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宋詞コミュの好きな詞

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好きな作家の好きな詞をあげていくトピックです。
作品限定ではないけれど、この詞牌が好き、というのでもかまいません。
★追記:好きな詞を自由に鑑賞しましょう。訳詩も歓迎!
現代日本語訳、中国語訳、英訳、ポップ音楽風歌詞、
その他ご自由にどうぞ。


私は、北宋の晏殊(あん・しゅ)の以下の作品がとくに気に入っています。

■浣溪沙 晏殊

一曲新詞酒一杯, 
去年天氣舊亭臺, 
夕陽西下幾時回? 

無可奈何花落去, 
似曾相識燕歸來, 
小園香徑獨徘徊。

 
浣溪沙

一曲の新しき詞(うた)に酒一杯。去年の天気、もとの亭台。夕陽西に下り いつか回(かえ)らん? いかんともすべきなく 花は落(ち)りゆく。かつて相い識りしがごとく、燕は帰り来たる。小さき園の香れる径、ひとり徘徊(さまよ)う。

浣溪沙(かんけいさ)というこの詞牌は、七言絶句にわりと近いですね。

コメント(35)

【菩薩蠻】  李白(?)

平林漠漠煙如織,寒山一帶傷心碧。
暝色入高樓,有人樓上愁。

玉階空佇立,宿鳥歸飛急。
何處是歸程,長亭更短亭。


平林漠々 煙は織るが如し 寒山一帯、傷心の碧
暝色高楼に入り 人有り楼上に愁う
玉階に空しく佇立す  宿鳥、帰り飛ぶこと急なり
何れの処かこれ帰程  長亭、更に短亭


しんみりした情感が気に入っています。「寒山一帯傷心碧」・・・いいですねえ。。。李白の作と伝えられていますが、実はそうではなく、おそらく後世の人の仮託だそうです。作者不明ですが一応李白作ということになっているので、詞の中では最も古いものになります。「百代歌曲の祖」とも呼ばれているとか。「菩薩蛮」は詞牌(歌曲のタイトル)の名前です。
玉樓春  李��

晩妝初了明肌雪
春殿嬪娥魚貫列
鳳簫吹斷水雲��
重按霓裳歌遍徹

臨春誰更飄香屑
酔拍闌干情味切
歸時休照燭花紅
待放馬蹄�飜觀�


晩粧初めて了りて 肌雪明らかに
春殿の嬪娥 魚貫して列す
鳳簫吹断して 水雲�痢覆靴此砲�なり
重ねて霓裳を按じて 歌遍徹す

春に臨みて誰か更に香屑を飄(ひる)がえす
酔うて闌干を拍てば 情味切なり
帰りゆく時 照らすを休めよ 燭花の紅きを
馬蹄を放たんとす 清き夜の月に


嬪娥…美しい女官たち。魚貫…ずらりと並ぶさま。
重按霓裳歌遍徹…霓裳羽衣の曲が奏せられ、歌の楽章が終わる。
香屑…花びら。

岩波の『中國詩人選集・李��』からとりましたが、それによると
「李��が皇子として、また国主として金陵の宮廷にあったとき、その華やかな生活の中で作られたものと考えられ」
とありました。
この華麗で豪奢な詞は王族ならではの作風のように思え、かなり好きな作品です。
今は滅びてしまった宮廷文化から生まれた、貴重な作品だと思います。
みつさん

まったく同感です。中国語という言語の特質によるのでしょうね。簡潔な表現ができ、また漢字が視覚的に美しいイメージを喚起できるというのが中国詩歌の利点なのかなと思います。

>簡体字

今は古典作品でもすべて簡体字表記になっていますよね。私も少し味気ない感じがしていて、慣れるとそうでもなくなったのですが・・・やはり繁体字表記のほうを見るともっと味わい深く感じられますね。

中国で唐詩に触れられたのなら、当然原音で読まれることが多いのでしょうか?書き下しも味がありますけど、やはり音声美を楽しめる原音読みが好いですね。

>政治

たしかにあまり花開かないところですねえ。いつの時代の政治を扱われているのでしょうか。ちなみに私は以前、中国文学専攻で卒論のテーマが元代の詩人についてだったのですが、時代背景として元朝中期の政変のことも調べました。
ntrさん

