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夜行列車コミュの14系客車

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14系客車は元々からいえば、分散電源式の客車で、分割・併合に有利なように出来ていて、B寝台が52センチから70センチと寝台の幅が改善されたことだと思う。
1年で打ち切られた原因は、急行きたぐにのトンネル火災事故の他に、スハネフの床下のエンジン騒音が煩かったことから、集中電源式の24系客車に移行し、それから二段式の25形客車へ移行していったことであり、客車の新製は15形の、寝台特急あかつきの2往復で打ち切られている。

コメント(16)

夜行列車で、初めて乗車したのが、寝台特急北陸号でした。すでに、個室化改造がなされていましたが、14系客車だったことは後から知りました。
>>[001]
寝台特急北陸号は14系客車になったのは、昭和53年10月改正からです。
>>[2]
そうなんですね。僕が乗ったのは平成2年頃なので、個室化率が高くなってましたね。
>>[003]
北陸の個室化はJR西日本の営業政策で、あさひ+かがやき、ひかり+きらめき、白山のラウンジ&コンビニエンスカーとのセットで生まれました。
なはやあかつきのレガートシート車もその一環です。
14系客車の寝台特急使用列車はB寝台を二段化改造したのが、寝台特急さくら・みずほでした。
急行列車転用は、北星、ゆうづるの一部廃止で捻出した車両の有効活用による旧型客車の淘汰です。
僕が今のところ(と、あえて言います)、最後に乗ったブルトレが「北陸」でした。
2010年の1月に上野から金沢へ、乗ったのは個室ではなく、すでに数えるほどになっていた、ノーマルのオハネ14でした。
>>[006]
上野〜金沢は2本の夜行列車が走っていて、寝台特急北陸と夜行急行能登で14系客車でも、特急と急行で編成内容に差がつけられていました。
寝台特急北陸はA寝台個室+B寝台個室+B寝台二段式なのに対して、夜行急行能登はB寝台三段式+自由席で成り立っていて、寝台特急北陸は上野発22時44分で金沢着6時33分なのに対して、夜行急行能登は上野発21時00分で金沢着5時46分と時間帯にも差がつけられてました。
北海道のまりも・利尻・大雪に使用する14系客車は北海道向けに改造した500番台の車両が使用されてまりもは急行列車として初の二段式への改造やスターライト釧路号に対抗する為にグリーン車の余剰になった座席を転用してドリームカーを作りました。
14系客車は座席車では急行阿蘇・くにさき・雲仙・西海や後は東北方面の季節列車で使われましたが問題は簡易リクライニングシートで座り心地が悪いことや全車指定席にした結果として周遊券利用客に嫌われました。
14系客車は昭和57年には寝台特急削減に伴う有効活用策として夜行急行列車に転用され、北海道の夜行急行列車の他に東日本関係ではきたぐに・妙高・能登(越前の金沢打ち切りに伴う改称)で使用されました。
それによって寝台特急との車種の格差がなくなる列車も出ました。
特急つるぎと急行きたぐにはB寝台が二段式か三段式のみの差。
特急北陸と急行妙高・能登はA寝台あるかないかのみだけの差だけでした。
>>[11]>

上越新幹線開業時のダイヤ改正で、北海道や東日本の、旧型客車が使われていた急行が、特急に格上げされた列車を含めて、全て置き換えられましたよね。
一方、西日本はすでに客車急行が20系や12系に置き換えられていて、ある意味近代化が早かったですね。
>>[12] 確か西日本の夜行急行の旧型客車の置き換えは昭和53年の10月改正の時に寝台車は20系、座席車は12系に置き換えられたと思います。
20系客車の急行格下げ転用は昭和51年から始まりました。
三段式寝台で残った寝台特急の二段式改造が始まったのは昭和58年の辺りでした。
特急あけぼの(1往復)に二段式寝台が置き換えられた結果、三段式寝台がスペースが窮屈な為に評判が悪かったからである。
もう1つは14系の急行転用で、周囲の特急の評判が落ちたからである。
特急さくらが1・2列車を名乗っていた時の東京駅で14系14形の写真です。

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