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2017年12月10日09:24

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『太陽神の娘』第5話

『太陽神の娘』第5話

 古代アテナイでは夏に「傘持ち(スキロポリア)祭」という祭りがあった。これは現在の六月中旬から七月中旬にあたるスキロポリオン月の十二日に行われる祭で、アテナ・スキラス女神に捧げられたものだ。古代アテナイではスキロン村からアクロポリスの丘まで祭列の行進を行い、その際に、太陽神ヘリオスの神官が「スキロン」という白い傘を持ってアテナの女神官とポセイドンの神官を日差しから守り、相合傘を行っていたことが祭の名の由来だ。こうして人々は夏の灼熱から穀物を守ってくれるよう神々に祈ったのだ。
 現代の聖域でもこの「スキロポリア祭」は残っていて、ポセイドンは崇拝の対象から除外されてアテナ単独の祝祭になってはいるが、祭列の行進やアテナに捧げる犠牲式、体育競技会などが行われる。競技会の優勝者には栄誉と、オリーブの冠と、副賞としてオリーブ油や葡萄酒の壺などが贈られていた。
 その祭の準備をしている最中、サガはキルケを訪ねてこう頼んだ。
「競技会の副賞に、あなたからも何か出してはくれませんか?」
 と。
「いつもいつも副賞がオリーブ油や葡萄酒では変わり映えがしませんし、皆も今一つ気分が盛り上がりませんからね。こう、何かちょっと目新しいものを賞品に出してやって欲しいんです」
「どうして私が…」
「まあ、そう言わないで。これくらいはいいでしょう?ね、ね?」
 キルケを何とかして聖域になじませたいサガは、彼女の「息子」としての立場を最大に利用して甘えて、ねだって、頼んだ。
「…分かったわ。あなたがそこまで言うなら、何か作ってあげる」
 こうしてキルケは彼女の得意分野を生かして、ある魔法薬を作りあげた。青いガラス製の小瓶に収められたその液剤を受け取り、説明を聞いたサガは、微妙な顔になった。
「…塗るだけで傷口がふさがる傷薬とか、そういうのを想定してたんですが…」
「そう?でも男所帯だから需要があると思って」
「……」
「毛生え薬のほうが良かったかしら?はげはいにしえからの男の悩みだものね」
「…いえ、これでいいです…」
 というわけで、今年の「スキロポリア祭」の副賞には、女神キルケ特製の魔法薬が出品された。
 聖域における「スキロポリア祭」での競技会の種目は、古代オリンピックにおける五種競技と同じで、短距離走、走り幅跳び、円盤投げ、槍投げ、レスリングからなる。競技者は雑兵たちの中から選ばれた者たちだ。称号を持つ聖闘士たちは、雑兵と一緒に争わせるのは力の差がありすぎて不公平、ということで、彼らと一緒の競技には参加しない。もっとも聖闘士には聖闘士で別に試合があったりするので、衆目のもとで己の技量を競う機会が彼らにないわけではなかった。
 進行役と審判を務める神官が競技会の開催を告げ、参加選手たちに宣誓をさせる。そして今年の賞品について説明を行った。
「え〜…優勝者にはアテナより祝福を受けたオリーブ冠と、オリーブ油の入った壺を十個、それから今年は女神キルケより、彼女が特別に調合した愛の秘薬が与えられる。この薬は意中の相手を必ず自分に惚れさせ、さらに体の刺激への反応を高めて、これまでにない興奮をお互いに与えてくれるという、極めて強い媚薬である…」
 その途端、参加者の男たちの目の色が変わった。
 皆が頭の中でそれぞれに自分が想いを寄せる女性の顔を思い描いた。そして恋するその相手が自分に夢中になり、これまでになく乱れて、己の体に絡み合ってくれるところを想像する。
「「「…うおおおおーっ!!!!」」」」
 男どもの雄叫びが熱気とともに上がった。
 聖闘士が基本的に女子を禁じていることもあり、聖域に外部から入ってくる人間は若い男性が圧倒的に多く、当然、聖域内に居住している女性の数は男性よりもずっと少なくなる。となれば聖域において女性を巡る男たちの争いは陰でであれ日向でであれ熾烈であり、競争率が高くなるのは自然の流れだった。
 それが「この薬をうまく使えばライバルを出し抜いて、思いを難なく遂げることが出来ますよ」というのである。
 男たちは燃えた。燃えに燃えた。
 その年の「スキロポリア祭」の五種競技は、いつにない熱戦となった。
「…なんか、みんな張り切ってるなぁ…」
 競技を貴賓席で観戦する教皇アイオロスが参加者たちの様子にぼそっと呟く。
「…うん、まあ、結果としては盛り上がったからよかったのかな…」
 隣にいるサガも複雑そうな顔で選手たちを見守っていた。
 アイオロスの呟きはさらに続いた。
「…おれも競技に出ればよかったかな…」
「馬鹿を言うな。教皇が出るなど…そんな真似をしたら公正な競技など出来ないではないか」
「いや、そうだけどさ…」
 サガにたしなめられても、まだ口の中でもごもごとアイオロスはぼやき続けたのだった。