「玉楼春」、とても煌びやか、まさに南唐の貴族文化を想わせる詞ですね。

>歸時休照燭花紅
>待放馬蹄�飜觀�

この下片の最後は爽やかですね。にぎやかな音楽と脂粉の香たかい宴から一転して、静かな涼しい月夜の中を帰ってゆく作者の姿が浮かびます。「馬蹄を放つ」という躍動感からすると宴での興は醒めずに持続していますね。

この詞をよんで李商隠の詩を思い出しました。晩唐詩のデカダンスな作風は五代十国時代にも受け継がれていますね。唐朝以来の貴族文化を体現していた李��だからこそ、こういった宮詞が詠めたんだと思います。

漢詩を作る者としては、こういう典雅で豪奢な作風にも憧れるのですが、エッセンスだけでさえ、とても真似のできないものですね。「春殿」も「嬪娥」も、「鳳簫」も「霓裳」も見たことがないですからねぇ(笑)

李��の生涯じたいも興味深いですね。彼が即位した頃にはすでに中原に宋朝が興っていて、天下統一の事業に乗り出していました。李��を育んだ南唐の美しい宮廷文化は、ちょうど落日の輝きにも似た、あやういものだったんですね。
【滿江紅】「金陵懷古」 〔元〕薩都剌(1308?−1358?)

六代繁華, 春去也, 更無消息。
空悵望, 山川形勝, 已非疇昔。
王謝堂前新燕子, 烏衣巷口曾相識。
聴夜深, 寂寞打孤城, 春潮急。

思往事, 愁如織。
懷故國, 空陳迹。
但荒煙衰草, 亂鴉斜日。
玉樹歌殘秋露冷, 胭脂井壞寒蛩泣。
到如今, 惟有蔣山青, 秦淮碧。


■満江紅・「金陵懐古」

六代の繁華、春去りぬ、更に消息無し
空しく悵望す、山川の形勝、 已に疇昔(むかし)に非ず
王謝堂前の新燕子、烏衣巷口の曽相識
夜深に聴く、寂寞孤城を打ちて、春潮急なり

往事を思えば、愁いは織るが如し
故国を懐えば、陳迹 空し
ただ 荒煙衰草、乱鴉斜日あるのみ
玉樹の歌残りて 秋露冷やかに、胭脂の井壊れて 寒蛩泣く
如今(いま)に到りて、ただ有り蔣山の青きと、秦淮の碧と


*六代:六朝
*寒蛩:寂しいコオロギ(の声)
*秦淮:秦淮河


李後主の詞を紹介していただいたので、続いては三国の呉以来、六朝の都であり南唐の都でもあった金陵を詠んだ作品を挙げてみました。南唐の李後主の時代からおよそ400年後、(かなりマイナーな)元の詩人・薩都剌(さっ・とら)の作です。詞題は「金陵懐古」。

「滿江紅」という詞牌は激情をうたったものが多いようなのですが、この詞はちょっと抑えた感じです。失われた六朝の栄華をしのぶ切々たる情があらわされています。

>玉樹歌殘秋露冷,
>胭脂井壞寒蛩泣。

この対句がとても好きです。
「…懐古」という題のものは、詩でもどこか心にぽっかり穴が開いたような、静かな寂寞感の漂うものが多い気がします。

>玉樹歌殘秋露冷,
>胭脂井壞寒蛩泣。

「胭脂井」は何かの井戸ですか。とすると陳後主の「玉樹後庭花」と、彼が隋の軍隊に攻め入られたとき、寵妃と共に井戸に逃げ込んだ話が念頭に浮かぶのですが、これを踏まえた句でしょうか。

>但荒煙衰草, 亂鴉斜日。

あるいは平凡な句なのかも知れませんが、僕は気に入りました。「亂鴉斜日」など、自分が詩や詞を作るとしたら使いたくなる言葉です。
>「…懐古」という題のものは、

まったく仰るとおりです。また「懐古」の作は東洋的無常観、というか諦観といったものがとくに強く現れるものだとも思いますね。

>「胭脂井」

どうやらそうみたいです。
手元にある本の語釈によると・・・孫引きになりますが;

