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2017年07月07日01:48

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『小っちゃくなっちゃった!』第4話

『小っちゃくなっちゃった!』第4話

 手を上げたアルペイオス河神が荘厳な口調で告げる。
「占いの結果はこうだ。『サガの目の前で、カノンと教皇が口づけせよ』」
「…は?」
「…へ?」
 アイオロスとカノンの口から奇声が漏れた。
 やがて。
「なんじゃあああっ!その解除条件はーっ!」
 我に返ったカノンが叫んだ。
「まあ、あれだな、サガにとって『人一人が目の前で死ぬ』のと同じくらい衝撃的なこと…ということだろうな」
「あとは副人格の主人格への嫌がらせだろう」
「……」
 しばらく呆然と立っていたカノンだったが、やがて少年の姿の兄の手を引いた。
「…サガ、おれと一緒にエジプト観光に行こう。今すぐ」
「待て待て待てーっ、カノン!現実逃避するな!」
 慌ててアイオロスがカノンを引き止める。
「いやだーっ!絶対ぇ、いやだーっ!そんな占い、何かの間違いだーっ!」
「落ち着け、カノン!やるだけやってみよう。な、なっ!」
「無理!絶対、無理ーっ!お前とキスするくらいなら、サガがこのまま元に戻らないほうがマシだーっ!」
「それじゃおれが困るんだって!」
「ってか、アイオロス、お前はおれとキス出来るのかよ!?」
「おれだって…おれだって、サガ以外の相手とキスをするなど、心が苦しい…!しかし…」
 眉根を寄せていかにも苦渋の表情を取り、アイオロスが言う。
「この際、サガが元に戻るためなら、おれはゴキブリとだってキスをしてやる!まして相手がサガと同じ顔をしたお前なら、おれには否やはない!」
「ぎゃあああーっ!やめろーっ!」
 カノンは室内を逃げ回り、アイオロスはその背を追った。やがてカノンに追いついたアイオロスは彼の肩をがしっと捕まえた。そして力ずくでカノンを引き寄せて振り向かせ、
「んんんーっ!」
 驚いた顔で二人の追いかけっこを眺めていたサガの目の間で、アイオロスはカノンに口づけをした。
 口づけを終わると、「ちゅぱっ」とリップ音させてカノンがアイオロスから離れた。
「て、てめぇ…!舌を入れやがっ…」
 顔を真っ赤にさせたカノンが涙目になり、唇を手の甲でごしごしとぬぐった。
 そして。
「…うわああああーん!」
 子供の様に大泣きしたカノンは、アイオロスの私室を飛び出していった。そのまま洗面所に駆け込み、じゃばじゃばと派手な水音をさせて口を何度もすすいでいる。
 そしてサガは。
 「ぽんっ!」と音を立てそうな勢いで、大人の姿に戻った。同時に、着ていた子供用のチュニックはサイズが合わなくなり、びりびりと破けてサガは裸体になった。
「サガ、戻ったのか!」
 アイオロスは喜んで大人の姿になったサガに抱きつこうとした。裸だろうがなんだろうが、気にすることではない。
 しかし。
「…うわああああーん!」
 サガもまた、カノンと同じく子供の様に号泣を始めた。
「サ、サガ?」
「ロスの馬鹿!近づくな!」
 サガはアイオロスの手を振り払い、側にいたネイロス河神にと裸のまま抱きついた。
「ネイロス様、アルペイオス様ぁ!アイオロスが、アイオロスがぁ…」
 河神の胸の中で泣きじゃくりながら、サガが訴える。
「アイオロスがカノンと浮気するなんてぇ…!やっぱりロスは私の顔と体が目当てなだけなんだぁ!善でも悪でも、中身なんてどうでもいいんだぁ!この顔なら、私でなくてもカノンでもいいんだぁ!この体にいやらしいことをしたいだけなんだぁ!」
 おーいおいおい、と、サガはネイロス河神の胸にすがって号泣を続けた。どうやら子供の姿になっていた時の記憶は、大人に戻った今もサガにしっかりと残っているようだ。そして「目の前でアイオロスとカノンがキスをすれば、善のサガにとって最大限の嫌がらせになる」という悪のサガの見通しもまた、正しかったと見える。
「ご、誤解だ、サガ!お前も見ていただろう?おれはお前に元に戻って欲しいから、やむなくカノンと…」
 弁明するアイオロスに、サガがじとっと粘着的な目を向ける。
「…本当に、カノンのことは何とも思ってないのだな、アイオロス?愛しているのは、私だけなのだな?カノンにいやらしい気持ちとか、これっぽっちも抱いていないな!?」
「…そ、それは…!?カノンは確かにサガと同じ姿だけど…」
 アイオロスは怪しそうにサガから視線をそらしてさまよわせた。
「…そ、そりゃ、カノンは悪ぶってるところがサガとは違う色っぽい雰囲気があって、二人を一緒に寝台に並べて相手が出来たらエロくていいだろうなぁ…とか、少しは妄想したりもしたけれど…」
 嘘のつけないアイオロスであった。
「ぎゃあああーっ!アイオロス、てめぇ、そんな目でおれのことを見てたのかぁ!?キショイ、キショイ!おれに寄るな、触るな、近づくなぁーっ!」
 口をすすぎ終えて部屋に戻ってきたカノンは、アイオロスの告白を耳にして全身の毛を総毛立たせ、気持ち悪そうに自分の体をさすった。
 そしてアイオロスの言葉に、サガはさらに激しく泣き出した。
「うわああああーん!やっぱりそうなんだぁ!もうだめだぁ!ネイロス様ぁ、私とロス、もうだめですぅ…!私…死ぬー!死んでやるー!ロスを殺して、私も死ぬーっ!」
