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2019年06月22日21:07

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【ブックレビュー】マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する
丸山俊一+NHK「欲望の時代の哲学」制作班
NHK出版新書


 本書の元となった番組を視聴してから書評を書こうと思い録画しておいたところ、デッキが壊れるという\(^o^)/大惨事となりました。ようやく観る事ができましたやれやれ。


 主役はもちろん、大人気の哲学者マルクス・ガブリエルです。来日した彼が日本の都市を観察し、文化に触れ、若者や科学者と対話をし、というドキュメンタリー番組です。
マルクス・ガブリエルについてはこちらをどうぞ。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1965780689&owner_id=29675278


 番組中でも本書でも、気難しくて偏屈という従来の哲学者のイメージを覆そうという意図があるのか、ガブリエルを哲学界のロックスターという扱いをしています。ロックスターという表現がそもそも時代遅れのように思いますが。本人も元々、明るくてよく喋り、映画やテレビドラマが大好きというテレビ向けキャラなので、満更でもなかったりして。


 ガブリエルの主な主張である「新実在論」にも触れてはいますけれど、より重きを置いているのは、現代史と現代哲学の講義(というよりトーク)や対話を中心とした歴史観や民主主義について、哲学と科学の関係について、です。まあ実際、テレビで実在論や観念論の講義をやっても面白い番組にはならないでしょうね。ガブリエルの語り口や話の展開はとても分かりやすく、本書なしで番組の視聴だけでも多くを理解できたと思います。ただ、アドリブの会話のため説明不足なのかなという点も見受けられましたし、異論を挟みたい部分もあります。


・・・・・
 僕は、絶対的大多数の人間が、ロシア人であれ日本人であれインド人であれドイツ人であれ、「子どもを拷問していいか」という質問に対して「NO」と答えるだろうと説く。当然だよね?「子どもを拷問していいか」だ。
 答えはNOだ!もちろん子どもを拷問していいはずがない。
 子どもを見たことがあるか?子どもを拷問するべきではない!それはただ絶対的な恐怖だ。子どもを拷問していいと唱える道徳観などない。それは選択肢にはない。それは道徳観の欠如だ。
・・・・・


 ガブリエルは相対主義を否定していますので、このように絶対的な道徳的事実の存在を肯定します。これはこれでカント的かなとは思います。ただ、本当に子どもを拷問して良いという状況はあり得ないでしょうか。例えば、ある子どもがテロリストの一味で(よくある事です)爆弾を仕掛けた直後に捕まり、爆破タイマーを解除するパスワードを知っているのはその子どものみ。早く解除しないと数百人の人が死んでしまうかもしれない、という状況で、その子どもを拷問してパスワードを聞き出すという選択肢は存在しないでしょうか。私は、どんなに正しそうに見える事柄でも懐疑的に接するのが哲学的態度だと思います。もしかしたら訳が違うだけという可能性もありますけど。



 もうひとつ引っ掛かった事が、ロボット工学の石黒浩教授との対談(この対談そのものは、対話の噛み合わなさとお互いの誠実な態度が面白かったです)中にありました。多くのドイツ人はヒューマノイド(人間型ロボット)に対して拒否反応を示すという話の流れで、


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(前略)カントによる人間の解釈は、ドイツ憲法の最初の一文にあります。「人間の尊厳は不可侵である」これがドイツの憲法であり、「人間の尊厳」はカントが僕たちに与えてくれたコンセプトです。
(中略)
ですから、人間とは何かという確固とした概念が必要とされているのです。なぜなら、人間の概念が揺らげば、次に待っているのは、収容所だからです。このような見方が一般的に受け入れられています。ですからそこには、推論を止めさせる壁があります。けっして、「人間とは何か」に疑いを持ってはいけないのです。同じ過ちを二度と繰り返さないために。
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 つまり、二度の大戦を経験した(起こした)ドイツは、二度と戦争を起こさないためにカントの人間観を憲法の基礎としているというのが、ドイツ人がヒューマノイドを受け入れない理由であるという説明です。私は、「○○のためにカント哲学を利用する」というのはひどく非カント的だと思います。それに、この硬直した人間観は何かの間違いで暴走する恐れもあるのではと危惧します。次もドイツが原因になるかもしれませんね。



 なんだか恐れ多くも批判的になってしまいましたが、全体としては現代という時代に哲学者がどう向き合い関わっていくかについてとても分かりやすく作られていますので、本書も番組も強く推薦します。最後に面白いセリフを。


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 一番初めに哲学的な問いを立てたのは六歳くらいの頃です。すべての子どもには哲学的な問いがあると思います。しかし私たちは忘れるように教え込んでしまいます。大学に入学する頃までには。読み書き、数えることなど、物心つく頃までに、ものを考えないように教えてしまうのです。なぜ、私たちは哲学という観点からは理解できない方向へと教えを進めるのか?それは単に私たちが過ちを犯しているのです。
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 日本の教育は詰め込みばかりで自分で考える力を奪っている、欧米では自分で考える力を身に付けさせている、だから日本の教育はダメだ、というのが日本の教育を批判する際の定番です。ところがドイツでもものを考えないように教えていると、哲学のトップランナーのひとりであるガブリエルが指摘しています。どちらが正しいのでしょうかね。

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