胭脂井:”景陽井在台城内,陳後主與張麗華,孔貴嬪投其中,以避隋兵。舊傳欄有石脈,以帛拭之作胭脂痕,名胭脂井。一名辱井,在清華寺。”
(《金陵志》)

臙脂井:”景陽井は台城の内にある。陳の後主が張麗華、孔貴嬪とともにその中に入って隋の兵士から逃れようとした。古く伝えられることによると、欄(おばしま)に石脈(石の模様?)があって布で拭き取ろうとすると臙脂(えんじ)の痕ができたそうである。それで「臙脂井」と名づけられた。一名を「辱井」とも。清華寺にある。”
(『金陵志』)

参考:『回回詞曲三百首』、寧夏人民教育出版社

>但荒煙衰草, 亂鴉斜日

いい句ですね。荒煙、衰草、亂鴉、斜日・・・成語の繰り返しでこれほど意味の深い情景を描いているのが凄いですね。漢語のイメージ喚起力でしょうか。

・・・おっ、いつの間にか新たに参加された方々が♪
嬉しいことです^^
李�─覆蝓Δ靴紊鵝�855?−930

【南郷子】

相見處, 晩晴天, 刺桐花下越臺前。

暗裡回眸深屬意, 遺雙翠, 騎象背人先過水。


あなたと逢ったのは 暮れなずむ空の下、
刺桐の花咲く 越台の前
暗闇に目をむければ 思いは深く余韻を曳く
つがいの翡翠の飾りのこして 
象の背にのる人は 川を渡り行ってしまった

李�┐賄發遼�から五代の初めにかけての人で、蜀(四川)の
地で活躍しました。この詞は、南国的な雰囲気が佳いと思います。意訳は自信ありません(汗)
「遺雙翠」手元に残ったむつまじげな翡翠の飾りを見て、この人はどのような感慨を抱いたのだろう、と想像力を掻き立てられます。孤独感が強まったのか、快い思い出の証になるのか、あるいは再会を期待しているのかも知れませんね。

象というのは、この詞の舞台(四川?)にいたのでしょうか。
夕闇の深い林(?)の中、恋人が去ったほうを振り返り、薄闇の中を凝視する人。「回眸」させたものは「雙翠」がかきたてた感慨だったのでしょうか・・・。孤独感?あるいは期待?いろいろ想像できますよね。

この詞、なかなか絵になる情景だと思うんです。少女漫画の一頁のような。皇なつきさんの絵が似合いそうな感じです。暮れなずむ空の色と「刺桐」の花の色との映え具合もいいですね。

>象

いかにも南方的な感じがしますよね。当時の四川にはいたのでしょうか。どうも分からないです。あるいは、西南の少数民族の男女のことを歌っているのかも?と思いました。
【雨霖令】 [北宋]柳永(りゅう・えい)987?―1053

寒蝉凄切。
對長亭晩,
驟雨初歇。
都門帳飲無緒,
留戀處,
蘭舟摧發。
執手相看涙眼,
竟無語凝噎。
念 去去,
千里煙波,
暮靄沈沈楚天闊。

多情自古傷離別。
更那堪 冷落清秋節?
今宵酒醒何處,
楊柳岸 曉風殘月。
此去經年,
應是良辰好景虚設。
便縱有 千種風情
更與何人説?


蝉の声はさむざむと響く
長亭の夕暮れ にわか雨 今しがた降り止んだ
都門の宴は 気もそぞろに
なごりを惜しめば 舟は出るぞとせきたてる
手をとって 見つめあえば涙し 
ついに ことばなく すすり泣いた
思うに行きゆく先は 千里の霞める波のむこう
夕もや立ち込めて 楚の国の空はひろびろと―

情知るものには 古より別離ほど辛いものはない
それなのにどうして耐えられよう
万物が凋落しゆくこの季節に

今宵 酒の醒めるのはどのあたりだろう
柳の岸辺か 暁の風吹く 残月のときか
ここを去って年を経れば 
どんなに良い日、好い景色も
わたしにとっては ただ虚しく誂えただけにすぎない
たとえ 千万の風情があったとて 
誰にむかって語ればよいだろう?


