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ガザへの空爆が続き、とうとう地上軍の侵攻まで始まってしまいましたが、
いつものことながら日本のマスコミの記事は情報が少なく、
日本語で読めるものだけでは現状があまり認識されていない気がします。

P-navi infoさんのように大量にはフォローしきれませんが、
ウォッチしているブログの記事を個人的に翻訳してみました。

他のサイトなどで現地の直近の状況などを知ることのできる記事を見かけたら、
翻訳でも、リンクでも、転載可ならコピペでも載せてもられば幸いです。

興味深い内容でしたら英語の記事や原文へのリンクでもかまいません。
翻訳してみる時間がとれれば、この場にも追加していきたいと思います。

以下、ガザに住むMona El-Farraのブログ
『From Gaza, with Love』より

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http://fromgaza.blogspot.com/

Sunday, January 04, 2009
ムハンマドからのメッセージ。ガザより。

ガザでの出来事。Mohammed Fares Al Majdalawi記す。
これは私がガザのsin Jabliaに住んでいるMohammed Magdalawiより受け取った伝言です。
『ここでは虐殺が繰り広げられ、空爆により400人以上が殺され、2000人近くが負傷している。
まず、この数日我が家に身を寄せている私の知人や家族たちは食料、パンやガスといった生活必需品の欠乏に苦しめられていることを書いておきたい。父は朝の5時にパン屋に向かい、たった一包みのパンを手に入れるために5時間も待つことになった。この一包みのパンでは我が家の11人が食べていくには十分ではない。しかし、今日私が近所中のパン屋を巡ったときには全ての店はしまっており、一切れのパンも手に入れることができなかった。
通信網がつながっていないため、私も家族達も友人や親戚の消息を知ることができない。降り注ぐミサイルのため、一刻ごとに何人かが殺されている。モスクや病院までもが攻撃され、どこにも安全に身を寄せることができる場所が無い。
毎日が死者の埋葬の繰り返しだ。簡単な葬儀か、あるいは最後の別れを惜しむ時間すらなく、まとめて埋葬される。想像して欲しい、何人もの死者が一つの墓にまとめて埋葬されるのだ。夜には我々のキャンプはゴーストタウンのようになり、爆撃機の飛ぶ音の他は何の音もしなくなる。そして爆発の度に私たちの、そして子供達の心臓は恐怖にすくみあがる。
毎分毎秒が恐怖の時間であり、とくに子供達にとってはそうだ。
例えばある家族では四人の姉妹がイスラエル軍によって、彼らの家にいるときに殺された。また、ある母親は家族のパンを買うためにパン屋に向かって通りを歩いているところをイスラエル軍に撃ち殺された。

私は世界の人々に二つの言葉を伝えたい。世界中の、平和と自由を愛する人々に。
ひとつめはこうだ
「想像して欲しい、電気が無く、家は破壊され、昼も夜もミサイルの音が聞こえ、食料がなかったら、あなたの生活がどんなものになるか。想像して欲しい、あなたの子供達や家族が、ミサイルや爆撃機の音が恐ろしくて眠ることができないと、あなたに訴える日々を」

ふたつめは「私たちの子供達のために、この包囲と殺戮と破壊をやめさせるために、集会やデモなど、どんな形であれ、協力して欲しい」ということ

最後にもうひとつ。あなたがたもガザに来て、この虐殺を、その目で、見て欲しい。』
Mohammed Fares Al Majdalawi
Film Maker and Social WorkerGaza strip _ Palestine mobile

コメント(7)

新しいナブルス通信:「とうとうガザへの地上侵攻が!1」
http://0000000000.net/p-navi/info/news/200901050257.htm
より転載します

**以下、転送を歓迎します**
    ○○○ナブルス通信 2009.1.05号○○○
とうとうガザへの地上侵攻が!1
http://www.onweb.to/palestine/
Information on Palestine
────────────────────────────────
>◇地上侵攻が始まってしまった

