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2017年12月09日00:48

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『太陽神の娘』第4話

『太陽師の娘』第4話

「…なのに、な〜んでこんなことになってるんだろうなぁ…」
 湯船の中で温かい湯につかって力なく手足を伸ばしながら、カノンがごちた。
 傍らには裸体に亜麻布を一枚巻いただけのキルケがいて、湯船のふちにもたれさせたカノンの頭を洗っていた。
「痒いところはない、カノン?」
「ん〜…気持ちいいよ」
 カノンは目を閉じて、優しいマッサージを続けるキルケの手に己の頭を委ねていた。
 結局、引っ越し祝いでサガやキルケや侍女たちと夕食を共にし、さらにはお風呂までいただいているカノンであった。徹底的にキルケを拒否している様で、実はそうは出来ないあたりが、カノンも心の奥底で「母親」に愛されたいという願望から自由になり切れていないという証だ。
「でもあんたが聖域に来るなんてなぁ…。なに?アテナに臣従する気になったのか?」
「なるわけないでしょう。馬鹿を言わないで」
「え〜?でも聖域に住むけど、アテナに味方はしませんなんて、そんな理屈が神様社会で通用するのか?」
「私はサガの世話をしたいだけだもの。他の聖闘士やアテナなんて知りません」
「ふ〜ん…相変わらずのアテナ嫌い、聖闘士嫌い…」
「好きになれるわけないでしょう。あの女は私の息子を殺したのよ」
 流すわよ、と、断りを入れて、キルケは手桶に汲んだ湯でカノンの頭を洗い流し始めた。
「まだ根に持ってるのかよ。執念深いな…。何千年前のことだよ」
「何千年たとうと、忘れられるわけがないわ。テレゴノスは、私が心底から愛した男との間に産んだたった一人の息子、もう二度と会えないあの人とのただ一つの愛の忘れ形見だった…。それなのに聖闘士の素質があるからと聖域に連れて行かれて、あげくに訓練の最中に死んでしまった…。あの女から、謝罪なんか一言だってなかった…」
 ぎりっとカノンの肩にキルケの爪が立てられた。
「許さない…絶対に、許すものですか…」
「…オデュッセウスを、愛してた?」
 キルケを振り仰いで過去を問うカノンに、女神が現在形で答える。
「愛しているわ」
「…ん〜…でもアテナのことはともかく、聖闘士は男前が多いじゃん。あんたって顔のいい男が好きじゃないの?アイオロスとかどうよ」
 カノンがそそのかすようなことを言う。
 キルケは恋多き女神でもあった。グラウコスという海神に恋して彼に求愛したが、スキュラというニンフに片思いしていたグラウコスに拒まれ、その腹いせにスキュラを魔法の薬で化け物に変えてしまったのは彼女だという話がある。またピクスという若く美しいイタリアの王に恋した時も、妻がいるからと相手に拒まれ、報復として彼を魔術でキツツキの姿に変えてしまった。『変身物語』では「その性分から言って、彼女(キルケ)ほど恋の情熱に溺れやすい女はいなかった。それが彼女自身の本質に根差したものなのか、それとも彼女の父の太陽神によって情事を暴かれたウェヌス女神(アフロディテ)が腹立ちまぎれに彼女をそんな風にしたのか、分からない」と書かれている。
「あ〜、そういや、女神と交わった人間の男って不能になるっていうよな。どう?アイオロスを誘惑してみない?薬でも盛って逆レイプしてさ。そしたらあいつとサガとの仲も壊せるぜ?」
 くけけけけ…とカノンが邪悪な笑みを浮かべた。キルケによって不能にされて落ち込み、さらにはサガにも嫌われて絶望するアイオロスの顔を想像するだけで、胸のすく思いがする。
 カノンがしたよこしまな提案の動機にあるのが、「大好きな兄ちゃんを盗ったアイオロスが気に食わない」という感情であることは、この養母には聞くまでもなくお見通しのことだった。
「どう?あんたがアイオロスを誘惑するなら、おれ、いくらでも協力してやるけどなぁ」
 だがキルケはカノンの誘いには乗らなかった。
「だめだめ。あなたの策になんか乗りません。それにあんな青二才は趣味じゃないわ。誘惑するなんていやよ」
 カノンの頭をタオルで拭いて水分をぬぐいながらキルケは彼の提案をいなした。
「あんたの趣味って、どんなタイプ?」
「そりゃあ、頭が切れて、腕が立って、弁も立って、ユーモアと茶目っ気があって、何があってもへこたれなくて、行動力が抜群で、冒険心と好奇心が旺盛で、夜はベッドで甘く睦語とをささやいてくれるくせに、朝になったらやっぱり妻が一番だとか言ってるような、手ごたえのある男よ」
