２０１９年外国映画ベストテンを変動させる映画に出遭った。「おしえて！ドクター・ルース」である。
まずはこれまでの私の同年ベストテンを紹介したい。
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��Ｇｉｒｌ／ガール
「おしえて！ドクター・ルース」は、２０１９年当時９０歳だったユニークな女性セックス・セラピストのドキュメンタリーである。１９８０年代の性の話がタブーだった時代からオープンに偏見なく語り、意外にもいきなりお茶の間の人気者になった溌剌たるお婆ぁちゃんの軌跡（初期は熟年女性でお婆ぁちゃんではないが）を追っている。女性が女性のポジションから、性の悦びについて忌憚なく語り尽くす１５４ｃｍの小柄な活き活きとした姿が、実にチャーミングだ。ＬＧＢＴＱも含めて、性に対しオープンで寛容な姿勢が、実に心地よい。
そして、映画は彼女の過酷だった過去に遡っていく。さすがに、その頃の映像記録は乏しく、写真やプライベートフィルム、少女時代はアニメなども交えているが、なかなかの工夫だ。
ユダヤ人である彼女はホロコーストで両親を幼くして失い、亡命先のスイスでの生活も決して恵まれたものではなかった。３度の離婚を重ね、イスラエル建国時では軍務にも従事した。現在、多くの孫や娘に囲まれたき活きとチャーミングな小さなお婆ぁちゃんの陰には、かなり過酷な過去があったようである。
素晴らしいのは、その過酷な人生を明るく振り返る事だ。結婚生活も、３度目の夫と４０年に亘り連れ添えたことで良しとし、苦しい昔のことは多くを語らず、「これから先に少しでも前に進むことだけを考えたい」とのポジティブな生きる姿勢に、全面的に私は共感した。
さて、私の１９年ベストテン十位には、タブー視されているＬＧＢＴＱに触れた「Ｇｉｒｌ／ガール」が位置している。しかし、同列に並べるのは無理があるとしても、私の好みとして「おしえて！ドクター・ルース」の方を採りたい。よって十位は「おしえて！ドクター・ルース」に置き換えることにする。
もう少し、私に即してドクター・ルースへの共感を記していこう。
私の生活は、２０２１年に一変した。脳梗塞で倒れ、左上肢２級・左下肢４級の障害者手帳を受ける身となったのだ。これまでの私の楽しみは、映画館を飛び回り、映画祭・イベントｅｔｃで映画を楽しみ、そこで出会った人々との環を拡げ、酒席を楽しみ続けるということだった。そのいずれもが、ほとんどしんどく不可能になったのである。
しかし、ドクター・ルースの言うようにつらくなったことを振り返っても意味はない。少しでも前に進めることだけを考えていきたい。幸い映画を自宅で楽しみ続けることだけは、今の私には十二分に可能である。現にその楽しみは積極的に継続している。
私は、全観賞映画を邦洋・公開年月別にリスト化している。そのリストは日々と共に修正・更新され、それだけは「少しでも前に進む」営為として現在進行形である。この作業は元気な限り、多分死ぬまで続けていくだろう。
日本映画は製作年≒公開年であるから良しとしても、外国映画は公開年と製作年に隔たりが多い作品が少なくなく、その整理法に異論がある人もいるかもしれない。ただ外国映画は、公開年も含めて日本映画史の１ページだと私は思っている。
例えば、サタジット・ライの「大地のうた」は、キネマ旬報を始めとして多くの映画賞で１９６６年ベストワンを独占した。しかし、本国の公開は１０年以上前に遡る１９５５年なのである。でも、この時に公開され日本で高評価を得たことが、日本映画史において意味のあることであろう。
そんな感じで、折りに触れ私はこのリストを更新した節目に、リストを見返し、その年の映画史的位置付けを再考察していく。この営為は死ぬまで終わることはない。今回のベストテン再考も、その一環と言える。私の映画史は、時々刻々少しでも前に進んでいるのだ。
ちなみに現在の私の鑑賞リストでは、最古の映画は日本映画は明治４３年「尾上松之助の忠臣蔵」、外国映画は（日本公開年が定かではないが）１９０３年の「大列車強盗」であろう。この部分のリストは、ほとんど半永久的に更新されまい。
このリストにおける最新映画は、日本映画は令和４年３月公開「中村屋酒店の兄弟」（田辺弁慶映画祭で先行的に観られた）、外国映画は２０２１年１１月公開「囚人ディリ」である。ま、こちらの方は私が元気である限りドンドン更新されていくであろうから、あまり大きな意味は無い。
いずれにしても、これは極めて個人的なものであり、膨大ではあっても全く何の資料的価値は無い。私の死と共に焼却する類のものであろう。でも、私が生きている限り、この資料の前進は大きな資料的価値があり、私が生き続けている証であるのだ。