世界中からのガザ爆撃に対する抗議をよそに、3日夜(現地時間)、イスラエル軍はガザへの地上侵攻を開始しました。「戦闘」が始まっているとニュースは伝えています。

胸がしめつけられる思いとともに思い出したのは、後に徴兵拒否をするイスラエル空軍兵士が手記で書いていた言葉でした。「僕は空軍パイロットとして、ガザにミサイルを落とすために出撃した。しかし、どこまで飛んでも、地上には戦車の一台もない。相手は戦車も戦闘機も何も持っていないことに気づいたとき、自分は何をしているかと呆然とした」。こんな一文だったと思います。

現在、行われている「戦闘」というのも、原始的な武器を持ったゲリラ相手にハイテク兵器装備の部隊が精度の高い殺戮マシーンをフル回転させ、人口の密集地で何も関係ない人びとをも巻き込んで傷つけていくものでしょう。地上侵攻後の様子は、まだ、それほどわかりませんが、ガザはイスラエル軍によって南北に分断されたこと、侵攻後の犠牲者は殺された者が40人ほど――そのなかには一家5人や12歳の少女、救急車の運転手が殺されている――というようなことが伝わってきています。夜通し響く爆弾の炸裂音のもと、逃げる場所もなく、150万人の人が死と隣合わせで生きています。

これを書いている現在、ガザでの犠牲者累計は、死者470人(AP通信などは500人)、負傷者にいたっては2000人を軽く超えていることがわかっています。負傷者は重傷以上の人がカウントされています。というのは、軽傷〜中傷は病院が対応できなくて帰しているからです。

また、ガザへの空爆ではクラスター爆弾が使われたとマスメディアが報じています(クラスター爆弾禁止条約はどこにいったのでしょう?)。さらに劣化ウラン弾の使用も疑われていて、現在、調査が行われています。

虐殺という言葉だけでは伝えきれない、ガザ総体の破壊が進行しているように思われます。なお国連安保理での緊急協議では、即時停戦要請に米国が反対して声明を採択できずに終わっています。(ナブルス通信)
続けます。
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>◇「私たちはここに残る」
――外国パスポート保持者、ガザにとどまることを決意

2009年1月2日 ガザ
ISM(国際連帯運動)プレスリリース

*

イスラエルは外国のパスポート所持者に対し例外措置として、安全のためガザを離れることを許可しているが、ガザにとどまりパレスチナ人と運命をともにすることを選んだ外国人たちがいる。

アルベルト・アルケ(スペイン)は救急車に同伴して病院から報告を続けてきた。

「イスラエルはガザの人々に対して自分たちがおかしている罪を目撃されたくないのです。国際ジャーナリストや支援団体はここにはいません。ぼくらがガザを去ってしまったら、いったい誰が、ぼくたちが今、目にしているこの戦争犯罪を証言するのですか。

12月28日、ぼくは、ラマとハヤー・ハムダーンの二人の姉妹の瀕死の目を見つめました。ラマは4歳、ハヤーは12歳、二人はイスラエルのミサイルに殺されました。ぼくがそこに認めた彼女たちの人間性は、ぼくたちの人間性と何一つ違ってなどいない。ぼくたちの命は彼女たちの命より価値があるのですか?」
アルベルト・アルケ――国際連帯運動

パレスチナ系南アフリカ人のハイダル・イード博士は言った。

「これは歴史的瞬間だと思う。このガザの大量虐殺は、南アフリカで1960年に起きたシャープヴィルの大量虐殺と類似している。この事件の結果、アパルトヘイトに対するBDS[ボイコット、投資引き上げ、制裁]キャンペーンが始まった。

2009年のガザの大量虐殺は、イスラエルのアパルトヘイトに対するBDSの運動をより激化させるだろう。南アフリカのアパルトヘイトでは、BDSキャンペーンによってついにはネルソン・マンデラを監獄から解放することに成功し、のちに彼は、民主的かつ多人種的かつ多文化的な南アフリカ共和国の、初の黒人大統領となった。だから、イスラエルのアパルトヘイトに対するBDSキャンペーンも、すべての市民が平等に遇される一元的国家を生み出すにちがいない」

イード博士は、ガザのアル=アクサー大学の社会・文化研究の教授である。彼はまた、イスラエルに対する学術的・文化的ボイコットのためのパレスチナ・キャンペーン(PAGBI)の実行委員会のメンバーであり、「民主的一国家」 One Democratic Stateグループの創設メンバーの一人でもある。

