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2018年06月28日00:15

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『春は失恋の季節』第3話

『春は失恋の季節』第3話

「おれがデーイアネイラと初めて出会った時、彼女はまだ幼い子供だった」
 アケローオス河神が自分と愛しいデーイアネイラの思い出を語り始めた。
「…私たちが子供の時にも、『女だったら嫁にするのに』とか言われてましたけど、先物買いが好きなんですか、アケローオス様?」
「ってか、ロリコン?」
 容赦ない双子たちの両脇からの突っ込みに、河神は顔をしかめた。
「いや、ロリコンとか、そういう話じゃなくてな…。おれがデーイアネイラと初めて会ったのは、おれが彼女の叔母のステロペを愛人にして、ステロペのもとに通っていた時のことで…」
「しょっぱなから最悪の出会い方じゃねーか!つーか、叔母と姪と、両方食うつもりだったのかよ!?とんでもねーな!」
 再びカノンが鋭く突っ込む。
「いや、だからだなぁ!あの家系は、おれがテッサリア王アイオロスの娘のペリメデに産ませた息子の、そのまた娘の直系の子孫で…ずっとおれの河の河畔に住んでた一族で、おれとは先祖代々の付き合いだったんだよ!ステロペはおれの曽孫だし、デーイアネイラは玄孫だし…だから全員、ガキの頃から知ってたの!」
「…そういう直系の相手で、子供のころから知ってる相手に欲情するって、どうなんでしょうね…」
「やっぱ、ロリコンじゃねーか」
 遠慮なく双子たちが断罪する。
「だから違うって!そもそも、人間がぽこぽこ生まれて、あっという間に年を取って死ぬのが悪い!」
 自分の色恋の責任を人間側に転嫁しておいて、アケローオス河神は話を続けた。
「それでだ、初めてデーイアネイラに会った時、おれは思った。『これは絶世の美女になるぞ』と」
 すかさず双子が茶々を入れる。
「…で、先物買いをして、唾をつけたんですね」
「どう見てもロリコンだよな〜」
 河神が抗弁する。
「違うというに!適齢期までは手を出してない!断じてロリコンではない!」
「……」
「……」
 左右から双子たちに冷たい視線を向けられつつ、アケローオス河神はごほんと咳払いした。
「まあ、そういうわけで、おれはデーイアネイラを見守りつつ、成長を楽しみにしていたわけだが…」
「デーイアネイラはどういう少女だったのですか?」
「ん〜。活発で勝ち気で、元気なお転婆少女だったよ。琥珀色の瞳が星のように生き生きと輝いて、いつも外を走り回って、動き回って、そのくせ甘えん坊で…。ああ、少し性格がカノンと似てるな。そう、今でいうブラコンだったところまでそっくりだ」
 懐かしそうに笑って、アケローオス河神は古い記憶を回想した。
「デーイアネイラにはメレアグロスという兄がいて、彼女は兄のことが大好きだった。いつも兄を追いかけて、兄のすることを真似したがった。女の子なのに糸紡ぎや機織りといった女の仕事はしたがらなくて、兄のように剣を振り回したり、戦車に乗ったりしたがって…。また兄のメレアグロスが妹に甘くてなぁ。彼女の好きなようにさせて、剣の相手をして遊んでやっていた。おれも戦車の乗り方を彼女に教えてやった。こう、戦車に二人乗りしてな、後ろから手を回して手綱の取り方を教えて…。はぁ…すっぽりとおれの胸に収まるデーイアネイラは可愛かったなぁ…」
「やっぱりロリコン…」
「だから違うと!」
 カノンの突っ込みにすかさず河神が反論する。
「で、おれは『よく会う親戚のおじさん』ポジションを確保した上で、彼女の成長を待った。そして成長したデーイアネイラは、おれの予想通り、絶世の美女になってくれた。いや、あの時はガッツポーズを決めたな。自分の目の確かさに祝杯を挙げたわ」
「…ふ〜ん…」
「…へぇ〜…」
 喜色満面のアケローオス河神に対し、サガとカノンの視線は冷ややかだった。
