竿の先に熱く溶けた硝子を巻きつけていく。丁寧に微調整を加えて回していくと、ほんのりと赤く染まった、小さなガラス玉ができた。
……よし、いい感じ!
ガラスの上塗りを繰り返して息を吹きかけていくと、ガラス玉は膨張を繰り返し、ほんのりと色づきながら膨らんでいく。
……うん、上出来! 最後に仕上げっと!
長針で中心に穴を空けて、さらに回しながら吹いていく。最後に思いっきり息を吹きかけると、ガラス玉は緩く膨れ上がった白熱球へと変貌を遂げた。
……ここからが勝負だ。
ガラス玉を竿から切り離し状態を確かめる。文句なく形も厚みもちょうどいい。後はここから絵を描いていけば完成だ。
……今日は何の花の絵を描こうかな。
風鈴になる前のガラス玉を見つめて空想を膨らませていく。夏といえば、朝顔《あさがお》、向日葵、蓮、それにダリアもいい。様々な色の組み合わせを考えていくと、迷いが生じていく。
……迷ったら駄目。ちゃんとイメージしなきゃ。
初夏の風が、そっと体を押しながら早く描いてくれとせがんでいく。もちろん仕事なのだから、作業時間は決まっており五分ほどしかない。
……よし、決めた!
赤い絵の具を細い筆に塗りつけながら、丁寧に輪郭を描いていく。一発勝負、塗り直すなんてとてもじゃないができない。イメージを掴みながら筆を添わせていると、あっという間に完成した。
……でも、これだけじゃ寂しいな。
あれこれ考えていると、師匠が腕を組みながら近づいてきた。
「お、できたか。どれどれ。ん? ハイビスカス?」
「うん、これが一番イメージできたから……」
ガラスに映っているのは一輪の赤いハイビスカス、地元を象徴する花だ。
「……でも、これだけじゃ面白くないよね。どこにでも咲いてるしさ……」
「いや、いいだろ? 俺達は『夏』を売ってるんだから」
師匠はそういって声を上げる。
「実家に帰っても、風鈴が夏の思い出を蘇らせてくれる。そういう仕事をしてんだからさ。だからこれでいいの」
「んー。そうなのかな?」
「そうだよ。ハイビスカスだって、本土では珍しいんだ。お前の味があった方が売れるに決まってるさ」
再び竿を掴み、熱くなった硝子をつける作業に戻った。ぼんやりと次の作品を考えていると、ガラス玉がいびつな形になっていく。
……あ、駄目。よし、気合入れ直してっと!
頭を振り払い、目の前の硝子に集中する。あれこれ考えても仕方がない。師匠のいった通り、思いついたもので勝負するしかない。
「綾音《あやね》。次はお父さん、泡盛とかがいいな」
「描ける訳ないでしょ、何いってんの!?」
熱く溶けたガラスがまた形を取り、透明なキャンパスを作り出していく。それと共に湿った暖かい風が工房を吹き付ける。
「じゃあ、お母さんはグルクンのから揚げがいいな。海葡萄も捨てがたいけど」
「お母さんまで! やめてよ、もう!」
チリン。
母親が仕上げて完成した風鈴が音を鳴らす。透き通った音色が心を落ち着かせていく。
「……好きなものを描いたらええ。あんたが楽しいと思う気持ちがちゃんと宿るから」
「ん! ありがと、おばあちゃん。そうする!」
長針を通し、再び形を確認する。今回もまたいい出来だ。
……さあ、次は何を描こう。
耳を澄ませ風の音に集中する。きっとここに答えがあるのだろう。肌で感じたまま思いを素直に表していこう。
…… 失敗しても構わない。
絵の具をつけて筆に力を込める。だって夏はまだ、始まったばかりなのだから。
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