ナタリー・アブー・シャクラ(レバノン)は語った。

「彼らはレバノンでも同じことをしました。でも、レバノンでは、激しく爆撃されたところもあったけれど、安全なところもありました。ガザでは、安全な場所などどこにもない。この人たちをどうして残して行けますか?生きるなら彼らとともに生きます。それができないなら、彼らと死をともにします」
ナタリー・アブー・シャクラ――国際連帯運動

「イスラエルが国際ジャーナリストの[ガザ立ち入りを]禁じているために、ガザの声はさらに押し殺されてきました。この地の現実を外の世界に発信することは、イスラエルによる攻撃の違法性に光を当てるために不可欠です。私たちは最近になって救急車に同伴するようになりました。医療従事者に対する攻撃を報告するためです。これはジュネーヴ協定違反です。苦しむ家族たちの姿を目にし、私もその苦しみを感じてきました。彼らをおいて出て行くことなどできません。すべての市民が、イスラエルの攻撃の前で身を守るすべがないのです。私たちはとどまって、ガザの人々に対するイスラエルの攻撃の本質をあばき続けるつもりです」
ジェニー・リネル――国際連帯運動

「イスラエルは、ガザを離れることができる者を決めているだけではありません。誰が入ることができるかも決めているのです。私は、家やモスクや大学が粉々に破壊されているのをこの目で見ました。市街地でミサイル攻撃がどれほど人々を恐怖に陥れているかも分かりました。死んだ子どもたちの姿も目にしました。家から30メートルのところをイスラエルが爆撃しているのに、家のなかに閉じ込められてしまった家族が叫ぶのも聞きました。ガザの人々、150万の人々すべてが、これらの違法な攻撃から逃れることができないのです。

私たちの命が彼らの命以上に大切であるなどということはありません。彼らが苦しんでいるかぎり、私たちはとどまります。彼らと連帯するために、そして、イスラエルが邪魔して外国のジャーナリストに公表されまいとしていることを報告するために」
エヴァ・バートレット――国際連帯運動

「ガザのパレスチナ人は、イスラエルが課している封鎖のせいで世界から孤立しています。今、私たちにはここを離れる機会が与えられましたが、ガザの人々にそのような選択肢などないのです。ガザの家族たちと連帯してここにとどまること、それはイスラエルの暴力がおぞましいまでに増大しているなかで決定的に重要なことです。
私は封鎖の影響をこの目で見ました。民間人に対して現在進行形で振るわれている暴力も見ています。私たちはイスラエルの違法な政策の犠牲者たちの側に立ち続けます」
シャロン・ロック――国際連帯運動

「イスラエルによって犯されている人道に対する罪を耐え忍んでいるガザの人々と連帯して、自分にはここにとどまる責任があると思います。ガザの全住民に対するこの物理的、心理的、政治的戦争を止めるために国際社会が行動しないのであれば、国際的監視者、ジャーナリスト、活動家がここガザにいなければならないのです。

私たちはこの目で見て、報告し、止めなければならないのです、どこであろうと、ガザの人々に対してイスラエル占領軍がおかしている戦争犯罪を。イスラエルは人道に対する自分たちの罪を目撃されたくないのです。でも、ガザの人たちは違います。彼らは言い続けています、「どうか、私たちの身に起きていることを世界に伝えてください、こんなことが起きるなんて信じられません」と。
彼らは最悪の事態となることを恐れています。誰もが脅え、恐怖に突き落とされています。私はここを離れません。イスラエル占領軍こそ国際法に従って、パレスチナを去らねばならないのです」
 エヴァ・ジャシウィッツ――自由ガザ運動

「エレツ検問所は国際監視員や医薬品をガザに入れるために開放されるべきなのであって、〔私たちを〕外に出すためではありません。私たちは、封鎖およびこの間の爆撃で死ぬ人たちをじかに見てきました。イスラエルの違法な軍事行動によって私は大勢の友人をなくしました。私たちはパレスチナ人と連帯し、この暴虐非道を報告し続けます。国際的監視者である私たちには、国際社会がイスラエルによるガザ攻撃の現実について知ることができるよう保証する責任があるのです」
ヴィットリオ・アッリゴーニ――国際連帯運動