「美しくなったデーイアネイラに、多くの男たちが求婚に来た。まあ、おれと比べれば、相手にもならんかったがな!おれだって今度ばかりは本気だった。だから、彼女の父親だったカリュドン王オイネウスに正式に求婚を申し入れた。結納の品だってきちんと贈ったんだぞ!馬に羊、黄金、それに東洋から取り寄せた絹織物や珍しい香料、宝石細工だって惜しみなく!父親のオイネウスだってわりと乗り気だったんだ。何しろおれは奴の曾祖父なんだし、地元の流域を支配する神だしな。それなのに…!」
 ぐぎぎぎぎ〜とアケローオスが歯噛みする。
「…ヘラクレスが、ある日、ひょっこりとやって来て…。『ケルベロスを捕らえに冥府に行った時にメレアグロスの霊に会って、妹を妻にするように頼まれた。デーイアネイラはおれが娶る』と…。いきなり横から割り込んでおいて、その口上はねーだろぉぉぉ!」
「…で、神話の通りに、戦いになったんですね?」
「そりゃおれだって必死だったし…。『ヘラクレスはヘラににらまれてるから苦労するぞ!ってか、ゼウスの息子でも庶子だろ!?そんな相手でいいのか!?』と言ったら、ヘラクレスが『貴様、おれの母親を侮辱する気か!?なら、勝負だ!』っつって、なし崩しに戦う羽目に…」
 あの時は言葉の選択を誤った、と、アケローオス河神は言いたげだった。
 神話によると、ヘラクレスとアケローオス河神はデーイアネイラへの求婚権をかけてレスリングで戦うことになった。レスリングは三度組み合うのがルールだが、アケローオス河神は最初は人間の姿で戦い、次は得意の変身術で大蛇に変じ、さらには牡牛の姿になってヘラクレスと戦った。しかし最後の戦いで片方の角をへし折られて敗北したという。半人半鳥の姿をしたセイレーンたちはその時に地面に滴ったアケローオス河神の血から生まれたとも、あるいはデーイアネイラの叔母ステロペと河神の間に生まれた娘たちだという説もある。
「で、角もろともにプライドをぽっきりとへし折られて、ヘラクレスに負けたわけだ。あ〜あ、気の毒に」
 と、全然気の毒がってない口調でカノンが言う。
「うるせー!…ああ、くそっ、また頭の古傷が痛んできやがった…」
 頭の左上部をアケローオス河神が手で押さえて、紺青の髪をくしゃくしゃと掻き回した。
 とはいえ、相手は「冥王ハーデスを弓で射て肩を傷つけた」ほどの英雄なので、この勝負で殺されなかっただけましな敗北と言える。
「デーイアネイラ自身の意志は、どうだったんでしょう?」
 この時代、結婚を決めるのは父親であって女性の意志など考慮されないが、サガは一応、尋ねてみた。
「まあ…『強い男が夫に欲しい』というところだったな。世界で一番強い男であるヘラクレスが夫になるなら文句はない、と…」
「彼女は、『強い男』が好きだった?」
「強い男が好きというか…。頼りにしていた兄のメレアグロスが早世しちまったからなぁ…」
 メレアグロスは、生まれて七日目に運命の三女神が現れて、母親に「その子の寿命は、今、炉で燃えている薪が燃え尽きるまでだ」と予言したという。母親は薪を取り出して火を消し、大切に保管した。しかし彼が成長してから「カリュドンの猪狩り」という大規模な狩猟が催された時、その際のトラブルからメレアグロスは母の兄弟たちを殺してしまった。それを聞いた母親は怒りのあまり保管していた薪を取り出して火をつけ、燃やしてしまった。すると薪が燃え尽きると同時に、メレアグロスも生きながら焼かれるように苦しんで死んだという。息子の死を知り、母親は首を吊った。
「父親のオイネウスは後妻を迎えたが、後に生まれた異母弟たちもまだ幼かった。近隣の領主たちとの争いが絶えない時代だ。父親も老いていて、デーイアネイラは『弟たちが大きくなるまでは、自分がこの国を守らなければ』と思ってたんだな。だからそのための力になってくれる『強い男』が夫に欲しい、と…」
「…彼女なりに、一生懸命だったんですね…」
「ああ。そういうところが健気でまた可愛くて…、くそぉ〜、デーイアネイラぁ…」
「いちいち思い出し泣きするなよ、うるさい」
 しくしくと涙ぐんだアケローオス河神に、カノンが無情に言い捨てる。
「それで、彼女も納得したのなら、と、おれは引き下がったんだ」
 ぼそっと小声で河神が付け加えた。
「あと、変身した姿が気持ち悪いって彼女に言われてしまったし…」
「そんなことを言われたんですか?」
「『大蛇とか牛とか、化け物みたいな姿になるなんて気持ち悪い』って…。おれとしては得意な技をアピールしたつもりだったのに…。子供のころは面白いって喜んでくれたのに…うう…ひどい、あんまりだ、デーイアネイラ、ぐすっ…」