 やがて「スキロポリア祭」も無事に終わって、数日後。
 教皇アイオロス様が、キルケの家を秘かに訪ねてきた。
「何の用かしら?」
 椅子に座って機織り機で布を織っているキルケに、アイオロスは頼んだ。
「あの…キルケ様…。『スキロポリア祭』の副賞に出した薬…おれにもくれませんか?」
「誰に使う気なの?」
「もちろん、サガに」
「今さら必要ないでしょう」
 作業を続けながらキルケがすげなく断る。女神は複雑な経糸の上げ下ろしが要求される織機を巧みに操っていた。杼で横糸が通され、おさで打ち込まれるたびに、森の樹々と幻獣たちの姿が緑と青と白の糸で描き出され、織り上がっていく。
「いや…そうかもしれませんが…。その…もっとおれにメロメロになって、興奮して、エロエロになってるサガを見たいなって…」
 スケベ心丸出して頼んでくるアイオロスを、キルケは冷たい目で一瞥した。
「そうねぇ…。あなたが土下座して頼むなら、考えてもいいわ」
 キルケとしては断る口実のつもりだったのだが、その途端、教皇アイオロス様は恥も外聞も投げ捨てて彼女の前に平伏した。
「お願いです!おれにあの媚薬を下さい!」
「……。呆れた。それがアテナの教皇のすること?」
 仕事の手を止めたキルケはアイオロスに向き合うように姿勢を正し、そして美しい黄金色のサンダルを履いた片足で彼の頭を踏んだ。
「…あら、やだ!すごくいい感じ!癖になっちゃいそう!」
 足に力を込めたキルケに頭を踏み踏みされながらアイオロスが考えたのは、これが黒髪のサガだったら良かったかも…ということだった。赤いハイヒールを履いた黒髪のサガに頭を踏まれている自分の姿を想像すると、なぜか股間のあたりが熱くなり、「あ、やばい、変な性癖に目覚める…っ」と内心で慌てたアイオロスであった。
 アイオロスは頭を上げ、己の頭を踏んでいたキルケの足首をつかんだ。
「お願いします、キルケ様」
 白いスカートの下から伸びて金色の革紐に包まれた、キルケの形良い足の指先や滑らかな甲にアイオロスが口づけを繰り返す。
「どうかおれに、あの薬を…」
「……」
 高慢な女王の足元にひざまずいてその足を手で包みキスをしながら、アイオロスは懇願を続けた。座したキルケが足を取られたそのままの姿勢でアイオロスを見つめていると。
「…何をしているのだ、アイオロス?」
 突然、アイオロスの背後から声が掛けられた。はっとしてアイオロスが振り向くと、いつの間にかサガが立っていた。
「お前、キルケに何を…」
「え、いや、これは…」
 慌ててアイオロスがごまかそうとする。媚薬を求めていたことはサガには秘密にしておきたかったのだ。
 だがサガの誤解は、アイオロスの想定の斜め上を行った。
「アイオロス、お前…よくもキルケに不埒な真似を…!」
「ちがーう!!!どっちかというと不埒な真似をされてたのはおれの方だろーっ!?」
 驚くと同時にアイオロスがサガに抗弁する。
「うるさい!だまれ!彼女を誘惑していたのか!?そんなことは許さんぞ!」
「だから違うってぇぇー!」
「こっちに来い、アイオロス!この浮気者ーっ!」
 そうしてアイオロスはサガに耳をつかまれ、キルケの家の外に問答無用で引きずり出されていったのだった。

