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2018年08月09日16:09

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「半分、青い。」 軌道修正?

以前から僕は「半分、青い。」は“愚かな主人公・鈴愛ちゃんの失敗人生を描くドラマ”だと考えているわけです。
でもこれまでは、主人公・鈴愛ちゃんの視点ばかりで描かれて、それを客観視して相対化する視点がぜんぜん無いから見る側にそれが伝わらないんだと考えてました。
だからみんな見ててイライラするwww

ところが109話からいよいよドラマの雰囲気が変わったと思っています。
いままでドラマに客観的な視点が無かったのが、ここへきてモリモリとぶっこまれて来たなあと思って。
鈴愛ちゃんが岐阜に出戻ったあたりから、晴さんが、奈緒が、ブッチャーが、まわりが鈴愛に突っ込みはじめましたよね。

109話では“ともしび”のまさこさんが「もう青春は終わりだよ」等々盛大に突っ込みまくり、たいへん良かった。
110話では和子さんの病気を知って暴走しかけた鈴愛を諫める晴さんとキミカ先生が良かった。
111話では出戻っても家でゴロゴロしてるだけの鈴愛に「働かざるもの食うべからず!」と斬り捨てる晴さん。
いままで鈴愛にベタ甘だった晴さんが突然情け容赦なくなるのは妙だけど、こういう脇からの批判的な視点が導入されてドラマにバランスをもたらしたと思う。

つまり「鈴愛はどうしようもなく愚かで幼稚な困ったちゃんなのだ」ということがちゃんと示されて、このドラマのテーマがようやく明確になってきたと思います。
そうやって主人公(とその周囲のダメな人々も含め)が相対化されることで、ダメなひとの可笑しみや哀しみが感情の機微として機能して、やっとドラマがドライブしはじめる。

いままで登場人物のほとんどが何を考えてるのかわかんない変なドラマだったのが、客観性っていう基準線が引かれることでそれぞれ血の通ったキャラクターになってきたような気がします。
ダメっぷりは相変わらずの鈴愛ちゃんも、そのダメっぷりがちゃんとコメディとして機能し始めました。
物語の真意が明確になることで、現場でもシーンの意味をキチンと拾っていく手堅い朝ドラの演出に戻ってきました。
ちゃんとドラマの体になってきたので婆ちゃんの“天から降るナレーション”が入るスキも無くなってきた。
良い感じです。

エシコ先生に突き付けられた“ダメ出しの嵐”ってやっぱりコレだったんかなあ?って思っていますよ。


いままでのは何だったんだ?と思うような急な軌道修正なので、逆に矛盾が浮かび上がったり、ご都合主義的な強引な展開があったりするのは、もうどうしようもないかも。
あと展開のスピードはますます速くなってきた。
ボクテとユーコが登場しても、「おまえら先週会ってたじゃん?」(僕の思い違い)とか、「涼ちゃんの映画もう出来たのかよ!」(まああの手の映画なら制作数ヶ月でも普通か?)とか思ってしまう。

もう見てても理解できないくらい時の経つのが速いドラマになってきたなあwww
でもこのあとまだ、鈴愛ちゃんが生まれ変わって、もう一勝負して、なんかを発明して大団円!!!ってとこまで持っていかなアカン事を考えると、このくらいやんなきゃなきゃ無理なんでしょうねえ。


これからホントの意味で面白くなってくるかな?

僕は、鈴愛ちゃんが「私だけ いつまでも子どもや…」って言ったところとか、「鈴愛が反省しとる!」って思ってはじめてちょっと感動したよ。
「夢と愛は違う」っていうくだりもちょっと刺さった。

ついに鈴愛ちゃんが成長する時が来たのか?
このまま鈴愛ちゃんのバカは急速に治っていくんだろうか!
そして耳の件は忘れられたままなのか!!!

ひきつづき見守ります。


永野芽郁「半分、青い」111話24・5%最高更新
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=5237082
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