『レーテの女怪』第4話
意識を失って倒れたラダマンティスはカイーナの居室に運ばれ、手当てを受けた。しかしなかなか彼は目を覚まさず、寝台でじっと横たわっているラダマンティスの傍らにカノンは付き添っていた。
「ラダマンティスの意識はまだ回復しないのですか?」
扉を開けて寝室に入って来た者がいた。冥界三巨頭の残りの二人、ミーノスとアイアコスである。
「ああ。体に異常はない。女怪の魔力はすでに消えているはずなのだが…」
ミーノスは眠っているラダマンティスを覗き込んだ後、カノンに視線を移してこう言った。
「カノン、ラダマンティスに接吻してみたらどうです?」
「はぁ?」
うろんな目をカノンがミーノスに向ける。
「お姫様を起こすのは王子様のキスと相場が決まっているではありませんか。キスしてごらんなさい」
「あのな…。そんなおとぎ話のように上手くいくか!」
だが馬鹿げたことと思いつつ、他に打つべき手もなかったカノンは、しばらくラダマンティスの寝顔を黙って眺めた後、思い切って唇に軽くキスをしてみた。
「…う、ううん…」
すると、ラダマンティスがうなった。
「う…ここは…」
まぶたが開き、黄玉の視線が辺りをさまよう。ラダマンティスの意識が回復したのだ。
ぴゅー、と、アイアコスが甲高い口笛を吹いた。
「いや、本当に目が覚めたぞ。すごいな」
「いやぁ。まさか本当に起きるとは思いませんでしたよ。すごいすごい」
やんややんやと無責任に拍手をしてはやしたてている二巨頭の姿に、カノンは今さらながらに羞恥で頬が赤くなった。「キスで目が覚めた」など、あまりに状況が乙女チックすぎる。
「ミーノス、お前な!根拠もないくせにおれにあんな真似を…!」
「まあ、いいではありませんか。とにかくラダマンティスの目が覚めたのだから」
ともあれこれで一安心、と、二巨頭はラダマンティスの見舞いを終えると、寝室を後にした。
後には、ラダマンティスとカノンが残された。
「カノン、おれは…」
「覚えているか、ラダマンティス?」
「…ああ、そうだ。おれはあの女怪に眩惑されて…」
ラダマンティスは記憶の断片をかき集めて状況を整理した。
「まあ、目が覚めたなら、もういい。おれも海界に帰るぞ」
「カノン…」
立ち去ろうとしたカノンの手を、ラダマンティスがつかんで引いた。
「もう少し、ここにいてくれ…」
「ああ…」
再び寝台の傍らに置かれた椅子にカノンは腰を下ろし、ラダマンティスの手を握った。
「ずっと夢を見ていた…」
ラダマンティスがカノンを見つめて呟いた。
「お前がおれの側にいて、優しく微笑みかけてくれている夢を…」
「なんだ。目覚めないほうが良かったか?」
「いや…」
ラダマンティスが笑う。
「所詮はあの女怪が作り出したまがいもののお前の夢だ。ああやって優しく微笑んでいるお前より、ぷりぷりと怒っているお前のほうが、よほどお前らしくておれは好きだ」
「…それはけなしているのか?」
「まさか!おれが好きなのは、お前の生き生きとした覇気にあふれた姿なのだ」
そしてさらに言った。
「ようやく分かった。お前とサガの違いが…」
「ほう?」
ラダマンティスは手を伸ばし、カノンの頬に触れてその瞳に指を伸ばした。
「この目だ。あの時、海皇の神威を借りて戦うお前の姿…おれには化け物に見えていたが、だがこの目は同じだった。きらきらと輝く海の水と同じ青…ポセイドンの寵愛を受けた証である、アクアマリンの瞳の輝きは、今と変わらなかった…」
「ラダマンティス…」
「サガの瞳は真昼の空の青だった…。だがお前の瞳は、海の青を宿しているのだな、カノン」
二人の「違い」をついに見い出したラダマンティスは断言し、誓った。
「おれはもう二度とお前を間違えぬ」
そして彼はカノンを引き寄せてささやいた。
「…カノン、先程、眠るおれにキスをしてくれたな?」
「知らん!」
頬をさっと赤く染め、カノンが顔を背ける。
「ふむ、ではあれもおれの夢だったのか?」
「そうだ。夢だ夢!」
そっけなく否定しているカノンの様子に、ラダマンティスは笑った。照れている彼の表情を見ればそれが嘘だとすぐに分かる。
「ではカノン。改めて…おれにキスをしてくれ。今度は夢ではなく、現実のお前に」
「ああ…」
カノンはラダマンティスに顔を近づけ、そうして二人はゆるりと口づけを交わした。
<FIN>
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