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トリスタン・コルビエールコミュの墓碑銘

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 恋を始めた人たち、もしくは恋が終って、終りからまた始めたいと願っている人たちを別にして、世のなかには最初から終っていることが非常に多いので、始まりは終りのなり始めといえるほどである。その結果恋をする人たちも、そうでない人たちも、結局は裏返しにされた終りにすぎなくなるようなあの始まりから再び始めることになるであろう。これは終りも始めもない永遠に等しい始めかたであり、また最後には、終りがどこで始まり、始まりがどこで終るか、もはやわれわれに区別がつかなくなる地球の自転と同じになるであろう。これは不定なるものによって限定されている無限のあらゆる最後の始まりに等しいすべての始まりのすべての終りなのである。――墓碑銘は序文と等しく、その逆もまた同じ所以である。

**********

どこかで読んで筆写したのですが、訳者・出典が不明です。
ご存知のかた、ご教示お願いします。

コメント(5)

doublureさん。

トピックありがとうございます。コルビエールの「墓碑銘」という詩のエピグラフ部分の翻訳だと思いますが、訳者・出典はちと思い当たりません…すいません。コルビエールの日本語訳はかなり限られているのすが。ちょっと探しておこうと思います。

Sauf les amoureux commencans ou finis qui veulent commencer par la fin il y a tant de choses qui finissent par le commencement que le commencement commence a finir par etre la fin la fin en sera que les amoureux et autres finiront par commencer a recommencer par ce commencement qui aura fini par n'etre que la fin retournee ce qui commencera par etre egal a l'eternite qui n'a ni fin ni commencement et finira par etre aussi finalement egal a la rotation de la terre ou l'on aura fini par ne distinguer plus ou commence la fin d'ou finit le commencement ce qui est toute fin de tout commencement egal a tout commencement de toute fin ce qui est le commencement final de l'infini defini par l'indefini ― Egale une epitaphe egale un preface et reciproquement. (Sagesse des nations.)

なお、このエピグラフはA. Veraによるヘーゲル哲学の解説書(1867)の一節のパロディであるようですね。読むたびに笑わずにはいられないような、いい(あるいは悪い)文章だと思います。
watermanさん

早速ご教示いただき、ありがとうございました。
そうですか、このあとに本文があるのですね。
読んでみたいものです。
(原文には歯が立たないでしょうが。あはは)

悪文であるところが名文、おっしゃる通りです。
元来のVeraの文体が、よほど「哲学書」らしい
ものだったんでしょうね。
はい(笑) コルビエールは、やっぱり笑いなしには語りえませんね。アンドレ・ギュイヨーさんという仏文の先生が、コルビエールの講読で、ce qui est le commencement final de l'infini defini par l'indefini の部分を読んだとき、失笑を禁じえなかったのが印象に残っています。フランス人でも笑ってしまう文章なのでしょう。フランス語で読むとよく分かります。参考までにVeraの元の文章を引用しておきます。

"C'est la reflexion, c'est-a-dire la pensee qui recoit son objet du dehors, et qui va d'un terme a l'autre sans pouvoir en saisir l'unite, qui se represente les choses ainsi. Pour elle le commencement est le commencement, et la fin est la fin, c'est-a-dire le commencement n'est pas le commencement de la fin, et la fin n'est pas la fin du commencement, ce qui fait qu'elle ne sait retrouver le commencement dans la fin ne se presupposent et ne se posent pas reciproquement."
ギュイヨーさんですか、お目にかかったことはありませんが、お噂はかねがね承っております。watermanさん、教え子でいらっしゃるんですか、道理で行文精確流麗なわけです。

コルビエールの講読があるんですか、羨ましい。少し前まで考えられなかったことですね。

しっかし、Vera、すごいですね(笑) ネジくれていて、ヘーゲリアンにしか理解できないんじゃないか(というか、解るのかこんなもん)?
書き込みが遅れてすいません。調べてみたのですが、この訳の出典はよく分かりませんでした…ご存知の方はご教示いただけるとありがたいです。

なお、日本語で読めるコルビエールに関わる記事などを挙げておきます。

加藤美雄:『フランス象徴詩研究:セーヴ、ランボー、コルビエール、マラルメ』東京、駿河台出版、1979年。
窪田般弥(訳):『フランス詩大系』東京、青土社、1989. p. 396-399
笹原昌介:「トリスタン・コルビエールの『黄色い恋』1上」:『熊本商大論集 第37巻第2号(通算第87号)―牛島盛光教授退職記念号』熊本商科大学、熊本、1991、7月31日. p. 215-33.
―:「トリスタン・コルビエールの『黄色い恋』I (下)」:『熊本商大論集第38巻第1号(通算第89号)』熊本商科大学、熊本、1991. p. 143-60.
―:「トリスタン・コルビエールの『黄色い恋』II」:『熊本商大論集第40巻第2号(通算第96号)』熊本商科大学、熊本、1993、12月20日. p. 37-69.
篠田一士(訳):『名詩集』東京、筑摩書房、1991. p. 395-402
トリスタン・ツァラ:「トリスタン・コルビエールと叫びの極限」:『トリスタン・ツァラの仕事:批評』東京、思潮社、1988. p. 219-30
中原中也:「トリスタン・コルビエールを紹介す」:『中原中也全集』東京、角川書店、2000-2004. 第4巻 p. 47-50
中原中也(訳):『中原中也全集』東京、角川書店、2000-2004. 第5巻 p. 264-68, 346-58.
アンドレ・ブルトン(山中散生ほか編訳):『黒いユーモア選集』東京、国文社、1968.[コルビエールについては p. 240-47、平田文也訳]

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