 そんな騒動があったにも関わらず次の日、キルケが教皇の間にアイオロスを訪ねてきた。
「あなたがここに来られるとは…」
 執務室でキルケを迎えたアイオロスに、彼女は小瓶を差し出した。
「はい、上げるわ。あなたが欲しがっていた媚薬よ」
「!!!!!」
 受け取ったアイオロスは歓喜した。
「ありがとうございます!キルケ様!あなたのために神殿と祭壇を建てて、豚を毎年生贄に捧げます!」
「しなくていいから。おまけで、これもあげる」
 キルケはさらに丸薬がいくつか入った手のひらサイズの小さな壺を差し出した。
「これは?」
「こちらは強精剤。あなたが飲みなさい。一晩中でも萎えなくなるわよ」
「ありがとうございます!ありがとうございます!この御恩は一生忘れません!!!」
 米つきバッタのように、アイオロスは机に手をついて頭を下げ続けた。
「じゃあ、私はこれで」
 用を済ませると、キルケはさっさと教皇の間を退出していった。
 もらった小瓶と小壺を執務机の引き出しに隠した教皇アイオロス様は、その日は太陽が沈むのを今か今かと待ちかねつつ、残りの執務時間を過ごしたのだった。

 その三日後の朝。
「キルケーッッ!!!」
 サガが泣きながらアイオロスを連れて聖域のキルケの家に駆けこんできた。
 その時、家の女主人は鏡台の前に腰かけて侍女の一人ヘリオドラに髪を結わせていた。
「どうしたの、サガ?」
「アイオロスが、アイオロスが…」
 白いワンピースドレスに包まれたキルケの膝にすがって、サガが泣いた。
「役立たずになっちゃったんですぅ!私がどんなに頑張って、『大きくなぁれ、大きくなぁれ』って手でこすったり、口で愛したりしても、全然、反応してくれないんです!今まで一度だってこんなことはなかったのに…!私…どうしたらいいんでしょうぉぉぉ!」
 この世の終わりのように、キルケの膝の上でサガは泣きわめいた。
「お、おい、サガ、いきなりそんなことまで…」
 羞恥も何もなく、一気に「母親」に自分の房事の細部をカミングアウトしたサガに、彼に連れてこられたアイオロスの方が焦って恥じらった。
「あら…。ということは、あの薬を使ったのね。…ヘリオドラ、右の方は三つ編みにして編みこんでちょうだい。それからジャスミンの香油を振りかけて」
 驚きもせず、キルケは侍女に指示して朝の支度と化粧を続けた。
「…え?」
 キルケの言葉にサガが顔を上げる。
「私があげた強精剤を使ったんでしょう?」
「……」
 沈黙がこの場合、答えであった。
「で、効果はどうだった?すごかったでしょう?」
「そ、そりゃあもう…!サガも今までにないくらい反応が良くて、あそこの締まり具合もうごめき具合も最高で、乱れまくって、あえぎまくって、それなのに『もっと…もっと…!』って何度イッてもねだり続けて、とにかくすごくエロエロで…!おれももう、全然疲れなくて、一晩中サガを攻めまくって、二人して夢中に…」
「わーっ!アイオロス、そんなことまで言うな!」
 今度はサガが慌ててアイオロスの口をふさぐ。
 キルケはコットンに神油(アンブロシア)をしみこませ、鏡面に映った自分の顔を見ながらそれで顔の肌の汚れをぬぐった。肌を綺麗にする作業を続けつつ、彼女は二人に教えた。
「あの強精剤、効果はあの通りなんだけど、副作用というか反動であとで不能になるのよ」
「「!!!!!」」
 明かされた事実にサガとアイオロスの二人が愕然とする。
「…え?え?不能って…いつまで…?まさか一生このままじゃあ…」
「そうねぇ。まあ、一週間くらいは」
「一週間!?」
「で、では、一週間後にはアイオロスはもとに戻るのですか?」
「そう」
 サガは心の底から安堵の息を漏らし、アイオロスは「一週間…」と残りの禁欲期間を数え始めた。
「で、でもどうしてそんな副作用を…。あなたなら副作用のない薬だって作れるでしょうに」
「だって、その調子で毎晩サガを愛されたら、サガの体が壊れちゃうじゃないの。だから休息期間を置かせようって言う私の親心。あ、ヘリオドラ、口紅は左から三番目の色をお願い」
「た、確かに…あの調子で毎晩攻められたら、私のお尻の穴が…」
 尻穴ががばがばになるのも痔になるのもいやだ、とサガが青ざめた。
「キルケ…私のためにそんな配慮を…」
 じ〜んと感動しかけたサガに、
「というのは、建前で、本当は教皇への単なる嫌がらせ」
 と、キルケは銀の手鏡を片手に化粧筆で唇に口紅を引きながら真意を明かした。
「…ま、二人とも、あの薬を使って楽しむのもほどほどにしなさいね。用はそれで終わり?」
「あ、はい…」
 サガは立ち上がって帰ろうとしたが、アイオロスはしつこくある要求をした。
「…あの、キルケ様、副作用のない強精剤を作っ…」
「アイオロス!この馬鹿!いい加減にしろ!」
 サガはアイオロスの頭を殴りつけ、彼の首根っこを引きずってキルケの家を後にした。
「…あんな男のどこがいいのかしらねぇ、サガは…」
 香油をしなやかな首筋に塗ると、キルケは鏡に映る自分の顔を見つめて、鏡の中の自分に向けてしかめっ面を作ってみせたのだった。