****************

北宋の柳永の詞です。
「漫詞」とよばれる字数の多い長調の詞をはじめた人です。
当時、「詩は杜甫に、詞は柳永に学べ」といわれるほど
彼の作品はひろく歌われたそうです。

「雨霖令」。とてもしんみりした切ない情感のある詞です。
秋雨のふる今の時節にぴったりではないでしょうか。
時代は下って清朝の詞(ツー)をご紹介します。
元以降、「元曲」という新しいジャンルの歌曲が流行り、
宋詞は廃れるのですが、清代になるとふたたび詞は
やや盛んになります。
以下の詞は満洲貴族の出身、納蘭性徳(ならん・せいとく)
の代表作です;

******************************************
[清] 納蘭性徳 1655-1685
【蝶戀花】    die lian hua

辛苦最憐天上月,
一昔如環, 昔昔長如玦。
但似月輪終皎潔,不辭冰雪爲卿熱。

無奈鍾情 容易絶,
燕子依然, 軟踏簾鉤説。
唱罷秋墳 愁未歇, 春叢認取雙棲蝶。

xinku zuilian tianshang yue,
yixi ruhuan, xixi chang rujue
danshi yuelun zhong jiaojie, buci bingxue weiqing re

wunai zhongqing rongyi jue
yanzi yiran, ruanta liangou shuo
changba qiufen chou weixie, chuncong renqu shuangqi die


「蝶恋花」
辛く いとおしく眺める 夜空の月
ゆうべは あれほど円かったのに
次の夜から ずっと欠けてゆく
もしもあなたが あの月のように清く気高くいらっしゃるなら
たとえ 氷のように冷たかろうと あなたの為に熱い心を捧げましょう

いったいどうしてなのか 恋情はたやすく切れた
燕はあいも変わらず―
簾のかぎに 軽くとまって語りかけるというのに
ああ わたしは幽鬼のように 歌い終わっても愁い止まずに
春の草むらを過ぎる つがいの蝶々を 見つめている
柳永の「雨霖令」、はじめは少し難しく感じたのですが、大陸での人との別れに独特の、「大地の広さに伴う寂寥感」のようなものを感じました。「暮靄沈沈楚天闊」という句など特にそう思いました。

納蘭性徳の「蝶戀花」、月を恋人に見立てる表現が気に入りました。月は「氷輪」などとも言われるように、気高い反面冷たいイメージもありますね。そこに熱い思いを傾けてもなかなか届かないという「冷と熱」の対比が綺麗ですね。


毛沢東についての本を見ていて、次のような詞が目につき気に入ったので、掲げさせてください。

沁園春 毛沢東

北国風光
千里冰封
万里雪飄
望 長城内外
惟余莽莽
大河上下
頓失滔滔
山舞銀蛇
原馳蠟象
欲与天公試比高
須晴日
看 紅装素裹
分外妖嬈

江山如此多嬌
引無数英雄競折腰
惜 秦皇漢武
略輸文采
唐宗宋祖
稍遜風騒
一代天驕
成吉思汗
只識彎弓射大雕
倶往矣
数 風流人物
還看今朝


北国の風光よ
千里 冰(こおり) 封じ
万里 雪 飄(ひるがえ)る
長城の内と外を望めば
惟だ 莽莽たるを余すのみ
大河の上下
たちまち 滔滔たるを失う
山には 銀蛇舞い
原には 蠟象馳(かけ)り
天公と 高さを比ぶるを試んとす
晴れし日を須(ま)ち
紅の装と素(しろ)き裹(ころも)を看れば
ことのほか 妖しく嬈(なまめ)かしからん

江山 かくのごとく多(いた)く嬌(なまめ)かしく
無数の英雄を引(いざない)て競(われがち)に折腰(じぎ)をせしめぬ
惜むらくは 秦皇 漢武
略(すこしく) 文采において輸(ま)け
唐宗 宋祖
稍(やや) 風騒において遜(ゆず)る
一代の天驕
成吉思汗(ジンギスカン)も
ただ 弓をひきて大雕(おおわし)を射るを 識るのみ
倶(みな) 往矣(すぎにけり)
風流の人物を数えんには
なお今朝を 看よ