「…まんまオデュッセウスじゃねえか…」
「そうなのよぉ。最高級の男を知っちゃったら、もう顔がいいだけの男じゃ満足できなくてぇ〜」
 頬に手をやって「うふっ」とキルケが体をくねらせる。
「結局、のろけかよ…ったく…」
「でもカノン、あなたは彼に良く似ているわよ。やっぱり血筋かしらね」
 湯船の中に手を入れてカノンの胸をマッサージするようにさすりながら、キルケが前触れもなしに驚くべきことを言った。
「…は?血筋?」
 思わず目を見開いて彼女を見つめたカノンに、キルケが続ける。
「あら?今まで言ったことなかったかしら。あなた、オデュッセウスの血を引いているわよ」
「…え?え?マジで…」
「ええ。私たちには分かるの。ついでに言うとあの教皇は、アキレウスの末裔ね。人間って面白いわね。何千年もたって、また同じ顔に巡り合えるんですもの」
 ころころと鈴の音のように笑い声をこぼしながら彼女が言う。
 ということは、トロイア戦争の英雄アキレウスも、あのアイオロスやアイオリアと同じ顔をしていたのだろうか、と、カノンは『イリアス』の様々な場面を当てはめて想像してみた。
「特にあなたはオデュッセウスにそっくり。その悪知恵も、行動力も、好奇心の強さも…」
 カノンの体躯に愛撫するように触れながら、キルケが懐かしそうに語る。
 キルケの島を去る際に彼女から色々な助言を与えられたオデュッセウスだが、その中には歌声で人を誘惑して難破させる妖鳥セイレーンに関するものもあった。彼女は「耳に蝋をつめて彼女たちの歌声を聞かないようにしなさい」と忠告しながら、同時に「でもあなただけが歌声を聞いてみたいなら、部下たちに自分を帆柱にくくりつけさせなさい」と、彼の好奇心を見透かした助言をしている。そして結局オデュッセウスは、彼女が予想したように「自分だけセイレーンの歌声を聞いてみる」ことにしたのだった。
 またキルケに出会う以前、一つ目巨人キュクロプスによって洞窟に閉じ込められ部下たちを食い殺されたことがあったが、それもそもそもオデュッセウスが「この島を探索してみよう」と言い出したことに端を発する。そして巨人を酔い潰して、その一つ目を潰してからくも逃げ伸びた時も、「自分の名前は『ウーティス(誰でもない)』だ」とだけ名乗っていれば良かったのに、危機を脱した後に調子に乗って「お前の目を潰したのはこのオデュッセウス様だぞ!」と自慢したばかりに、巨人の父だったポセイドン神の怒りを受けていらぬ苦労をする羽目になる。「機略縦横」と讃えられながら、妙におっちょこちょいなところがご愛敬な男であった。
「ふふふ…本当に懐かしい…。こうしていると、アイアイエであの人と過ごしていたあの頃に戻ったよう…」
 キルケがその柔らかな胸の中にカノンの頭を抱いた。カノンは亜麻布越しにのぞく豊かな白い乳房の狭間に、遠慮なく頭をうずめた。さらにうずめるだけでは飽き足らず、両の手で極上のマシュマロのような養母の乳房を揉んで弾力を楽しみ始めた。
 そして。
「…いかーん!!!」
 突然、カノンが顔を上げてキルケを押しやった。
「やっべー!気持ち良すぎて魂を持って行かれるかと思ったわ!!!」
 やべー、やべー、マジやべー、マジ魔性、と、自分のスケベ心を棚に上げ、カノンはたぶらかされそうになった全責任を彼女に押しつけた。
「なに?何ならもうちょっと揉ませてあげるわよ?」
 キルケが自分の乳房を両手で抱えて林檎のように揺らしてみせる。
「いや!もういい!もう十分!」
「…あなたの体の方は、まんざらでもないって言ってるみたいだけど…」
 キルケがちらりとカノンの股間に目をやる。そこにあったカノンの分身は、兆して形を変えつつあった。
「わーっ!!!」
 慌ててカノンが両手で股間を隠す。
「み、見るなーっ!これは何かの間違いだーっ!」
 しみじみと感慨深そうにキルケがため息をつく。
「はぁ…。あなたも立派な男になったのねぇ。昔はさやえんどうのように可愛かったのに…」
「さやえんどうとか、言うなーっ!」
 両膝を抱えて、カノンが湯船の中にざぶんと深く身を沈める。
「…だから…これだから嫌なんだ…。やっぱりあんたなんか嫌いだ…」
 ぶつぶつと湯の中でつぶやき始めたカノンに、キルケがにっこりとあでやかな笑みを見せた。
「そう?私はあなたのことが大好きよ、カノン」
 そうして彼女はカノンに抱きつき、彼の唇にちゅっと軽いキスをしたのだった。