「だから泣くなって!」
 涙ぐんでもサガもカノンも相手にしてくれないので、アケローオス河神は毛布の端でえぐえぐと涙をぬぐった。
「ヘラクレスも、絶対に彼女を幸せにすると約束してくれたのに…」
 その時の光景を河神は思い出した。
 相手に投げ出されて、砂まみれになって地面に大の字に倒れたアケローオス河神を、偉丈夫が見下ろしている。
『…お前なぁ…デーイアネイラを幸せにしろよ』
 戦いを終えて汗ばんだ英雄が、まぶしい太陽を背に河神に答えた。
『約束する』
『絶対だぞ』
『絶対だ』
『絶対に、絶対だぞ』
『ああ』
『ゼウスに誓えよ』
『誓う』
『あと大地女神ゲーと太陽神ヘリオスと月女神セレネと、それから…』
『…しつこいな』
 呆れた顔になりながらも、剛力無双の英雄は神々に誓いを立てたのだった。
「だからおれもあきらめて引き下がったのに…。そりゃもう、夕日に向かって『ちくしょー、幸せにしろよぉぉぉーっ!』と泣きながら走る勢いで、河底に帰ったのに…」
「そこだけ聞いてると、青春映画の一シーンみたいですね…」
 はあ、と、河神が大きなため息をついた。
「それなのに…何だよ、あの野郎…。約束を破りやがって…」
 ヘラクレスはデーイアネイラと結婚し、息子ヒュロス、娘マカリアを始めとして四男一女を得た。その後も彼は各地で戦い続け、最後にトラキスのオイカリア王エウリュトスを攻めた。かつて彼の娘イオレーにヘラクレスは求婚したが、「以前にヘラクレスは発狂して自分の子供たちを殺した前歴があるから」と断られたのだ。その侮辱に対してヘラクレスは復讐し、オイカリアを攻略してエウリュトスを殺すと、イオレーを捕虜にした。
 その話を聞いたデーイアネイラは、夫が自分を離縁してイオレーを妻にするのではと恐れた。彼女が思い出したのは、ケンタウロスのネッソスの言葉だった。彼はデーイアネイラを襲おうとしてヘラクレスに射殺されたのだが、最期に「矢傷から流れる自分の血と精液を混ぜれば媚薬になるから取っておけ」と彼女に囁いたのだ。
 ネッソスの言葉を信じたデーイアネイラは青銅の壺に保存していた彼の血を取り出し、下着に塗りつけて、それをヘラクレスに贈った。しかし実はその血には、かつてヘラクレスが退治し、矢に塗りつけていた水蛇ヒュドラの猛毒が含まれていたのだ。そのためこの下着を着たヘラクレスは全身の皮膚をただれさせ、苦しんだ。
 自分の行いが夫に何をもたらしたかを知ると、デーイアネイラは苦悩のあまりに自刃した。そして助からぬと悟ったヘラクレスも、息子のヒュロスにイオレーを妻にするように命じると、薪の山に身を横たえて火をつけさせて、自らを焼き殺させたのだ。
「…デーイアネイラに…幸せに…なって欲しかったのに…」
 愛しい女性の最期を思い出してぐずぐずと鼻をすする河神に、サガが初めて優しい眼差しを向けた。
「元気を出してください、アケローオス様」
「ぐす…ひっく…」
 カノンもまた、慰めなのかどうか分からないような言葉を掛けた。
「あのさぁ…おれが思うに、子供のころから唾をつけて傍にいたのが、かえって失敗だったと思うぜ?そんなに身近にいたら、兄みたいに思うだろ?それをいきなり夫にしろと言われても、戸惑うよ。ほら、あるじゃん、近親交配を避けるために一緒に育った相手には性的興味を感じなくなるって傾向が…ウェスターマーク効果だっけ?」
「…うう…」
「ふふ…。でも、羨ましいな。そんなにあなたに思われて…」
 サガが体を回し、アケローオス河神の頭を胸の中に抱き締めた。
「ね、泣き止んで。今は私たちがいるでしょう?」
「…ぐす…」
「私たちのことも…そんな風に思い出してくださいね。私たちが死んだ後も…何千年たっても…」
「うん…」
「私たちのこと…忘れないで…」
「忘れない…」
「大好きですよ、アケローオス様」
「うん、サガ…」
 カノンも優しい言葉は言わなかったが、黙ってアケローオス河神の背中に抱きついた。
 こうしてサガとカノンに体の前後を挟まれながら、アケローオス河神はその夜、眠りについたのだった。 

続きはR-18です。
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