「おしえて！ドクター・ルース」には第一次中東戦争で彼女が軍務に着いたことが紹介されていたが、そこに触発されて戦後世界情勢について、素人談義をしてみたい。あくまで素人談義なので、不正確・間違い等は御容赦ください。
第一次中東戦争は、よく考えればトンでもない発端だった。ナチから解放されたユダヤ人大集団の落ち着き先とはいえ、パレスチナを割譲しそれを国連（多分、ユダヤ資本の強いアメリカ）主導で、認めたのである。今に置き換えれば、ウクライナはロシアの一部として、国連が侵攻を後押ししているようなものだ。プーチンが、何で俺のやる事は国連で批難されるのと、開き直れそうである。
しかも私は、このイスラエル建国を神話化した７０ｍｍ超大作「栄光への脱出」に、当時は映画ファンとして感動したりしていたんだから、今に思うとその無知・浅はかさに呆れるばかりだ。
アメリカというのは、過去に意外と理不尽な蛮行を繰り返している。チェコの「プラハの春」がソ連の戦車で踏みにじられた時、アメリカはほとんど支援の手を差し延べなかった。ベトナム戦争にソ連は介入しないからとの裏取引の密約があったと漏れ聞く。
存在しなかった「大量破壊兵器」を口実に、国連の制止を無視して戦端を開いたイラク戦争にも、全く大義は無かった。まして、準核兵器とも見える劣化ウラン弾まで使用している。
こういう事を含めて、プーチンを擁護する気は無いが、正義の味方ぶってプーチン叩きをする前に、相手の立場にとりあえず立ってみようということなのである。ＮＡＴＯによりジワジワと、包囲網を詰めるロシア封じ込め・弱体化、プーチンは恐くて恐くて仕方ないのかもしれない。ならず者国家と言われている北朝鮮のアメリカに対する恐怖は、それ以上であろう。
だから、どうだと言われても困るが、私がこんな気持になったのは福島の原子力事故で、正義の味方ぶって何でもかんでも悪として冷静な議論ができない風潮以後である。物事には裏表があり、一方的な思い込みは危険だ。
そんな私も、いっそのことアメリカが理不尽大統領トランプだったら、逆に何をするか判らないので、ロシアも北朝鮮も静かになるんじゃないか、と物騒で危険な発想に思い至る。アブナイ、アブナイ。
コロナ、世界戦争の危機、異常気象、団塊の世代はこんな事も知らずに死んじゃった方がよかったなと、ビートたけしがボヤいていた。ただ、私は人類というものは、ジグザグを繰り返しつつも、必ず進化していくものと信じている。今は、その過渡期の「ザグ」に過ぎないと信じたい。
「おしえて！ドクター・ルース」をキックとして、分不相応に関係ない戦後世界情勢談義までやってしまった。それだけ触発される物が多い映画だったということだろう。
８月８日（火）に昨年の令和３年６月公開「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」を観る。
「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」（江口カン）
冒頭のカーチェイス、終盤の団地全体と工事足場まで巻き込んだ壮絶な銃撃アクション。岡田准一がキレッキレだ。ハッキリ言ってこの映画はそこだけ観ればいい。冒頭のカーチェイスが終わり一段落した後は、ボソボソした会話が延々と続く。台詞がよく聞き取れなくて状況が把握できなくイライラするが、宿敵の堤真一の存在の意味が明確になるのが、開映の１時間過ぎ。要するに大した展開が無いわけだ。しかも、そんなにもって回った表現をする程のネタでもない。むしろ、岡田准一の殺し屋が組織に殺しを封じられた背景に、サラリとしか触れられていないが、前作を観てれば判るでショとの一見さんお断りの不親切な創りは感心しない。そのあたりのドラマ効果アップにこそ配慮してほしい。岡田准一は麻酔銃を使っているようで、死人は出してないみたいだが、団地の高所アクションで大勢が墜落している。墜死者はいないのか？直接手を下さなければ、掟破りにならず免責なのか？そのあたりのサスペンスの振りも滅茶苦茶だ。これで２時間越えの長さはウンザリである。後半で意味深な車椅子の平手友梨奈の意味合いが思わせぶりに明かされるのが、ほとんどラスト近く、これもそこまで引っ張るネタとは思えない。まるで一昔前の韓流アクション並（失礼！）の粗っぽさだ。邦画のエンタテインメントの語りは、いつからこんなお粗末になったのだろう。トム・クルーズに勝るとも劣らない岡田准一のアクションの頑張りに免じても…（あまりよくなかった）