 翌朝、サガがキルケを訪ねてみると、邸宅の居間の長椅子にカノンが放心したように座っていた。
「何だ、カノン。結局、昨日は泊まったのか?」
「…ああ…」
 兄の言葉も耳に入っているのかいないのか分からぬ様子で、手足をだらしなく伸ばして長椅子に身を預けていたカノンが、やがてぼそっと言った。
「…サガ…」
「どうした?」
「おれ…やっぱり不能になるかも…」
「は?」
 目を見開いたサガの視線の先で、両膝を抱えたカノンは膝の間に顔をうずめて落ち込み続けたのだった。

(続く)

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オデュッセウスとキルケの息子について。『神統記』では、「太陽(ヘリオス)の娘キルケは、不抜の心持つオデュッセウスと愛を交わして、アグリオスと、非の打ちどころなく力も強いラティノスを産んだ。また彼女は黄金なすアフロディテの恵みでテレゴノスを産んだ」とあります。
が!
アグリオス→名前だけで子孫もおらず逸話もない。
ラティノス→ラテン人の祖神ラティヌスのこと。…こら待てぃ!なんでここでいきなりラテン人(ローマ人)の神話が出てくるんじゃーっ!後世に挿入された臭が半端ねぇだろぉぉぉ!!!
テレゴノス→この部分も欠如してたのを後世の注釈家が補ったっぽい…。
という具合で実にあゃしぃ系譜なのでした。
ちなみに『オデュッセイア』の後日談として書かれた『テレゴニア』という古代の叙事詩では、成長したテレゴノスが父オデュッセウスを訪ねてイタカ島に来たものの、父と気づかずオデュッセウスを殺してしまい、その後、テレゴノスはオデュッセウスの正妻ペネロペと、またキルケはオデュッセウスと正妻ペネロペの息子テレマコスと結婚するという結末が用意されているのですが、個人的には「蛇足」という印象。オデュッセウスは『オデュッセイア』では予言者テイレシアースに「そなたの最期は海から離れたところで訪れる。それもすこぶる安らかな死で、恵まれた老年を送りつつ、老衰して果てることになる」と予言されてますし、周囲に散々迷惑をかけつつも自分はちゃっかり長生きして穏やかに安楽に死ぬというのがオデュッセウスという男のキャラクターにはふさわしいと思います。
私の作中ではテレゴノスを幼くして死んだことにしてますが、実際の神話では、彼は中部イタリアのトゥスクルムやプラエネステ(現パレストリーナ)といった都市を建設したという神話が残っています。またイタリアにはキルケイイ(現チルチェーオ)という地名があり、ここがキルケの島アイアイエだとも言われていて、この親子、妙にイタリアと縁があるのでした。
「キルケの息子テレゴノスが聖域に聖闘士候補生として連れてこられて幼くして死んだ」という設定にしたのは、聖域も綺麗事の裏では色々とえげつないことをやっていて(百人の候補生のうち九十人が消息不明になってもこれといって問題視しないとか)、「地上の愛と平和のために…」とかいう美名のもとに犠牲になって泣いている人たちだっているんだよ、というのをキルケさんに代表してもらおうと思ったから。あと「小宇宙とかの特殊能力を振るえる人たちは、実は神の血を引いていて、だからこそああいう能力が持てるんだ」という裏設定。アイオロス・アイオリア兄弟がアキレウスの末裔で、サガ・カノン兄弟がオデュッセウスの末裔…って裏設定はずいぶんと昔からあったんだけど、使う機会がない…。