【現代語訳】
北国の風光のすばらしさはどうだ。
千里のかなたまで氷におおわれ、
万里の空間に雪は舞う。
目を凝らして眺望するが、長城の内も外も、
ただどこまでも白い。
黄河の上流も下流も、
はや氷が張って、滔滔たる流れが見えないのが惜しい。
山には銀蛇が舞うような吹雪、
そして、白い聖象が走るような高原。
美しいばかりではなく、天の太陽と高さをくらべようとする溌剌たる生気にあふれているこの北方の大自然。
晴れた日になれば、
太陽の赤い光が雪のうえに燃え、赤と白と、まるで美人の衣裳のように
あでやかに映えることであろう。

ああ、わが祖国の山河は、かくも人を魅する力をもっている。
この魅力にひかされて、歴史上、数えきれぬ英雄たちが、功績をこの祖国のためにささげ、祖国に敬意を示したのだ。
だが、その英雄たち――秦の始皇帝や漢の武帝はなるほど文化面に功績はなくはなかったが、
文章の力量においてややもの足りぬところがあり、
唐の太宗、宋の太祖もなかなか文化的な君主ではあったが、
後人に追慕される文学上の魅力においてやや劣るところがある。
天の驕児として一世を風靡したジンギス汗はどうか――
弓を満月のようにひきしぼって、大雕(おおわし)を射落すことだけは、上手だった。
すべては過去の人物だ。
思想も感情も豊富で、新しい社会の意気を創造する、すぐれた人物いでよ、と待望するなら、
過去にではなく、この現代の、革命的な人民大衆にこそ、眼をむけなければならない。

(武田泰淳・竹内実『毛沢東 その詩と人生』文藝春秋新社、昭和四十年、より)


1936年2月の作だそうです。毛沢東の事績をあまり知らないので、十分に味わえていないかもしれないのですが、雪に覆われた大自然に夕陽(朝日?)が赤く映えているさまを美人の衣装にたとえ、「妖嬈」と魔性の魅力だとする表現に魅かれました。
秦皇、漢武、唐宗、宋祖、成吉思汗と歴史上の英雄を次々と挙げて品評を加え、最後に現代の革命者をもっともすぐれた英雄だとするあたり、雄大な意気を感じます。英雄について「文化への貢献」を重視するのは、彼の信条でしょうか。毛沢東の業績がどうこうというのではなくて、純粋に詞にこめられた精神の気高さみたいなものを味わっています。 
返信が遅れまして、すみません・・・
毛沢東の作品は詞のほうが多く遺っているようですね。

この「沁園春」、私は陳舜臣氏の『中国詩人列伝』のあとがきで読んだのが最初でした。彼の他の作品もいくつか読みましたが、彼はやはり「豪放派」の作風を継ぐ詞人ですね。

前半では山河をうたい、後半では人物を歌うという対比がいいですね。全体的に鮮やかで躍動感があって、まるで映画のオープニング/エンドロールを観ているような感があります。それにしても飛行機上から中国の山河を見下ろし、歴史上の人物に品評を加え、さらに「風流人物」のいる現代に目を転じる・・・とは、なんとも凄いスケールですね。
もうすぐお正月ですね。
新年にかんする詞を紹介いたします。
元夕(旧暦1月15日)の祭りを歌った作品なので、
もうすこし時期が後になりますが。。。


[南宋]辛棄疾(1140〜1207) 【青玉案】「元夕」

東風夜放花千樹, 更吹落, 星如雨。
寳馬雕車香滿路。
風簫聲動, 玉壺光轉, 一夜魚龍舞。

蛾兒雪柳黄金縷, 笑語盈盈暗香去。
衆裡尋他千百度。
驀然囘首, 那人卻在, 燈火闌珊處。

Dongfeng ye fang hua qianshu, geng chuiluo, xing ru yu.
Baoma diaoche xiang man lu.
Fengxiao sheng dong, yuhu guang zhuan, yiye yulong wu.

E'er xueliu huangjin-lu, xiaoyu ying-ying anxiang qu.
Zhongli xun ta qianbo-du.
Moran hui-shou, naren que zai, denghuo lanshan chu.


