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死刑廃止コミュの存置→廃止派へ くら替えした方の決定的理由

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私自身 以前は死刑制度が有ることが当たり前に感じていましたし、必要であると思っていました。 おそらく存置派から廃止派へと変わった人は私だけじゃないと思います。

死刑制度存置派(支持者)から 廃止派へと くら替えした理由(動機)をお尋ねしたいと思います。

皆様、色々情報交換をいたしましょう。

コメント(21)

私自身は シュタイナーの本を読むようになってからです。動物実験さえもダメなので(殺すことの禁止)まして人間ですから、人を殺すことの罪の重さはその相手がたとえ犯罪者であろうと関係無いと思うようになったからです。

犯罪者の命乞いでもなく、社会正義や秩序でも無く、人を殺すことが如何に魂(アストラル体)に悪いことなのかなのです。

これが私の一番の動機になりました。
保健医療領域で仕事をしている者にしては俗っぽい(笑)ハナシなのですが・・・わたしの場合きっかけは、十数年前に一世を風靡したR・レスラーの『FBI心理捜査官』でした。

臨床心理学を専門に学んだ捜査官であるレスラー氏はその本の中で、猟奇的殺人者の多くは矯正不能であるとして終身拘留を主張しているわけですが、死刑に対しては明確に反対しています。「死刑にしても誰のためにもならない。むしろ、その後の人生を犯罪抑止のための研究材料として生きてもらいたい」と。

レスラー氏の主張をそのまま受け入れるわけには行かないにせよ、氏がこれまであまり語られてこなかった論点を突いていることに感銘を受けました。死刑より人道的な方法で犯罪を抑止する道は絶対にあるはずです。
私も大学に入ってから廃止派に鞍替えしました。というか、最初から廃止派の人って見た事無い・・・w

私はまずそもそも死刑は被害者のために無いと知ったときです。そして数々の加害者や被害者(遺族)と関わって来たからです。彼らはテレビで見る加害者や被害者ではなく、泣きもすれば笑いもする、私と同じ「人間」だと知ったからです。

ある加害者と話をしていた時に(死刑囚じゃないですけど)、この人が死んだらヤだな、と思いました。

被害者もそうです。「死んで欲しいのではなくて、自分の子供を殺した人がどうやって生きていくのか見ていきたい。」って言う被害者遺族の方と会いました。

実際に関わってきたことが一番の要因です。
殺人鬼を処刑(死刑)にすると また新たな殺人鬼が発生し、その被害に遭う犠牲者が増えるだけ、ならば 二度と出られない別世界(牢獄や離れ島など)に閉じ込めておく方がまだイイ・・ と言う考え方を理解できる人は少ないと思います。
私も中間派から最近は廃止すべきだという意見に傾いてます。

理由の一つは、つい昨日鹿児島で死刑求刑の無罪判決がありましたが、他にも再審で無罪を勝ち取った免田事件、再審請求中の袴田事件、すでに執行されたものの冤罪の可能性が指摘されている飯塚事件など、冤罪の疑いの濃い死刑判決がこれまで多く出されていることです。
司法制度が大幅に変わらなければ冤罪による死刑判決が今後も続く可能性が十分にあると思うからです。

他に、ごくシンプルですが死刑がやはり国家による殺人であり、凶悪犯人だとしても他の手段があるのではないか、という疑問。
また、死刑判決を受けるような殺人犯も、その中のかなり多くが子ども時代に深刻な虐待・ネグレクトや暴力の犠牲になっていたり、精神的に病んでいたりしていて、実は犯人もまた社会の深刻なねじれの犠牲者なのではないか、、、と感じることもあるからです。
もちろん凶悪犯罪であり遺族の悲しみは想像を絶するものがあると思いますが、だからと言って犯人をこの世から抹殺して決着をつけるのがいいとは、思い難いです。
やっぱり、人は殺しちゃいけないな と。

以前から、ニュース報道による殺人事件等を見て容疑者達に対して感じたことは、「ひどい奴ら」ではなく、「可哀相だ」でした。

だって、普通だったら、人を殺したい なんて思ったり、実際殺すなんて事しないし、したくない。

でも、殺してしまう という事は、かなり病んでる。

それは、保護する対象です。


かなり前(小学生くらいまで?)は、死刑=正義という考えがあったと思います。

これは、テレビ番組や、周りの人達の心ない、短絡的な言動に影響されていたのかも...
タケヲさん、

> 最初から廃止派の人って見た事無い・・・w

最初の最初から死刑に反対です。死刑を支援したことがありません。
私も小さいころから、死刑には違和感を感じていました。
冤罪死刑は取り返しがつかない。これが反対の理由です。
知恵を絞り、ほかの刑罰を!
私はキリスト教の幼稚園に行ったので、たぶん最初から死刑反対だったと思います。

今、コミュ主さんがたてられたこのトピで、自分の思いを語ることに意義を感じました。
私も、死刑というものを具体的に知った時から、たぶん10歳くらいから死刑という刑罰に違和感をもっていましたね

親が死刑廃止派ということでもないのにどうしてか、死刑ってイヤだなと思っていました

私は鳩のおかげですね。
宅間や宮崎を死刑にして残ったのは虚しさでした。

こんな凶悪なやつが一瞬の苦しみで終わってしまう。

遺族は苦しみ本当に癒えるのでしょうか?
愛する人は戻ってこないのに。

終身刑を設けて死刑は廃止すべきと存置派から移行したわけです。
>こんな凶悪なやつが一瞬の苦しみで終わってしまう

暴力装置としての国家のほうがよほど凶悪やろが、がはっ

> とーしさん

現に今は死刑が生きています。
凶悪犯の殺しと国家の制裁と違うと思うか、それによって見解は変わって来ますよ。
「国家の制裁」は人間が行うものだから、そう変わらないと思う。

国家は神様じゃない。

(心、こういうのに巻き込まれるなって。馬の耳に念仏だぞ。)
やむをえない、と思っていた時期もあったが、
やはり「法はしょせん人間が作ったもので、絶対的なものなどあり得ない。」と考えたら、

そんな恣意的な基準で人の命を奪うなんて、人間のエゴ以外の何物でもない。
と思うようになった。
「死んでいい人間と、誰かを「死んでいい」と判断する資格のある人間とで分ける」ということが確実でないと、死刑制度は肯定できないと思います。

実際には、全ての人間には大なり小なり邪悪な側面があって、そう簡単に「邪悪な人間」と「善良な人間」を二分することはできないでしょう。そうピュアなものではない。

 生存の権利は、たとえ他者のそれを侵害したとしても当人のそれが停止することはない。それが権利というものの本質です。他者の生存権を侵害したものの生存権が消失することは、権利という概念を持つ法体系ではありえないことです。死刑に賛成する考えかたの中には、遺族による復讐を法律が代行するというものもあるようですが、法律にそんな機能はないし、そんな機能を持たせてはならないと思います。

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