 身も世もなく嘆き続けて自殺と殺人までほのめかしたサガだったが、不意にきっと顔を上げると表情を一変させた。般若のごとき険しい顔になったサガは、身をひるがえして弟につかみかかった。
「カノン、よくもアイオロスをたぶらかしてくれたな!殺してやるー!」
 悲嘆から一転して、サガは嫉妬をむき出しにした鬼のような形相で弟の首を締め上げ始めた。
「はぁ!?おれは今回は被害者だ!おれから誘ったわけじゃねーよ!お前も見てただろうが!」
「黙れ、黙れぇ!」
「そんなことより、サガ…」
 狂乱して自分の首に手を回してくるサガの腕を強引に引きはがし、カノンは顔をものすごい勢いで兄に寄せると、ぶちゅううううーっ、とサガにディープキスをした。
「んん、んんんーっ!」
 舌をサガの口腔に差し入れ、中をなぶり、思う存分にサガの唇を吸ってから、カノンはサガを解放した。ちゅぽん、と二人の離れる音が響く。
「カ、カノン、何を…!!?」
 思いがけぬ弟の行動に、サガが慌てて口元をぬぐう。
「あーっ!一度では口直しにもならん!サガ、もう一回!」
 再びカノンはサガの唇に吸いつき、そのまま裸体の兄を床の上に押し倒した。
「わああ…っ!?カノン…!?」
「くそっ…!サガ、やるぞ!そうでもせんと、アイオロスの奴にキスされたこの気持ち悪さは払拭できん!」
「えええーっ!?」
 カノンの手がサガの体を撫で回し、弱い部分を舌がなめ始めると、サガからはすぐに嬌声があがった。
「あん…っ!だめぇ、カノン…。そんなとこ触っちゃ…いやぁん…!」
「むかつくくらいに敏感な奴だな、お前は!」
「だめだって…ぇ…。あぁん…っ」
 快楽に弱いサガは、カノンの愛撫に容易く流された。目の前で睦み合いを始めた双子の姿に、アイオロスが血相を変える。
「こらーっ、カノン!サガから離れろーっ!」
 アイオロスがカノンをサガから引き離しにかかり、そうはさせじとするカノンと、あんあんとあえぎ続けるサガの三人は、床の上で激しく揉み合った。
 目の前で繰り広げられる騒々しいどたばた劇を見ながら、ネイロス河神とアルペイオス河神は思ったのだった。
 やはり元に戻す方法は探らないほうがいいという自分たちの超感覚的直観は正しかった、と。
「…取りあえず、サガ、カノン、落ち着け」
 ネイロス河神が己の掌上にあるものを出現させた。
「ほら、これを食べて」
 濃褐色をした楕円形の果実を、ネイロス河神がサガとカノンの口に押し込む。
「何だこれ…?」
「甘い…おいしい…」
 思わず二人が果実を咀嚼し、飲み込んでから、ネイロス河神は果実の正体を告げた。
「ロートスだ」
「……!?そんなもの…!」
「こら、てめぇ…!」
 だが文句を言う暇もなく、サガとカノンは脱力して「ふにゃあ」とその場に崩れおれた。
「ふあぁ〜…」
「はにゃにゃあ〜…」
 先程の騒ぎもどこへやら、全身を弛緩させ、とろんと陶酔した顔で床に横たわっている双子に、アイオロスが驚く。
「え?え!?サガ、カノン、急にどうした!?ネイロス様、何を食べさせて…!?」
「ロートスの実。『オデュッセイア』で読んだことはないか?」 
 古代ギリシャの詩人ホメロスによる叙事詩『オデュッセイア』は、トロイア戦争の後、英雄オデュッセウスが故郷に帰るまでの十年間の流浪冒険譚を歌ったものである。その中に「ロートス食い人たち(ロートパゴイ)の国」というものが出てくる。「ロートス」とは「蓮」とも「ナツメのような木の実」とも言われているが、「ロートス食い人たち(ロートパゴイ)の国」に上陸して、美味な「ロートス」を食べたオデッセウス配下の船員たちは、オデュッセウスから受けた探索命令も故郷のことも何もかも忘れて、この実をもっと食べたい、帰国などせずにこの国に居つきたい、という気持ちになってしまった。そこでオデュッセウスは彼らが泣き叫ぶのも構わず、無理矢理に船に乗せて出港させたのだった。
「ロートスの実を食べると、嫌なことや悲しいことを全て忘れてしまう。サガもカノンも正気に帰った時には、お前と口づけをしたことやそれを見たことを綺麗に忘れているだろう」
「ははぁ…」
 要するに、ネイロス河神は「ロートスの実」の力を借りて、この双子の騒動を強制終了させたのだ。
「まったく、とことん面倒で手の掛かる双子たちだな!アケローオスの大兄上も、アテナも、よくこんな奴らを見離さずに関わっていられるよ」
 アルペイオス河神が感心したように言い、脱力した裸のサガとチュニック姿のカノンを抱き上げると、アイオロスの寝台の上にぽんっと二人を放り投げた。
「じゃあ、教皇、二人が気付いたら、上手くごまかしておけよ」
「では、我々は帰る」
 またもや「どーん!」という衝撃音を発し、二柱の神々はその場から姿を消した。用件がすんだと見るや、再び聖域の結界を破って自分たちの館に帰って行ったようだ。
 無防備に自分の寝台で横になっているサガとカノンを見ながら、アイオロスは呟いた。
「…あれ?ひょっとして今なら、二人にイタズラし放題では…?」
 仲良く並んでトリップ中の美人双子二人に淫らな真似をしてみたいという欲求を抑えるのに、教皇アイオロス様は人知れず大変な苦労をしたのだった。


<FIN>

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