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2015年11月30日01:15

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『恋情の毒』第1話

 2015年ロス誕作
 『貝紫の布』があまりに小品だったので、もっとがっつりした話を書こうと思ってできたのがこれ。
 誕生日祝いと称して侍従長から側女候補の女性を紹介されるアイオロス。サガは自分は身を引いたほうがいいのかと思い悩み、アイオロスから距離をとる。やがて聖域では連続殺人事件が起こり、その中にサガも巻き込まれる。アイオリアとシュラはサガと協力して事件の捜査に当たるが…という話。

『恋情の毒』第1話

 十一月三十日の教皇アイオロスの誕生日、聖域では一連の祝賀行事が滞りなく行われた。
 そしてその翌日、アイオロスと首席補佐官であるサガはともに休みを取って、一日、休日を満喫した。アテネ市に出て、繁華街を歩き、映画を一緒に見て、食事を共にした。その後、サガが予約していたホテルで、二人は甘い一夜を過ごした。
 やがて恋人たちの夜が明けて十二月二日、満足感と幸福感に包まれて聖域に戻ってきた教皇アイオロスに、侍従長が面会を申し出た。
「改めて誕生日のお祝いを申し上げます、教皇アイオロス様」
 執務室に入ってきた初老の侍従長は、アイオロスに丁重に礼をとった。
「実は、私の方で誕生日のお祝いと言いますか、ご用意していたことがございます。アイオロス様の誕生日当日は色々と行事が立て込んでおり、またその翌日は外出されたので、今日になってしまったのですが…教皇様にご紹介したい人物がおるのです」
「私に?」
「はい。アストリッド、こちらへ」
 侍従長が呼ぶと、一人の若い女性が執務室に入ってきた。長いプラチナブロンドと白い肌を持ち、澄んだ青い瞳をした女性だった。背はすらりと高く、スタイルも申し分ない。清楚で端麗な美貌が、サガに良く似ていた。
「アストリッド・ニルセンと申します。聖域の教皇様にお会いできて光栄に存じます」
 女性がアイオロスに礼をとる。侍従長が彼女について説明した。
「ノルウェーの出身で、年齢は二十歳。親は代々、外界で聖域の協力者を務めてきた家柄でして、身元は保証されております」
「はぁ…」
 生返事を返したアイオロスに、侍従長がこう言った。
「この娘を教皇様の側女にと思うのですが、いかがでございましょう」
「………は?」
 絶句したのち、アイオロスは間抜けな声を発した。
『側女?そばめ?そば…め?そば…?つまり、おれの愛人候補!?』
 侍従長の言った意味を理解した時、アイオロスは執務机の前で完全に固まった。脇に置かれた自分の執務机に向かっているサガも、蒼白になった。
 侍従長が丁重な口調で言葉を続ける。
「アイオロス様は現在、サガ様をご寵愛されておりますが、そのことを快く思わぬ者が聖域内には大勢おります。アテナのお許しを得たとはいえ、サガ様はやはり元は反逆者。偽教皇時代にサガ様に手にかけられた者たちの遺族も聖域内には多数おります。サガ様では教皇様のご寵愛の対象としてふさわしくないとの意見は少なくございません。また、アイオロス様がサガ様にたぶらかされている、色香で迷わされてサガ様の言いなりになっている、といったような、教皇の名誉を傷つけるような陰口もたたかれております。しかしアイオロス様も、まだお若く健康な男性でございますれば、人肌が恋しくなることもございましょう。そこでこのアストリッドを側女に迎え、サガ様とは少し距離を置かれてはいかがかと、愚考した次第でございます」
「……」
 しばらく沈黙していたアイオロスは、やがて机の上で手を組んだ。
「…侍従長。私のサガへの想いは、決して肉欲だけの関係ではない。私は一個の私人としてサガの愛情と忠誠と献身を必要としており、また公人としても彼の首席補佐官としての能力を必要としている」