女神と交わった人間の男は、以後、不能になってしまう、という考えがあります。ちなみに男神が人間の女性と交わった場合は、その女性は一発懐妊で、『オデュッセイア』で「神に空撃ちはない(キリッ」とポセイドンが言ってやがります。
『ホメーロスの諸神讃歌』アフロディテ讃歌では、女神アフロディテがトロイアの王族アンキセスに恋し、人間の娘に化けて彼と交わるのですが、翌朝、女神としての正体をあらわにしたアフロディテに対し、アンキセスは「どうかこの私が、人間たちの間にあって、精気の失せた者として生きてゆくことのないようにしたまえ。憐れみたまえ。不死なる女神と臥所を分った男は精気を失うと申しますから」と懇願してます。アンキセスは「そなたは神々の寵愛を受けている身だから」と不能になることは免れたのですが、口止めされたにもかかわらず「おれさぁ…アフロディテ女神と寝たんだぜ!」と周りに自慢したばかりにゼウスの雷霆に打たれて片足が不自由な身になったのでした。
オデュッセウスの場合、ヘルメス神からあらかじめキルケの魔術を無効にする霊草モーリュを貰ったことで魔薬で豚にされるという危機を回避した後、彼は剣を抜いてキルケを脅します。キルケは「さあ剣を収めて。それから寝台で愛し合いましょう。そうしたら互いに心から信頼できるようになるわ」と彼を誘惑しますが、それに対しオデュッセウスは「裸にしておいて、男子の精気を奪い、役立たずにしようとよからぬ企みを巡らして、寝所に入って寝台に上がれと誘っているのだろう」とまずは自分に危害を加えぬことを彼女に誓約させて、それから「彼女の豪奢な寝台に上がって」います。
とはいえ、後に女神カリュプソとあんあんやってた時はそんな誓約をさせてる雰囲気もないし、結局、相手の男が不能になるかどうかは女神様の胸先三寸次第…ってことらしい。
まあ、不能にされずとも、女神と結婚したり愛人になった男って軒並み不幸になってるのですがね…。カドモスは身内に不幸が連発、ペレウスは妻に逃げられ息子と孫に先立たれ、アンキセスは祖国滅亡、アイアコスも妻に逃げられ息子たちが殺し合い、ミーノスは熱湯で殺され、イアシオンは雷に打たれ、ティトノスは老いた姿を嫌われて幽閉され、エンデュミオンは眠りっぱなし…無事に故郷に帰ったオデュッセウスの強運ぶりがパネェ…やはりホメロスはオデュッセウスびいき…。

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