東風夜放つ花千樹、更に吹き落とせよ、星は雨のごとし
宝馬 雕車 香り路に満つ
風簫の声動き、玉壷の光転じ、一夜 魚竜舞う

蛾児 雪柳 黄金の縷、笑語盈盈として暗香去る
衆のうちに他(かれ)を尋(さが)すこと 千百度
驀然として首を回らせば、那人(あのひと)却って在り
灯火の闌珊たる処に
北宋の欧陽修の詞です。

「蝶戀花」

庭院深深深幾許? 楊柳堆煙, 簾幕無重數。
玉勒雕鞍遊冶處, 樓高不見章臺路。

雨�塢�狂三月暮,門掩黄昏, 無計留春住。
涙眼問花花不語, 亂紅飛過鞦韆去。



庭院深々 深さ幾許ぞ? 楊柳は煙に堆もれ、簾幕 無重数。
玉勒雕鞍 遊冶の処、 楼高くして見えず 章台の路。

雨は横ざまに風は狂う三月の暮れ、門は黄昏を掩うも、
春を留めおかんに計りごと無し。
涙眼もて花に問えども 花は語らず、乱紅飛んで鞦韆を過ぎて去る。


「庭院深深深幾許」・・・この一句は北宋末から南宋にかけての女性詞人・李清照がとくに愛した句だったそうです。
>9・10・11

「越台」ってありますから、 この詞の舞台は南方ですね。
訳注書等をちゃんと見たわけじゃないので正確ではないですが、手元の『新字源』によると

広東省番グウ(“偶”から人偏を取り除く)の越秀山にある台。漢初に、南越王趙佗が築いたという

と説明があります。

それと。
この李�┐箸い�詞家、伝記がよく分からないのですが、ご先祖様はペルシア人だったそうです。
ひょっとしたら、異国趣味に溢れる作風はそのあたりとも関係あるかもしれませんね。

それでは。
>16

前段最後の二句は

「看よ 紅装素裹の 分外(ことのほか)妖嬈なるを」

と訓じるべきかと思いますが、如何でしょう(“看”は“妖嬈”まで係るんじゃないでしょうか)。
「見よ 紅き太陽と大地を覆う雪の 美女が纏う衣装のような この上ない美しさを」−拙い訳ですが、こんな感じだと思います。
ntrさんが仰っている様に、ここの表現は上手いですね。

36年2月といえば「長征」の途次ですから、そういった昂揚感も作品に表れている気がします。
>李��

唐の中期頃に来航したペルシア人の子孫だった、と、私もなにかで読んだことがあります。彼の作品は「南郷子」ばかり何首も撰ばれているのを見ましたが、いずれも異国情緒のある作風でした。

彼の出自が作風と関係がある・・・おおいにありうることですね。

ペルシャ、といえば五代十国のひとつ南漢の創始者・劉隠という人物も、アラビア系商人の後裔だったようですね。唐朝というのは、やはり国際的な王朝だったんだな、と感じます。
>12

特に後段の「今宵酒醒何處,楊柳岸 曉風殘月。」の部分が好んで朗詠された、という記述が宋代の随筆に見えます。
その中でも飛び切り異彩を放つエピソード、と言えば邢州開明寺の僧・法明の次の話でしょうか。
この坊さんは

*酒を飲んだらいつも大酒で、柳永の詞しか歌わない。
*食事の招きの時は出かけず、酒の招きの時は喜んで出かける。宴がたけなわになると、柳永の詞を数首歌って終わりにする。そういうことを十数年続けた。
*臨終前には「今宵酒醒何處,楊柳岸 曉風殘月。」を歌って、その後入寂した。

といいます(『宋朝事実類苑』巻四十四)。
オイオイ、坊さんが酒飲んだらダメじゃないか、という至極全うな突っ込みはさておき、こんなファンキーな「追星族」(追っかけ、の中国語)がいた柳永の当時の人気が察せられます。

生前の素行の悪さゆえ高位には上がれなかった柳永ですが、彼の作品とその警句は後世の我々を魅了してやまないと思います。

それでは。
板が動いていないので、ベタですが有名な作品をご紹介。
南宋・陸游の「釵頭凰(さとうほう)」です。

紅酥手
  紅酥の手
黃縢酒
  黄縢の酒 
満城春色宮牆柳
  満城の春色 宮牆の柳
東風悪
  東風悪しく
歓情薄
  歓情薄し
一懐愁緒
  一懐の愁緒
幾年離索
  幾年の離索
錯錯錯
  錯 錯 錯