「はい」
「私はサガと別れる気などない。そもそも、私に側女を持てなどと勧めること自体、僭越とは思わないか?」
「恐れながら、教皇の私生活全般に気を配るのが、侍従長の役目でございますれば…」
「とにかく!」
 だん、と、アイオロスは机を叩いた。
「私は側女など持つ気はない!即刻、二人とも下がれ!」
 アイオロスが一喝すると、再び丁重に礼を取り、侍従長とアストリッドは執務室を後にした。
「…言っておくが、この件、おれは何も知らんかったからな、サガ」
 執務室でサガと二人きりになると、アイオロスが苦々しく吐き捨てた。
「分かっている…。私も何も知らなかった…。私がお前と別れたいあまりに、侍従長に命じてお前に女をあてがわせようとしたなどと…そのような誤解をしないでくれ」
 蒼白になったまま、サガがうつむいて震えるように答えた。
「もちろんだ」
 アイオロスは苦虫を十匹あたりまとめてかみつぶしたような顔をした。せっかく昨日はサガと二人で満ち足りた時間を過ごせたというのに、その幸福感が全て吹き飛んだような気がする。侍従長の配慮は余計すぎるおせっかい以外の何物でもなかった。
「侍従長が気の回し過ぎなのだ。まったく、よくもまああんなことを思いつく…。ともあれ、あのアストリッドとかいう女は、すぐに親元に帰させよう」
 そう告げたアイオロスに、サガははっとしたように顔を上げた。
「いや、それは…やめたほうがいいのではないか、アイオロス」
「サガ?」
 いぶかしんだアイオロスにサガがためらいがちに言う。
「すぐに帰させては…侍従長の体面が傷つくだろう。彼女とて、ノルウェーからはるばる招いておいて、一目会っただけで帰れなどと言われては、気の毒だ。少しの間、聖域に留めておいて、ほとぼりが冷めてから帰させたらいいのではないか?」
 それに、と、サガは続けた。
「侍従長のいうことも一理ある。私は、お前の愛にふさわしくない」
「おい、サガ…」
 よくあることだが、サガがまたもや後ろ向きの思考になっていることを感じ取り、アイオロスが眉根を寄せた。サガは暗い表情で言葉を続ける。
「私はお前に愛されることが当たり前になり過ぎて…、自分の立場を、罪を忘れるところだった。私は反逆者なのだ。私のせいで死んだ者たちの遺族は、私がのうのうと生きている姿を見るだけでも心苦しいだろうに…。お前の愛に馴れて、私はそのことを忘れてしまっていたのだ」
「…まさか、サガ。自分と別れてあの女を側女にしろなどと、おれに勧める気ではあるまいな?」
「そ、そこまでは考えてはいないが…」
 慌てたように顔を上げたサガが、再びうつむいて気弱そうに言う。
「でも…侍従長の言う通り、私たちは少し距離を置いたほうがいいのではないかと思う…。それがお前のためではないかと…」
 はあ、と、アイオロスがため息をついた。思い込むとサガは頑固だ。考えを変えさせるには冷却期間が必要だった。
「…分かったよ、サガ。お前がそう言うなら、お前の望む通りにする。ただこれだけは忘れないでくれ。何があろうと、おれのお前への愛は決して変わらない」
「私も…お前を愛している…。その気持ちに偽りはない…」
 こんな状況ではあるが、自分に対してサガが愛を告げてくれたことは、アイオロスを喜ばせた。単純な自分の心の動きに苦笑し、彼は言った。
「しかし…おれはああいう顔に弱いと思われているんだな。アストリッドというあの女、なかなかお前に似ていた。侍従長もよく探してきたものだ」
「そんなに似ていたかな…?」
「ああ。だが…おれはお前の容姿だけを愛しているわけではないからな。お前の生真面目さ、潔癖さ、正義感、謙虚さ、優しい思いやり…そういったものも含めて愛しているのだ。だから…」
 だからどんなにサガに似た女や男を連れてきても無意味なのだ、と、アイオロスは思うのだった。

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