りをさせられたものだから、いつの間にか建夫は寝ていたらしい。
 バブルがはじけたすぐには、まだまだ建夫の会社もさほどの影響はなかった。会社といっても、社長の建夫とDTPデザイナーが二人、ライターと事務がそれぞれ一人ずつの、個人事務所に毛が生えたようなデザイン事務所だった。
 大きな仕事があるわけでもなかったが、いくつかの出版社や印刷会社から、社員の給料をそこそこ払って、年に一回くらいは自分や社員の家族を引き連れて社員旅行をするくらいの仕事はあった。単行本の装幀や編集デザイン、雑誌の企画ページ、会社案内のパンフレット、社内報や機関紙……。
 バブルがはじけて一年過ぎた頃から、仕事が減ってきた。気が付いた時には、半分ほどになっていた。
 とくに営業回りをするわけでもなく、出入りしている会社の担当者から、また別な担当者や部署を紹介してもらったり、他の会社を紹介してもらったりだったから、営業の必要性はなかったのだ。ただし、それまでは……。
 仕事が半減すると、必然的に社員全員を養うことができなくなった。デザイナーの一人を、付き合いのあった中堅の印刷会社にむりやり雇ってもらい、事務の女性には泣く泣く辞めてもらった。
 それでもなんとか乗り切ろうとしていたが、取引先からは、社内にDTPの専門部署を作ったから、外注に出す余裕がなくなったから、などの言い訳をされ、ますます仕事は減っていった。
 その頃には給料の遅配にも慣れていたデザイナーとライターに、もう事務所としての存続は無理だ、と話すと、二人とも建夫に文句を言うでもなく私物をまとめると、事務所として借りていた2DKのマンションから出ていった。
「また事務所を開くときは、声をかけてくださいね」
 二人とも、優しそうに言ってくれたが、その背中には〈もう無理だろうな〉との大きな紙が貼られているようだった。
 それが、つい三カ月前。
 事務所として借りていたマンションの解約、荷物の整理、あっちこっちへの支払いの清算、つまり残務整理でしばらくは忙しく、建夫は自宅でかろうじて残った仕事を細々とやるようになって、気が付いたら息子の賢人の運動会の日を迎えていたのだった。
〈これからどうなるんだろう……〉
 建夫の不安を見透かしたように、由里子は、
「どうにかなるわよ。わたしだって働き出したんだし」
 と明るく言ってくれたが、建夫は会社をツブしたことの悔恨と見えない未来へのやり切れなさで、鬱々と過ごしているしかなかった。自分一人がなにか損をしたような気分もあり、とにかく疲れていた。なんのために仕事をして、なんのために会社をツブして、これからなんのために……。こんな自分に、これからどうやって家族の面倒をみることができるというのか。疎外感と疲労感に苛まれている中年男……。

「起きて、パパ、建夫さん……たっちゃん、ほら急がないと! ……たっちゃん、先生が呼んでるよ。ここは観客席。たっちゃんは、これから走るんでしょ。おやつはあとでいっぱい食べていいから、早くみんなのところへもどらなくちゃ!」
 目を開けた建夫の向こうで、担任の進藤先生が大きく手招きしていた。
 体育座りで並んでいる数人の小学生の中からレイジが、
「たておーっ! 早くもどってこいよーっ」
 叫んでいた。
 校庭には、スピーカーを通して「天国と地獄」の曲が、うるさいほどに響いている。
 建夫は、わけがわからなくて周りを見渡した。
 張り巡らされた万国旗がはためく下に、建夫の父と母が座っていた。笑いながら、早く早くと建夫をせかしている。右隣には小田のおばちゃんがいた。左には野村のおじちゃんとおばちゃんがいる。誰もが、建夫早くもどれ、と笑いながら言っている。
 進藤先生が、
「もうすぐ、五年生の徒競走だぞーっ」
 と大声で建夫を呼んだ。
「えっ……ま、待って……」
 建夫はわけがわからないまま、観客席に低く巡らされているロープをまたぐと、みんなが座っている列の中に走っていった。
 木造の平屋建ての校舎の向こうに、低い山並みが連なっている。
「なにやってんだよ、タテオ。競技の途中で、おやつなんか喰いにいくなよ」
 アキラが言ってきた。
「あ……、おやつとかじゃなくて……
 言いながら並んでいる列を見渡すと、カヨコもタケシもマユミもユウジもいる。みんな建夫の小学校時代の同級生で、体操服を着ている。頭には、それぞれ赤や白の鉢巻きをしていた。

コメント(9)

三等賞の鉛筆(後編)