国際人権活動家たちは、12月31日、イスラエルのミサイルでインターンのムハンマド・アブー・ハセーラと医師のイハーブ・アル・マスーンが殺害されてから、ガザ地区の救急車に同伴するという活動を続けてきた。国際活動家たちはマスーン医師が亡くなったとき、ベイト・ハヌーンのカマール・アドァーン病院にいた。

ガザにとどまっている人権活動家たち

アルベルト・アルケ(スペイン)、
エヴァ・ジャシウィッツ(ポーランド/英国)、
ハイダル・イード博士(南アフリカ)、
シャロン・ロック(オーストラリア)、
ヴィットリオ・アッリゴーニ(イタリア)、
ジェニー・リネル(英国)、
ナタリー・アブー・シャクラ(レバノン)、
エヴァ・バートレット(カナダ)

*

翻訳:岡 真理

Foreign passport holders in Gaza decide to stay
- “We will not leave”
January 2nd, 2009
原文:
http://www.palsolidarity.org/main/2009/01/02/foreign-passport-holders-in-gaza-decide-to-stay-we-will-not-leave/
先日日記の方に上げたelectronic intifadaの記事の翻訳もコピーしておきます。

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http://electronicintifada.net/v2/article10065.shtml

2008年12月28日。記録者Safa Joudeh。パレスチナ、ガザ地区より。

私の身の回りで何が起きているか、続けて報告します。ガザへのイスラエルの空爆が始まって、二日目の夜になります。

今は午前1時半ですが、まるでもう日が昇っているかのようです。この数時間、ガザ北部一帯へ頻繁に空爆が続いています。私の人生でも最も長い夜のように感じられます。この辺りでは、空爆はまずガザ市でも最も人口の多い"Askoola"地区の工房、ガレージや倉庫への爆撃から始まりました。

一時間ほど前からイスラム大学への爆撃が始まり、研究棟が破壊されています。以前の記事で触れましたが私の家は大学の近くにあります。最初の爆発で、窓や壁がびりびりと震え、心臓が口から飛び出しそうになりました。両親と兄弟、また、空爆の初日に家を破壊され、この家に身を寄せている従兄弟達はなんとかして睡眠をとろうとしていましたが、皆飛び起きて、家の中で一番爆撃から遠い方の部屋へと集まりました。11歳の妹、Halaは身がすくんでしまっていたので、引きずっていかなければなりませんでした。私の肩には、続く4回の心臓の止まりそうな爆発の間、13歳の従姉妹のAyaがしがみついていたあとが、まだ痣になって残っています。しばらくして窓の外をのぞくと、空は灰色の煙で真っ暗になっていました。

数分前から、イスラエルの軍艦からガザの唯一の港へのロケット攻撃が始まりました。15本のミサイルが爆発し、船と港の一部を破壊したと今ちょうどラジオで放送しています。どれほどの被害が出ているか、わかりません。ガザ港を拠点とした漁業から直接、間接に収入を得ている何千人もの家族達が、イスラエルの安全の何を脅かしたというのでしょう。ラジオでは爆発を数え始めましたが、6回ぐらいからはもうわからなくなってしまったようです。私たちは3回の爆発を聞きました。
「ミサイルの飛んでくる音が一番怖いわ」と妹と話しました。ミサイルが飛んでくるヒューと言う音が聞こえ、それがどこに落ちるのだろうと恐怖するその数瞬ほど苦しいものはありません。さっき聞こえたミサイルの音と爆発は魚市場(幸い無人でしたが)に落ちたとラジオのレポータが言っていました。

いま、モスクへの攻撃で、その隣の家にいたBaloushaの親戚の姉妹4人が殺されたと聞きました。

爆音や地響きや、煙や、救急車のサイレンや、ミサイルの飛ぶ音よりもやっかいなものが何だか、わかるでしょうか。それは昼も夜も頭上でひっきりなしに聞こえる、気が狂いそうなほど不気味な、アパッチヘリコプターの羽音です。


Safa JoudehはStony Brook Universityの修士課程の学生です。彼女は2007年の九月にガザに帰国し、現在フリーランスのジャーナリストとして活動しています。
「CARE」の日本支部のサイトより

ガザ地区よりスタッフ ブログ
http://www.careintjp.org/news/newsrelease_gaza_story.html

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