<FIN>

**********************

古代ギリシャでは様々な競技会(アゴーン)が行われていました。体育競技のほか、詩や音楽、それに美人コンテストもありました。美人コンテストは神話の中の話(ヘラ、アテナ、アフロディテが争った「パリスの審判」)だけではないのです。まあ、古代ギリシャでは良家の女性は人前には出ないのが普通だったので、美人コンテストに出るのは高級遊女(ヘタイラ)の皆さんだったのでしょうが…。『ギリシア詞華集』の中には「美尻コンテスト」や「美・女性器コンテスト」を歌ったものまであります。本当にこんなコンテストやってたのか、詩人の空想なのかは不明…。
また当時人気だった競技に「松明競走」があります。松明をバトン代わりにリレーして、火がついたまま最初にゴールしたチームが勝ちというもの。聖火リレーの元祖。古代アテナイのパナテナイア祭でも行われていました。

『イリアス』に見る女神ヘラのお化粧風景。「まずアンブロシアで魅惑の肌から汚れをすっかり拭い取ると、傍らに備えてあるこの世ならず甘く香しい香を焚き込めた油を肌にこってり塗る。この香油は青銅の床を敷いたゼウスの館の内で少しでも揺れると、その芳香は大地と天空にまで達する。女神はこの香油を美わしい肌に塗ると、髪に櫛を当て自分の手で艶やかな、美しくも神々しい巻毛に編んで、不死の頭から垂らす。身には香しい衣装をまとったが、これはアテナが丹精込めて織り仕立て上げたもの、様々な飾り模様が施してある。これを身につけ、胸の辺りに黄金の留め金を刺して留める。ついで百本の房の垂れた帯を締め、穴をうがった耳たぶに三つの珠を桑の実型に束ねた耳飾りをはめれば、その優雅さは輝くばかり。ついで世にも美わしい女神は頭から被衣(かつぎ)を被ったが、新しく美しい被衣は陽の光の如く純白に輝き、艶やかな足には美しいサンダルを結ぶ」。
肌の汚れを落として香油をつけて髪を結うだけで、白粉とか口紅とか一切使ってないあたり、さすがに女神様の美貌はものが違う…。

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