春如旧
  春は旧の如く
人空痩
  人は空しく痩す
涙痕紅浥鮫綃透
  涙痕 紅く鮫綃(こうしょう)を浥(ぬ)らして透る
桃花落
  桃花 落ち
閑池閣
  池閣 閑かなり
山盟雖在
  山盟 在りと雖も
錦書難託
  錦書 托し難し
莫莫莫
  莫 莫 莫

(現代語試訳)
紅くたおやかな手
黄縢の酒
町じゅうには春の気配 垣根のほとりにはしだれる柳
春風は 意地悪く
歓びは はかない
この胸に満ちる愁い
幾年の孤独
ああ、我あやまてり

春は むかしと変わることなく
人だけが 空しく痩せ行く
涙は紅く 絹のハンカチをぬらし染める
桃の花は 散り
池のたかどのは ひっそりとする
誓いはあっても
便りに託しようがない
ああ 何ともしようがない

詳しい作品の鑑賞やこの作品の背景などについては、村上哲見著『宋詞の世界』(大修館書店、2002年)に説明がありますから、ここでは割愛します(興味のある方はご一読を)。
陸游という文学者は愛国主義として知られ、国を憂う作品を多く残しています。
しかし、こういったきめ細かい愛情の世界をも描けた事には、素直に驚きますね。

それでは。
武漢のくまねこさん

>陸游の「釵頭凰(さとうほう)」

この詞、とても繊細で痛切ですね。
とくに、末尾の「錯錯錯」「莫莫莫」は激しい語調と字の意味が一体になっていて、すばらしい表現だなと感じました。

>満城春色宮牆柳

しかし作者の心は晴れることがないのですね。

この詞の背景である悲恋の思い出。これに関して、陸游はまた晩年に「沈園」と題する二首の七言絶句を詠んでいますが、こちらもひじょうに美しく哀しい作品ですね。

沈園 其二

夢斷香銷四十年, 夢は断え 香は消えて 四十年
沈園柳老不飛綿。 沈園の柳も 老いて 綿を飛ばさず
此身行作稽山土, この身 ゆくゆくは 稽山の土とならんに
猶弔遺蹤一泫然。 なお遺蹤を弔って 一たび泫然たり
>滄海散人さん

この陸游の「釵頭凰」が後世に与えた影響って大きいですね。
例えば、陸游と唐氏の悲恋は、戯曲化されています。
(ボクが見たのは、CCTV10の越劇の実況中継で、でしたが。)
あと、「錯錯錯」は小説の名前にもなって、映画化されていると聞いています。

中国人にとっては、おなじみの話・おなじみの作品、みたいですよ。
武漢のくまねこさん

なるほど、この詞はそれほどに有名な、おなじみの作品になっているんですね。・・・この詞にかぎらず、現代中国の人々に親しまれている古典詩って、宋詞がかなり多いですよね。
>滄海散人さん

唐詩・宋詞は学校教育をきちんと受けている人ならみんな暗誦できるんですよね。
というか、子供の頃から暗誦させられてきている、というのが本当のところなんでしょうけど。。。
「大江東去(蘇軾・『念奴嬌』)」とか「明月幾時有(蘇軾・『水調歌頭』)」クラスの、非常にメジャーな作品なら中国語でも分かりますが、そうでないと今何を暗誦したの?と聞き取れないことがしばしばです。


ところで、更に「釵頭凰」詞に関するネタを一つ。
前半部分を男(陸游)、後半部分を女(唐氏)が詠んだものとして解釈できないか、という説が提出されています。
従来ほとんど提出されてこなかった読み方ですが、ボクはなかなか説得力があって傾聴に値する、と考えています。
興味のおありの方は森博行『詩人と涙 唐宋詩詞論』(現代図書、2002年)所収「 陸游『釵頭凰』詞をめぐって」をお読み下さい。
この辺りになると、かなり専門的になってしまうのですが。。。

なお、上記26で「CCTV10」と書いていますが「CCTV11」の誤りでした。
お詫びがてら訂正します。

それでは。
武漢のくまねこさん;