「そんなことだから、タテオは一等賞になれないんだよ」
 レイジの言葉に、
「そうそう。ショージョーは一等賞しかもらえないもんな」
 アキラが言った。
「ショージョー? ……賞状か」
 建夫のつぶやきに、
「そうだよ賞状! 二等はノート、三等は鉛筆だけ。やっぱ賞状はいいよなー。自分の名前が書いてあるもんな」
 アキラが言うと、「今年もおれがもらっちゃうよ」とレイジが笑いながら言った。
「レイジはいいよなあ。だいたい足も長いから走るのも速いしなあ」
 もうすでに諦めたようにアキラが言った。
 小学校の運動会だった。
 でもそれは、建夫の息子の賢人の運動会ではなく、建夫が通っていた小学校の運動会だった。建夫の学年の五年生は一九人、他の学年も同じような人数の、小さな山間の村の運動会だった。子どもたちの数が少ないので、その親や祖父母など、村中総出の運動会だった。
〈いったい、どうして……〉
「建夫、どうした?」
 進藤先生が話しかけてきた。
「今年も一等賞にはなれないかもって考えてたのか。でもなあ、どんなに苦しくても、走って走って、走り抜くんだ。頑張って走ることが大事なんだ。一等賞もビリも関係ないぞ」
「それはそうだけど……。やっぱり一等賞になりたいよ、先生」
 先生の話を聞いていたアキラが口をとがらせて言った。
「自分のためのゴールだと思うんだ。ほかの誰でもない、自分のために用意されたゴールだと思って走ればいいんだよ。それになあ、みんなと一緒に走ると楽しいだろ。自分一人で走ったってつまんないっしょ、なっ。ほら次だぞ」
「男子の一班、並んで」
 競技用のピストルをもった江口先生が言った。
 石灰で描かれたスタートライン。観客席の応援。ますます盛り上がる音楽。
 パン!
 走り出す。レイジが飛び出す。必死で腕を振り足を前へ前へと繰り出す。建夫の横にアキラとタケシがいる。みんな必死の形相で走っている。
〈みんなと一緒に走ると楽しいだろ〉
 さっきの進藤先生の言葉が、ふいに頭に響いた。建夫はなんだか嬉しくなった。こんなに力いっぱい走るのは何年振りだろう。信じられないくらい足が動いている。もう少し……はあはあ、あと一〇メートル、五メートル……ゴール!
 勢い余って、ゴールラインの先の芝生に倒れ込んだ。
「たっちゃん、三位!」
 だれかの声が聞こえた。
 仰向けに倒れたまま、建夫は顔の汗をぬぐった。はためく万国旗の向こうに青空が眩しかった。

「起きて、建夫さん……たっちゃん、ほら急がないと! パパ!」
 由里子の声だった。建夫は飛び起きて辺りを見回した。
 鉄筋コンクリートの三階建ての校舎が目に入った。テンポはいいが、音量を抑えた音楽がなっている。
 きょろきょろしている建夫に、由里子が話しかけてきた。
「どうしたのパパ」
「……あ、いや……、ここって、グラウンドだよなあ」
「そうよ、賢人の運動会じゃない」
「そうだよなあ……、今日は賢人の運動会だよな」
「いやだあ、寝ぼけてるの?」
 由里子が笑いながら建夫の肩をポンと叩いた。
「いや、ちょっと……」
「ここんところ、パパ、疲れていたからね。それよりほら、賢人が走るわよ。応援しようよ」
「うん……」
 何気なく持ち上げた建夫の右手がなにかを握っていた。
「なんだこれ」
 細長い封筒に赤い水引が印刷されていて、「三等賞」の文字もあった。
「三等賞? まさか……」
 中を見るまでもなく、二本の鉛筆の入っている感触がした。
「どうしたのパパ。ほらほら賢人が走るわよ!」
 由里子が膝立ちになって、スタートラインを指差した。
〈走って走って、走り抜くんだ……みんなと一緒に走ると楽しいだろ……〉
 周りの歓声とともに、進藤先生の言葉が建夫の耳に響いた。
「賢人―っ、ビリでもいいから走り抜けろ! パパとママも一緒に走るからなあっ!」
 いきなり叫んだ建夫に、周囲から笑い声が起こった。
「パ、パパッ! へんなこと、いわないの。それに声が大き過ぎ」
 由里子が顔を赤らめながら、周りに向かってひょこっと頭をさげた。
 パン!
「行けーっ、走れーっ!」
 自分も小学生に混じって走り出したい気分だった。
 萎れ、疲れ果てていた心に進藤先生の声が広がっていた。
 立ち上がって、声の限りに賢人を応援する建夫の右手には、鉛筆の入った三等賞の袋がしっかりと握られていた。
ううーん、いいね、

疲れた男の心情を、暖めてくれる

この先はあるのかな
さばいとさん
ありがとう。

この話は、これで完結。
次は「4」にまつわる話です。
この度、コミュに参加させて頂いたRemoと言います!
よろしくお願いします〜♪
ってGTさん!後編はコメント欄なんだ!(爆)
あとでじっくり読ませて貰います!
Remoさん
よろしくね☆

そうそう、これが苦肉の策(笑)。
この方法だと、何千字になろうともOKなわけさ☆
 ファンタスチック&ノスタルジック。GTさんの創造力に泉は枯れることがありませんね。
 前2話もよかったけれど、この3話にはしみじみ郷愁を誘う味わいがあります。
 私自身は壮年のころはかなり忙しい生活をしていて、子どもたちの運動会も、ろくに見にいかなかったような・・・。
 運動会。私は3等賞をもらったこともないような気がします。高校生のころ、ロードレースの10キロ走でかなり上位に入ったことが記憶にある程度です。
侘び助椿さん
ぼくが子どもの頃の運動会は、必ず順位別に賞品が出ました。
最近の小学校の運動会は、何も出ないし、へんな「平等感」のようなものが蔓延しているようです。

4話、5話…どこまで続くかわかりませんが、書き続けていこうと思ってますので、乞うご期待!
よいわ〜♪しみじみしちゃう!
自分の運動会と子供の運動会って、全く違うのよね!
子供の頃、一等賞がなかなか取れなくてね。
どうしても勝てない子がいてタッチの差でいつも負けてたの思い出した!
Remoさん、ぼくは走るのが苦手だったんだけど、障害物競走で一度だけ一等賞になったことがあって(足の速い子がこけたおかげで)、それが唯一、賞をもらった想い出です。
組み体操は、いつも「土台」だったし(笑)。

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