８月９日（火）に昨年の２０２１年２月に公開された外国映画「世界で一番しあわせな食堂」を観る。
「世界で一番しあわせな食堂」（ミカ・カウリスマキ）
子供に恵まれず離婚した傷心を抱えて、フィンランドの老人が多い辺鄙な山村に引き籠りささやかな食堂を開いた女と、恩人のフィンランド人に礼と用立ててもらった金を返しに来た上海の子連れ中国人料理人が出遭う典型的なボーイ・ミーツ・ガール映画だが、取り立てて新味はないと言ってしまっては身も蓋もない。これは淀川長治さん言うところの「映画の粋」をシミジミ味わう映画であり、ミカ・カウリスマキの語りを堪能する映画である。
彼女の食堂に突然の中国人観光団体の来訪。しかし、メニューが口に合いそうもないので去りかける。たまたま居合わせた男は、臨時の助っ人を買って出て料理人の腕を揮うが、これがガイドを通じての大好評で広まり、地元の人気も集め大盛況に至って、男はズルズルと応援を続けることになる。
この中国人はかなり国際人のようで英語は堪能。多くのフィンランド人は片言の英語が通じる。（私がヨーロッパ旅行に行った時、添乗員さんに伺ったが、欧州は英語が話せればほとんど何とかなるそうだ）この、片言で微妙な対話のやり取りが、なんとも独特なムードを醸し出している。
男は交通事故で妻を喪い、酒浸りになり自分の店を失いかけ、幼い息子にも寂しい思いをさせていたが、知人のフィンランド人に借金を清算してもらって、立ち直ったのである。その微かな名前と出身地の記憶を頼りにしての、子連れフィンランド来訪であった。
この男女二人の訳あり事情を、寡黙な表現で薄皮を剥ぐように次第に浮彫にする静謐な語りが見事だ。背景の風光明媚な山並み・湖・トナカイが歩き回る森と、それら全てが美しい。
最初は中華料理に抵抗があったご近所の爺さんたちが、次第に馴染んで食堂が溜まり場になっていくのも微笑ましき限りだ。医食同源で料理が老人達の持病を着々と快方に向かわせる経緯も、さらに微笑ましい。
スマホゲームばかりに夢中だった幼い息子が、店が人気となり中華料理の見学も兼ねて近くの学校の子供達が大挙して訪れ、だんだんと友達ができていくあたりもホノボノとさせる。この中に中東系の子もがいて（ヨーロッパは意外と多民族国家みたいだ）、その子と並んでいる絵面だけで、多くを語らず子供達の仲の進展を伺わせるのも「映画の粋」である。
その前に、子供が寂しさからトナカイを追って森で迷子になる小事件があるのだが、さりげなく友達ができたことの嬉しさと、それ以前の寂しかった想いが浮き彫りになるのも、鮮やかな間接話法だ。
子供達の自転車遊びを、母を自転車で交通事故により喪ったトラウマから父が固く禁じ、それを食堂の女主人が嗜めて、子供達の交流が深まると共に、男女の仲が接近していく顛末も実に味わい深い。終盤の男の告白を、その瞬間は描かず、直後の会話で類推させる甘いタッチ、この映画どこまで「粋」なんだろう。
節目で出てくる警察官の存在のアクセントも見事に効いている。最初はフィンランド人を探している中国人を、密売業者と疑い、まだ実情を知らされていない我々観客にもミステリアスな興味を与え、滞在が長期になりビザの問題が浮上すると、これは二人の国際結婚に至るしかないなと想像させる。そのあたりをクドクドと説明しないエンディングも何とスマートなことか。
フィンランド映画といえば、このように静謐な映画が多いが、それはアキ・カウリスマキくらいしか知らない我々の思い込みかもしれない。本作の監督は兄のミカ・カウリスマキだから、兄弟だから作風が酷似すると限らないにせよ、とにかく安易にフィンランド映画のムードをひとくくりにするのは避けたい。
強いてミカとアキの違いを言うと、アキ映画のほとんどが中篇に近い９０分以内なのに比して、「世界で一番しあわせな食堂」は２時間弱、何も起こらず淡々とした作風は共通しているが、それでも退屈させず持続力を有しているミカの地力は大したものだ。
そう言えば同じフィンランドを舞台とした似た題材の荻上直子「かもめ食堂」も、「世界で一番しあわせな食堂」と類似の匂いをさせた秀作だった。ミカはこの映画を観ていたのだろうか。（よかった。ベストテン級）
前回の日記以降に観た映画は次の８本。
「オキュラス／怨霊鏡」「おしえて！ドクター・ルース」「クロール 凶暴領域」
「高原のお譲さん」「哀愁の夜」「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」
「世界で一番しあわせな食堂」「シーナ」
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