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2016年10月19日02:20

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『レーテの女怪』第3話

『レーテの女怪』第3話

 カノンは海龍の鱗衣をまとって冥界の地を足早に歩いていた。カツ、カツ、カツ、と、オリハルコンの踵が地面を踏み叩く音が高らかに鳴る。そしてその手には、ポセイドンの三叉戟が握られていた。
 ラダマンティスがレーテ河に住みついた女怪に捕らわれた後、ミーノスたちが助けを求めたのがカノンだった。
『あの女怪はリュムナデスと似たような力を持つようです。人を眩惑して、その魂を収集する癖がある魔物なのですね。水の眷属ならば、海皇たるポセイドンの力が有効でしょう』
 というのがミーノスの分析だったが、その海皇は眠りについている。そこで代理ということで、海将軍筆頭たるカノンが呼ばれたのだ。無論、カノンが三叉戟の神威を完全に操ることなど出来ないが、神威を「借りる」ことは出来る。それは「海将軍筆頭・海龍」たるカノンだけに許された特権であった。
 女怪が住まうレーテ河のほとりに到着したカノンは、三叉戟の柄を地面に突き刺した。
「出て来い、化け物!」
 カノンが呼ばわると、水で形作られた女怪がレーテ河の中から姿を見せた。
『綺麗な殿方ね。あなたも私のコレクションにしてあげる』
「出来るものならやってみろ!」
 「忘却」の魔力を持つ水が立ち上り、水流となってカノンに襲い掛かる。だがカノンが三叉戟を掲げると、水の動きはぴたりとやんだ。
「レーテの水精たちよ、我が主たる海皇ポセイドンに従え!」
 カノンが小宇宙を高めると、三叉戟が低くうなった。ポセイドンの神威が三叉戟から立ち上り、河面に広がる。海皇の意志に、水精たちは押され、引き下がった。波立っていたレーテ河の水面が鎮まり、なぎの状態になる。
『くっ…』
「どうやらお前よりもポセイドンの支配力の方が上らしいな」
『おのれ…ならばこれはどう!?』
 女怪が河面に手をかざす。ざばっと水音を立てて水中から現れた者がいた。それは漆黒の冥衣をまとったラダマンティスだった。
『この男があなたの相手をしてくれるわ』
 虚ろな目をしたラダマンティスがカノンの前に舞い降り、立ちふさがる。カノンはその姿に舌打ちした。
「この馬鹿翼竜が…!操られたか!」
 ラダマンティスがカノンに突進してくる。カノンは三叉戟を左手に持って一閃すると、右手で拳を放った。ラダマンティスとカノンの拳と拳が激突し、衝撃波が周囲に伝わる。地面を蹴り、ラダマンティスが舞った。旋回する足技がカノンを襲う。カノンは身をよじってその攻撃をよけた。続けざまにラダマンティスの回転蹴りが入れられる。カノンは三叉戟の柄で彼の蹴りを受け止めた。
『うふふ…』
 女怪はレーテ河の中で楽しそうに二人の戦いを見ている。
『あの女怪…精神操作系の力を持つのか。力押しが得意なラダマンティスとは相性が悪いわけだ』
 ラダマンティスが繰り出す攻撃を回避しながら、カノンは女怪を観察した。操られたラダマンティスの攻撃は単調で、死に物狂いでもカノンを倒そうという気迫に欠ける。
『本命はあの女怪だ。いつまでもこいつの相手をしていても…仕方ない!』
 左手に持った三叉戟をカノンはラダマンティスに突き出した。遠距離からの長柄の武器の攻撃に、ラダマンティスが背をのけぞらして刃を避ける。彼が体勢を崩したその隙に、カノンは横をすり抜けて女怪に攻撃を定めようとした。
 だが。
「…させん!」
 ラダマンティスは足を開いて踏ん張り、カノンの動きに食い下がって横合いから殴りかかった。
「カノンはおれが守る!」
 叫んだラダマンティスの言葉は、カノンの怒りを誘発した。
 その時、カノンは悟ったのだ。女怪に眩惑されて操られたラダマンティスの目には女怪が自分に見えており、真のカノンは「愛しいカノン」を襲う恐ろしい魔物か何かに映っているのだと。
 以前に引き続き、偽物と本物の自分を取り違えているラダマンティスにカノンは激怒した。
「…この、バカマンティスがぁぁぁ!だいたい、おれはお前に守ってもらうほど弱くはないわぁぁぁ!」
 怒髪天を突く勢いで、カノンは手にした三叉戟の刀身をラダマンティスの頭に力任せに叩きつけた。さすがに神の武具は硬かった。くわーん、と、ワイバーンの兜が高らかな良い音を響かせ、振動した。兜越しに伝わったその衝撃に、ラダマンティスは軽い脳震盪を起こした。
「……!」
 その一瞬の隙を突いて、カノンは指先から光速拳を放った。ラダマンティスの中枢神経を麻痺させ、彼の動きを止める。
「そこでじっとしてろ!」
 硬直して動かなかくなったラダマンティスの横をすり抜け、カノンは女怪めがけてまっしぐらに駆けた。
『おのれ…!』
「これで、終わりだぁ!」
 カノンが三叉戟を女怪に向けて投擲する。女怪の胸の中央を三叉戟が貫いた。刀身に雷光が走る。
『ぎゃあぁぁ…っ!』
 雷の熱で女怪の体を形作った水が蒸発し、同時に女怪もポセイドンの神威を食らって消滅する。
 自分を眩惑していた主人が消えた途端、ラダマンティスは意識を失ってばったりと地面に倒れた。
 女怪が消滅すると同時に、彼女に捕らえられていた亡者の魂が解放された。レーテの河面から青い燐光のような魂が無数に立ち上り、上空に浮かび上がり、輪廻の輪の中に吸い込まれていく。蛍が乱舞するようなその美しくも幻想的な光景を、カノンはレーテ河のほとりでじっと眺めていた。

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