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日詩会コミュの短編っす☆

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水滴

 買い物に出かけようと外に出たら、うっすらと雨。傘を差すほどではないので、そのまま駐車場の愛車に乗り込む。
 愛車の白いセダンは、もうすぐ二十周年記念を迎える。古い車ほど手入れをすれば長持ちするのは分かっているのだが、屋根のない民間駐車場に停めて、いつか綺麗に洗ってあげようと思うだけで、そのままになっている。
 乗り込むとフロントガラスに、幾つかの雨粒がついているのでワイパーを回した。シュブブシュブブと音がするだけで、ウォッシャー液が出てこない。切れたらしい。
 そういえば、この前ウォッシャー液のスイッチを入れたとき、右側のノズルの出方が悪かった。
 激しい雨ならば、ウォッシャー液など必要ではなくフロントガラスも多少は綺麗になるのだろうが、しょうがない。そのまま車を発進させた。

 どうせ降るなら、激しい雨がいい――。
 そんなことを言っていた彼女がいたことを、不意に思い出した。

 彼女の住んでいる街は、僕の街から電車で一時間半ほどの距離にあった。結構な賑わいを見せる駅前からバスで一五分ほど走り、大きな公園に面した通りから一本中に入った住宅街に、二つ上の姉と二部屋のアパートで暮らしていた。
 彼女が僕のマンションに来ることはほとんどなく、僕が彼女のアパートを訪ねることが僕らのデートの定番になっていた。それは、僕が彼女の住んでいる街を、その細部まで感じていたいということが理由の一つだった。
 この街には自衛隊の駐屯地があり、駅前は小さな商店や飲み屋が混在していて、それなりの猥雑さがあった。ロータリーと呼べるほどの駅前ではなく、バスは建物の軒先すれすれに通り過ぎ、人々は通り過ぎるバスや車を器用に避けながら歩いているような、そんな街だった。
 バスで彼女の住まいに真っ直ぐ向かうことが多かったが、時々は駅で待ち合わせて、ゆっくりと歩きながらアパートに行くこともあった。十分ほど歩くと商店などの建物は途切れ途切れになり、通りの右手には小さな建て売りの家が並び出し、左手には大きな公園の芝生が広がってくる。

「わたしね、自分でファザコンだって分かってるの」
 二人で歩きながら、彼女が小さく言う。
 彼女の父親は、彼女が中学生の頃に亡くなったことは聞いていた。
 僕はあと数年で四〇になろうという歳であり、彼女は二十歳を幾つか越えていた。二人の歳の差は一五あった。だからという訳ではないのだろうが、彼女は時々そんな言い訳めいたようなことを口にした。
「父がいないから、いつかは田舎の母と一緒に暮らさなくちゃ……」
 そんな言葉も口にしたが、それは僕に向かってというよりも、独り言のように言うだけだった。
 僕は曖昧に頷き、二人は肩を並べて静かに歩き続けた。それからアパートの彼女の部屋に入り、姉がいれば三人で話したりゲームをしたり、いなければ彼女と愛し合った。

 その日は雨だった。しとしとと細い雨粒だったが、間近に迫っている夏を迎えるかのような乾いた雨だった。駅前で待っていた彼女とバスに乗り込もうとしたが、歩かない? との彼女の言葉に従い、僕の大きな黒い傘の中に肩を並べながら歩き出した。
 公園に差しかかると、彼女はすっと傘の下から出て、公園に入っていった。慌てて後を追う僕に彼女は言った。
「どうせ降るなら、激しい雨がいいな」
 細い雨は、芝生の上で両手を大きく広げた彼女の身体に絹糸のように巻き付き、銀色に反射した。彼女はさらに銀色の糸を纏うように、雨の中をゆるゆると歩いた。僕は黒い傘を差しながら、ただ彼女を惚けたように見ているだけだった。

 三日後、彼女から手紙が届いた。
 普段の連絡は電話だったので、僕は訝しく思いながらも手紙の封を開いた。
『田舎に帰って母の面倒をみます。さようなら』
 僕は急いで彼女に電話をかけた。呼び出し音が鳴る。三十回を数えたところで僕は受話器を戻し、家を出た。電車を乗り換えるたびに公衆電話から彼女に電話してみた。相変わらず誰も出なかった。バスに乗るのがもどかしかったので、駅を出ると走った。
 彼女のアパートのドアには鍵がかかっていた。そして、ドアにぶら下がっていた彼女と彼女の姉の名前が入った、手造りの表札プレートがなくなっていた。
 彼女の田舎は東北地方だとは聞いていたが、詳しい住所も連絡先も知らなかった。僕はドアの前に座り込み、彼女を待った。同じアパートの他の部屋の住人が帰ってくるたびに、ぎょっとしたような顔で僕を見やったが、気弱そうに笑う僕を見て、誰もがそそくさと部屋に入り、音を立ててドアの内鍵をかけた。
 新聞配達のバイクの音が聞こえてきたのを潮に、僕は腰を上げた。固くなった身体をのろのろと動かし、駅に向かって歩き出した。

 彼女が僕と一緒に暮らすことを望んでいるとは思ってなかったし、僕もそう思ってた。でも、こんな形で別れるとも思ってなかった。
 彼女のアパートを管理している不動産屋に、彼女の転居先を聞くことも考えたが、結局はそのままだった。たった一行の手紙の中に、「わたしを探さないで」というような意思を、なんとなく感じてもいたからだ。
 それ以来、彼女には会ってない――。

 相変わらず雨は時折ぽつぽつと落ちてくるだけで、ワイパーを動かすほどではなかった。さしてスピードを出して走っているわけでもないから、フロントガラスの向こうで小さな水滴が埃にまみれながらプルプルと震えている。
 どうせ降るなら、激しい雨がいいな――。
 あの時、芝生の上で僕も彼女と一緒に銀色のシャワーを浴びていたら、違った未来があったのだろうか。
 晴れたら車を洗おう……、そう思いながらフロントガラスの向こうの水滴に指を伸ばした。水滴の震えが、ガラス越しに伝わってきたような気がした。

コメント(2)

 こうした苦い思い出はすべての男女が共通してもっているのものだと思います。青春前期のこの種の感慨は「だれしも」のものでしょうし、GTさんに限ったことではないかも知れません。
 
侘び助椿さん
多分、誰もが似たようなことを経験して、少しずつ気付かずに置いてきた「もの」があるんでしょうね。
読んでいただいて、ありがとうございます。

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