>前半部分を男(陸游)、後半部分を女(唐氏)が詠んだものとして解釈できないか

これは初耳です。唐氏の詠んだ詞は別にあると思っていましたが、そういう解釈もあるのですか。興味深いですね!ご紹介の本、こんど読んでみたいと思います。
 「釵頭鳳」は確かに傑作です。あんな作品を作ってみたい…(´▽`)

 さて僭越ながら、私のオススメを発表させて下さい。韋荘の「荷葉盃」です。

  荷葉盃
 記得那年花下
 深夜
 初識謝娘時
 水堂西面画簾垂
 携手暗相期。

 惆悵暁鴬残月
 相別
 従此隔音塵
 如今倶是異郷人
 相見更無因。

 記し得たりかの年花の下
 深き夜
 初めて謝娘を識りし時
 水堂の西面に画簾垂れ
 手を携えてひそかに相い期せしを。

 惆悵たり暁の鴬 残ける月
 相別れし
 此れより音塵を隔て
 如今 倶にこれ異郷の人
 相い見えんとするに更に因無し

 前後で文字数は同じですが、終わりに向かって場面転換が速くなっていきます。過去と現在の温度差を表現しているのではないか…などと想像をたくましくしてしまいます。

 韋荘の詞の大半は「かつての儚い恋の面影」をテーマとしており、これも例外ではありません。私の詞の師はかつて「温飛卿が牡丹なら韋端己は梨の花」と表現しておりました。

お久しぶりです。
>30
好いですねえ・・・荷葉盃の詞牌はそれほど読んだことがないのですが、
なかなかいい形式ですね。二句目が突然二字になっているあたりはメリハリが
あって余韻を引きますね。

韋荘のこの詞自体も気に入りました。
韋荘の詞の特色については知りませんでした。
今後いろいろと読んでいきたいですね。
辛棄疾の以下の作が好きです。
山水風景がとても壮大ですね。
「斗牛光焔」「魚龍惨」の句が気に入っています。


■「水龍吟」 辛棄疾

擧頭西北浮雲, 倚天萬里須長劍。
人言此地, 夜深長見, 斗牛光焰。
我覺山高, 潭空水冷, 月明星淡。
待燃犀下看, 凭欄却怕,
風雷怒, 魚龍慘。

峽束蒼江對起, 過危樓, 欲飛還斂。
元龍老矣, 不妨高臥, 冰壺涼簟。
千古興亡, 百年悲笑, 一時登覽。
問何人又卸, 片帆沙岸,繋斜陽纜。


頭を挙ぐ西北の浮雲に 天に倚って万里 長剣を須(もと)めん。
人は言う 此の地にて 夜深うして長しく斗牛の光焰を見たり、と。
我は覚ゆ 山は高く 潭は空しうして水は冷やかに 月は明らかに星は淡きを。
犀(さいのつの)を燃やすを待って下を看れば 欄に凭り却って怕る
風雷の怒り 魚龍の惨たるに。

峽は蒼江を束ねて對起す 危楼を過ぎり 飛ばんと欲して還た斂る。
元龍は老いたるかな 高臥を妨げず 冰壺と涼簟と。
千古の興亡も 百年の悲笑も 一時に登覽せり。
問う 何人ぞ又た片帆を沙岸に卸して 斜陽に纜(ともづな)を繋ぐ、と。

久々に更新します。
辛棄疾のこの詞はとくに気に入っています。
苦みばしった、好い詞です。



    「醜奴児」辛棄疾

    少年不識愁滋味,

    愛上曾樓,

    愛上曾樓,

    爲賦新詞強説愁。


    而今識盡愁滋味,

    欲説還休,

    欲説還休,

    卻道天涼好箇秋。


【拙訳】少年のころは本当の悲しみの味なんか知らずに/高い処に上るのが好きで/高い処に上るのが好きで/新しい歌を作るために無理矢理に悲しみを語ったものだった/ 
今はもう悲しみの味を知り尽くした/言いたいけれど止めておこう/言いたいけれど止めておこう/むしろこう言おう 「爽やな秋晴れのいい日だね!」と

私もrjukaさんが挙げていらっしゃる辛棄疾「青玉案」が圧倒的に好きです。
特にこのくだり

衆裡尋他千百度
驀然囘首那人卻在 燈火闌珊處

陰と光のコントラスト
心理を反映した情景描写
鮮やかですね!

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